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人間の文明は、人間関係の板挟みが作ったのかもしれない。自我意識あるいは理性の由来 危険に接近し、群れを形成する人間 [進化心理学、生理学、対人関係学]

自我意識あるいは理性の由来 危険に接近し、群れを形成する人間

目次
1 自ら危険に近づく人間
2 群れを作る人間
3 危険接近と群れ形成の関係
4 自我意識あるいは理性とは何か

1 自ら危険に近づく人間
1) 他の動物の情動と人間の違い
人間以外の動物のほとんどは、危険を認識した場合、危険を吟味することなく、逃げる。あるいは、危険を与える相手を攻撃する。このため、そこに複雑な思考は不要である。危険の程度を考えることも不要である。判断は危険か、危険ではないかの二者択一的なもので足りる。あとは、危険から遠ざかるだけである。
そして通常の動物は、そのような大雑把な行動パターンであっても、逃走能力が十分あり、また、餌をとる能力もあるので生きていける。
ただ、他の動物もそれぞれ独自の進化をしており、一定の危険に接近しているように見えることがある。しかし、その接近パターンは類型化されているため、その都度の思考をすることは不要であり、本能的にパターンに応じた行動をしている。

2) 人間の危険に接近する必要性

人間は、危険に近づき、危険を回避しながら利益を獲得する動物である。火の使用がその典型例であろう。他の動物は、火という危険物があれば近づかない。それで事足りる。あるいは、武器という道具を使うのは主として人間である。武器は、それを使用する者も危険にさらす。
人間がこのように、自ら接近する理由は、そのような危険物の中にある利益を獲得しなければ生き残れなかったからであると思う。栄養価が高く、獲得しやすい食糧は力が強いものが獲得した。しかし、力の強い動物も危険には接近しないため、危険に近づかなければ獲得できないものは残り物として残されていた。
人間はもともと樹上生活を送っており、地球の寒冷化によりジャングルが減少し、地上に降りてきたとされている(人体600万年の歴史 ダニエル・リーバーマン ハヤカワ)。主として肥大化した脳を維持するための必要なカロリー減としてたんぱく質をとる必要に迫られた。しかし、狩りの能力を持たない人間は、屈強な肉食獣が狩りをし、食べ残した、小動物の死肉を食べていたとされている(同上)。文字通り、残り物を食べていたのである。また、肉食獣が立ち去った後で、ようやくありつけた死肉は、腐敗が進んでいたはずだ。その腐敗している肉の食べられる部分だけを食べるということもまた、危険と隣り合わせの食事だったことになる。
人間がもっと自力で餌をとり、肉食獣からの攻撃を容易に回避する体の構造があったら、好き好んで火を使うことはなかっただろう。少しでも安心して生きるために、仕方なく火を使い、道具を使いだしたのだとは考えられないだろうか。

3) 危険に近づくための条件
ⅰ)情動の抑制ないし中断
人間も、火などの危険物を認識した場合、逃げようとする感覚をもっただろう。このような危険に対する本能的対応を情動ということとする。他の動物は詳しい判断をせずにこの情動に突き動かされて逃げるわけだ。人間は、この情動が起こりながらも情動に従わず、危険に近づく。情動を抑制できなければ危険に近づくことはできない。情動の抑制が危険に近づくための第1の条件になることは理解がしやすいと思う。
後に述べるが、情動の抑制という表現が適切であるか疑問がある。私は、情動を抑制しているのではなく、情動が中断されているということが適切ではないかと考えている。

ⅱ) 危険の程度、範囲の認識、危険メカニズムの理解
危険に近づく場合に、すべての危険に近づくわけではない。燃えている火に身を投じることはしない。例えば枝が燃えている場合、燃えていない部分の枝を持ては致命的なやけどを負わないことを知っている。そして、その枝に火が映らないうちに放り投げてしまえばやけどをしないことも知っている。また、枝ではなく大木が燃えている場合は、燃えていない部分をさわっても火力でやけどをすることも知っている。
 つまり、火力の大きさによって危険の程度が変わるように、危険には程度があることを知っている。そして、どのように扱えば危険が回避できるかについて、危険のメカニズムを理解している。
 このような複雑な思考をすることができることが第2の条件である。多くの野生動物は複雑な思考ができず、危険か危険ではないかの二者択一的思考を基本としている。危険に近づかなければならない人間の知恵とはこういうものである。

