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過労死落語 文一ドットコム [現代御伽草子]

過労死落語 文一@

弁護士の落語っていうと、東京の女性の先生の憲法落語の二番煎じってことになりますが、まあいいや、落語って方法を使わない手はないもんだってことで、プライドも何もなく始まるんですが、

私のは、もう、古典落語「文七元結」のパクリです。人情噺の名作です。おそらくこれからお話しすることよりも、感動すると思いますから、機会があれば本物を是非お聞きください。こうやって、正々堂々とパクることができるのは、素人落語の良いとこですね。

古典落語といえば、別々の話しに同じ名前の登場人物が出てくるのですが、結構この名前はこのキャラクターというお約束があったりするんです。一番有名なのは「与太郎」でしょう。「感じ方が激しいやつ」とか、「一本抜けているやつ」とかいろいろ言われている彼です。今回主人公は文一ではなく「くまさん」です。落語の「くまさん」は熊五郎っていう名前で、魚屋だったり、左官職人だったり、大工だったりその落語によって違いますが、腕がいいという共通点があります。でも、酒で身を崩してという共通点もあり、落語ですから、最後に立ち直るんですがね。この話は現代が舞台ですから、クマゴロウっていう名前はちょっとねえって感じなんですが、まあ、隈本さんってことで、強引にくまさんって言って始めるわけです。最初は、くまさんの家でおかみさんとの会話からです。

女房:お前さん、会社の方が迎えに来られたよ。勝手に会社休んじゃったんで、叱られに来いっていうのかねえ。
くま:え?まじか?もう夕方になろうっていう時だぜ。会社が一介の従業員を家まで迎えに来るって話は聞いたことないな。ああ、でも見せる顔もないしなあ。
女房:それじゃあ、どうする?
専務:くまさあん。ぐあいどうですかあ。
くま:ええ、専務さんがわざわざ気なすったのかい。
いやいやどうもすいませんわざわざ申し訳ありません。
専務:まあ、元気そうだね。それじゃあ車待たせているから行こう。
くま:わかりました。覚悟を決めました。お供します。
専務:くまさん。夕飯まだですよね。
くま:ええ、夕飯どころか朝から何にも食べていないんで。
専務:社長の言ったとおりだ。

くま:ええっと。
専務:さあ、ここだよ。
くま:ここは・・・中華料理屋ですね。
専務:ああ、社長もお待ちかねだよ。
くま:もしかして中国マフィアとかも一緒にいるんじゃないでしょうね。隠し部屋みたいなのがあって。
専務:何をわけのわからないことを。

くま:あ、社長。このたびは申し訳ありませんでした。どうも、気まずくなっちまって、会社に出られなくなってしまいました。
社長:やあ、よく来たね。あの件は、おまいさんの責任じゃないよ。やっぱりそのことを気にしていたんだな。まあ、そんなことより、ビールでも開けようね。
くま:え、お叱り会とかではないんですか。
社長:何言ってんだい。中華料理屋だから中華を食べるんだよ。たまにはいいじゃないか。お宅に押し掛けるのもご迷惑だと思って、わざわざご足労いただいたってことだよ。
くま:だって。
社長:だから、あの徳川商事の注文だがね。私のにらんだところによると、はじめから下請けいじめなんだと思うよ。あんな仕様書の部品なんて、はじめから無理だ。その上、今月からいくらいくら納めろなんて無茶もいい所だ。
でもね、安川がいろいろ検討してくれてね。どうやら、通常のねじを使うと電流が変わっちゃってうまくいかないんだ、タイプA1Cっていう型のねじを使えばうまくいきそうなんだってよ。
くま:なんだか糖尿病みたいなねじですね。
社長:ははは、但し、そのねじは、ずうっと前に生産中止になっていて、卸会社でも聞いたことが無いってくらいだったんだ。これから型を作って素材を集めてというと、生産開始は来月の後半くらいなんだな。なあに、明日かけあってくるよ。だめなら下請外しだってなんだって受けて立つよ。
時にくまさん。今日はどんな心もちだったんだい。
くま:いや本当に。一日ぼけっとしていたような気がします。あっという間に夕方になったって感じですが、ずいぶん長かったって感じです。なんだか、鉢植えの木の葉っぱをじっと見ていました。だんだん、自分は生きていてはいけないんじゃないか、死ななければいけないんじゃないかって、
社長:やっぱりな。くまさんは責任感が強すぎるから、それがあだになって、病気になりかかっていたんだよ。
くま:あっしが病気ですってい?
社長:死ななきゃいけないって思うってことが病気の症状なんだよ。いいかいくまさん。生きとし生けるもの、おけらだってあめんぼだって、生きようとするじゃないか。自分から死のうなんてものは何もないだろう。
くま:あああ、そうですねい。
社長:それは、脳の誤作動ってやつらしい。病気の症状らしい。風邪引けば、咳をするようなもんだ。
くま:そうだったんですかい。
社長:それからな。ああいう大企業の横暴で、なんともできない時、絶望的になるだろう。助かる方法がないというか。
くま:へい。
社長:くまさん、自分を責めたろう。
くま:そうなんです。でも自分を責めると、少しホッとしてしまったんです。なぜだか知りませんが。
社長:自分が悪い、自分が何とかできれば、うまくいったはずだと思って、絶望しないための生きる仕組みらしい。
くま:そうなんですか。でも社長、おかげさまで、すっかり良くなりました。このチンゲン菜ももりもり食べられます。私が病気にかかりはじめだったら、さしずめ社長さんは、お医者さんですね。
社長:こっちだって必死だったよ。奥さんに電話したら、その調子だったろう。このまま病気が重くなって会社に出てこられなくなったら、それこそ会社の一大事だ。病気はかかり始めが肝心っていうだろう。徳川商事の取引より、うちでは、くまさんの方が大事なんだよ。
くま:ありがてぇ。ほんとうにありがてぇ。今度はうれしくってこの鶏肉が食えないですよ。
社長:よかったよ。本当によかったよ。

