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Dear European Parliament 日本人母が子どもを連れ去る理由について説明します。 [家事]


2020年6月16日、「欧州連合(EU)欧州議会の請願委員会が、日本人とEU加盟国の国籍者との国際結婚が破綻した場合などに、日本人の親が日本国内で子を一方的に連れ去ることを禁じるよう、日本政府に求める決議案を全会一致で採択した。」という報道に接しました。
とてもありがたいことです。
但し、このニュースは、メディアに取り上げられることが少ないため、日本人の多くは知りません。この決議は、子どもの人権問題に関する意見ですから、内政干渉にはならないと私は考えています。もっと大きく、強く、意見を述べていただきたいと考えています。
私は、日本の弁護士です。子の連れ去り問題の事件を多く担当しています。この職務上の経験に基づき、日本人母が子どもを連れ去る理由について説明します。

1 理由1
 現代日本社会には、「子どもは母親が育てるべきだ。」という広く共有される信念があります。ジェンダーバイアスがかかった信念です。この信念がジェンダーバイアスであるということに気が付かれていません。むしろ、「子どもは母親が育てるべきだ。」という信念は、女性の権利、あるいは、女性の利益として理解されているのです。そこでいう「子ども」は、2歳くらいまでの乳幼児を意味するのではなく、10代の子どもたちをも意味することが多いです。
2 理由2
 「子どもは母親が育てるべきだ。」という信念が生まれた原因について説明します。
原因の一つは、過去の日本の風習の反作用だということです。現在の日本国憲法が成立する前は、子どもは父系を中心とした家族である「家ie」の所有だという信念が日本にありました。このため、夫婦が破綻した場合は、妻が「ie」から追放されました。子どもは「ie」に残されました。追放された後で、母親が子どもに会うことは許されませんでした。当時の子どもにとって、親の離婚は母親との永遠の別れを意味していました。
 日本国憲法の成立によって「ie」という制度は無くなりました。男女は平等だと宣言されました。それからしばらくして、日本は高度成長期を迎えました。女性が賃労働をすることも一般的になりました。離婚の後で、女性が働きながら子育てをすることが可能になりました。子どもを連れて離婚する母親が増えていきました。
 ところが、依然として子どもが誰かの所有物であるという観念と、親の離婚は一人の親との永遠の別れだという二つの観念だけは、残存してしまったのです。子どもは「ie」の所有物から母親の所有物へとかわり、離婚によって母親との未来永劫の別れから、父親との永遠の別れに移行しました。
 過去の日本の残遺物である、子どもは所有されるもの、離婚は親の一人との永遠の別れということについて、次に説明します。
3 理由3
 「子どもが親の所有物である」という信念は、日本ではいまだに続いています。これが続いている理由は、そのことに日本人が気付いていないからです。「子どもが一人の人格者である」という意味を知らないからです。
 母親は、自分の子どもを自分の体の一部だと感じているようです。そしてこれは、日本社会では肯定的に評価されることが少なくありません。だから、自分の利益と子どもの利益が相反するということを思いつくことができないのです。
 日本では、現在、夫婦と子どもだけが同じ家に住み、主として夫婦だけが子育てをします。子育てについて、親の両親や祖父母からの日常的なアドバイスを受けることは多くありません。そのため、祖父母に変わって、マガジンやインターネットの情報が氾濫しています。但し、それらの情報は、妊娠から出産、そして乳児の子育ての情報がほとんどです。それらの情報の中に、幼児以降の子どもの心理的発達についての情報は多くありません。幼児以降の子どもがいる両親は、情報を持たず、不安を抱きながら子育てをしています。育児についての教育を受ける機会もありません。このため、子どもが一人の独立した人格を持つ権利主体であるということを意識する機会がありません。
 このため、離婚をする場合、子どもの意見は相手にされません。親が勝手に決めることに疑問を持つ人はいません。子どもがこれまで住み続けていた地域に住み続けること、子どもが同じ学校に通うこと、子どもが友達を失わないことなどは、離婚をする場合、全く考慮されないことが多くあります。
 日本では、親の子に対する暴力によって子どもの命が奪われた場合、親に対して大きな非難が巻き起こります。しかし、子どもの心を傷つける行為があったとしても、親に対する非難はなされません。子どもの心が傷つくということは、あまり意識されていません。子どもの心が傷ついてしまうと、健全な成長を阻害するということは理解されていません。
4 理由4
 「離婚は親の一人との永遠の別れ」という考えも、現代に至ってもなお、日本社会では疑問に思われていません。子どもの人格が顧みられないということが大いに影響しているでしょう。離婚をした親どうしは、離婚後も相手を許さず、相手に対して、強い憎しみを持ったり、強い件を冠を持ったり、しばしば強い恐怖感を持ち続けます。この否定的な感情をいやすために子どもを利用しています。このため、子どもが離婚した相手を好ましく思っている姿を見せると、自分と子どもの関係が子どもによって薄められたような危機感を持つようです。離婚した相手に対しての報復というよりも、防衛的感覚が強いようです。自分という存在の安定のために、子どもが自分と精神的に強く結びついていることを要求しています。母親は、子どもがもう一人の親と心を通わせることが、この要求に反すると感じるのでしょう。子どもが別居している父親と交流することに対して悲鳴をあげて反対することが多くあります。
 日本では、離婚をした後も、父と母との間で、心理的な意味での子どもの奪い合いが続いています。日本社会も母親の感情について、非難することはありません。

