SSブログ

仙台のケヤキが芽吹くころ (ある家庭内暴力の解決事例) [現代御伽草子]

<元依頼者からの電話>

仙台の春の始まりは、吹く風もまだまだ肌寒い。
定禅寺通りのケヤキ並木の若芽も、出ようかどうしようか悩みながらという感じである。


そんな日の朝、
弁護士大仏(おさらぎ)の事務所の電話が鳴った。元依頼者の内田花子からの電話だった。
昔、内田の依頼を受けたことの縁から、大仏は、内田のボランティアに時々顔を出していた。そんなことで、内田も気やすく電話をかけてきたようだ。

「どうしました。」
大仏の口癖みたいな電話の応対で始まった。

内田花子の話は大体以下の通りである。
「先生も知っていると思いますけど、私の友達のピカっているじゃないですか。」
(知らない)
「ピカが、女子高生が父親に虐待されて国分町(仙台の夜の歓楽街)で働いているので、養子にしたいって、できますか?」
「不穏当な話ということはわかりましたが、何がどうなっているんですか。」
「そうですよね。わからないですよね。すいません。つまり、ピカが、今女子高生を保護しているんです。その女子高生は、父親から虐待されていて、家にいられなくなってプチ家出をして、国分町でアルバイトしていたようなんです。心配なのでピカの家に泊めたそうです。ピカの旦那さんも気に行っちゃって、養子にしたいと考えているんだそうです。親の承諾なく養子ってできますか。」
(いや、まだよくわからないが、まあいいや。父親と関係が悪化した高校生の女の子を養子にしたいと考えているんだな。)

内田花子は、いろいろなボランティアをしたり、趣味のサークルで活動しており、交友関係が広い。確かに、ピカという名前は聞いたことがあるような気がするが、あったことも話したこともない。本名も聞いていない。

彼女の話は続いた。
「それというのも、もともとは、安積先生っていらっしゃるじゃないですか。社会保険労務士の。」
(確かに安積先生は、女性の社労士だ。元々は私の仕事仲間だ。いつの間に、内田花子とつながりができたのだろう。)

「安積先生のお子さんの同級生で、お父さんに虐待されて居酒屋でバイト始めたお子さんがいて、安積先生が心配になって、コーラスサークルに連れてきたんです。そこにピカも入っていて、話があったみたいで、ピカの家に連れて行ったってことなんです。」

この人たちのネットワークはすごい。それほど仲が良さそうでもないし、きっちり自分のプライベートを確保していながら、いろいろなことを共同で行っている。一言で言えば、楽しんでいる。いったい何人とかかわっているかはわからない。いざとなれば強力な力を発揮しているようである。しかし、親子を引き離して、養子縁組をするというのは、少し先走りし過ぎではないか。



<大仏のアドバイス>


「いやちょっと、花子さん。子どもを父親から引き離すというのは、あまりにもドラスティックではないですか?」
「でも、子どもだし、女子だし、暴力は許せませんよ。」
「たしかに、暴力はだめですが、何か理由があるかもしれませんよ。あっ、いやいや理由があってもだめですが、先ず理由を考えることが解決の糸口になるかもしれません。お母さんはどうしているのですか。」

「あっ、実は、両親は離婚してるんです。女の子は、最初お母さんのところに引き取られていたんですが、いろいろあって居づらくなったし、もともと仙台なので友達もいるしということで、お父さんのもとに戻ったって話です。」

「じゃあ、もともと虐待があったわけではないかもしれませんね。娘さんは自分からお父さんのところに行こうとしたのですからね。お父さんは、きちんと働いているのですか。」

「結構いいところでサラリーマンしているようですよ。」
「そうするとね。お父さんから引き離してしまうようなことになることは、あまりお勧めできないですね。やっぱり。もしピカさんとの折り合いが悪くなってしまうと、本当に行き場がなくなってしまうのですよ。未成年者がアパート借りるっていうのは、それはもう大変なのです。」
「娘に暴力をふるう父親ってどうなんですかね。」
「うーん。そういう場合、お父さんはだいぶ傷ついてる可能性がありますね。離婚で子どもを連れ去られると、自分が人間として全否定された感覚になるようですよ。」
「暴力はだめですよね。」
「暴力はだめです。ただ、暴力の中には、自己防衛的な暴力っていうのが、結構多いんです。いろいろなことに過敏になっているんです。暴力に賛成することはないのですが、何から自分を守っているのか、それを話させてあげたいですね。むしろ励ましてあげた方が、暴力がなくなることもあるんです。自分を分かってくれない人の話は受け入れられませんからね。大丈夫だよ、お嬢さんは、あなたの元から離れようとしているわけではありませんよってね。親子の気持ちの交通整理ができるといいんだけどな。」
「わかりました。」
(おお、珍しく物分かりが良いな。)
「つまり、養子縁組はだめだってことなのですね。」
(いや、そこ?でもまあ、結論はあっているか。よくわからないのは、花子さんの思考回路ということだけか。)
「とにかく心配しているので、預かっていることだけはキチンと連絡しなければだめですよ。乗り込んでくるって言うなら、私が話をしてもよいし、いつでも連絡ください。」
その日の電話は終わった。


