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仙台のカウンターバーの片隅で 翼食品憲章裏話 総務部特命課番外3 [現代御伽草子]

仙台のカウンターバーの隅で、大佛弁護士と一緒にウイスキーのグラスを傾けているのは、翼食品の常務取締役である本田信孝だ。大佛は、モルトウイスキーのクラガンモアをショットグラスで口に運ぶごとに香りを確認し満足そうな顔をしている。本田は、オールドパーをオールドファッションドグラスにロックで時折口に運んでいた。バーテンは、二人が自分たちでは似た者同士であることに気が付かないのだろうなと顔には出さずに微笑んでいた。
口火を切ったのは本田だ。
「今日は、お付き合いいただいてありがとうございます。先日の裁判では大変お世話になりました。」
「私は相手方なので。」
 大佛は得意の大仏顔だ。会話が楽しいのか、クラガンモアの香りを楽しんでいるのかよくわからない。
「お世話といわれちゃうと、少し面喰いますが、とても良い和解条項と御社の憲章ができたと思います。」
「全く会社を離れてというわけにはいかないのですが、オヤジの様子のことなのです。社長の啓次郎は、これまで仕事をわれわれに少しずつ譲っていき、引退の準備をしていました。理性的な行動だったのですが、やっぱり精神的には来ていたようで、今にして思えば、あまり感情も出てなかったように思いますし、うつっぽい感じがあったようです。」
 大佛は、少し顔を緊張させた。
「でも、あの裁判の憲章作成にかかわってから、見違えるように生き生きしてきたのです。仕事から徐々に手を引く方針は、むしろ加速したのですが、総務部特命課によく顔を出して、オヤジの方が手先になって動いているようですよ。」
「お父様の、思考の柔軟性というのですか、頭の若さには敬服いたしました。何でも一瞬で理解されるのです。理解というよりも、我々の伝えたいこと以上に思いが伝わるというか。」
「おそらく、こういうと手前味噌というのですか。おそらく、オヤジが自分が言いたかったことを、言いたくても言えなかったことを、あなたに言ってもらったということなのだと思います。」
「やはりそうですか。」
「おやじからすると、あなたに自分の弁護をしてもらっているという感じなのだと思います。会社との関係で。あるいは、私との関係で。」
「おそらく、最近の労務管理の傾向との関係で」
「そうですね。」
 二人は、また、静かに、それぞれのウイスキーを楽しんだ。今度は、大佛が話し出した。
「それにしても、宮森さんを特命課長にした人事は見事でしたね。」
「ええ、宮森は、実は20年以上前に社長が採用を決めた男です。それを覚えていたんですから、わが父ながら驚きました。敗訴を受け入れた取締役会の日、5時の会議に合わせて本社に父は出社したようです。5時ということで、昔は、サイレンが鳴って、夕焼けを背に男たちが、労働が終わった解放感で良い顔をして会社からぞろぞろ出ていく様子を思いだしながら会社に到着したようですよ。そうしたら、誰も会社から出てこない。そんな時、宮森だけが、にこにこ嬉しそうに定時退社した姿を目撃したようです。その他は誰一人出てくる気配もない。みんな家族もいるだろうに、かえって心配になってきてしまったようです。」
「なるほど。」
「それから、むしろ、宮森以外の従業員のことを知りたくて、宮森を調べ始めたようです。いろいろ面白いことも出てきました。」
「面白いこと・・」
「先ず、宮森は、裁判になった亡くなられた方と同期入社でした。」
 大佛は、少なくなったショットグラスに目を落とした。本田は話を続けた。
「そのことが、わが社の裁判活動が関連しているとは思いたくないですが、裁判活動は、先生が一番よく知っているように、あのようにいろいろな意味でずさんな対応だったのは、彼のパフォーマンスが発揮されていなかったことの証拠だと思います。彼は翼食品憲章を準備しながら泣いていたそうです。」
「それから、宮森が仙台に帰りたがっていることは、わかっていました。ただ、仙台は営業所なので、総務畑にいた宮森を所長で異動させるというのも、すわりが悪すぎるということで、現実の問題にはなっていませんでした。それから、先生とのかかわりも。」
「ええ、それは、私も驚きました。まあ、同じ高校だというのはよくあることですが、同じ地域に住んでいて中学校も同じだということは驚きました。大体実家の場所もわかりますし。」
「自分では知っていたようで、親近感はあったようです。ただ、会社でそれを言うわけにもいかないし。」
「ああいう裁判でしたからね。」
「不思議なのは、先生もそうですよね。」
「そうですか。」
「遺族からすると、会社は敵みたいなものでしょう。その代理人の先生って、エキセントリックな方が多いのです。でも、先生は、わが社を敵視されませんでしたね。社長の話によると、俺を見て一瞬ですべてを飲み込んだということのようですが。」
「それは当たっています。裁判担当の部署と飯島先生が、必ずしも会社の意思ではなかったのだなということは、社長さんの様子を見てはっきり確信したということは事実です。私が社長さんに見抜かれたことも、その時感じていました。それと、憎んだり呪ったりしたならば、私は仕事にはならないと思っています。人の不正常な行動には必ず理由があると思ってかかったほうが合理的解決につながると思っています。ははは。」
「どうしました。」
「つぼにはいっちゃうと、ついむきになってしまうのが、私の悪い癖で」
「悪くはないですよ。」本田も微笑んだ。
 ひたすら優しい時間が流れた。
「何か新しいものをご用意いたしますか。」
 頃合いを見てバーテンが口を挟んだ。
「もう一杯だけお付き合いください。」
 そう言ったのは、本田の方だった。」
「まかせていただけますか。」
「ええ。」
「ライウイスキーある?」
「なるほど、カンパリとベルモットもありますよ。」
「やられたね。そう、それで。」
「同じもので良いですか。」バーテンは確認して、バースプーンでカクテルを作り始めた。
「そういえば、今回のことでオヤジから久しぶりに、『お前はまだ青いな』と笑われました。」
「ほう。」
「憲章のことなのですが、私も賛成したのですが、あくまでも企業のプロボノという観点でした。そのことを言ったら、言われたんです。企業の目的は営利活動だぞって。楽しそうに、ウインクをするかと思いましたよ。」
「うんうん。」
「そうして、先生のおかげでいくつかの営業所が息を吹き返して。こういうことかと思ったら、まだまだだって。」
「どういうことですか。さすがにわかりませんね。」
「コンサルタント業務をするつもりなのですよ。まあ、総論的な話だろうけれど。今度こそ、先生にもご出馬願いますよ。」
「いや私は、いや。」
また、バーテンは、ある意味要領よく話を挟んだ。
「はい、お二人の友情に。」
「へへへ」大佛はいたずらっ子の笑顔を見せた。
「今度は父上も一緒に。」
「喜ぶと思います。」
優しくグラスを合わせる音が、カウンターの上で、ほの暗い明かりに溶けていった。




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