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上から目線の「過労死するくらいなら仕事をやめろ」ということが有害だと考える理由 [労災事件]


SNSなんかで、よく事情も分からずに
「自殺するな」とか、
「過労死するくらいなら仕事をやめろ」とか、
なんで?っていうくらい上から目線で
攻撃的に語り掛ける人がいますが、
やめてもらえないかと思います。

わたしでさえ、なんか責められているみたいで、
苦しくなってしまいます。
そこで働いていることが
悪いことをしているみたいに思えてきます。

だいたい、伝わるべき人の心に響きません。

その理由

「あたかも、そういう上からの人は、
 過重労働等で苦しんでいる人が
 自分の苦しさを自覚していて、
 それが過重労働によるものだと
 理解している
 そうして、過重労働から抜け出す選択肢を持っていながら、
 その選択肢を、行使しないで、しがみついている。
 つまらない見栄や、生活費のためが、その理由だ。」

これらは、概ね間違いです。

第1に、
自分が苦しいということを自覚することはなかなか難しい
という事情があります。
苦しいんですが、苦しみの連続なのですが、
何とかしなくてはならないという気持ちがあります。
自分が苦しんでいるという客観的な視点はありません。

これに気が付けば、多くの人は仕事をやめますよ。
どうやって、それに気が付くかということを
東北希望の会では、弁護士、心理士、
遺族、当該労働者のチームで去年研究したのでした。

特に、過労死に陥りやすい人は、
家族と接する時間が短いので、
家族の気づきはなかなか困難なので、

仕事との距離を置く(四、五日休む)ことが有効で、
距離を置くことを考えるべき性格の人
距離を置くべき事情を類型化し報告しています。

そのまとめの記事
【宣伝】 過労死する前に仕事をやめる方法 心理学者のみた過労死防止の技術 過労死防止啓発シンポジウム宮城 
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2016-10-27

この中では、特に、おかしくなる前から
華道とか、茶道とか、
自分の心の状態が客観視できることを続けることも
有効だということを報告しています。

それだけ、自分の状態を自覚することは
大変難しいようです。

第2に、過重労働のために苦しいという自覚はさらに難しい。

過労死や過労自死になりやすい人は、
苦しいからといってそれをやめようとしません。
先ず「与えられた仕事はやらなければならない。」
次に「やり通すことができない場合はさらに頑張る。
   残業してでもやり遂げなければならない。」
そして、「途中で投げ出すと、自分がだめな人間になる。」
という意識を持つ人が驚くほど多いのです。

従って、苦しいと自覚しても、
それは自分が悪いのだということで、
さらに頑張る理由にしかならないのです。
ここもポイントです。

おそらく、仕事のために苦しんでいるという自覚があるのですが、
さらに頑張ることが、彼らにとって
自己防衛の行動として自分を守る意識なのでしょう。

企業の方も、
まじめで責任感が強いという人に
甘えて仕事を振っていると、
思わぬ落とし穴があるということで、
「この人は特別大丈夫だ」
という気持ちを捨てることが大切です。

第3に、自発的に退職する選択肢はないということ。

特に、過重労働や職場の人間関係が原因で、
悩み切っている人たちは、
退職する選択肢はないようです。

いろいろな過労うつ体験者の話を聞いても、
もう辞めたいという気持ちにはならないようです。
「このまま苦しみ続けるか、
 死ぬか。」
という視野狭窄状態になっているようです。
やめるということと死ぬということが
同じ意味になってしまっているところが怖いところです。

第4に、生活費のために退職しないわけではない。
確かに、収入がなくなることはとても怖いです。
しかし、そこまで、つまり退職後のことまで
考えが及ぶようなら、半分危険から脱出しかけている状態です。

生活費が無くなることを恐れて
仕事をやめられない
というわけではないのです。

対人関係学的に言えば、
人間は本能的に、所属する群れ(対人関係)から
外されないように努力してしまう
ということなのです。

いじめも同じです。

攻撃されればされるほど、
自分の行動を修正しようとしますが、
どうしても群れから追放されることを
免れる手段がない、不可能だと認識すると
生きる意欲が失われていく
というように把握していた方が
予防の上からは有効だと思います。

冒頭掲げたSNSは
善意なのはわかるのですが、
以上申し上げたことから、
苦しんでいる労働者をさらに鞭打つ
あなたの選択肢は間違っている
ということを突き付けているだけで、
退職しろという結論が正しいとしても、
どうやってその結論に向かえばよいのかということを
一言も提案しないで
絶望だけを突き付ける結果となる
そういう可能性があるということを
指摘しなければなりません。

他人が頑張れと言っても
下手すれば、死ねといっていることと同じになる場合があります。

きちんとした信頼関係を築いた上で、
相手が自分の状態を自覚し、
合理的な選択肢を持てるように
誘導することが必要です。

また、それは専門家だけが行うことよりも、
家族なり友人関係なり、
その人を取り巻いている
暖かな対人関係の存在を自覚させ、
問題のある職場などの対人関係に
不具合があることに気が付かせる
そういう丁寧な
集団的な作業こそが有効であると
経験上感じていることを申し上げておきます。
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