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総務部特命課仙台支所(番外1)(パワハラと企業の生産性についての小説形式の主張) [現代御伽草子]

 弁護士大佛の事務所は、裁判所の真ん前にあった。
 パワハラ過労死の裁判の和解条項を詰めるため、被告の翼食品の総務部特命課宮森祐介は、約束の4時ちょうどにチャイムを鳴らした。
「いつも正確にいらっしゃいますね。」
「いやいや仕事ですから。」
「先生この間打ち合わせした資料ですが、ノートパソコンに入れて持ってきました。」
「良いんですか。」
「社長の指示です。」
「なるほど、これが売り上げデーターですね。この数字をですね、県民の人口のこのデーターで割ってみると、こうですね。これをグラフにすると。」
「あれ?そうですね。落ち込み方に違いがありますね。」
「平成24年9月ころに何かありましたね。」
「ええ、コンサルの提案を受けて、ワンピュアシステムを導入しました。商品の種類が多すぎたので、整理して、コストを抑えたのです。」
「この影響を最も受けているのは、この営業所ですね。切られた商品が主力だったけれど、他の商品に置き換えられなかったのですね。」
「かなりテコ入れしたのですが、営業所がいいわけばかりして。所長が交代となったのですけど、正直言ってうまくいっていないですね。」
「いいわけって、文書になっているんですか。」
「いいわけって言いましたけど、建設的な上申がでたのですが、全社的方針に逆らうものだったし、あまり大きなシェアでもなかったので、そのまま黙殺されてしまったと記憶しています。」
「職員には、あまり移動はないのですね。」
「実は、退職した者もいます。パワハラもうわさされていました。」
「そして、この売り上げの落ち込みの回復のめどなし」ですね。
「はあ」
「そこの商品の種類の復活って、コストがかかるのですか?」
「いや、実は、そんなに違いがありません。最終的なパッケージの段階の問題なので、無理に切る必要はなかったかもしれません。」
「復活させましょう!」
「しかし、あれだけガンガン言って、押さえつけた手前ですからね。」
「いや、だから、あなたの方が正しかったっていうか、お客様の強いリクエストのおかげでっていうか。宣伝になるじゃないですか。特売ですよ。」
「特売かあ。久しぶりに聞いた言葉ですね。うちのコンサルは、特売を嫌っているんです。」
「特売も営業も知らないんでしょ。」
「なんで先生、弁護士なのにそんなこと知っているんですか。」
「労働事件やっていると、勉強させてもらう機会が多くって。営業担当のベテランが会社を不当解雇された事件もありました。営業って、人と人との関係なんだっていうか、双方が儲かるシステムでなければ、成り立たないということも勉強させてもらいました。その人、会社起こしちゃって、結構風雲児的に活躍してますよ。」
「その前向きな在り方なんですが、それが、この間お話しされていた対人関係学的労務管理なのですね。」
「そうです。社員のモチベーションを上げることが、売り上げに直結します。それはそうと、このピュアシステム導入の時、どうやってリサーチかけたんですか。」
「大規模アンケートっていう話ですが、あまり詳細にはわかりません。おそらく東京の街頭アンケートかもしれません。」
「ワールドワイドのファストフードの戦略ならそれでよいでしょうけれど、お宅のような食品メーカーではねえ。だから、数字よりも、モチベーションの上がった従業員が、一番お客様や取引相手と身近なセンサーなんですよね。」

「間違いが許されなければ、みんな口を閉ざすことになります。勇気を出して提案したことが理由もなく受け入れられなければ、それだけで危機意識が芽生えますし、無力感が強くなりますよね。否定するときは、きちんと理由を示すべきです。違う意見を採用しなくても、敬意を忘れてはなりません。」
「復活が決まればいいのですが、きれいにいきますかね。なんたって、売り上げが上がらないのは、営業所長や営業担当のせいだって、それこそパワハラまがいに攻め立てたようなんですよ。」
「今回、この営業所管内に限って言えば、本社のミスリードですね。でも、会社もいきものですから、失敗こそチャンスなのです。これが生きているってことです。ポスト、ミステイク、グロウス。PMG!これが力強さというやつです。後追いになってしまいましたが、肯定しましょう。誤ることを20%くらいにして80%賞賛しましょう。前の所長、営業担当、商品開発者、お客さんや取引スーパー、肯定して、賞賛するのにそれほど経費は掛かりません。」

「ところで、どうして今の経営コンサルタントを入れたのですか。」
「前は、社長のワンマンだったのですが、バブル崩壊や経費の増大、BSEなんかもありまして、それまで右肩上がりだったのが、全般的に傾いてきて、気が弱くなったんですね。私は、どうも胡散臭く思っていたので、敬遠していたら、ルートから外れかけてしまったんです。本社では、コンサルの信者も多いので、仙台支所を作ったのは、そういう意味でも必要だったんです。」
「でも、宮森さん、転勤になって一番迷惑かかったよね。」
「いや実は、私も家内も仙台出身で、帰りたいという気持ちはあったのですが、営業所しかないのでどうしようっていたとこなんです。それは社長もご存じだったようです。」
「それは驚いた。いろいろ驚いた。あれだけ会社を大きくしたのは、やっぱり、対人関係学的労務管理なんだな。自信をもっていただければ、会社も持ち直すと思うんだけどな。」

 しばらくして、和解期日が迫った日のこと。すでに、和解案は、会社も遺族も了承して、和解内容を裁判官が確認するだけになっていた。宮森から、大佛の事務所に電話が入った。
「それでは、先生、明日よろしくお願いします。」
「良い和解案ができましたよね。こちらこそよろしくお願いします。」
「先生、ご報告があります。あの営業所ですけれど、復活セール、まんまと当たりました。あの中の地域限定だったんですけれど、郷土料理があって、形があの商品とそっくりなんです。大人は、郷土料理をたべるんですけど、子どもの口には合わないんで、うちの商品を食卓に並べて、雰囲気を出していたんですね。それが、代々受け継がれて、うちの商品が郷土料理みたいになっていたようです。うちの商品の復活とともに郷土料理まで復活になって、特売セールがテレビ報道されちゃったんですよ。ローカル番組ですけれど。特売終わっても、売り上げは順調に上がっています。新聞でも特集が組まれるそうです。」
「ほっほっほ。営業所の士気はどうですか。」
「いやあ、復活前に、前の所長を左遷先から戻して、社長が営業所を尋ねてこれからはこの方式を確立していくってことを宣言して、その上にズバリの大当たりでしょう。今まで取り扱いのなかった店舗まで新規開拓できてしまって、メディアの宣伝効果だけでなく、確かに従業員のモチベーションで、販路が拡大した要素があるんです。先生、本当に謝礼を払わなくてよいんですか。」
「だから、裁判の相手方からお金をもらったらまずいんだって。それより、対人関係学的労務管理の宣伝に使わせてもらうよ。」
「はい、それは先日のお話しの通り、社内でも了承がとれています。」
「それと先生、あとで個人的にご相談があるのですが、実は、支所が間借りしている仙台営業所のことなんですけど。」
(数日前の「ハムとわさび」に続く)




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