くま:社長すっかりごちそうになってしまって。こんなにお土産ももらっちゃって。ありがとうございます。
いえいえ、もう元気ですから、少し夜風に吹かれて歩きたいんで、うちまで行進していきます。ええ、もうすっかり元気になりました。

くま:てえってくらあ。そうだ、かかあに電話しておくかな。
あの、千代子さんですか。私です。はい、はい、たくさんごちそうになりました。社長さんが、お土産まで下さって。飲んでない飲んでない。今日はそれほどは。本当。もうはやく千代子さんに電話したくってさあ。歩いているところだよ。もうすぐ澱橋だから、あれ?ちょっと一回切りますね。

くま:もしもし、もしもし、あなたどうしたんですか。黙ってらっしゃるけれど、おい、まてぃ。ちょっとだけまてぃ。あぶねえな。何しているんだい。
文一:痛いなあ。何するんですか。
くま:何するんですかもないもんだ。こっから飛び降りたら、大けがして一生病院暮らしだぞ。決して死ねるとは限らねえぞ。うんうん。へたり込んでねえで。冷えるからな。ちょっとあそこにベンチがあるから、ちょっとあそこまでいこうな。
文一:どうして私に声をかけてくれたのですか。
くま:どうしてって、少しは正気に戻ったようだが、変だからだよ。
文一:変って。
くま:そりゃそうだろう、室内スリッパはいて、高い橋の上で欄干握りしめて川底にらんでいたんだから、正真正銘の変。
文一:あ、スリッパですね。でも、いいんです。どうせ私は、生きている価値だってないんです。止めてもらったのかもしれませんが、よけいなことされたんですよ。
くま:なに、死ななければならないってことか。
しかしな、死ななきゃいけないって思うってことが病気の症状なんだよ。いいかい。生きとし生けるもの、おけらだってあめんぼだって、生きようとするじゃないか。自分から死のうなんてものは何もないだろう。それは、脳の誤作動ってやつらしい。病気の症状らしい。風邪引けば、咳をするようなもんだ。
文一:脳の誤作動ですか。
くま:ことによると、お前さん、自分を責めて少しホッとしているんじゃないかい。それは絶望を避ける生きるための仕組みんなんだぞ。大企業の横暴なんだぞ。
文一:うちの会社は、大企業じゃないですが。そうです。自分が悪いと思うと、少し救われたような気がしました。そうだ、そうやって、だんだんと自分が悪いということに逃げてきたような気がします。
くま:元気になったら飯食え。こっちは柔い餃子で、社長がかかあに持っていけっていうからダメだけど、こっちは俺がもらってきたチャーハンの残りだから食え。
文一:いえ私は食欲は。
くま:なんだな。まだよくなっていないんだな。
文一:あなたは面白い人ですね。どうして私に優しくしてくださるんですか。
くま:え、だからさあ。会社にとって、徳川商事よりもって、お前さん、うちの会社の従業員じゃないからなあ。そりゃあだめか。それは、さっき出なかった質問だなあ。いや、こっちの内緒話。ううん。ううんと。おう!おそらく、人間だからじゃないかな。うん、ちげえねえ。俺も人間だ、おまいさんも人間だ。間違いない。
人間って、誰か困っている人を見たら、助けたくなる動物なのかもしれねえな。
文一:それでも、私は、九州からこの格好でやってきたんですよ。ここどこですか。
くま:仙台よ。宮城県だから宮崎県じゃないぞ。
文一:誰一人声をかける人はいませんでした。
くま:いや実はな。おいらも、昨日、取引先の徳川商事からの発注をさあ、無理だってわかっていて請けちゃったんだよ。ほい、いいから食べな。請けたら大変なことになるってわかっていたんだけど、ハイ箸。請け無ければ出入り止めだっていうんだろう、なんだからわからないうちに予備契約してしまってさあ。案の定部品がなくって、明日社長が謝りに行くってんだよ。会社に行こうにも行けなくてな。
文一:それは、はめられましたね。
くま:今はそれもわかるような気がするが、今朝はもう、飯は食えない、着替えはできない。とても会社に行くことはできなかった。入社してから30年たつが、初めてのことだったよ。油が切れたっていうか。それが何で陽気に手土産持っているかっていうとな。社長がわざわざ家まで迎えに来てな、中華料理をごちそうしてくれたんだよ。嬉しくてうれしくてな。なあに、さっきから言っていたことは社長の受け売りよ。
文一:なんていい会社なんでしょう。うそでもそんな会社考えたこともなかったです。
くま:お前さんも会社がらみだな。
文一:私の上司は、厳しくて、何をしても叱られるんで、叱られに会社に行くようでした。チャーハンうまかったです。もう本当に腹いっぱいです。給料泥棒だとか、役立たずって言われるのはまだよいんですが、お茶を出すタイミングが悪い、そんなの俺の孫でもわかるってこうですよ。
くま:それはえげつないぞ。えげつないって言葉わかるか?
文一:ははは、それは日本語だと思いますよ。わかりますよ。
くま:おや、わらったね。いい男じゃないか。

