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支援者の「支援があるために」紛争をやめられなくなってしまった事例 職場内セクハラ事例 [労務管理・労働環境]


離婚事例と「支援者の役割」ということは、これまでさんざん書いていますので、それ以外の事例についてご紹介しましょう。いつもの通り、本当によく似た複数の事件をミックスした架空事例です。大事なこと以外はだいぶ創作が入っています。

職場のセクハラを被害者が訴えた事例です。

女性職員が上司に一方的に好意を持たれてしまって、最初は自分ではうまくあしらっていたつもりでしたが、次第にしつこくセクハラ行為が行われるようになった。同僚に相談したところ、きっぱりとした態度を取りなさいとアドバイスを受けたので、女性職員は上司を用心するようになり、適当にあしらうことをせずにきっぱりと誘い等を拒否する態度になりました。上司はその態度変化に異様に立腹し、数々の嫌がらせをするようになったという事例です。

女性職員は適応障害の診断を受けて、休職をしました。上司は転勤させられて女性職員は職場復帰したのですが、通院は継続し、治癒の見通しが不明だという状態でした。

この女性は、私のところに来る前に、私以外の弁護士を代理人として損害賠償の裁判を行っていましたが、敗訴しています。訴訟記録を拝見したのですが、弁護士はとても熱心に頑張っておられました。ただ、裁判官の「独自の社会常識」に切り込むことができないために敗訴になったという色彩もあり、確かにすっきりしない判決でした。

敗訴判決の後、女性を支援する人たちが、ネットで労災関連の弁護士で検索して私のところにその女性がいくことを強く勧めたそうです。職場の外の人間を巻き込んで大きな問題になっていたようです。
ただ、裁判がうまくいかなかったという結果がすでに出ているのですから、いくら私でもそのあとのプランがなかなか思い浮かびません。そもそも「いくら私でも」というほどの者でもありませんし・・・。

しかし、この女性を支援する人たちは結構多くいたようで、「裁判に負けたことであきらめないで、最後まで戦おう。私たちはあなたを支援し続ける。」、場合によっては弁護士費用もカンパするみたいな勢いで女性を「励ましていた」ようでした。

この事例は、励ましたくなる条件もそろっていました。

まず女性の容姿です。女性は、間違いなく美人ですが、派手な顔立ちではなく、冷徹な美人タイプというわけではありません。どちらかというと童顔で、性格も押しつけがましくないタイプでした。一般的な男性ならば本能的に「守ってあげたくなる」容姿だったと思います。おそらく私も相談者としてではなく、街ですれ違ったら振り返ってみてしまうような魅力があった顔立ちでした。これが、事業場を超えて支援者が存在した大きな理由だと思います。

一方パワハラセクハラ上司は、小太りで、人とコミュニケーションをとることは苦手なタイプで、髪型や服装、体形も「だらしない(清潔感がない)」という形容がなされるような外見だったようです。

その男が、女性にちょっかいを出そうとしたし、報復で異常な嫌がらせをしたということですから、周囲の人々の男性上司に対しての報復感情が高まっていったという、そんな感じだったようです。なるほど、支援をしている人たちにしてみても納得のゆかない判決が出ても振り上げたこぶしを下ろしにくいということだったのだと思います。

最初の裁判をこの女性がどこまで主体的に行っていたのかはわかりませんが、裁判の後の私への来訪は、明らかに他人から言われてきたような感じでした。
ただ、女性としては、「せっかく自分を支援してくれている人たちがいるのに、自分の一存で上司との紛争を終わりにするとは言いにくい。」という感情も感じられました。

私は「それはお困りでしょうね。」と思いました。話をいったん、ご本人の精神科治療の様子について伺うことにしました。訴訟や労災申請など、結果が出るまで時間がかかるということだけで、それだけで精神状態を圧迫され、悪化し、補償どころの問題ではなくなる危険もあるからです。

