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幼児がしない万引きを大人がする理由 :万引き犯(トランス型)の犯行時の意識変容の仮説を基に、規範意識が低下する機序についての一考察 被告人質問までに弁護士が行うべきこと [刑事事件]

万引きは、店舗から商品を、お金を払わないで持ち去ることです。盗みですから、窃盗として刑法235条で罰せられます。10年以下の懲役または50万円以下の罰金という重い罪です。資本主義経済の根本を揺るがす重大犯罪だから重い刑を科したと説明する学者さんもいるところで、万引きくらい見逃してくれよということはとてもできないことは確かです。

不思議なことに、小さな子はあまり万引きをしません。もしかしたら、小さい子がお店に行くときは、いつも親が一緒だから親が注意してみているという単純な理由かもしれませんが、比較的低年齢から、ここにある品物はお金を出して買うものだということを理解しているのかもしれません。

大人の万引き犯も、もちろん、お金を出して買わなければならないということは知っています。知っているのですが、万引きが止められなくなる事情があるようです。
ただ、一口に万引きといっても、少なくとも大きく二つに分けられるようです。

一つは盗んだ商品を中古屋さんに買い取ってお金に変えようとする類型(転売目的型)です。盗んでいること、盗品を売却するということは、はっきりと意識的に行っています。どの商品を盗んで、どこで買い取ってもらおうということを計画的に行っていることも多いです。

もう一つは、今回のお話のトランス型とでもいうような類型です。実は、この類型の万引きがいわゆる大人(特に高齢者)の万引きの典型的な類型です。しかしながら、弁護士であっても、その心理過程をよく理解していない人が多くいます。ケチでやったとか、ストレス発散のためにスリルを感じたかったのかとか、そういう人格の人だというような決めつけをしていることが多く見られます。それではなかなか弁護ができないと思いますし、再犯の可能性を低下させることもできないと思います。弁護士が付く意味があまりないと思います。

こういう類型は、警察の調書に「むしゃくしゃしてやった。」と書かれていることが多くあります。ある意味、警察官の理解の方が真理に迫っているといえるかもしれません。

家族など関係者からも軽く考えられることが多いのです。その一つの原因として、大した金額の商品を盗むわけではなく、それくらいのものを買うお金は持っているから、どうして万引きしたのかわからず、「魔が差した」くらいの扱いになるからです。もう二度としないだろうと誰しも思うのですが、このタイプの万引きは繰り返されます。

最初はすぐにお金を払って解放されたり、警察官から説教されて終わりになることもあります。二度目は、事情によっては逮捕までされないということがあり、罰金刑や執行猶予となることも多いのですが、その後も周囲の見込みに反して万引きを繰り返し、やがて刑務所に収監され、懲役という強制労働を行うことになってしまいます。もちろん、事情によっては、初めての万引きでも刑務所で強制労働の判決が出ることもないとは限りません。

また、一度逮捕されればわかるはずなのですが、大きな店舗、つまり、誰も見ていない、盗みやすそうな店舗ほど、防犯カメラがしっかりと撮影しています。バックヤードでは巨大なモニターが、8分割等各防犯カメラの映像を同時に映しており、犯人が周囲を伺ってモノをとる瞬間を担当者が見ています。録画もされています。その他さまざまな工夫がなされており、万引きは確実に分かります。その場で捕まらなくても店には証拠が残っています。

おそらく万引きを繰り返す人は、盗むことは悪いことだとか、万引きは必ず捕まってしまうということさえ、その瞬間は忘れていて、やめようという気持ちにはならないようです。盗む直前の心理状態は、悪いことだから止めよう、捕まるからやめようと思えない状態になっているということが特徴のようです。

盗むことしか考えていないし、見つからないようにしようとは考えているようなのですが、どうやって見つからないようにするかということまで実際はあまり考えていません。ちょっとレクチャーを受けた人であれば、あからさまにこれから盗みますという表情としぐさをしていることがわかるようです。現場は防犯カメラだけでなく、その場にいる私服ガードマン、場合によっては死角にいる制服店員にみられており、出口まで一緒に出てくることも気が付かず、自動ドアの向こうに出たところで肩をたたかれるわけです。その様子は一部始終撮影されていて、裁判の証拠として提出されます、

この状態を極端にした万引き事案がありました。
その人は、深夜もやっている中古販売店に行って、自分の好きなある商品を万引きしたとして逮捕されました。自分で自動車を運転して、自分が欲しかった商品を、その商品売り場に行って、持って帰ろうとしたのです。

