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総務部特命課仙台支所(後篇)(パワハラの反省に基づく社内の在り方のプログラムの作成過程を小説形式で書いてみた) [現代御伽草子]

= 総務部特命課仙台支所 後篇 =

経営コンサルタントの進言で、会社が行き当たりばったりの迷走をしていることに、総務部特命課長を命じられた宮森祐介はいらだっていた。父母ももう良い歳になってきたし、若くして授かった子どもたちも大学にあげた。残業をしてまで、収入を上げるつもりもなかったし、群馬の会社から実家の仙台に帰ろうかなとぼんやり考えていた。そんな時、思いがけず、社長の本田啓次郎から仙台営業所勤めを打診されたのだった。渡りに船にしてもできすぎだなと考えていた。
引き継ぎを終えて、本社から荷物を引き上げる日のこと、総務部長から何気なく言われた一言を思い出していた。
「今回の異動は、なんかよくわからんな。新しい部署を立ち上げる準備ということらしいが、社長から君のことをずいぶん聞かれたよ。あの裁判のことを話し合う取締役会の時に、君が定時で一人だけ退社して、社長とすれ違っただろう。あの時から、出身地はどこだだの、今の仕事の担当だの、その前だの。最後は大学の卒論あたりまで知ってたな。」
 聞いていて冷や汗も出たが、社長とは、その後に一緒に仙台の裁判まで二人で行っている。その時の感触では、好感を持たれているというと言い過ぎかもしれないが、悪い気は持たれていないように思っていた。

 裁判上の和解というものは、通常は、和解金額を決め、支払日、送金口座、型通りの謝罪文言と和解内容を口外しないという取り決めを入れて終わりだという。今回は、それだけでは遺族は和解しないというのだ。要約すると、今後過労死やパワハラを出さない具体的な方法について、会社に示せという。遺族である原告が納得するものを作らなくてはならないので、時間が限られている裁判の日ではなく、次の裁判までに原告の弁護士と内容を詰めるということになった。宮森は、原告の代理人である大佛弁護士の事務所のある仙台の営業所に転勤になった。といっても、営業所の職員ではなく、社長、常務付の総務部特命課長というものであった。ただ、就業場所が、仙台営業所の一室を与えられたということなのだ。
 
 今日の打ち合わせは3時半からだ。営業所からは歩いて行けるところなので、時間調節をして、時間ちょうどに法律事務所のチャイムを鳴らした。
 大佛は、いつも笑っているような表情をしていた。自分では、一種のポーカーフェイスと言っている。初老というのはやや気の毒な年齢というのだろうか。飾らないというと聞こえが良いが、もう少し飾ったほうがいいのではないかと最初は思った。今は気にならなくなったという言葉がしっくりくる。

