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リアル親指姫 [現代御伽草子]


小高い丘のふもとに野ネズミのおばあさんの家がありました。おばあさんといっても、まだ自分の稼ぎで生活していましたから、おばあさんというほどの年齢ではなかったのでしょう。親指姫はこの野ネズミのおばあさんの同居人でした。

親指姫はとても夢見がちの女の子でした。たまに訪ねてくる野ネズミのおばあさんの親戚の子どもたちに、自分の生い立ちを話すことが好きでした。

自分は、チューリップの花のようなきれいなお家で生まれたの。幸せに暮らしていたのだけれど、ガマガエルが私のことをかわいいと言って、自分の息子のお嫁さんにしようとお家から沼へ連れてってしまったの。とても怖かったわ。連れていかれた沼の家はじめじめしてとても住むことなんてできないもの。私がおびえて泣いていたときに、親切な魚さんたちが、私が閉じ込められていた蓮の葉の茎を切って、沼の岸まで流してくれたのよ。そうしたら今度はコガネムシにさらわれてしまったの。私がかわいいからお嫁さんにしようとしたのね。コガネムシの家に行って、彼は友達や親せきに私のことを自慢したの。私は幸せな気持ちになったわ。でも、意地悪なコガネムシが、私の足が二本しかないとか、羽がないとか悪口を言ったの。彼は、私をさらったくせに、馬鹿にされたら、私にどんどん冷たくなっていったのよ。ひどいと思わない。私は追い出されて、あてどもなくさまよったわ。そうしたら、この家にたどり着いたの。おばあさんが病気で寝込んでいたので、介抱してあげたらおばあさんにとても感謝されて、そのままお願いされてこの家にいるのよ。

親戚の子どもたちが親指姫の冒険談を目をキラキラ輝かせて聞くものですから、親指姫は得意になって話をしました。野ネズミのおばあさんは、そんな時、いつも少し離れたところに座って、口を挟まずに静かにその様子を眺めていました。

そんな親指姫も結婚適齢期となりました。親指姫は、街に出ていきたがらないので、結婚相手に巡り合うこともありませんでした。野ネズミのおばあさんも大変心配しました。生活一通りのことはできるようになったけれど、男の人と暮らすことはできるだろうか。親指姫は愛想をつかされないだろうか等と考えるときりがありませんでした。
結婚話はすぐ身近から飛び込んできました。野ネズミのおばあさんの仕事先のモグラが親指姫の話を聞きつけたようです。仲介人を通じて結婚を申し込んできたのです。野ネズミのおばあさんは、仕事先が相手ということなので親指姫が何かトラブルを起こして生活に影響を及ぼさないか心配にはなりました。でも、モグラならば、堅実な働き者だということは知っていましたし、貯えもある裕福な家です。争いごとが嫌いで、小さなことにはこだわらないという性格だということもありました。何よりも、仕事の関係でモグラが野ネズミのおばあさんの家の近くにもよく来るので、何かあったら私も手伝いに行けるということから、縁談を進めようと思う大きな理由でした。

親指姫は、モグラが地味で華やかなところが無いことから、当初は縁談には乗り気ではありませんでした。しかし、このまま野ネズミのおばあさんの家で一生を終えることは気が利かないことだし、野ネズミのおばあさんが死んでしまったらどうやって生きていけばよいかわからないということで、縁談に応じた方が良いかもしれないと考え始めました。そこに、モグラからのプレゼント攻勢が始まりました。これまで見たこともないドレスにうっとりしましたし、きらきら光る指輪も気に入りました。自分が本当のお姫様になったような気持ちになりました。それならばということで縁談がまとまりました。

結婚当初は親指姫は幸せに暮らしていました。自分の欲しい服を手に入れ、自分の理想の家具に囲まれて、何不自由なく暮らしていました。モグラは、親指姫のおねだりにこたえようとして、これまで以上に仕事に精を出すようになりました。だんだん親指姫は一人ぼっちでいることが多くなり、不安になってきました。親指姫は自分の生い立ちについて誰かに話したくて仕方がなかったのです。でも、町に行くことは嫌いだし、野ネズミのおばあさんの家に行っても話す相手もいないので、つまらないなと感じて始めていました。

そんなときです。
家の近くに空から何かが落ちてきた音がしました。羽の折れた一羽のツバメがモグラの掘った外穴の中に落ちていました。親指姫は、ツバメを雨風の当たらない場所に移動させ、手当をしました。ツバメは、南の国からやってきたけれど、途中で怪我をして落ちてしまったというのです。親指姫はモグラと相談してツバメの世話をすることになりました。
親指姫は、良い相手を見つけたということで、ツバメに、得意の生い立ち話を何度も聞かせました。だんだんツバメも飽きてきたのがわかったので、今の境遇を話し始めました。