<事件のその後>

あるボランティアの日。会議が始まるまでには少し時間があった。大仏は、内田花子に、問いかけてみた。
「あの時の高校生はどうなりました?」
「あれ?報告していませんでしたっけ?」
(聞いてない。)
「実は、彼女のほうが悪かったみたいなんです。今、彼女、父親と一緒に暮らしています。」
「ええっと、養子の話はどうなりました。」
「まあ、養子っていう形ではないけれど、今でも行き来はしているようですよ。」
「ほう。」
「先生とお話しした後、お父さんに連絡を入れようとしたのですね。ピカの家にお父さんが乗り込んでくると困るので、ピカは娘さんの面倒をみてもらったんです。お父さん対応チームということで、安積先生にお父さんに連絡を入れてもらったんです。そうしたら、お父さんから、感謝されて、お会いしてお例が言いたいって言うんです。もしものこともあるから、ファミレスで話すことにして、クミちゃんとキイちゃんと一緒に行ってもらったそうです。」
(それは正しいな。二人は、ボランティアに顔出してくれている仲良しさんだ。おしとやかなクミちゃんと愛くるしいキイちゃんならば、男と名のつく生き物は、すべからく怒りを手放してしまうだろう。まさかねらったわけではないだろうけれども。あれ、それにしてもどういうつながりなのだろう?まあ、いいか。)

「お父さんは、とても常識的な人でした。まず、お礼を言ってくださったんで、安心できました。それでね、確かに、一度手を上げたそうなんです。そのことを本当に後悔しているみたいでした。でも、話を聞いたら、娘の方が悪いんですよ。これは、手を上げても仕方ないかなと。」
(あれほど暴力はだめと言ったはずだが)
「彼女の言葉ばかりうのみにしてしまって、かえって安積先生の方が恐縮してしまったそうです。それで、子どもチームに連絡を入れたんです。子どもチームの方が、彼女から話を確認したところ、お父さんの言う通りだってことになったんです。ピカちゃんもお父さんも、しばらくピカのところに泊まってもいいよって言ったんですけど、お父さんのところに戻るって言いだして、ファミレスで合流して二人で帰ったそうです。」


<大仏の観想>

これは、贅沢な解決方法だったと思う。大勢の大人たちが、一人のために行動を起こしたということがすごい。
なるほど、ある程度社会生活を営める大人ならば、何人かでかかわれば、暴力も振るわないだろう。そうか、子どもをケアするチームと、父親と対決するチームと分けるだけの人数がいたことが、早期解決の決め手だったようだ。
お父さんの話を聞いてみようというということになってくれたのはよかった。これが公的機関なら、配偶者暴力の場合だけど、一度暴力夫ということになったら、「あなたの話は聞かない。あなたと話すことはない。」ということで、話がややこしくなっただろう。実は、こういう事例は最近多くなっている。お父さんも、話ができて救われただろうな。かえって、皆にかかわってもらえるなら、よかったと思う。高校生くらいの女の子は、父親には手に余るのだから、ピカさんたちの協力が得られて、それがピカさんも嬉しいなら、甘えればいいだろうな。
高校生も、自分のことを守るために、話を大げさに言ったということならば、それは自然なことだと思う。それを包み込んだ、ピカさんたちのやさしさもすごい。いい話だな。なによりも、お父さんのところに帰るっていうことを、自分から言いだしたのは、お父さんが怒っていないということが伝わったからだろう。そうすると、お父さんチームのメンバーもグッドジョブだな。

花子さん、電話では話が通じていたかどうかわからない受け答えだったけど、ちゃんと聞いていたんだな。ちゃんと要点を抑えていたんだ。もう少し、それを分かりやすく受け答えしてくれれば、私ももう少し疲れないだろうな。


定禅寺通りのケヤキ並木は、芽が出たと思ったとたん、次々と芽吹き始める。10日も過ぎると、葉が生い茂って、春から初夏の装いが整う。大仏の心にも、緑の風が吹き渡ったような心持となった。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0