さて、一般的な日本人の感覚について説明しましたが、これからは、日本人の感覚を固定化する社会的要因について説明していきます。

5 理由5
 先ず、日本の独特な離婚制度について説明します。日本は、妻と夫の合意があれば、自由に離婚をすることができます。離婚後の子どもの養育方法についての計画を作成する義務はありません。子どもが親のどちらかの所有物であるという発想のもので、一人の親権者を決めるだけです。先進国の中では、日本だけがこのような制度をとっています。この制度を維持するためには、子どもの人格が独立していることや子どもは心理的成長をしていくものだという知識がないことが役立っています。
 合意によって離婚ができない場合は、裁判所の関与で離婚をすることができます。一方が離婚したければ、他方が反対していても、離婚をすることが認められています。裁判で離婚をした場合も、養育に関する計画は作成されません。一人の親だけが親権者として定められることは同じです。
 日本は離婚天国だと言えるかもしれません。どこの国においても離婚の障害になるべき子どもの存在が、日本では全く障害にならないからです。
6 理由6
 さて、裁判離婚にあたっては、裁判所が親権者を定めます。この過程において、日本の裁判所の独特な慣行があります。これが日本人母が連れ去りをする理由に直結しています。
 日本の裁判所の慣行で、「子どもを現在居住しているところから動かさない」という慣行があります。ここでいう現在とは、裁判所の手続きが始まった時点のことを言います。もちろん連れ去り事件の多くは、子どもが元々住んでいた家から一方の親が子どもを連れて移住します。子どもと親が移住した後に、裁判手続きが始まります。連れ去った親が母親である場合は、「子どもは母親が育てるもの」という信念から、母親の連れ去りは不問に付されます。父親の連れ去りには、警察も裁判所も厳しく対応します。誘拐罪で父親が逮捕されることもあります。「子どもは母親が育てるもの」というジェンダーバイアスは、このように母親の利益や権利に変わるのです。
 母親は、子どもの親権を獲得し、父親を排除するために、家族が暮らしていた家から子どもを連れて出ていくのです。裁判手続き開始時に子どもと一緒に暮らしていないと、子どもの親権を裁判所から否定される危険があるからです。そうなると子どもと永遠に会えなくなる可能性が生じてしまいます。親権が認められ、子どもと同居できる親はどちらか一人と定められています。このことを弁護士も、女性を保護する公的機関やNPO法人なども知っています。このため、
このような人たちは、「離婚を考えているならば、子どもを手放してはいけない。子どもと会えなくなりたくないなら、子どもを連れて別居しなさい。」とアドバイスしています。
7 理由7
 おそらく、ここまで読み進めていただいた方は、疑問を持つでしょう。子どもと生活できる親が一人ならば、不公正に子どもを連れ去った親は、処罰されるか、親権者の選択で不利になるはずだ。そう思われていることでしょう。その疑問はもっともです。子どもは独立した人格を持っている一人の人間です。突然の連れ去りによって、自分のもう一人の親との生活が奪われ、子どもの学校生活が奪われ、子どもの友人関係も強制終了され、自分のお気に入りのグッズが詰め込まれた部屋も奪われ、近所の猫との癒しの時間も奪われる、つまり子どもの生活が奪われるからです。そして、子どもが自分の生活を奪われる理由が、子ども自身には何もないからです。どう考えたって、裁判所が、子どもに害悪を与える親を、子どもと生活する唯一の親と認めるわけがないと思うことは当然です。
 しかし、実際の事例で、母親の浮気が知られてしまったので逃げるという場合や、母親が家族の生活費を無駄遣いしてしまったことが発覚して逃げる場合や、その他母親の身勝手な事情で連れ去りが行われても、母親が子どもと生活している以上、日本の裁判所は母親に親権を渡しているのです。
 その理由は、「子どもは母親が育てるもの」という信念と「裁判手続きが始まった段階で同居している親に親権者を渡す」というドグマが組み合わさり、強固な原則が構築されているからです。そしてそれを支えているものが、子どもの心理的影響を考慮しないという思想があるからです。
 日本の裁判所は、子どもが連れ去られることによる子どもの心理的ダメージを考慮しません。子どもの状態をイメージできないのでしょう。
 日本の裁判所は、今子どもが錯乱状態などになっていなければそれでよしとしているようです。将来的に子どもの心理的成長に悪影響が出るということを考えようとしません。ここはもう少し説明を加えましょう。
8 理由8
 先ほど私は言いすぎました。日本の裁判所の中でも、子どもの健全な成長という子どもの未来を見据えて親権者について考えるべきだという主張があります。どちらかということこれが公的見解だと言っても良いでしょう。子どもの健全な成長、心理的発展のために有害な事情はどんな事情かという研究もなされています。しかし、残念なことにこれについて理解をしている裁判官は多数とは言えませんし、家庭裁判所の調査官という裁判官を専門知識で補助する人たちの多くも子どもの健全な成長を重視していません。現在に大きな問題がなければそれでよしという態度をしています。
 通常多くの国では、子どもの心理的発達の研究が進み、行動科学や発達心理学などの成果や統計的結果に基づいて、子どもの処遇を決めています。日本にもそのような研究はあるし、家庭裁判所の調査官研究も発表されています。しかし、このような科学的知見に基づいて判断するという慣行が、実際に判断をする裁判官の中にはありません。世界的に調査研究もそれを紹介する調査研究も、まったく家庭裁判所は考慮しないのです。
 おそらく、日本の裁判所のリーダー的な立場にいる人たちはこのことに気が付いているのでしょう。文献を作って警鐘を鳴らしています。しかし、現実の裁判官は、まったくこの文献に心を動かされていません。
 特に、家庭裁判所には、裁判官の経験の少ない者が配置されます。若くて子育ての経験も少ない裁判官です。子どもの心理といってもあまり臨場感をもってイメージできない場合も多いのでしょう。どこで習ったのか不明ですが、「子どもは母親が育てるもの」と「裁判手続きが始まったときに子どもと住んでいるものが親権者」という原則だけはしっかり知っています。わかりやすいのでしょう。
