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離婚後等の面会交流について、子の父と母は誠実協議義務があることについて [家事]

熊本地裁は、平成27年3月、
それまでメールで面会交流の日時場所などを
協議していたにもかかわらず、
一方的にメールを用いず書面を郵送しての協議にかえたことなどが、
意図的な遅延行為であるとして、
監護親の代理人弁護士に対する不法行為責任を認める判決をだしました。
誠実協議義務違反がその理由です。

熊本地裁の判決の当否に言及するつもりはないが
誠実協議義務という観念は画期的だと思います。

裁判所の論理は、
調停等で、
「面会交流を行うこと
具体的方法はこの福祉の観点から
子の親同士が協議する」
と合意した場合は、

面会交流の実現に向けて
日時場所などの詳細について
誠実に協議する義務を負うとして、
その論拠としては条理を上げています。

つまり、面会交流をしましょうと約束したのだから
約束した以上、誠実に約束を守りましょうという
民法の一般原則から
誠実協議義務を導いているわけです。

まず、誠実協議義務の内容についてですが、
「誠実」とありますように
ただ、協議をするだけでは不十分だということになります。

一見協議のテーブルについているように見えても
この誠実協議義務違反として、以下の態様が考えられます。

まず、最初から合意達成の意思のないことを明確にする
交渉態度です。
「やっぱ無理、1年に3回が限界」とかですね

次には、交渉権限のないものを窓口にするというものです。
兄弟とか友人が協議の場に来て
あとは、本人に伝えますといったきり
返事をしないとか
実質的に何一つ進展しない場合です。

3番目として
拒否回答や一般論のみに終始し、
あるいは、同居時の非難とかですかね。
実質的検討に入らない場合。

4番目として
合理性を疑われる回答への十分の説明のないままの固執
というものもあります。
突如面会交流に変えて手紙と写真にする
と言い放ち、何ら譲歩しない場合なんかこれでしょうか。

5番目としては
検討をするといっては、時間を稼ぐばかりで
ずるずる先延ばしにしたり
話を何度も蒸し返すことが実際は多いかもしれません。

大切なことは、面会交流の実現に向けた努力を行うべきだ
ということです。

自分の意見に対しては、
その論拠を説明したり、資料の提示をしたりして
相手に理解を求める姿勢が必要だということになります。

会わせたくないから会わせないは通用しないということです。
(参考「労働法」第十版 菅野和夫 弘文堂 659頁)

それで、問題は論拠ですが
上記熊本地裁は、調停等の面会交流についての合意条項を
論拠としているようです。
これは固いところです。
約束をしていながら実現しないというのでは、
取引社会が成り立たないということになるので、
説得力があります。

ただ、面会交流条項がない場合、
例えば、離婚前の別居等の場合
別居親が同居親に面会交流を求めて
それを子どもと同居している親が、
ずるずる先延ばしにした場合は
なんともできないのかというところに不合理があります。

典型例は、母親が子どもを連れて同居していた家から去り、
父親に面会させないというケースですが、

母親が姑と折り合いが悪く
うつ病や、パーソナリティ障害などのレッテルを張られ、
子どもを残して、婚家から追放される
子どもに会わせてくださいという母親の願いを
ずるずる先延ばしにするという事例も
決して少なくはありません。
何年も会いたくても子どもに会えない母親も少なくないのです。

私は、そもそも面会交流は、
他ならぬ子どもの健全な成長に
役に立つものであるという考えに立脚していますし、
民法改正の問題意識や現在の裁判所の運用も
同じ考えだと思っています。

親同士は
離婚をしても、別居をしても親ですから
子どもの健全な成長に対して責任があります。
(この辺りは数日前のブログ記事を参照ください
 「離婚後の単独親権は、他方の親を排斥する制度でも、子どもを支配する制度でもない。13歳で亡くなったお子さんを追悼する。」
 http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-07-30 )

親の責任として、子のために
面会交流を具体的に実現する義務があり、
そのために誠実協議をする義務があると
そのように構成できないでしょうか。

当事者である子どもからすれば
面会交流の調停条項があろうとなかろうと
別居親との面会交流が妨げられており、
健全に成長することを親に対して要求する権利を
害されているということには何ら変わりありません。
その条項の有無で
誠実協議義務があったりなかったりすることは
子どもからすれば、理由があることとは思えません。

誠実協議義務の例外を認めるかという問題があります。

よく主張されるのは、
共同生活をしていたときに
父親の暴力があったために、
母親が父親に対して恐怖心を抱いており、
対等に話し合うことができない
というものです。

父親の暴力が、精神的暴力であることが一般的で、
父親側が、その事実を争っている場合が多く、
また、母親側が複雑性PTSDのような症状があり
実際に父親と対峙した場合にパニック症状を起こす場合もあります。
(逆に母親の精神状態から、
 父親に精神的DVがあったのだろうという
 乱暴な推論もかなり多く見られます)

なんにせよ、母親がパニック症状を起こしてしまうとなると
話し合いはできません。
誠実もなにもありません。

私は、このような場合も、
誠実交渉義務がなくなるのではなく、
誠実交渉義務の態様が変化するのだと思います。

即ち
母親側は、
自分が、パニックになるなど、交渉することが難しいことを
父親側に伝える努力をすることです。
そしてそれを父親側だけの責任とすることは置いておいて
面会交流の議論の過程では、
同居時の、子の父と母という人間関係の状態の問題だと
ひとまず置き換えていただきたい。

その上で、ある程度の権限を与えた
信頼できる代理人を立てるべきです。
その人に、直接交渉不能の実態を
できるだけ上記の争いのない事実をもとに
説明してもらうように努力するべきです。

弁護士のような職業的代理人は、
医学的、心理学的成果を踏まえて
客観的に、非難がましくなく、
相手方に伝える努力をするべきです。

そうして、父親側も
こういうケースは極めて多いので、
なるべく母親を刺激せずに、
相手方の負の心情を尊重するように
努力するべきだと思います。

何が正しいか、どうあるべきかは
二の次にするべきです。

なんといっても、
子どもが別居親と、安定して面会することを
最優先にしてもらいたいと思います。

問題は、母親が子どもと同居していて
パニック症状を起こす場合で、
親戚や友人も協力しない上に
金銭的余裕がない場合です。

即ち圧倒的多数の事例です。

現行制度に手を付けない緩やかな改革の要望としては、
面会交流の話し合いの代理人については、
なんとか公的援助を実現したいと切望します。
子どもの健全な成長のため、
また、自分は会いたくないけれど
子どもは別居親に会わせたいという
多くの同居親の願いからです。
(子どものために会わせてあげたいという気持ちと
 自分は会わせたくない、会ってほしくないという気持ちが
 併存していることが多いようです。)

根本的には、
調停という裁判を控えている制度のほかに、
家事紛争調停センターのような
非対立型の機関の創設を
熱望しているところです。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/kajityousei.html

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