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中学生のスマートフォンの使用について注意するべき事項 自分が他人に対する加害者とならないために、そして自分自身が苦しまないために [進化心理学、生理学、対人関係学]



中学生の自死に、スマートフォンの使用が関連する可能性がある事案がよくあるため、私の見解をお話しします。

現在スマートフォンの普及が目覚ましく、現実問題として、生徒同士で授業内容や持参物等の情報交換や、部活動の諸連絡等活発に活用されており、使用を一律に禁止することが現実的ではない状況もあるようです。
むしろ、スマートフォンを禁止にするよりも、使い方についてその弊害などのデメリットを十分に指導する方が建設的ではないかと考えています。

これまでスマートフォン使用の弊害、危険性として指摘されてきたことは、SNSなどを通じて、生徒が犯罪に巻き込まれたり、成人等からの被害を受けたりすることです。つまりスマートフォンを使用することによって被害者にならないためにするという観点です。この問題も大変大事な問題なので、引き続き、指導をしていくべき事柄だと思います。
今回私が指摘することは、生徒どうしのSNSやメールでも、その使用方法によっては、受信者が傷ついたり、発信者自身も傷ついたりして、深刻な事態になりかねないことを注意するべきだということです。このことについてお話します。自分が加害者になるということです。
SNSやメールといったインターネットのコミュニケーションは、相手の様子がわからないところで情報を発信するところに特徴があります。このため、相手の気分感情を十分に考えないで、自分勝手な考えで相手を傷つける情報を発信してしまう危険が高くなります。通常の顔を合わせてのコミュニケーションの場合、話す相手方の表情や周囲の様子を見て、話の内容を変化させたり、話をしなかったりという選択肢を実行することもできます。例えば、相手が嫌がっている話題を出して、相手が不愉快そうな表情をすれば、話題を続けることを中止するということがありますね。また、あなたの話を聞いている人があなたの発言を制止したり、あなたが第三者の表情を読み取って話題を変えたり、自分の発言に謝罪したりすることもできるでしょう。そもそも相手を目にしている場合は、相手を傷つけるような言葉をわざわざいうということは、よほど喧嘩している場合をのぞいては、あまりないことでしょう。
ところが、SNSやメールの発信は、自室など一人きりの空間で行うことが多く、相手の気分、感情を配慮する材料が圧倒的に少ないという事情があります。このため、何かを発信しようとするときに、相手の顔が見えないため、これからそれを発信することで相手が傷ついたり、困惑してしまったりするかもしれないという発想をなかなか持つことができない事情になってしまいます。自分の頭の中だけでの判断ということになります。これは、大人の世界でも、メールやSNSでは攻撃的人格に変貌したかのような発信をして周囲を傷つけたり困惑させたりするトラブルが少なくありません。実は、メールやSNSでのコミュニケーションは、本当は難易度の高いコミュニケーションなのです。
このため、普段ならば面と向かっては言わないようなことも書き込んでしまったり、表現なども相手を配慮しない表現で書き込んだりしてしまうようです。
相手方からすれば、自分がそんなにひどいことを言われてしまったという現実によって、自分が発信者から仲間として扱われていない、いずれ仲間外れにされてしまうだろうという不安や恐怖を感じてしまうこともあります。情報を受け取る相手からしても、あなたの表情や声の様子などがわかりませんから、書き込まれたとおりに受け止める危険があります。面と向かって言っていたらジョークになることも、深刻な攻撃だと受け止めてしまいかねません。SNSなどでそのやりとりを複数の人間が見ることが可能ならば、情報を受けた相手方はみんなの前で侮辱されたとか、みんなが見ている前で攻撃されたとかという感情を抱いてしまいます。不安や恐怖がより深刻に表れてしまいます。
情報の相手方ではなくとも、それを見ることができる第三者も不愉快な思いをする場合もあります。あるいは、第三者も最初の発信者に共感してしまい、相手方を傷つける書き込みをする場合もあります。
生徒どうしのメールやSNSの危険性は、情報を受け取った相手方が、情報発信した人間の想定しない深刻な精神的ダメージを受けてしまう危険があるということです。
もう一つ、生徒どうしのメールやSNSの危険性は、それを書き込んだ側にも精神的ダメージを与える可能性があるということです。
SNSの発信は、文字情報を入力して送信すれば完了します。自分で入力した情報を見直すということがなかなかできません。つい、その時のノリで、あるいは誰かの書き込みに対して対立感情がわいてしまい、つい反射的に自分の本意ではない過激な言動を書き込んでしまう危険があります。あるいは書き間違いをしてしまうことだってありうるわけです。
それにも関わらず、一度SNSに書き込んだ情報は、自分一人で消去することができません。誰かが保存してしまえば半永久的に残ってしまう可能性があります。しかも、アプリによってはそれを第三者が同時に見ることだってできるわけです。つい感情的に、あるいは調子に乗って書き込んでしまった情報が、自分の手を離れて多くの人が見るところになってしまう。しまったと思ったときにはもう遅いということが少なくありません。後で落ち着いて見直してこんなことを書かなければ良かったなと思ったり、第三者が自分の書き込みに対して非難する書き込みをされたりして、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔することになってしまいます。その書き込みは多くの人たちが見ているとすると、ひとりひとりに訂正、謝罪することも簡単なことではありません。
訂正が効かない失敗をしてしまい、それも自分が大切に思っている人間関係の人たちから嫌われたり、攻撃されたりすると、どうしたらよいか分からなくなってしまいます。何とかしなくてはいけないのになんともできないということは、心を焦らせる事情になってしまいます。絶望的な気持ちになることもありうると思います。人間の精神に極めて有害な作用を与えることになりかねません。
以上のようにSNSやメールなどの発信は、便利なツールですが、情報発信者にとって、相手方にとっても、あるいはそれを閲覧できる第三者にとってもとても危険な側面を持ったツールです。そのことをまず理解していただきたいと思います。
この危険な側面をできるだけ現実のものとしないで活用するために、SNSやメールを利用する場合の提案をいたします。
1)必要な情報交換など、最小限度の情報発信に努める。
2)他人を攻撃したり、困惑させたり、他人の人格を否定したりする発信をしないことはもちろん、うわさや、評価をともなう発信もしない。
3)定期的に保護者に見てもらい、相手を攻撃したり、困惑させる発信や結果としてそうなってしまう表現が無いか点検してもらう。表現方法の修正を教えてもらう。
4)間違った書き込みをしてしまった場合には、保護者など大人に相談をするなどして直ちに謝罪をする。
5)緊急性が無いSNSやメールの利用は、時間帯をあらかじめ定めて、その時間外の利用はお互いに情報発信はしないようにする。

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