私が警察行って面会したところ、その人はその時の記憶がなく、気が付いたら警察署の拘置施設(通称ブタバコ)にいたというのです。自動車を運転できるくらい意識があり、たくさんある商品の中から欲しかった商品を手にしたし、万引きしようとして万引きしたのだから、知らないというのは下手な言い訳、噓だと感じるのが普通かもしれません。

私は、こんな嘘ついても意味がないのだから、むしろ嘘ではないのかもしれないと思って話の続きを聞きました。その人は、不眠症で精神科医から睡眠薬をもらって飲んでいたそうです。睡眠薬だけでは眠れなくなっていたので、お酒を一緒に飲んだんだそうです。お酒の弱い人だったので、いつもはビール一杯で眠っていたそうです。本人もこの日もそれで眠ったと思っていたようです。ところが、気が付いたら警察にいたというのです。自動車まで運転したと聞かされて驚いたようでした。

服薬していたのはマイスリーハルシオンという寝つきをよくするベンゾジアゼピン系の睡眠薬でした。調べてみたら、アルコールと併用すると、異常な効果が生まれて夢遊病みたいな状態になることがあるということでした。また、逮捕時の状態を聞いてみると、目つきが明らかに異常で、口が閉まらない状態でよだれが垂れ流しで、店員が近寄って注意しても聞こえないようにその結構大きい商品を手当たり次第にいくつもカバンに入れようとしてたという明らかに異常な状態だったとのことでした。寮住まいだったので、同僚から話を聞いていみたところ、前にも酒臭い息で自動車に乗ろうとしていたことがあり、止めたらおとなしく帰ったということがあったということでした。

私は文献を整え、同僚から陳述書をとり、向精神薬とアルコールの併用の危険性について本人にレクチャーを行い、二度と併用しないという反省を引き出し、検察官と協議をさせていただきました。飲み込みの早い検察官だったため、起訴されずに釈放されました。

この中古品の事件の人は、薬物による影響でしたが、本人の自覚がないまま、自動車を運転して万引き行為ができていました。意識がなく記憶もなかったけれど(記憶ができない意識状態)、行為があったというおかしな状態でした。この人のケースでは、服薬から意識が戻るまで数時間(おそらく6,7時間)ありました。


ここで話が戻るわけですが、薬物の影響のないトランス型万引きの意識状態も、このような状態なのだと考えられないかということなのです。もっともそのトランス状態は、せいぜい数分から数十分程度のことだと思います。また、記憶がなくなるわけでもありません。犯行時の記憶もあることが多いです。

でもよく似ていることは、自動ドアの外で肩をたたかれた時に「ハッ」と我に返るということを、多くの人が経験するということです。上手に話を聞き出すと、それは、「やばい、みつかってしまった。」という「ハッ」ではなく、あれ今自分は何をしていたのだろうという「ハッ」のようなのです。

もちろんだからといって、すべてのトランス型万引き犯が無罪になるわけではないですし、責任が軽減されることもほとんどないでしょう。しかし、このトランス状態を起こさないようにできれば、また万引きをしなくて済みます。トランスという言葉を使わないでストーリーを作ることで説得力ある情状弁護になるのです。裁判官が、「なるほど再犯の可能性が低い」と思えば、刑が軽くなるのは刑事政策上当然だからです。もっとも被告人の的を射た反省も必要です。

ところで、では、このトランス状態は、薬物の影響もない場合に、どうやって起きるのでしょうか。

手がかりとしては、万引きの被疑者(容疑者というか犯人というか)から事情を聴いた警察官の調書があります。警察官の多くは、偏見を持たずに、なるべくリアルに事情を話させようとするようです。とても良い資料になります。もっとも、被疑者の方が、自分の心理状態を正確に話すことができませんので、読む側の理解力で補う必要があります。そうすると、「むしゃくしゃしてやった。」とか、「頭の中がもやもやしていた。」とか、「逮捕されるまで頭の中にカスミがかかっているような感じだったとか。」なかなか興味深い表現になっていることがわかります。警察は、どうしてむしゃくしゃしたか、もやもやしたかということについても、熱心に事情聴取するのですが、はっきりと共感できる話はあまりありません。しかし、断片的に、本丸にヒットしていることが、すべてがわかった後で気が付くことができます。もしかしたら、下手な弁護士よりも被疑者の人生によりそっておられるのかもしれないと感心することが多いです。

いずれにしても弁護士は、その警察官の地道な捜査をおいしくいただいて考えることができますから、つまり頭さえ使えばよい状態まで持ってきてもらっているから、楽なのかもしれません。これは裁判官から見ればもっとそうなのだろうと思うのですが、調べているときは夢中で、断片的な知識がアトランダムに入ってくるので、全体像が見えにくいという宿命があるのです。