ⅲ)細かい点についての記憶
まずは、一個の個体が危険のメカニズムを理解したのだろう。しかし、それをその場で理解しただけでは危険に接近することはできない。危険の程度、範囲、時期などという詳細な流れを記憶しなければならない。それがあって初めて危険を利用するために近づくことができる。

ⅳ)危険の伝達と理解のための共感力

例えば火が危険であることは、近づいた際の皮膚感覚で何となく理解することができる。しかし、本当の危険を理解するには、実際に火によって大けがをしたり、命を落としたりする者を観察することによって理解するはずだ。
やけどで苦しんでいる人間の苦しさ、その苦しさから逃げようとして逃げられない絶望などをみて、それが同じことをすれば自分も同じようになるということを理解しなければならない。また、それは、危険か危険でないかだけでなく、どの程度のやけどならば予後が良く、その程度ならば予後が不良となるのかを含めると、他者への共感力はかなり正確なものを要求されるはずである。
そして、共感力を利用して、火の利用方法を仲間に伝えていくことも、人間として火を使うための条件になるだろう。もしかすると、武道の免許皆伝のように、当初は許された特定の個人だけが火を利用していた可能性もあるのではないかと想像をたくましくしてみる。言葉のない時代であるから、火の使用法を伝達するためには相当の犠牲者が生まれたのではないか。

4) 危険に接近する人間の思考の特徴

危険に接近するようになり、人間の思考は他の動物と異なる特徴を備えるようになったはずだ。これまでの考察をまとめてみる。
第1に二者択一的な思考ではない複雑な思考ができるようになった。
第2に現実化していない近い未来について推測ができるようになった。やけどをしないような火の使い方を考えるということである。
第3に条件付けの思考や場合分けの思考ができるようになった。
第4に他者の感情など複雑かつ抽象的な思考をするようになった。

2 群れを作る人間

1) 癒しと緊張
人間とそれ以前の祖先とを区別する基準の一つが、先ほど述べた地上生活を送るようになったこと、もう一つは群れを作って共同作業をするようになったことである。これには群れのなかにいる切実な必要性があるため大きなメリットがあったはずだが、群れを形成することによる新たな緊張があったはずだ。
ⅰ) 癒し
   弱く運動能力が劣る人間も、やがて死肉をあさるだけではなく、新鮮な肉を求めて狩りを行うようになったとされている(前掲)。しかし、運動能力の劣る人間が動物を狩るのは、ほとんど偶然によるものしかなかった。そのため、人間は集団で狩りをするようになった。集団で一匹の小動物を追い詰め、小動物が疲れて、熱中症になり、弱り果てるまで囲んで追い詰めて仕留めるという方法をとっていたらしい。狩りをするにも集団でなければできなかった。防御についても、一人で肉食獣に立ち向かうことはできない。誰かが多少の犠牲を被っても、集団で立ち向かったと思う。そうでなければすぐに群れは小さくなり消滅することになる。仲間を守るためには命知らずの反撃を手段で行ったはずである。徐々に、肉食獣においても、人間が集団でいるときは危険な動物だということを学習していっただろう。
 このように人間は集団の中にいることによって、食料を調達し、わが身を守ってきた。食料調達チームが群れに復帰すれば、チームも一安心しただろうし、留守番チームも安心したに違いない。日没前の時期に、群れに復帰し、癒しの時間を迎える時刻は、ちょうど交感神経優位から副交感神経優位に切り替わるころである。緊張によってすり減った神経、血管などを効果的に修復し、睡眠をとることも可能にしたのであろう。仲間は、生理学的意味においても癒しであった。

