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弁護士は心理的解剖をする職業 情状弁護(有罪を認めた弁護)こそが弁護士のすべての業務の基本となるべきこと [刑事事件]



正式には心理的剖検(ぼうけん)と言いまして、
例えば自死した方が、どうして自死に至ったかという
その原因を分析するために
多方面からその人の行動歴、病歴を調査して分析することがあります。

自死の危険のある出来事を予め明らかにしておけば
自死を予防できるという考えで行う場合もあれば
遺族のニーズで行う場合もあります。

中には、親戚から、例えば妻が原因で自死をした
というような心ない中傷がある場合に
そうではないことを証明してもらうために
心理的剖検を行う場合もありました。

心理的剖検を行うのは
日本の場合は主として精神科医です。

自死というと精神科疾患というイメージが
根強いからかもしれません。
あるいは、医学には「公衆衛生」という学問分野があり、
予防を中心とした仕事があるということも
大きな理由にあるのかもしれません。

但し、これまで公的に行われてきた心理的剖検は
それ程ち密に行われているわけではなく、
遺族からの電話やアンケート調査を集約したものがほとんどです。

むしろ、自死した個人について
様々な角度から分析を行うことを仕事にしているのは
弁護士なのです。
主として過労自死の労災手続きや裁判手続きで
心理的剖検を行っています。

もっとも弁護士だけでは説得力がないと思えば
医師や心理士に助けてもらうようにしています。

ただ、過労自死を多く扱っている弁護士はそれほど多くないのですが、
自死という制限を外せば
刑事弁護の中で心理的剖検が行われています。
というか、
本当は行わなければならないのです。

刑事弁護というと華やかなのは無罪を争う事件の弁護です。

もちろん、これは簡単な弁護ではなく、
あらゆる科学を総動員して行う大変なものです。
大切な活動であることは間違いありません。

司法試験に合格した後に最高裁の研修があるのですが、
その時も無罪弁護を中心として刑事弁護の研修をしています。

それは良いとしても、
刑事事件の9割以上は、
初めから罪を犯したことを争わない事件です。
それでも日本の刑法の刑罰は幅があって、
例えば窃盗の場合は、懲役10年が一番重いのですが、
1年未満の懲役(刑務所での強制労働)の場合も多く
懲役ではなく罰金刑になることもあります。
この刑の幅を争うのが有罪を認めた場合の弁護活動です。

これを「量刑を争う」と言います。

確かに、表面的には量刑を争うのですが、
弁護活動の目的はそれだけではないと思いますが、
今日は割愛します。

その量刑を争う場合には
その事件がどのような事件なのかということを明らかにして
被告人に有利な量刑事情を主張立証していくということが
弁護人の活動で、これを「情状弁護」と言います。

大雑把に言えばどうして罪を犯したかということです。

一般の方は、その人が悪い人だから罪を犯したのだろうと考えがちですが、
それでは、情状弁護はそこで終わってしまいます。

亡くなられた野村克也さんは、
「負けに不思議の負けなし」という言葉を遺しています。
試合に負けるのにはそれなりの理由が必ずある
だからその理由を除去すれば勝てるということになるわけです。

犯罪も同じで、
やってはいけないことだとわかっていながらやってしまうには
(規範を破るという言い方をします)
必ず、ルールに従おうという気持を弱まらせる理由がある
と私は確信しています。

犯罪をするように生まれてくる人間など一人もいない
ということから出発することが情状弁護の基本です。
そういう視点で、被告人とどうしてルールを破っても平気になったのか
一緒に考えていくことから始まるわけです。

生い立ち、両親との葛藤、その後の学校での出来事、
職場での出来事、恋人との関係等の出来事や
病気の影響など
様々なことが規範を破る理由になっていることに気が付きます。
できるだけさかのぼることで、
法律を守らないようになったリアルがようやく見えてくるわけです。

そこで、その事情が、被告人を責められない事情
多くは、国などがきちんと政策を実行していないために起きた事情や
学校や職場が不合理な扱いをして、人間として尊重されていない
そういう事情がある場合。
全ての責任を被告人だけに負わせてよいのか
という問題が出てくるので、それを主張するわけです。

罪を犯した人は、解決の方法が見つからないことが多いようです。
本当はこう言うことを意識すればもっと平穏に暮らすことができた
今度社会復帰したらこういう生活をすれば
今のような殺伐とした人生を過ごさなくて済む
あるいは、自分なりに幸せになれる
という道筋をつけるまでが刑事弁護でいう反省です。

その人が二度と犯罪をしないとなれば
被害者を産まなくて済むわけです。

良い弁護人は、このような心理的剖検をするのですが、
その前提として、根っからの悪人はいないというか
被告人は、もしかしたら自分だったかもしれない
ちょっとしたボタンの掛け違いが
接見室のこちらとあちらになってしまったのかもしれない
という視点を持っています。

そうして、その人が罪を犯した「原因」を一緒に真剣に考えるわけです。
そのツールとして、心理学だったり、行動学だったり、
最近では生物学が役に立つ場合が多いのです。
もちろん社会学や政策学も使わなければなりません。
つまり対人関係学の基本はこの情状弁護にあります。

心理的にも脳活動の面においても
本当はかなりハードな仕事であるし、
刑事弁護をするまでの人間研究にも時間とお金をかけているわけです。
いやいたわけですと過去形に述べた方が正確なのかもしれません。

現在、刑事弁護の圧倒的多数は国選弁護事件になってしまっています。
被告人やその家族は弁護士の費用の負担をしないですみますので、
弁護士を頼みやすいということはあるでしょう。

ところが国選弁護事件の報酬はとても低いものです。
逮捕からかかわって判決まで弁護しても
10万円に足りない場合もあるようです。

それでも弁護士が乱造されたためか仕事がない弁護士が多いため
そのような仕事でも引き受ける人に不足がないようです。
1か月以上かかる刑事弁護で
その人の生い立ちから調査して、
場合によっては遠方の親せきから事情聴取して
10万円にもならないなら赤字になってしまいます。

また、司法研修所では情状弁護を習いません。

情状弁護は弁護士がついて行われている
しかし、それは本当に弁護の名に値するものなのか
国民はユーザーとして知る必要があるように思われます。

なぜこれを書いているかというと
弁護士が、人の心理や行動の原因を分析するということはない
と思っている若手弁護士が多いことに気が付いたからです。
そういう弁護士たちは、一体情状弁護で何をやっているのか
とても不安になったからです。



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