さて、もやもや、むしゃくしゃの原因について例示してみましょう。
高齢者(65歳くらいより上)の万引きのケースでよくみられる要素は、孤立です。農村部の一人暮らしで、近所にも話し相手がいないという事情が多いです。寂しいというより、誰とも会話がない状態が何日も続くことによって自覚のないまま精神的に変調をきたしているという感じです。
50歳代の女性については、体調の変化が無視できません。男性の弁護士にとっては聴き方が難しいのですが、家族などから症状について確認することは最低限必要だと思います。
孤立や体調の変化が原因となっている場合、家族をはじめ警察や弁護士が適切にかかわることが条件になるのですが、逮捕されることによって、ホッとされ、逆に笑顔が増えるということが起きます。つきものが落ちたという感じがします。

複合的にからんでくる要素は、何らかの事情でお金の心配をしている場合です。亡くなった夫が借金をしていたことが発覚して請求が来ているとか、子どもの学費の心配をしているとか、一見「それは心配ですね。」という事情ですが、弁護士が間に入れば払わなくてよいお金だったり、それほど心配しないでもよいような、自分勝手に不安になっているような場合も少なくありません。うつ病の患者さんにみられる貧困妄想に似ているような心配です。また、罪悪感や極度の悲観的なものの見方が背景になっているような心配である場合も少なくありません。これだけ見ていると軽いうつ病にかかっているような気がしてきます。

また、自分に対して高い要求があり、それが満たされないことで自己否定をしたり、罪悪感を感じたり、あるいは頑張りすぎて疲れていたりという場合もあるようです。ここは、見逃されがちです。

また別の側面から言えば、何か強いこだわりがあることが多くあります。自分の努力が誰かにダメにされてしまって、あきらめがつかないというようなこだわり、こだわってもどうすることもできないとわかっていても、後悔だったり、恨みだったりがどうしてもまとわりついているという感覚があったりですね。それから、自分の努力が報われないという思いは、気が遠くなるような疎外感を産むようです。例えば、子育てをして、夫につかえ、夫の母も夫も介護をして、子どもたちは独立してそれぞれの家庭をもって、自分一人がお金の心配をして報われない。何のために自分は生きながらえているのかというむなしさですね。

これらの、孤立感、解決不能感、悲観的思考、虚脱感、貧困妄想等があるとするならば、やはりうつ状態によく似ています。そうして、自分を大切にするという温かい気持ちではなく、自分を守らなくてはならないという焦燥感が優位になってしまう。その結果、自己否定、自尊感情の低下がみられます。

自分が誰からも大切にされないという感覚、自分を大切にできなくなってしまう感覚は、自分の社会的立場をあきらめているような状態ですから、法律や道徳を守ろうという意識が弱くなるという関係になりそうです。

加えて、いつも「自分を守らなくてはならない」という感覚でいること、危険に対して常時準備をしている状態、緊張が持続してしまっている状態は、精神的な疲労状態となるのではないでしょうか。冷静に考える体力が消耗してしまったような印象を受けます。

そこに貧困妄想が加わるため、万引きがやめられなくなるというモデル図式がよくあてはまる事例が多くあります。
衝動が理性で止められなくなるという感じです。但し、衝動自体は誰にでも起きているものです。それがいかに違法な衝動だとしても、行動に移さなければ問題がないと思います。

具体的に言うと、いつもお金を節約してお昼はおにぎりを作って食べているとします。スーパーに用事があって行ったところ、お総菜コーナーに690円のお寿司があったのを見つけるとします。いつもは、買うとしても500円くらいのお寿司ですが、690円の特売のお寿司には、いくらとエビのお刺身があったとします。食べたくなるのは、誰にでもあることです。食べたいなという感覚は瞬時に意識に上ります。それ自体は何ら悪いことではありません。意識の中には、690円は自分のお昼代としては高くて贅沢だということが次にでてくるでしょう。次は、じゃああきらめようとなることが普通です。しかし、冷静に考える体力がなくなっていて、しかも自分を大切にしようという意識が極限に弱くなっている。「どうなっても自分なんてどうでもよい存在かもしれない」という意識が悪さをしているわけですね。そうすると、「自分はお金がないのだから盗むしかない」というところでルーレットが止まってしまうみたいな感じになるようです。盗んだら見つかる、盗むことは悪いことだという意識が立ち上がることができず、そのまま盗んでしまうようです。特売のお寿司を見て盗もうと思うまで、一瞬の間でこのような思考というか無意識というか、反応が起きてしまうようです。