ⅱ)緊張

ただ、群れの中にいる必要がある人間は、群れから追放されると生きていけない。自分では情動に従って行動しているだけであっても、群れの仲間との関係では、敵対するような行動になってしまうことがある。そのような場合は、自分が危険な状態にあるということを認識し、行動を修正しなければならない。
この危険な状態にあるという認識方法は、発生後ずいぶんの時間を経過したのちに、進化によって群れの行動を始めた人間には用意されていなかった。だから、生命身体の危険を感じる生理的変化がそのまま使われた。これが緊張である。生理学的に言えば、血圧の上昇、脈拍の増加、体温の上昇などの変化や、筋肉の緊張などであろう。これは、現在ではストレスと呼ばれている。群れからの追放の危険について、私は対人関係的危険と名付けてみた。
対人関係的危険の感覚も、遺伝子に組み込まれたものもあるが、学習によって形成される部分も大きいと思われる。
 癒しと緊張の関係が問題となる。群れに戻ったとたん、癒しが始まり、同時に緊張も始まるというのでは、少し無理があるように思われる。おそらく緊張は常時起きていたのではないのだろう。また、人間は、緊張を回避しようと試行していたというよりも、その逆の思考が元々各個体に組み込まれていたと考えることのほうが自然である。つまり、仲間に貢献することが喜びであり、究極の癒しだったのではないだろうか。言葉もない時代に、そのような洗脳をすることは難しい。しかし、そのように仲間に貢献しようという志向や、弱い仲間を守ろうという志向がなければ、群れとしては機能しなかったはずだ。良好な仲間関係が形成されているときに、癒しの機能がよりよく発揮させられたのだろう。そうして、本来仲間として尊重されるべき行為をしている自分が、仲間として尊重されていない、積極的な扱いを受けていないと感じるときに対人関係的危険を感じたのだろうと思う。それだけ、人間は繊細な弱い動物だということなのだろうと思われる。
<長い注意書き> われわれ人間は、その後200万年を経過した段階で、第2次世界大戦、ファシズムを経験した。ユダヤ民族をはじめとする1000万人ともいわれる人たちがホロコーストの犠牲になった。このため、ナチスにつながるあらゆる論理を排除しようとする動きが生じることは当然である。問題は、少しでもファシズムに利用された概念について、まともな論証をしないで排斥しようとする非科学的態度が副作用として生まれたことである。進化論において、群淘汰説というフィルターが存在している。群淘汰説は、生物は種を繁栄させる方向で進化をし、利他行為は種を強化するための手段であるという理論を中心とした学説一般をさす。特に明確な定義があるわけではない。ナチスに役に立ちそうな理論を排斥するためのレッテルとして使われる。しかし、利他行為の存在を否定できないために、その理屈付けとして相互互恵説とか血縁保護説とか、進化の観点からは無理があり、実感として受け入れられない議論がまかり通っているのである。
 私は、もちろん群淘汰説に立つものではない。個体の生存を確保するために群れを作るしかなかったという理論を述べている。その群れの範囲は、あくまでも個体識別ができ、単純接触効果が期待できる範囲が基本である。ロビン・ダンバーによれば、せいぜい200人くらいの人数に過ぎない。
 また、科学の態度としても、ナチスに近いからと言って排斥することは誤りで、デメリットが大きすぎると思われる。ナチスが影響力を持ったのは、人間が受け入れる素地があったからである。むしろ人間の素地を利用して影響力を拡大したのである。その利用されてしまう人間の素地がどこにあるのか、その真理を突き止めることなしに、形を変えたファシズムを排斥することはできないだろうと思うからである。
 人間は、もともと群れに貢献することを喜びと感じる動物であった。自然は厳密なコントロールを用意しなかったため、わが身を犠牲にしても仲間を助けようという行動をしばしばしてしまうものである。
 日本における特攻隊志願者の論理は、まさにこの性質を利用されたものである。自分の家族を守るためにという本音を抱いて、「お国のために」という言葉に置き換えて、わが身を犠牲に供したということが一般的であったと確信する。