「ご遺族の求めていることは、自分たちと同じ苦しみを味わう人が、もう出てこないようにしたいという願いと受け止めてください。」
 大佛は神妙な顔で切り出した。もちろん、宮森としても異論がない。
「むしろ、教えていただきたいのは、どうして、ひとりの人間、家庭や友人やいろいろな人とつながっていて、立場のある当たり前の人間に対して、ひどい言葉を言ったり、長時間同僚の前で立たされて叱責するということができるようになるのかということなんですよね。」
「キャラクターの問題は、外すんでしたよね。」
「そうです。キャラクターの問題も確かにあるのですが、温厚な上司でも八つ当たりみたいにするきっかけ、外にも原因があるはずなんですよね。そこを見極めて、修正するための具体的方法を考えないと、解決にはならないでしょうね。」
「なんか、パワハラを無くすとか過労死を無くすということから、広くなりますね。」
 大佛は、一瞬返答に迷ったようだ。しかし、すぐに大仏顔に戻って言った。
「そう、そうなんですね。おそらく、パワハラや過労死を無くすためには、今の会社の人間関係が変わらず、統計だけ0人になるというのではないんだろうと思うんです。前にも言いましたが、人が尊重されて、助けあう人間関係に変えなければいけないと思うのです。その結果、過労死が0になるのだと思います。結果を求めるわけですが、結果をどんなに大声で言ったって、結果は実現しない。原因を除去して、条件を整えて、初めて結果が出るのだと思います。」
「そういうことを言われると、私なんかは、企業は厳しいし、真剣勝負なのだから、ずいぶん緩い、そんなんで利益が上げられるのだろうかと反射的に感じるんです。先生が言っていた「会社内の人間関係を、人が人を追い込む人間関係から、助け合う人間関係に変える。」ってことを社長に言ったら、黙り込んでしまいました。でも、結局、『それでいきなさい。』って一言でした。怒っているのかなとも思いましたが、そのあとお帰りになるとき、満足そうな顔をして車に乗り込んでいましたよ。」
「上司が結果を求めて、結果を出さない部下を叱責すればいいなら、それこそ甘ちゃんのゆるちゃんですわ。結果を出せばよいんであって、いたずらに修行をさせる必要はないんですよ。そうですか。社長さん、打てば響く人ですね。」
「ところで、先生。人を尊重するって、具体的にはどうしたらいいんですかね。」
「その人の弱い部分を許すってことだと思います。間違いや失敗を許す。むしろ承認する。例えば、サッカーチームなんかでも、無尽蔵にいい選手がいればいいですが、通常は選手は限られていますよね。弱点のある選手たちがいるわけです。でも、試合は始まる。走力やキック力は、高めろって言ったって高められないですよね。その人の弱い部分を他の選手がカバーして試合を組み立てていきますよね。」
「なるほど、それでフォーメーションを組み替えたりするわけですね。失敗して、すぐ外されるなら、皆失敗を恐れてボールに触らなくなるってやつですか。」
「逆に、皆が気を使ってくれるなら、できることは人の倍やろうって考えるんじゃないですかね。尊重されることによって、チームへの帰属意識が高くなるわけです。『私のチーム』って気持ちになる。『チームに貢献したい。』って気持ちになる。」
「なるほどとは思うのですが、そうきれいに決まるでしょうか。」
「やってみる価値はあるんじゃないでしょうか。今あらゆる企業で行われていることは、その真逆のコンセプトですから。」
「先生、それご自分で考えたんですか。」
「もともとは、家族問題で考えていたんですけれど、震災の体験が大きかったですよ。みんな悩みや不安を抱えている。でも、よそから来た人に安心して話せない。きれいな部分も汚い部分もみんな尊重してくれる、承認してくれるっている安心感がないと、自分の悩みなんて話してくれない。そういう経験をしました。モチベーションが高まれば、自分の命を捨ててでもチームのために貢献しようとする姿も見ました。悲しい話ですけれど、こちらは。」
「どうして、そういう労務管理理論がないのでしょう。」
「あるにはあるようですよ。ただ、体系ができていないみたい。もともとはアメリカの『人間関係論』っていう由緒正しいもので、大規模な実験がなされているんです。ハーバード大学も参加していたんですよ。」
「そうなんですか。」
「結局、どういう理由で、モチベーションが上がったか、どうして生産性が上がったか、分析ができなかったため、支持を失っていったようです。私の対人関係学的労務管理は、偶然ですけれど、この人間関係論を発展させたものなのです。」
http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/roumukanri.html

