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過労死防止啓発シンポジウム宮城ご報告 解決例の蓄積と他人の目の導入 survivor8  [労災事件]

11月26日、エルパークスタジオホールで
宮城の過労死防止啓発シンポジウムが行われ、
本日の地元紙にも写真入りで報道されました。
多数お運びいただきありがとうございました。
(報道より参加人数は多かったようです)

かなり内容の濃いシンポジウムになったともいます。

第1に、過重労働でうつ病発症した3人の方が
別室で声の参加をされました。
自らの体験談をリアルタイムに語ってもらいました。
お三方とも打ち上げに参加され、
とても良い表情でした。

第2にというか、これがメインなのですが、
過労死の悲惨さを訴えるだけでなく、
どう解決していくかということを
心理学者の先生2名に研究していただいて
その成果を発表できたということです。

これまで、過労死の悲惨さとか
抽象的な会社の論理とか、
人間として扱われていない
というようなことは言われてきたのですが、

解決する例があり
それはどうやって解決したのか
ということの研究はあまりなかったのではないでしょうか。

成功例から具体的に過労死を止める
という発想は、独特のものでした。

今回は、お二人の先生に
主として二人のサバイバーを研究していただきました。

バックアップ研究として、
かなりの人数のうつ病治療を受けている人たちからも
希望の会の例会で話していただきました。

共通する話に落ち着いて行った方向として、
自分の都合、自分のモチベーション、感情
そういうことが自分の職場での行動につながず、

会社として必要な行動
会社として必要な発想
が、自分を動かしていたというのです。

上司だったらどう思うだろうか
会社からすればこうしてもらいたいはずだ
ということだけで動くわけです。

これがパワハラ被害者から
パワハラ加害者へ転じる原因にもなっていたようでした。

会社からすればという考えですから、
「疲れた」とか
「これは自分でやることは無理だ」
ということは、
「そんなことを考える自分は劣っている」
「自分に能力がないことは悪だ」
という発想になっていくようです。

これを一人のサバイバーは、
自分軸ではなく、他人軸で物事を考えていた
と言っていました。

目の前に仕事があると
それをこなすことがまずメインテーマとなりますから
自分の状態を自分で気にかけることもできなくなり
過労死スパイラルに陥っていく
ということらしいです。

今回、二人のサバイバーが
過労死スパイラルから脱却できたのは
偶然の要素があります。

お一人は、長期連休中に
何もしないで一人でいて
自分はやっぱりおかしいと
うすうす気が付いていたことに
結論を出せたようです。
退職という結論が天から降ってきたと言っていました。

もう御一方は、
業務中の交通事故に遭ってしまい、
入院と療養で、会社を長期休職しました。
そこでようやく退職ということを意識できたそうです。

事故前は、退職して転職するということは発想になく、
会社を辞めることは死ぬことだと
極端な視野狭窄に陥っていたようです。

偶然でも何でも、解決事例です。
会社から距離をとるということは、
そう簡単ではありませんが、
これまでのsuvivor研究を
このブログに掲載していますので、

特に一度距離をとるべき人、
距離をとらなければならない状態の人は
参考にしてみてください。


【宣伝】 過労死する前に仕事をやめる方法 心理学者のみた過労死防止の技術 過労死防止啓発シンポジウム宮城 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-10-27


今回シンポジウムでもう一つ解決例に学ぶ
過労死防止の方法が提起されました。
これが一番大事だと思います。

自分のことを自分で評価するということは
なかなか難しいことだということです。
過労死スパイラルの中にいた場合は、
ますます難しくなります。

自分で気づくことが難しいのなら
他人に気づいてもらうということです。

自分軸を取り戻すために
他人の目を導入するということです。

家族や職場の仲間でもよいのですが、
過労死スパイラルに陥る前に、
緩やかな、つながりですね
一か月に1回とか2か月に1回とか
そういう、会おうと思えばいつでも会える仲間で
経済的なつながりがなく
別に会わなくても非難もされない
そういう人間関係が理想のようです。

趣味の集まりでもよいのでしょう。
同窓会や、一歩踏み込んだ異業種交流会
なんてのも使えるかもしれません。

もちろん、対人関係学の勉強会でもよいですね。

そこで、必要な人間関係は
相手の未熟さ、欠点、弱点を
責めない、笑わない、批判しない
という態度で、安心した居場所である
ということです。

誰かが一方的に、誰かにああしろ、こうしろ
と指図をしない関係であるとよいですね。
それぞれが思いのままにふるまって
誰も嫌な気持ちがしない
そんな関係でしょうか。

なまじ利害関係があると
相手に多くを期待しすぎてしまいます。
批判をしたり、感情的になってしまいます。

それがない集まり。
それが理想のようです。


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