2) 群れを作る条件

群れを作る条件は、奇妙なまでに危険に接近する条件と近似している。
ⅰ) 情動を抑制し又は中断する能力があること
個人の情動、空腹、怒り、恐怖の赴くままに行動することは群れを成り立たせない。群れを作るためには、個人の動物としての情動が抑制されることが群れを作る第1の条件となる。
ⅱ) 共感する能力があること
  対人関係的危険を認識し、危険を解消する行動を行うためには、群れの他者への感情を理解できていないとならない。
ⅲ) 仲間に貢献しようとする志向、最弱のものを守ろうとする志向
   自分だけが利益を得ようとする者がいては群れは成立しない。特に弱い種の群れの場合、仲間の力を奪うような個体がいたのでは、弱い仲間から死滅してしまう。そもそもの分けるべきパイが小さいためである。弱いものが死ねば、その分群れが小さくなる。その分群れの機能が低くなる。また、現代社会を見ればわかるように、自分だけが利益を得ようとする志向は途中で抑制することができない。その分群れが小さくなっていくだけである。やがては群れるうまみがなくなる。
 自分だけが利益を得ようとすることを抑制することは現実的ではない。むしろ、その逆に、仲間に貢献しよう、特に仲間の中で一番弱いものを守ろうとする志向が人間にはもともと備わっており、教育でそれを強化していたと考えるほうが自然だと思われる。

3) 群れを作る人間の方法

動物が群れを作る方法はさまざまである。イワシは群れの内側で泳ぎたいという性質があるので、群泳をする場合、巨大な蛇が泳いでいるような外観を呈し、結果的に襲われにくくなる。渡り鳥が隊列を組むのは、風圧の関係で合理的な位置取りをするために大きな鳥の形に見え、捕食者から襲われにくくなる。結果としてそうなっている。イワシも鳥も、目的をもって行動をしているわけでなく、本能的な行動をした結果利益を得ているのである。進化が目的に基づいて行われるのではなく、結果が有利なものが適応するだけだということはこういうことである。
人間も同様だと思う。群れを強化しようとか、群れを存続させようとして理性的な分析がなされ行動しているのではなく、人間の本能的行動が結果として群れの存続や強化につながり、結果として弱い個体が生存できたということである。
人間の群れを作るモジュールは以下のようなものであることになる。つまり、他者に共感する、共感してしまうモジュール。仲間のために貢献しようとするモジュール。群れの最も弱い者を守ろうとするモジュールである。

3 危険接近と群れ形成の関係

以上のように考えると、人間の群れの作る能力は、危険に接近する中で形成されていったように感じられる。完全に分離して考察することは現実的ではなく、長い年月をかけて相互に影響しあって形成されていったということが表現としてはずれのない説明かもしれない。
 しかし、私は、どちらかといえば仲間の形成が先行したのではないかと考えている。
 人間の他の動物との違いの最大のものは、情動のままに行動をしないで、情動に反する行動をすることだと考える。情動に反する行動のメカニズムを考えると、そのように考えるべきだと思った。
情動を中断させることは、理性ではない。情動は自分を守るためのメカニズムであるから、ひとたび生じた恐怖、逃げようとする志向は、安全が確保されるまで中断されることがない。例えば、熊から逃げようと東の丘に向かおうとする行動が中断される場合の典型は、東の丘に新たな捕食者、例えば狼が存在することがわかりまた別の方向に移動するときである。つまり、情動を抑えるのではなく、別の情動が最初の情動を中断させるのである。
仲間を作ることによって、動物としての危険を回避する情動を中断させるもう一つの情動を獲得したのである。それが対人関係的危険を回避しようとする情動、もっと根幹的な表現を使おうとすれば、群れを形成しようとする志向が獲得される必要があったのだ。
 先ほどの熊と狼の矛盾のように、生物的情動の対立は、瞬時にその後の行動を選択して実行しなければならない。命の危険があるのだから、分析的に考えている場合ではない。社会的情動と生物的情動の対立の場合も、おそらく誰かの命の危険があり、瞬時に実行に移すべき時が多いであろう。典型的な情動の中断は、むしろ社会的情動の対立の場面であろう。簡単に言うと板挟みである。それほど時間が迫っているわけではない。しかし、選択を誤ると群れからの追放や群れからの評価の低下が待っている。他者への共感力の高さや、どれかを選択したことにより生じる結果の推論など、情動を抑制する条件、仲間を作る条件が鍛えられる場面であると思われる。仕方なく分析的思考を行わざるを得ないのである。
 もちろん、歴史的事実ではなく比ゆ的な表現なのだが、親の夫婦喧嘩や嫁姑の板挟みで、人類は高度の思考ができる脳が発達したようなものなのである。
 また、仲間を守るための自分の命を顧みない行動ということも、仲間を作ったことから余儀なくされたもので、自分という個体を守る生物本来の本能が抑制される体験を通じて情動を離れた分析的思考の基礎を作ることに貢献したのであろう。
 人間の思考も多くの部分で感覚的即決であり、分析的な思考が行われない理由は、分析的思考がここ200万年くらいの中でようやく高められてきた新しい思考法だからであろうと思われる。
  