 こうして離婚を意識した母親による子どもの連れ去り別居は、母親にとっての大原則になりました。
9 理由9
 それでもなお、皆さんは疑問を抱くでしょう。「日本では離婚をすると一方が親権者になり、他方は親権者ではなくなるということは理解した。しかし、日本でも、「面会交流制度」が法律で規定されていて、親権者は親権の無い親に子どもを合わせることになっているのだろう。そうだとすれば、母親は、子どもが父親と交流して父親にもなつくことは止められない。そうだとすれば、それほど親権にこだわっても同じことではないか。永遠の別れは、現行制度ではありえないのではないか。」そういう疑問を持つでしょう。
 しかし、面会交流という制度があっても、子どもと同居している母親が承諾しなければ実現しないで済むのです。別居している父親が面会交流を求めて調停を申し立てても、裁判所はあまり味方になってくれません。但し、この点は、置き去りにされた親たちの粘り強い闘いと多くの犠牲によって、若干の改善はみられています。しかし、多数にはなっていません。
 あわせたくない母親は、それに助力する弁護士の力を借りて、子どもが自分のもう一人の親と接触することを徹底的に拒否しています。理由のない拒否に対して裁判所は何ら制裁を科しません。結果として、子どもに何の責任もないのに、子どもはもう一人の親と会うことができません。
 私の経験では、裁判官と調停委員が同居親を熱心に説得すれば、面会が実現することが多くあります。裁判所によっては、1年以上も裁判官が同居母親を説得しないということを経験しています。
 なぜ、このようなことが起きてしまうか。面会交流が、人格を持った子どもの権利だという視点がないからです。面会交流が子どもにとって不可欠であるという科学的知見を、何とか否定する事情を探し出すのが裁判所の役割だという誤謬が起きているとしか考えられません。
 あまりにも同居親の抵抗が激しいときは、裁判所は子どもに何も責任がないにもかかわらず、手紙や写真のやり取りでそれ以上は我慢しなさいという決定を出します。しかし、裁判所の関係者は、このような手紙は子どもに渡されないこと、子どもからの返事が来ないことはよく知っています。それでも事件を終わりにするために、子どもの犠牲のもと、手紙や写真を送りあうということを定めてお茶を濁そうとしていると私は感じます。
10 理由10
 裁判所が、子どもをもう一人の自分の親から引き離す役割を担っていることは分かった。しかし、社会が、そのようなむごい行為を許すのかという疑問が残ると思います。
 しかし、裁判所以外の公的機関も、連れ去りに力を貸しています。
 その筆頭は警察です。警察は、妻から夫の暴力について相談を受けています。夫から妻の暴力の相談を持ち掛けてもなかなか相談には乗ってもらえません。そうして、夫からの暴力の相談を受けた場合、妻と子どもを夫から隠す行為を手伝います。突然家からいなくなった妻子に驚いて警察に相談に行っても、警察官は、最初は知らぬふりをして、最終的には安全な所にいるから心配するな、捜索願は受理しないと夫に告げます。夫は、どうして警察は行方不明になった妻子の安否を知っているのだろうと疑問に思います。知っているはずで、行方不明は警察が関与しているからです。
 そうして、警察から相談記録が上がってきた市役所は、妻子が移転した後の住民票を夫に見せない手続きを取ります。夫は、妻子がどこに行ったか分からなくなりますが、それは警察や市役所の行為によってそうなるのです。
 夫は、妻子がいなくなったので、妻の親の家にいるのではないかと探しにゆきます。そうすると、親の家にたどり着く前に、10人を超える警察官に取り囲まれて、警察署に連行されます。夫は警察官から、「二度と暴力はしません。」という誓約書を書くことを要求されます。これを書かないうちはここから出さないといわれた人もいます。
 子どもを取り戻すことを阻止するために、警察官はストーカー規制法を持ち出してきます。これ以上子どもを探した場合はストーカー警告を出すぞ、この警告に違反した場合は処罰すると脅かされます。
 日本人は善良な市民が多いので、警察官は自分を守る存在だと考えています。その警察官から犯人扱いされてしまうことで精神的な打撃を受ける人がほとんどです。こうやって連れ去りは、日本社会がバックアップしているということが言えると思います。
 ここでやはり疑問をお持ちになるでしょう。警察が介入する事案は、夫の暴力がある場合だけだろう、確か法律にもそのように書いてあるはずだという疑問です。しかし、多くの警察官が、夫婦間に警察官が介入できるケースは、夫の暴力があるケースに限定されているということを知らないようです。警察を管轄する都道府県担当者は全く分かっていません。
 これには構造的な仕組みがあります。
 第1の仕組みは、妻から夫の暴力についての相談を受けた警察官は、妻の発言を疑わないという原則があります。妻がパニック障害でも、統合失調症でも、妻の発言を疑いません。そのため、事実確認を夫に行うということもめったにありません。また事実確認という口実で、妻の行方を捜すなと脅かした事例もあります。
 なぜ、裏付けが不要なのでしょうか。それは、その仕組みによって夫を処罰するのではないからということが一応言えると思います。しかし、この仕組みによって、夫は我が子に会えなくなってしまうのです。
第2の仕組みは、夫の暴力があろうとなかろうと、妻が夫の暴力があると相談した場合は妻の支援を開始するという法律構造です。だから、実際に暴力があったか否かを確認する必要もないという主張をするようです。日本の行政は、夫の暴力を相談した女性を「被害者」といい、被害者の夫を「加害者」と言います。これが日本の役所の正式な表現です。但し、「加害者」とは、被害者に被害を与えた人ではない。という注釈が付いています。それならば公的に加害者と呼ぶのはおかしいと思います。日本の国家が間違った日本語を使っていても改めようとしません。しかし、こういう間違った日本語の元で被害者保護は開始されてしまいます。