女房:お前さんかい。こんなところで何やってんの?いつまでも帰ってこないから心配になっちゃって。
くま:うわ女房が来た。いや、この方がね、部屋履きスリッパで九州から仙台まで来たんで、その
文一:奥さまですか。旦那様に命を救われました。
女房:おやおや、今日はいろんなことがあって、一日が長いね。
くま:職場で大変ご苦労されているそうです。
女房:そうかい。大変だねい。ところで何の仕事をしているのさ。
文一:ねじの製造販売をしています。
くま:なに?
女房:どうして、こっち来ることになったんだい。
文一:あんまり覚えていないんです.気が付いたら、旦那様に投げられて尻もちついていました。実は、私の上司が怖いというか、なんというか。本当は自分の発注ミスで特殊なねじを大量生産してしまったんですが、特売するから売りさばけっていうんです。みんな真に受けません。使い道のないねじですから、売れるわけないんです。私は、だめだと思っても、他の人がやらないなら自分がやらなければと思って営業して回って、ねじは案の定売れないわ、日常業務はできないでわと私だけが怒られる格好になっちゃって。もともと人が少なくてやることが多くて。最近は、家に帰る時間ももったいなくて、会社のソファで寝ていました。それでも売れません。そうしたら、責任とって買い取れっていうんですよ。じゃなければ会社やめちまえって。
くま:そんでおまいさんどうしたい。
文一:買い取りましたよ。貯金は全部ぱあ。もう会社にも行けないし、大量のねじの在庫抱えて生きていけないと思って、
くま:ところでさあ、そのねじなんていう型なんだい?ことによるっていとヘモグロビンっていうんじゃないかい。
文一:そんな名前のねじは知らないなあ。糖尿病みたいだな。
文一:あっタイプA1Cですか。
くま:そうそれ、タイプA1C。お前さん、それきちんと売買契約書あるの。
文一:ええ、にやにやして書かせられました。半額に負けてやるって大儲けだなって。悔しいから、倉庫借りて、そちらに全部移動しました。
くま:在庫いくらあるの
文一:ざっとケースでこれくらいですが、
くま:ことによるとそれ全部買うぞ。
女房:そろそろ冷えてきたよ。専務さんから小籠包持たせたからこれもどうぞって、ビール券もらったよ。お客さんも今夜はうちに泊まりなよ。どうせ命を助けたんだから遠慮はいらいないよ。

その夜は、遅くまでしみじみ宴会が続いたそうです。文一のねじは、ぴったり使えるもので、会社が全部買い取ったそうです。徳川商事の納期も無事に守られました。徳川商事の担当者が、これを知って会社まで来て、大声を上げながら泣いて、土下座をしてくまさんに感謝したそうです。どうやら担当者も上司に無理難題を言われて、責任をくまさんに押し付けた形になったということでした。御社のご恩は一生忘れないと、その後も何かにつけて優遇していたそうです。
文一は、前の会社を辞めて、投げ売りで買い取ったねじを正規の値段に近い値段で売り払うことができ、蓄えた資金で、中小企業専用で会員制の物資流通情報サービス事業を始めました。文一ドットコムという会社です。絶望していた需要と供給を取り持つ会社は絶大な信頼を持ち、口コミで会員がどんどん広がっていきました。その中で下請けいじめの会社の告発や、パワハラ上司への警告なども行い、たいそう繁盛したようです。文一ドットコムというお話でした。


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