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仙台市講師のいじめアンケート書換えは氷山の1角であるという意味。個人攻撃よりも取り上げるべきこと 日本の国家政策の一貫姿勢 [弁護士会 民主主義 人権]



仙台市の小学校で、子どもたちが記入するアンケート調査を
講師が書き換えていたということが全国ニュースになっています。

後追い記事は、この講師の教師がいかに乱暴な人間であったかということにとどまっています。
それがダメだとは言いませんが、もっと他に取り上げることがあるだろうと思います。

この講師は勝手に他人の書いたものを直接書き換えていた点が悪どいところですが
アンケートを操作するということは学校現場において悪びれもなく行われているようです。

アンケートは記名式で行われます。
アンケートを書いた児童を呼び出して、話を聞き、
「それはいじめではないよ」と説得して
本人に書き換えさせることは、学校や地域によっては常態化しているようです。

また、アンケート調査開始にあたって
いじめにあたる例と当たらない例を説明してからアンケート記入をさせる例もあるようです。

友達との喧嘩の場合はいじめではないよ
話をしていて、自分の意見が通らないこともいじめではないよ
うっかりあなたが来ないうちに出発しているだけならいじめじゃないよ。
言い合いになっても、すぐ仲直りをしたらいじめではないよ
とかです。
おそらくこれを読まれた方は、そりゃそうだろう、そんなものはいじめではないはずだから
問題ではない
と思われるでしょう。

しかし、いじめ防止対策推進法のいじめの定義は
児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
ということになっています。

つまり、例えば同級生の行為であれば、本人が心身の苦痛を感じていれば
全ていじめになってしまうわけです。

だから、この定義を限定する事前のレクチャーは
全てアンケート内容の改竄と同じことになってしまいます。

この定義が問題であり、いじめ防止にどこまで役に立つか、
それ以上の弊害は無いのかという考えは健全ですし、
私もそう思います。
おそらく、学校現場でもそう思っていることでしょう。
また、いじめに該当すると、
学校はいじめ行為をした生徒を処分しなければなりません。
ますます、いじめの定義を限定したくなるのはよくわかります。

しかし、法律が定義をしている以上、
これと違う定義を表立って作り直すことはできません。
このため、各地で、あるいは各学校で、
独自の定義を作って、いじめ防止をしているのです。
いじめアンケートなんてこんなものです。

だからいじめアンケート改ざん問題が出たならば
こんな使えない定義をいつまで温存するのだということを
マスコミを含めて考えなければならないのではないでしょうか。

この改ざんをした講師という身分にも着目するべきです。
身分が安定していない非正規労働者の性質を持っているわけです。
そんな不安定な立場の人に教師をやらせていること
なぜ正規の先生を使わないのかということにも
目を向けるべきではないでしょうか。

それはともかく、
自分がいじめられたと思ったらいじめ
あとは処罰というのは、
実は日本の弱者保護の基本政策として一貫しています。

配偶者保護法も
一定の行政機関に相談したら、即「被害者」という実務です。
そして本当は加害を与えているかどうかわからない夫婦のもう1人が
「加害者」という名称で扱われるのです。
そして家族を断裂させていくしか政策がありません。

児童虐待も、全てではありませんが、
通報によって、児童を隔離して一定期間義務教育も受けさず
親に会わせず、高校を卒業したら勝手に生きていきなさい
ということが実態です。
子どもが親と家族を再生したいと強く訴えない限り
子どもが望んでいないからと言って会わせないのです。
子どもは自己責任を負わせられています。

そういう政策が、どの政党からも問題視されていません。
実態調査が必要だという声もないのが実情でしょう。

単純な正義感による怒りに国民を誘導するマスコミも
結果として一役買っているわけです。

マスコミはいじめがあったかどうかということにだけこだわるわけですが、
法律の定義のように漠然としたいじめに該当すると一度言えば
加害者探しと加害者糾弾という心地の良い正義感の発露に
貢献しようと煽り続けるわけです。
いじめの定義が漠然として広範囲だと知っていながら、
それを知らない国民に対して
いかにも、複数の生徒で1人の生徒を
執拗に繰り返し嫌がらせをした
という誤解を助長させて行きます。
いじめという言葉の感覚を利用しているわけです。

