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認知症には美空ひばりの歌声が良いらしい 記憶のメカニズムの観点からの考察 [進化心理学、生理学、対人関係学]



認知症の人に美空ひばりのCDを聞かせたり、DVDを見せたりすると、食い入るように見入ったり、認知症が軽減されることがあるという話を聞きました。これはどういうことか、誰にとって効果があるのかについて、記憶のメカニズムの勉強として考えてみました。

先ず、認知症について、少し説明します。認知症はいろいろ種類があるのですが、大事なことは記憶力が衰退してしまうということにあります。人間の記憶というのは、数秒から数分覚えているだけの「ワーキングメモリー」、ある程度の期間覚えている「短期メモリー」、記憶に定着して何年たっても思い出せる「長期メモリー」という3種類があるとのことです(論者によって分類が異なるようです)。記憶はワーキングメモリーの脳内の滞留場所から短期メモリーの蓄積場所に移り、短期メモリーから長期メモリーの蓄積場所に順々に異動するらしいです。

認知症の方と話していると、特にワーキングメモリーが衰えてしまうようです。さっき言ったことを忘れていて思い出せないとか、聞いていないとかいう場合がワーキングメモリーの問題です。入口に問題がありますから、移動もしにくくなるわけです。長いスパンの記憶が定着しないことは止むを得ません。

長期記憶については比較的定着しているので、過去の出来事については思い出すことができるようです。これに比べて最近の出来事の記憶は思い出しにくくなるようです。このため、極端な話、現在住んでいる家が10年以上もそこに住んでいたとしても、その間の記憶が思い出しにくくなり、70年前に子どものころに住んでいた家の記憶ばかりが思い出されてしまいます。その結果、ご自分が帰るべき場所だと記憶しているところにご自分がいませんから、「自分は今どこにいるのだろう。」と分からなくなる。これが識見当(見当識)が無くなる、悪くなるという現象のように感じます。根幹は記憶の問題のようです。

さて、その記憶なのですが、「あれが思い出せない」という現象が起きるのはどういうことかということなのですが、末尾の参考文献によると、記憶が無くなるというよりも「思い出すことができなくなる」ということらしいのです。

逆に言うと、記憶力の良い人は、思い出す力が優れているということらしいのです。だから、テストの暗記科目に対応するためには、覚えこむ努力をするよりも、思い出す努力をした方が、「記憶が定着する。覚えている。」という結果を生みやすいのだそうです。


現代の認知症の方々は80歳代、90歳代の方々が多いのではないでしょうか。そのあたりの年代の方々にとって、歌手美空ひばりの歌声は、多くの人が強烈に記憶に焼き付けているできごとなのでしょう。おそらく、何度も何度も歌を聞いていたし、中にはテレビやラジオと一緒に歌を何度も何度も歌っていたのだと思います。この何度も何度もということがミソなのです。

美空ひばりの歌を、反復して想起しているために、記憶に強烈に定着させることができたのだと思います。

そうすると、美空ひばりの歌を聴くだけで、比較的定着している記憶をさらに思い出すことができるし、思い出そうという意欲が生まれるのだと思います。その結果、実際に思い出しているのだと思います。

ここから先は素人の憶測です。
筋肉も使わなければ衰えていきます。記憶の喚起も、日常で記憶を喚起する必要があり、喚起していなければ、神経の接続がうまくいかなくなり衰えていくのではないでしょうか。おそらく認知症の患者さん方は、記憶の喚起(特に宣言的記憶、エピソード記憶)をする機会が減ってしまっていて、記憶の喚起の神経が作動しづらくなっているとは考えられないでしょうか。美空ひばりの歌だけでも記憶の喚起の作業をすることによって、喚起の神経の接続が良くなって、認知症が軽減するという構造だと考えることにそれほど矛盾はないと思うのです。

それにしても80歳代、90歳代の人たちにとって美空ひばりと言う人の存在は大きいものだったのでしょうね。戦争も経験され、戦後の復興も経験された方々です。大きな時代の変化に翻弄されるということもあったことでしょう。いろいろなお辛いこともあったことだと思います。そのようなストレスフルな日常の中で、テレビやラジオから流れる美空ひばりの歌声の1分から3分くらいの時間だけ、しばし苦しみや悲しさを忘れて聞き入ることができたのでしょう。情動を揺さぶられる歌声だったのだと思います。CDやDVDで本当に認知症の進行が緩やかになるのであれば、それはとてつもなくすごいことだと思います。あらためて国民栄誉賞を授与しても良いように思います。

果たして、私の10年後、20年後、食い入るように聞きほれるようなCDやDVDはあるのでしょうか。今から作ることができるでしょうか。私達や私の子どもたちが考えるべきことは、楽しいと心の底から感じて、一心不乱に没入できることを探しておくということなのだろうと思います。できるだけ早い時期に自分の好きなことを身につけておくことが、後々自分を助けることになるのだろうと思います。


参考文献 
記憶の心理学 基礎と応用 ガブリエル・A・ラドヴァンスキー 誠信書房
記憶力の招待 高橋雅延 ちくま新書



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