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家族の機能⑤ 家族の機能を妨げるもの [進化心理学、生理学、対人関係学]


弁護士として家族とかかわる場合は、離婚事件が典型であるように、家族が機能を失っている様子ばかりに立ち会っています。私の他の方と違うのは、家族の機能を復活させることにチャレンジすることです。しかし、なかなか難しいことは間違いありません。

ニュースを観れば、幼児虐待の事件もなかなか少なくならないように感じられます。人間の「こころ」というツールが家族の中においても発揮されていないように感じられます。

思いつくままに原因を取り上げていきます。

1 人間全般に対する希薄な扱いが家族に対しても影響を与えている
  あまりにも人間関係が多くなりすぎて、関わる人数も多くなりすぎてしまい、個人が他人に対する意識がどんどん希薄になってしまっているという環境になっていることが原因の一つだと思います。

他の人間関係の冷たい希薄な関係になれてしまって、およそ人間に対しては必要以上に関わらないようにするとか、特別扱いをしてはならないとか、そういう意識が知らず知らず家族にも向けられているのだと思います。

2 ストレスが家庭に持ち込まれている
つい会社の人間関係の感覚を家族に向けてみたり、上司に言われた叱責をしてみたり、自分が学校で不合理な扱いを受けていたら、家族の中の弱い者にその扱いをしてみて、自分が一番弱いのではないという確認をしたくなったり、その人に原因が無いのに尊重しない態度をとったりしてしまいがちです。

家族相手に自分を守ろうとしなくてはならないほど追い詰められているということかもしれません。

3 家族を大切にする方法が分からない
  様々な理由で家族を大切にする方法を知らないということは、常々感じます。会社のルールで家族を見たり、厳しい道徳観念で家族を評価したりということを行っているとき、それが間違いだと気が付きません。

三世代同居であれば、「家族をそういう風に扱ってはダメだ。」とか、「少し厳しすぎるのではないか。」という修正を提案してくれる人がいたわけです。都市部においては、戦前も他人のプライバシーに口を突っ込んでくる御隠居さんや世話焼きの女性等がいたようです。

核家族化は、このような家族の機能を妨げる行為を批判する視点が無くなってしまう最たる原因だと私は思います。

そのことで思い出したのですが、昭和50年代までは、マイホーム主義という言葉があって、マイホームを大切にする余り、労働組合活動など社会的活動をしなくなったという批判が労働法学会でも取り上げられていました。社会的活動をしなくなったことには理由のあることだと思うのですが、ではそのマイホームに振り分けられていたエネルギーはどこに行ってしまったのでしょうかという疑問が起きています。

その他 家族を大切にする風潮が無い。国家政策が無い。家族解体論の潜在的影響などがあげられると思いますが、総じて、自分以外の家族を大切にする心の余裕がなくなっているということかもしれないと現段階では考えています。

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