4 自我意識あるいは理性とは何か

ここまで話をしてきたのは、人間の自分に対する意識、理性、あるいは分析的思考とはどのように生まれてきたのかということを考えたかったからである。
 人間の自分に対する意識は、理屈の上で他者と自分を区別する際に生まれるものであるというところから考えを始めていた。
 私なりに考えを進めてきたが、どうやら群れを作るということが、人間に意識を授けるにあたって不可欠の環境だったのではないかと結論になりそうである。生物的情動の対立ではなく、社会的情動の対立の中で自分の行動を決めることが脳を発展させていったという結論である。社会的な情動の対立を解決する場合は、時間的に余裕があり、様々なこと、考慮するべき人物の感情、利害状況、利害の共通性、将来的な派生効果、自分の立場、あるいは自分が守ろうとする仲間の立場、様々な状況の整理、程度の分析をおこなう。通常は情動に従って、自分の行動を感覚的に即決で足りた。しかし、社会的情動の対立に直面して、自分がどのような行動をするのかということは、自ずと仲間と区別された自分という概念が必要になったのだろう。たとえばAという人がBとCという人間の板挟みになったとき、AはBとCとの距離を考え、BとCと自分が違う人間であるということを強烈に意識せざるを得ないのであり、自分とは何かということを意識せざるを得なかったのだろう。BとCは個人とは限らない。Bが血族の一人であり、Cが群れ全体だったかもしれない。
 ひとたび生まれた情動の中断と分析的思考は、人間の大脳皮質を発展させていった。ひとたび考える器が形成されれば、情動の対立が顕著ではない場合であっても、自ら進んで問題提起を行い、分析的思考を屈指していったのであろう。複雑な思考は、細かい記憶を糧に、文明を築いていくことを可能とした。情動から離れた思考が行われることを可能としてしまった。


 私が当初想定していた結論とそれに至る流れは、すでに踏破した。想定以上のことを考えることができた。しかし、ここまで考えると、それでは満足できないという自分の新たな心情を強く自覚している。
 一つは、分析的思考がよりよく機能するためには、平板な感情の中で考えを巡らせるよりも、何らかの高揚感や自己保全、プライドをかけて考えるなどの心理状態でいるべきことの理由が理解できたことである。もともと対立した情動に直面した場合に、情動が相殺されて消え、分析的思考が余儀なくされての思考パターンだったので、その環境を再現するほうが能力を発揮するということである。
 もう一つは、分析的思考が、まじめな思考となり、社会に役に立つ思考、弱者を害さない、人類に害悪にならないための思考となるためには、自己の情動を尊重して思考を始めることが有効ではないかということである。自分を含めた人間が生きるための思考、人類を生かすための思考は、自分の中の内なる情動の声に耳を傾けることが一番の方法であるということが結論付けられそうである。
 これらのことを今後考えてみようと思った。


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