もし、犯罪をする人が、そういう「犯罪をするような人だ」ということならば、どんなに弁償しようと、後悔を口にしようと、何度も同じ犯罪をしてしまうことになります。実際に万引き事犯は繰り返しますから、そのように見えてしまいやすいかもしれません。しかし、ある一定の年齢までは、万引きをしていない人がむしろほとんどです。そうだとすると、その人の人格が万引きをする人格ではなく、普通の人が、ある原因があって万引きをしている、やめるきっかけ、働きかけがなかっただけだと考えることが自然なのではないでしょうか。

私は、通常の犯罪は、普通の人が原因があって行っているものだと考えていますし、刑事弁護をしているといつも感じています。だから原因を探すわけです。対人関係学なんてことを言い出す背景として、刑事弁護があったわけです。

弁護士の仕事の内容というのは、個々の弁護士で考え方がずいぶん違います。刑事弁護については、私は、その人が二度と同じ犯罪を起こさないようにするという刑事政策の特別予防の役割を担っていると考えています。そうすると、弁護人がかかわることで、再犯の可能性が低下するならば、それは低下した結果もプラスに評価してもらって、裁判官に処遇を考えてもらってよいのだということになるわけです。万引きの原因を突き止めたならば、原因の除去に弁護士が協力することも弁護士の仕事だと私は思っています。

万引き犯について、弁護士がやるべきことは、もちろん弁償などの被害回復もあります。最近の若手の先生方は、かなり勤勉に活動をされています。昔コロッケ定食とビールの無銭飲食の弁償に、それ以上の交通費をかけて行ったところ、大変驚かれたことを思い出しました。今はそれが当たり前のことになったのかもしれません。

それ以上に、原因の除去のお手伝いができれば、再犯の可能性は低くなり、最高の情状となるでしょう。

第一は孤立の解消です。
前に再度の執行猶予をいただいた高齢者の万引き事犯ですが、離れたところにいるその人の子どもが、精神科に連れていき、カウンセリングを受けたということがありました。カウンセリングの効果は絶大で、本人もとても楽になったと喜んでいました。それをそのまま当時は弁論で述べたのですが、どうも違うんじゃないかと今は思います。それまで、苦労して育てた子どもたちが、自分のもとを離れ、家庭をもち、夫の母親や夫の介護はすべて自分がやっていた。電話さえもあまりよこさない状態だった。それなのに、カウンセリングに連れて行ってくれるし、休みの日も交代で顔を出すようになった。そのことがうれしかったのではないかと思うのです。そのことによって気持ちが安定して、自分の行動をコントロールする余裕が生まれたのではないかと思うのです。おそらく、「友人にも、私が失敗して、息子たちが心配して病院に連れて行くのよ。」なんて言う、愚痴のような自慢話をできることがとても嬉しいのではないかと思うのです。孤立ということが人間の意識に対して、向精神薬のように影響を与えているような気がしています。

家族の中で、感じなくてもよい孤立を感じてしまっているケースもあります。不器用な人たちも多く、家族を安心させることが照れくさくてできない場合もあります。家族の再生は、ちょっとしたことを意識的に行うことで難しくないことも多いです。家族の思いやりを自覚させることで、安心感を抱いてもらうこともできないことではありません。また、逮捕されていると、面会や差し入れだけでなく、それを逮捕されて自由を拘束されている人は強烈に感じます。ある意味チャンスです。

まじめすぎる人、責任感が強すぎる人が、できないことをやろうとして無理をしてしまい、万引きするしかない状態まで自分を追い込んでしまうということがあります。「あなたはまじめすぎるのではないか。」という問いかけが解決の突破口になることがあります。そういう視点は、刑事弁護ではとても大切な視点です。もともとの原因を探し当てる極めて有効な思考ツールになることがよくあります。

自分を大切にすること、貧困ではないのだ、考えすぎだということも、認知のゆがみを是正するというような大げさなことを考えなくてよいと思います。私はこう思うと、エビデンスを示しながらぶつけていくことだと思います。前提として、その人を「万引きをするような人」という目で見ないで、普通の人が原因があって万引きをしたのだから、原因が無くなれば大丈夫だから一緒に原因をなくしましょうという気持ちで、一緒に考えていくという姿勢があれば、「判決を左右する程度の効果だけ」ならば十分期待することができると思います。あとは、抽象的ではなく、具体的に、社会復帰後、何を行うかを計画を立てていただき、実践の中で再犯防止の活動がすくにできるように調整していくということだと思います。

基本的には転売目的型万引きの弁護も同じように考えることができます。








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