私は、野ネズミのおばあさんの世話をしておばあさんを助けてきたのだけど、おばあさんの体の具合がよくなったら、厄介払いをされるように縁談を持ち掛けたのよ。おばあさんの仕事が有利になるように仕事先のモグラに売られたようなものだわ。モグラったら、仕事に夢中で私のことなんかほったらかしなのよ。ツバメさんもご存じのとおりいつも家にいないのよ。モグラって、にぎやかなところが苦手だから、私が誘っても街に連れて行ってくれるなんてこともなく、こんな暗い穴倉に閉じ込められているんだわ。本当は街に行きたくないのは親指姫だったのですが、そういうことにしました。
この話は、生い立ち話よりもツバメは興味を持ったようです。親指姫は、自分の話を無条件に信じてくれて、自分が同情されていることがとても気持ちが良かったのです。

ツバメは尋ねました。
モグラは親指姫に乱暴なことはしないの?
親指姫は答えました。
ひどい暴力はないけれど、言葉が怖いの。低くてよく響く声はそれだけで怖いわ。言葉遣いは乱暴だし、あれをやれ、これはやるな。このやり方はだめだなんて言うだけだから楽しくないのよ。
ツバメは尋ねました。
お金はちゃんと渡されているの?
お金をもらっても親指姫は、街に行くこともないので買い物もしないし、必要なものはモグラが揃えますので、お金をもらう必要はありませんでした。
でも親指姫はツバメに答えました。
いいえ。お金なんてもらったことはないわ。だから、私は一生この暗い穴の中に閉じ込められて生きていくんだわ。
ツバメは満足そうな顔をして聞いていました。
その顔を親指姫が見て、親指姫も満たされた気持ちになりました。

またある時ツバメは尋ねました。
モグラは、本当に親指姫に乱暴なことはしないの?
親指姫は、どういう風に答えればツバメが満足するか分かってきていました。
実は、これはだめだとかあれをやれと言うとき、私が悪いんだけど、納得ゆかなくて素直にはいって言わないときに、ちょっとだけ肩を押されたりすることはあるわよ。たまたま近くにいた時だけど、感情的になって背中を押されたこともあったけど、暴力なんて思っていないわ。私が悪いのだもの。
それを聞いたツバメは、それはひどいと言いました。親指姫はかわいそうだね。辛い思いをしているねと言いました。
親指姫は、これまで他人から、自分のことを心配されたことがあまりなかったので、とても満たされた気持ちになりました。しかし、一方で、少しモグラに悪く言い過ぎたなあという気持ちも出てきました。そこで、慌てて付け加えました。
でもね、モグラも優しいところがあるのよ。私を叩いた後は、ごめんねって優しくいってくれるの。私を怒鳴った後は色々なものを買ってくれることもあるし。
それを聞いたツバメは悲しそうな顔をして言いました。
それは乱暴者みんながすることだよ。乱暴なときと優しいときと順番にでてくるんだよ。優しくする方が危ないよ。そういうものなんだよ。おそらくモグラは大変危険な乱暴者だ。親指姫、安心できないよ。命の危険があるよ。逃げた方が良いよ。

親指姫はびっくりしてしまいました。モグラは気が利かないところはありますが、真面目な働き者です。結婚前に比べれば信じられないくらい裕福な生活です。自分が殺されるなんてあるはずがない。ずいぶん上手に話しすぎたのだろうなと思いました。ちょっぴり反省しました。

大丈夫よと言ってその場は立ち去りました。

それからというものツバメは、顔を見るたび逃げろというようになり、自分と一緒に南の国に逃げようと繰り返し言うようになりました。最初は親指姫も不思議でした。どうしてツバメはモグラと話したこともないのに、モグラが危険な乱暴者だというのだろう。私がツバメの世話をしているのもモグラが良いと言ったからなのになあと思っていました。

でも命の危険があるから逃げろということを繰り返し言われたものですから、親指姫は何となく怖くなってきたのです。そういう気持ちでモグラを見るようになったからでしょうか。モグラに対する不満が生まれてきました。モグラは、親指姫がやった家事について、ありがとうという言葉がありませんでした。いつも夜遅く帰ってきて、親指姫の話を興味を持って聞いてくれるということはありませんし、帰るとすぐに眠ってしまいます。親指姫が失敗したこと、気に入らないことだけは仕事に行く前に言い残していくという具合でした。ツバメの言う通り、私を認めていないのかなと心配になってきていました。
そういえば確かに、叩こうとして叩いたわけではないけれど、背中に当たった手は強かった気もしてきました。今日も疲れたような顔しか見せないで、私を見ても前のように笑顔になることは無くなったな。心なしか声も大きくなったかな。と親指姫はますます心配になってきました。