 以上私は、日本人母が子どもの連れ去りをする理由を説明してきました。貴委員会の決議は、日本の連れ去られた子どもたちにとって、大きな利益になる可能性があります。これからも日本に意見を突き付けていただきたいと考えています。それは日本国民の利益につながると思います。
 その際、「子どもは母親が育てるもの」、「裁判手続きが始まった時点で子どものいる場所を移さない」、「子どもをひとりの人格をもった権利主体だということを理解しない」、「子どもの将来を見据えた判断をしない」という司法慣行についても理解いただき、そもそも夫婦の離婚が子どもと親との永遠の別れにつながる単独親権制度にも言及していただきたいと思います。さらには、「子どもは母親が育てるもの」ということと、「夫婦間暴力の被害者は女性である」というジェンダーバイアスのかかった見方にもとづく、ジェンダーバランスを著しく欠いた配偶者暴力支援制度についても圧力をかけていただきたいと思います。これらの問題点が改善されない限り、日本人母による連れ去りは無くならないと思うからです。
 子ども生活環境を激変させる連れ去り行為は、国境を越えようと国境を超えないとにかかわらず禁止するという思想と子どもをひとりの人格を持った権利主体であるという理解が定着しない限り、子どもの連れ去りは続く危険があると思います。

ここまで読んでいただいたすべての皆さんに感謝申し上げます。

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