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あがり症の方、気持ちがゆっくりできない方へ マインドフルネス的な呼吸法、20分で方法も理論も分かり、一生忘れないで使える方法 [自死(自殺)・不明死、葛藤]



1 具体的な技術
 ⅰ)筋肉の緊張の緩和
   私たちの体の筋肉は、結構無駄に緊張しています。できるだけ、無駄な緊張をとることから始めましょう。と言っても、さあ、緊張を緩和させなさいと言われても、できません。逆に緊張させるところから始める方が簡単です。顔の筋肉を緊張させることから始めましょう。
  ① 顔の筋肉を眉間に寄せる感覚で
    顔全体を動かしてみましょう。
    眉間にしわを寄せ、
    唇をすぼめて心もち上にあげ、
    頬の筋肉も寄せる感じで、
    できるだけ力を入れましょう。
  ② 二秒力を入れ続けましょう。
  ③ 力を抜きます。
    筋肉が戻るような感覚を感じることでしょう。
    これが脱力の感覚です。
  ④ まだ、脱力しきれていない筋肉を感じたら
    脱力をしてゆきましょう。
    先ほど脱力した時の感覚を続けるような感じです。
    額とか、目の周りとかさらに緩めることができませんか。
    口やあごの筋肉も緩めることができそうです。
  ⑤ 徐々にのどの筋肉、型の筋肉、背中の筋肉等
    どんどん緩めていきましょう。
  申し遅れましたが、
くれぐれも転んでけがなどしないように、
安全な場所で行ってください。
⑥ いろいろな音が聞こえてきたリ、
  かゆかったり、軽い痛みを感じるかもしれません。
  痛いとかかゆいとか我慢できない場合は対処してください。
  また初めから始めればよいです。
  あとは、ただ、ただ、感じてください。
  匂いもするかもしれませんが、やはり十分感じてください。
  感じる以上の反応をしない
  ということが大切なことです。
  感じる以上頭では考えないということが大切なことです。
 
 ⅱ)呼吸法
   この時の姿勢は、座禅が最も合理的のようです。
   但し、座禅を組むと痛い場合はやめてください。
   あぐらでもよいですが、片方の足をもう片方の足の
   太ももの上に乗せても効果的です。
   とっさの場合は、どんな姿勢でも良いです。

  ① 静かに息を吸い、ゆっくり吐きましょう。
  ② そうして再び息を吸います。
    鼻から息を吸うことを意識しましょう。
    鼻の粘膜で、空気が鼻から入っていることが確認できますか。
    鼻が詰まっているときは口から息を吸いますが、
    口の中の粘膜で、空気が入って動いていることを確認しましょう。
腹や胸が膨らんでいることを感じてください。
  ③ ゆっくり息を吐きだしましょう。
    腹や胸がしぼんでいくことを感じましょう。
    鼻や口から息が出て行くことを感じましょう。
   空気の移動を感じるわけですが、
   同時に自分の体を感じることができています。
   やはり、ただ感じてください。
頭では何も考えないようにしましょう。

実際に覚えるのは以上です。
できるだけ他人のいない部屋等で行うことが良いのですが、
呼吸法などは、人ごみの中でもできるリラックス法です。
誰にも気づかれないようにすることができます。

2 理論
 ⅰ)なぜ緊張するのか
   眠っているときはともかく、起きているときは、
   人間は緊張しているようです。
   緊張とは、危険に気が付いて、
   危険が現実化した時に備えて
   いつでもよけたり、逃げたりできるように
   準備するということです。
   人間に限らず動物全般は、
   眠りから覚めると多少は緊張が始まるようです。

   危険への対応とは
   筋肉を動かすことです。
   筋肉を緊張させていれば、
   素早く、力強く、筋肉を使って
   よけたり、逃げたりしやすくなります。

   人間がチンパンジーの祖先から分かれて800万年と言われますが、
   その間ずうっとそうやって危険に備えてきたわけです。
   そうする仕組みが体に合った者だけが
現代に遺伝子を残してきたのでしょう。

   しかし、現代社会では、
   日常的に緊張する必要がありません。
   虎やオオカミが襲ってくることも少なく、
   安全に守られているからです。

   また、自動車事故や戦争などは、
   身構えていても防ぐことができませんから、
   やはりあまり筋肉を緊張させる必要がありませんが、
   遺伝子に組み込まれた準備的緊張が
   どうしても起きてしまうのでしょう。

   もう一つ重大な事情があります。
   
   それは、人間が群れを作る動物であることから来る
   群れの中での立場が悪くなる場合にも
   危険を感じてしまい、
   筋肉が緊張してしまう性質があるということです。

   例えば、試験に失敗するかもしれないとか、
   人前に出て発表しなければならないとか、
   あるいは、
   上司から叱られるとか、
   自分の悪口を陰で言われていることに気が付いた時とか、
   
   そういう場合に、カーとなったり、ドキドキしたりしますが、
   同時に手を握り締めていたり、
   顔がこわばっていたりとか、
   緊張していることがあると思います。