「偶然ですけどね。まあ、発展っていうか、そのへんはともかく・・・」

「パワハラって、一方通行ですよね。怒られて仕方なくそれをするんですから。しかも、狭い考えのもとで、東京のアンケートで長野の商品を決めるみたいな。売り方を押し付けるみたいな。売り方を提示するならまだよいですけど、結果を求めるだけ。これでは、会社は労働者に甘えているんですよ。」
「双方向が大切ってことですか。」
「基本的にはそうなのですが、やはり、上が必要な情報に敏感になり上が求める情報を下が喜々として挙げていくことが理想でしょうね。その辺は、むしろ宮森さんの方が具体的によくわかるということですよね。」
「うーん。そうかもしれません。」
「それから、労働者に考えてもらう、選択肢を与えて自ら選択してもらう。これが大事ですね。叱責してやらせるっていうのは、調教です。人間に対してすることではないんです。あくまでも、労働者は『よそ様』と考えて大事にするべきです。勝手に怒鳴りつけるなんて、その人の親が許さないってくらいに考えるべきですよね。みんな会社以外にも立場があるんですから。」
「対人関係学的労務管理の理論で、会社が本当に利益を上げれば、この和解にも会社はもっと積極的になると思うんですけどね。」
「ははは、そうですね。なると思いますよ。社長に言って、経営分析してあげるからって、各営業所の売り上げの推移のデータを持ってきてもらえませんか。」
「ははは、言うだけ言ってみますよ。」
 この時宮森は、大佛の大言壮語だと思っていた(前回の記事の番外編1)。まさか、社長も真面目に受け止めることはしないと思っていた。
「では、和解の内容を詰めていきましょうか。やっぱり、具体的なことだけでなく、総論的な話をして。ただ、ここであまり理想的なことばかり言うと、取締役会で承認されないでしょうし、作ってもまじめに考えないでしょうから、受け入れる範囲にしておきましょうね。
それから、パワハラが生まれる条件について、こういうものがあるというものを列記しますか。」
「今までのお話しで言えば、時間がない。ノルマがきついというか、根拠なくノルマを設定するっていうか、むしろ敢えて少し無理なノルマを作るってことですね。これを現場の意見を、まあ、尊重するという表現でしょうかね。対人関係学的労務管理の肝の尊重っていうことは、どちらかというとそういう具体的な話のほかに、やっぱり総論的なことでもプッシュしておきましょうね。」
「具体的なパワハラというか、労働者を尊重しない扱いというものが何であるかのサンプルをあげておきましょうね。」
「そうですね。『理由もあげずに否定する』とかがここに入るのですね。」
「具体的な防止方法、制度についても考える必要があると思いますが、密告制度みたいになってしまうと困りますね。」
「工夫が必要でしょうね。また、パワハラが見つかった場合の改善方法も指針があるとよいですね。ただ懲戒するだけならパワハラの連鎖に過ぎませんね。パワハラ上司は気が付かないのですものね。パワハラを受けている方も気が付かないのでしょうが。」
「ところで労働組合は機能していないんですか。」
「まあ、バブル明けのころから、みんな面倒くさくなっていて。組合というよりも、当番みたいなものになっちゃったというか。」

「骨格ができてきましたね。一度社内で揉んでいただけますか。」
「はい。といっても、社長と常務と私の3人の極秘プロジェクトみたいなものですからね。実際は私が作ったものを承認してもらうだけなんです。」
「ずいぶん信頼されていますね。」
「そういうことなのでしょうか。」
「あの社長さんならそうでしょう。」
「本当かなあ。まあ、とにかく、次回までに少し整理してきます。できれば、原案の形まで持っていくといいですね。」
「私も、社長さんに倣って、宮森さんにお任せしてみることにします。」
「おーっと、対人関係学的労務管理ですね。」
 大佛はより一層大仏顔となった。
(エピローグに続く・・・かもしれません)

= ご参考までに =
人を尊重するということ

調教としつけの違い
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/home/shitsuke-ti-fa-jiao-yu-nuee-daito-qing-dong

パワハラが生まれるとき、
「時間がない」こととパワハラ
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-27

防御としてのパワハラ
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29

役職信仰
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-28

パワハラは、被害者が気づかないこと
http://heartland.geocities.jp/doi709/powerharaforlabour.html

(ハムとわさび)
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-04-13

パワハラ全般について
http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/powerhara.html

労働環境全般について
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/qing-dongno-guan-diankara-jianta-lao-dong-guan-xi
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/qing-dongno-guan-diankara-jianta-guo-lao-si-guo-lao-zi-sino-yao-yin



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