DVという言葉、虐待と言う言葉も
国民は勘違いを利用されています。
そして、正義感を行使する手段として
加害者を糾弾する。
これが基本パターンです。

これでは防止なんてできるわけがありません。

また、たびたび間違いを犯すのが人間ですから
間違いを学習して人間関係を再生することこそ
行われるべきことだと思うのですが、
そのような政策は一つもありません。

マスコミにも全くそのような視点はありません。
特にいじめは学校現場の問題ですが、
いじめの後の教育という視点がおよそありません。

要するに、国の政策は
何かことが起こり不幸になることを予防するということはしないで、
何かことを起こした者に不利益を課すだけの政策なのではないでしょうか。

その代わり、被害者に対して加害した者に
もれなく不利益を与えることが優先で、
そのためなら被害を与えていない者に不利益を与えても
まあ仕方がないかなという制度設計だと言わざるを得ません。
国民にあみをかける政策なのです。

あなたは、その網に
今のところ、かかっていないだけかもしれません。

ただ、どんな網が用意されているかについては
予め知っておくことが必要だと思います



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コメント 4

ドイホー

申し訳ありません。こちら、暴行の被害家族です。
記事をきちんと読みましたか?現場を理解して書いてくれていますか?
は自分の暴言などを書きかえたのですよ。
by 被害者 (2020-12-12 23:13)
というコメントをいただきました。固有名詞の管理はいたしかねますので、申し訳ありませんが、コメントは削除の上、固有名詞を外しコピペさせていただきました。また匿名で検証しようがありませんので本当に被害者のお身内の方かどうかもわかりません。
その上でコメントをさせていただくのですが、ご指摘の記事は読んでおります。当該講師を非難されるお気持ちはごもっともだと思います。この点について否定評価をする意図はありません。
by ドイホー (2020-12-13 10:59) 

Yamanaka

>要するに、国の政策は何かことが起こり不幸になることを予防するということはしないで、何かことを起こした者に不利益を課すだけの政策なのではないでしょうか。

 先生がおっしゃっていることに通じるところがあるのかもしれませんが、11月11日付けの日経新聞web記事で、「離婚などで別居した親子らの面会交流について、法の不備で不自由を強いられ、憲法が保障する基本的人権を侵害されたとして、10~20代の子ども3人を含む男女17人が11日、国に1人10万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。原告側によると、面会交流を巡る訴訟は各地で起こされているが、子どもが原告となるのは初めて」という報道が出ました(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66097140R11C20A1CR8000)

 この記事の終わりには、「幼少期に両親が離婚し、母親と暮らす原告の男子中学生は父親と半年以上会えない状態が続く。提訴後、東京都内で開かれた記者会見で『次はいつお父さんに会えるのか、日にちと時間をしっかり決めてほしい』とのコメントを出した」という記述があるのですが、この「男子中学生」が「お父さんと会えないのは、国のせいだ」としている根拠や事情が記事からはいまひとつピンときません。土井先生は、この分野はご専門だとお察ししますが、こういったケースで法的に国の責任を問えるとお考えでしょうか?
by Yamanaka (2020-12-18 02:19) 

Yamanaka

>マスコミはいじめがあったかどうかということにだけこだわるわけですが、法律の定義のように漠然としたいじめに該当すると一度言えば加害者探しと加害者糾弾という心地の良い正義感の発露に貢献しようと煽り続けるわけです。

 マスコミがいじめ事案をどう報道しているのかという話と、「いじめ対策推進法」に基づき、国や各地方の教育委員会がどのような施策を展開しているのかという問題は全く別次元の話でしょう。マスコミがいかに「加害者糾弾」に血道を上げようと、いじめ対策推進法がどれほど広くいじめの定義を取っていたとしても、同法が、加害者や「重大事態」に対応しようとしない各地方教育委員会に対し、実効的な制裁措置をとる権限を文部科学大臣に与えているわけではありません。
 「いじめ対策推進法」がいじめ事案を扱う行政訴訟・民事訴訟にどう影響するのかは、まだ不透明なところが多いと思います。
by Yamanaka (2021-01-01 00:13) 

ドイホー

12月18日のコメントに対しては、考えたことが無いので意見は持ってませんというしかないですね。
問題点を世間に訴えるために訴訟という手段をとったのではないでしょうかね。
後半の点については、おっしゃる通りでしょうね。ただ、制裁だけでは、問題の解決にならないというのが本論です。
by ドイホー (2021-01-06 14:12) 

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