   人間の体は、そんなに都合良くできていません。
   身体的危険の感じ方とは別に
   群れの(対人関係的)危険の感じる方法を
   自然は用意していませんでした。
   感じた結果は同じ反応になってしまうのです。

   仕事上の不安や、家族の人間関係の不安、
   学校での友達や先生との関係も
   いつの間にか筋肉が緊張しているのは、
   このような理由があるからでした。

   この緊張は、身体的な危険の場合は逃げるために合理的な反応でした。
   しかし、対人関係上の危険については、
   有効性はありません。
   かえって、緊張によって失敗を招く場合があるなど、
   無駄なことが多い反応ということになります。

   いずれにしても
   群れを作る動物である人間は、
   緊張の種は尽きません。
   知らず知らずのうちに緊張が当たり前になってしまっているようです。
 
ⅱ)存在しない危険・過大視してしまう危険
  先回りして危険を感じようとする

   緊張が続くと悪いことが起きます。
   身体生命の危険ですとわかりやすいですし、
   悪いことが起きるとも言えないのです。
   翌犬に追いかけられた場合のことを例に挙げられます。
   
   先ず、頭の中の発想として
安全な場所に行くことが最優先になります。
   当然と言えば当然ですね。

   そうして、先々のことや複雑なことは考えられなくなります。
   安全な場所に行く以外のことは考えない方が
   ひたすら逃げることに専念できますからね。

   また二者択一的思考になります。
   自分は安全なところにたどり着いたか、まだ危険か
   という判断だけが頭の中で優先されます。

   さらには、まだ危ないのではないかと
   そういう風に慎重になる傾向が生まれます。
   言い方によっては、安全策を第一にすると言えますが、
   悪く言えば、まだ危ないのではないかという
   悲観的な考えが支配的になります。

   怖いと思うと
   実際にはそれほど危険なことでもないのに、
   どんどん危険だと思い、怖くなります。

   ゴキブリの這うような音がしただけで
   実際はいないゴキブリに脅えたりします。
   また、ゴキブリがそれほど害がないのですが、
   ゴキブリが病原菌の塊で、
   身の破滅だというような恐怖を感じる人もいるでしょう。

   しかし、ゴキブリを捕獲したり殺したりすると
   恐怖感がだいぶ軽減されるようです。

   危険を感じると、
   実際には存在しない危険を感じてしまうようになったり、
   実際にはそれほど大きくないのに
   大きな危険があるように感じてしまうようになったりするようです。

   これも安全優先の思考パターンから来るものだと思います。
   生き残るためのメカニズムなのでしょう。

   これは、身体生命の危険だけでなく、
   対人関係上の危険でも同じなようです。
   対人関係上の危険では、
   悪いことが起きてしまいます。

   危険を感じて、それが継続すると、
   どんどん危険を感じ易い状態になっていく
   ということがありそうです。

   そうして、ありもしない危険を思いついて
   益々緊張を強めていきます。
   先回り危険予測みたいなものに最終的には陥り、
   何をやってもうまくいくはずがないと
   強く思いこんでしまいます。

   危険スパイラルみたいなものです。
  
   もうこうなると、こじつけのような不安がどんどん生まれます。
   自分でも気が付かないうちにネガティブな感情になっていきます。
   始末に負えないのは、
   具体的な危険が想定できないということです。

   具体的な危険、つまり、危険の内容を言葉でいえる危険ではない。
   漠然とした危険ということになると思います。
   特に、身体生命の危険ではなく
   対人関係的危険の特徴です。

   人間の中にいると何となく不安になる。
   不安を解消するために、
   人間のいるところに行かない
   逆に攻撃されないように、強がって
   攻撃したらし返すぞというオーラを出す、
   何かに夢中になりすぎてしまう、
   お酒など、薬物に逃げ込んでしまう。
   人を信じられなくなってしまう。

   いろいろな不具合が
   知らないうちに起きてしまう。
 
   危険・不安スパイラルを
どこかで一度切ってしまう必要が出てきます。

 ⅲ)無駄な危険を感じなくする方法 体を感じる方法

   無駄な危険を感じると
   例えば作業においては、
   ケアレスミスが増えていきますし、
   二者択一的な思考が、第三の方法という発想を妨害します。
   抽象的な、美しさとか、友情とか、愛情とか
   そういうことを感じることができなくなっていきます。
   先ほどの不安解消行動が
   社会病理につながることもあります。

   現代のストレス社会(緊張過剰社会)こそ、
   リラックスの方法が求められていると思います。

   危険を感じなくする方法、
   しかも本当の危険に対処できる方法が必要です。

   向精神薬による危険を感じにくくする方法は、
   他の色々な感情もなくしていくので
   副作用のない方法がほしいという要求は
   現代的な要求(ニーズ)なのでしょう。

   その方法が筋肉の緩和と呼吸法なのです。

   これは、人間が、
   身体的な危険と
   対人関係的危険という
   二種類の危険を感じるけれど
   感じ方が一緒だということを
   逆に利用するということです。

   体に危険はないということを自覚することによって、
   体の危険に対処するための
   筋肉の緊張をとくということです。
   これは同時に血圧を下げ、脈拍を減少させるなどの
   効果も期待できます。