モグラはモグラで、親指姫の希望を叶えるために収入をあげようと必死でした。少し無茶をやるせいで、あちらこちらと衝突することも増えてきました。それでも妻のために精一杯頑張ることで、生きがいを感じていましたから、少し仕事を減らそうなんてことは考えたこともありませんでした。また、一度引き受けた仕事に対する責任感が強かったので、最後までやりぬくことはたり前だと思っていました。家に帰るころにはくたくたで、話をする気力もなくなっていました。それでも、親指姫の無理なおねだりを聞いて、それは頑張ればかなえてあげることができると思うことが、無上の喜びでした。そんな自分の親指姫への愛を親指姫は理解しているものだと信じて疑いませんでした。

9月になりました。小高い丘にも秋の気配が漂い始めました。親指姫は、何となく体調が悪く、息苦しいかなと感じていました。ふいに昔のことを思い出してしまうといたたまれない気持ちになって、外に飛び出していきたいという衝動が抑えられなくなるようになりました。それと同時に自分はモグラから優しくされていないという気持ちが生まれ始めました。自分だけが損をしているのではないか、不公平だという気持ちが抑えられなくなってしまいました。ある日曜日、親指姫が些細な失敗をしたことがありました。モグラは何の気なしに、ここはこうするとうまくいくよと親指姫にアドバイスをしたとたん、親指姫は外に飛び出したいという衝動が抑えられなくなりました。何か叫んだかもしれませんが、親指姫はそのあたりから何も覚えていません。ただならぬ気配を感じてモグラは親指姫の名前を呼びました。親指姫は出口に向かって取りつかれたように走り出しました。危険を感じたモグラは、親指姫の腰に抱き着き、必死になって親指姫を止めました。親指姫は勢い余って、頭から床に転んでしまいました。モグラも一緒に倒れて親指姫の上に乗っかってしまった格好になりました。親指姫のおでこにたんこぶができてしまいました。そのあたりから親指姫は我に返り記憶を取り戻しました。

次の月曜日、親指姫がツバメの元に行ってみると、ツバメは、羽の具合もすっかり良くなり、南の国に帰る準備をしていました。
ツバメは尋ねました。
おでこのたんこぶはどうしたの?
ちょっと覚えていないのだけど、気が付いたらモグラに倒されていたみたい。
どうして倒されたの?何かあなたが悪いことをしたの?
私は何も悪いことはしないわ。ただ、家事で失敗してモグラに責められたことは覚えているわ。
では、あなたが家事で失敗したので、モグラは怒ってあなたを突き飛ばして怪我させたのね。
ああ、そういうことになるのかしら。
やっぱり私の言う通り、モグラは危険な乱暴者だよ。この次はたんこぶでは済まないと思うよ。私は仲間と一緒に南に行くよ。もう秋になったからね。あなたもつれていくことができる。一緒に南に行こう。
でも私は、南には知り合いがいないし。
南には、あなたみたいな人がたくさん住んでいるところがあるよ。そこまで連れてってあげるよ。
でも私を乗せたら重いでしょう。
大丈夫、仲間にも親指姫のことは話したから協力してくれるってさ。みんなモグラはひどい奴だって言っているよ。
モグラは追ってこないかしら。
大丈夫。仲間と一緒に南に行けば、モグラは追っては来られないよ。何より命が大事だよ。

こうして親指姫は木曜日に南に向けて旅立つことになりました。お気に入りのドレスと指輪だけを持っていくことにしました。全部モグラに買ってもらったものです。

木曜日に出発することはモグラに言ってはだめだよ。気が付かれてもだめだよとツバメは親指姫に念を押しました。

木曜日、モグラが仕事に行っている間に親指姫はツバメの背に乗って南の国に旅立ちました。



さて、親指姫は南の国で幸せに暮らしたのでしょうか。

よそ者で、言葉も通じないだろう親指姫は現地のコミュニティーに受け入れられたのでしょうか。それとも、収入もなくなり、こんなはずではなかったと言って、ツバメに元に戻すようにお願いしたでしょうか。そうしたら、ツバメはまた親指姫を野ネズミのおばあさんが住んでいる丘のふもとまで運んでくれるでしょうか、それとも「南の国に行くことはあなたが決めたことですよ」と突き放すでしょうか。親指姫はツバメが送って行ってくれるという場合に、散々不義理をしたモグラや野ネズミのおばあさんの元に平気で戻れたでしょうか。

この親指姫の話は、複数の実話をもとにして作成しました。実話と違うところは、親指姫とモグラの間に、概ね2歳以下の子どもがいなかったことです。

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