   ではどうやって、
   体に危険が無いということを感じるのでしょう。

   実は、これも体が危険を感じる仕組みを
   逆手に取る方法なのです。
   
   危険の感じ方は以下のとおりです。
   ①人間が危険を感じるのは理屈ではない。
   ②危険は無意識に感じている。
   ③視覚、聴覚、味覚、嗅覚、皮膚感覚のセンサーが
   何かをとらえると脳が勝手に危険だと判断する。
   その結果、色々な緊張が脳の指令によって起きるわけです、

   そうだとすると、
   五感で、安全だと感じた場合は、
   脳が勝手に危険信号を停止させるということを期待しています。

   一番先回り危険予測をしないセンサーが
   皮膚感覚だということになります。
   のんびり皮膚感覚を感じていれば、
   脳は危険が迫っていないと勝手に判断するわけです。

   あとは視覚、聴覚、嗅覚等で何かを感じていても
   ただ、その通りを受け止めて
   先回り危険予測をしなければ、
   どんどん落ち着いて行く
   というこういう理屈です。

   だから、本来、呼吸法さえしっかりできれば、
   安心感を獲得できることが期待できます。
   少なくとも焦りはだいぶ軽減されることになります。

   但し、既に、危険スパイラルの中に
   現代人は、多かれ少なかれ巻き込まれていますから、
   呼吸法を始める前に
   強制リセットをする必要も出てきます。
   このために、筋肉の緊張をとる方法を
   先に行うことを今回の説明では行いました。

   理屈は同じですが、
   筋肉の大きな動きの方が
   皮膚感覚を感じ易くしやすいと思いました。

   これは、本来は、
   歌唱方法です。
   のどの緊張をとることによって
   声を出しやすくするための方法です。

   同じようなことが、
   自律神経訓練法等で紹介されることもありますが、
   結局交感神経を鎮めて
   副交感神経を高め、
   体のメンテナンスを体がしやすくするということだと思います。

   緊張を解くということは難しいので、
   あえて緊張を強めてみて、
   自然に緊張が緩和しますから、
   その動きをさらに進めるという方法で
   筋肉の緊張を緩めていくという方法論です。

3 さらなる背景、人間観
   
  人間は、意識をもって、道具や言葉を使い、
  他の動物ができないいろいろなことを成し遂げ
  現在の繁栄を築きました。

  ところが、この意識が独り歩きをするようになり、
  人間本来の力を封じ込めてしまう
  という悪さをするようになったようです。

  本来自然治癒力を助けるための薬などの方策が、
  逆に自然治癒力を妨害するような
  あるいは新たな問題を引き起こすような事態を招いています。

  意識や不安感もこの自然治癒力の一つではあるのですが、
  過剰に不安や危険意識をもってしまうということは
  人間にはよくあることです。
  身体生命においても、
  捻挫などをして痛みを感じることによって
  安静にすることによって
自然治癒力で回復させるという仕組みがありますが、
  よくあることとして、
  この痛みを感じさせる反応が強くなりすぎて
  逆に症状の回復を阻害することがあります。
  これを是正するために湿布などが使われるわけです。

  危険意識、不安が過剰に起こるということは
  精密機械ではない生き物として人間の宿命です。
  このような原理を把握して、
  過剰な反応を抑えるということが、
  筋肉緊張であり呼吸法です。

  もう一つ、人間の自我意識が強すぎると
  うまくゆかなくなることもあります。
  先回り危険予測が起きやすくなるようです。

  もともと、人間というのは単体の生命ではありません。
  いろいろな細菌がいなければ生きていけないばかりではなく、
  細胞一つ一つが独立の生命体と考えることもできます。
  それらが遺伝子のデザインによって、
  ある程度適正に働くことによって、
  本来自然にうまくゆくようです。
  
  意識は、このような生命のユニットの
  大雑把なかじ取りをすればよいのです。
  寒いので暖かくしようとか、
  おなかがすいたので何か食料を探そうとか、
  緻密なことは細胞や細菌に任せる。

  自分というものが、
  それほど絶対的なものではないけれど、
  多くの命の運命を握っている大雑把な司令塔
  というような感覚になることによって、
  本当に必要なもの、必要なことと
  本当はどうでも良いことを見極める
  という姿勢があるということを
  頭の片隅におかれると
  結構楽になるかもしれません。

4 無駄話
  最近マインドフルネスがブームのようです。
  私は、マインドフルネスという概念は、
  認知行動療法の一つの弁証法的行動療法からくる
  理論だと思っていましたが、
  必ずしもそれに限られないようです。

  私の呼吸法は、マインドフルネスに
  大変よく似ていて驚いているのですが、
  実際の教科書は、
  バベット・ロスチャイルドという人の
「PTSDとトラウマの心理療法
  心身統合アプローチの理論と実践」
 (創元社)です。
  自分の体を感じることをアンカーとする
  拠りどころとするというようなものでしょうか
  という理論を応用したものです。

  この人も私もそうなのですが、
  アントニオ・ダマシオという脳科学者の
  ソマティックマーカー理論
  がもとになっています。

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