主治医は、知る人ぞ知る名医でした。一計を案じ、この主治医の先生に私は報告書を作成し提出しました。現在の彼女の置かれている法的立場、これから考えられる法的手続きのメリットとデメリット、見通しと準備、精神的負担などをできる限り詳細に記載して彼女から主治医に提出してもらい主治医としての意見を聞いてもらうことにしました。

主治医の先生のお話は、予想通り、現在治療が奏功して、治癒しかけている状態である。精神的負担の大きな行動は避けることが本人の今後にとって望ましいと主治医の立場での見解をいただきました。

これで周囲の応援団を黙らせることができるわけです。先生の権威を拝借させていただいたということになります。先生のご意見は、応援団だけではなくご本人にも大きな影響を与えたようです。
その上で本人に対して私の仮説を聞いてもらいました。

どうも「応援団の描く事件の絵柄」は以下のようなもののようでした。
悪逆非道の悪魔みたいな男が肉食獣が小動物を襲うように、自分の欲望だけで、立場の違いをよいことにその女性に対して人格無視の攻撃を行った。自分の欲望を拒否したために自分の会社内の立場を利用して異様な報復行動を行った。
というものです。

これに対して「私のみたて」は以下の可能性があるというものです。
その上司は、あなたのことが間違いなく本当に好きだったと思う。それはこれこれこれ(省略)から判断できる。それまで優しくしてくれていたあなたから、突然人が変わったように冷たくされるようになったので、戸惑い、腹も立てたのでしょう。それまであなたに優しくされていたと上司が勘違いした理由はあなたの(省略)というところに原因がある。但し、これはあなたが悪いわけではない。悪いわけではないけれど、快適に人間関係を形成することを望むならばこれからはこういう態度(略)を取れば解決できる。彼が勘違いして、あなたを女神のように思った理由は、彼にはこれこれこういう(略)生い立ちがあった可能性がある。だから、きちんとした手順を踏まなかったのは、そういうことを知らなかったからである可能性が高い。報復の嫌がらせは、大の大人がするから異様だし気持ちも悪いが、子どもであればそういう態度を、弟や妹に取ることはありうることだ。現在その報復の可能性がなくなったのは、周囲から非難されて自分のしていることに気が付いたからだと思う。
一言で言えば、彼の人格的未熟さが原因だったのではないか。

客観的な真実はわかりません。
でも、この説明を聞いて彼女は肩の荷が下りたような様子を見せました。
自分がもてあそばれたのではなく、真摯に好意を寄せられていたのではないかというところでは、彼女はほっとしたような表情になりました。

支援者たちは、自分の怒りをもって、その上司を悪く悪く描くようになっていたのだと思います。しかし、その女性にとっては自分が虐げられたと思うよりも、自分の対応がまずかっただけだったと思う方が救われることだったのかもしれません。

応援団の方には、高名な主治医と、普通の弁護士である私がこう言っていたからやめると言ってよいよとお話しました。

それからほどなくして、彼女から手紙をいただきました。「主治医から、もう通院の必要がありませんといわれました。薬も飲んでいません。」とのことでした。変な言葉を使うと「してやったり」という感覚でした。

応援団の応援が女性の精神を圧迫していたという要素があったのかもしれません。紛争を自分で終わりにするという本人の決断が、絶望感を払しょくして精神状態の回復を促したのかもしれないと思いました。

ここで言わなければならないことは、応援団が悪意のある人たちではないということです。むしろ、善意の人と言ってよいと思います。弱い立場の女性事務職員をかばって、ハラスメント上司を制裁しようという心意気を持った正義の人達です。他人をそうさせる説得力も彼女にはありました。

しかし、どうやら「正義感」が勝ってしまったようです。

正義感が勝ってしまったため、戦い続けることによる本人のデメリットについて、思いを巡らすことができなくなってしまったのだと思います。
裁判をすることによって、少なくとも弁護士や裁判官には他人に知られたくないことを何度も告げなければなりません。相手方からは、その女性職員が上司を挑発したみたいなことも言われるわけです。裁判をするたびに精神的に打撃を受けるでしょうし、敗訴になれば絶望感も抱いたかもしれません。状況から見ても、一般の方だったとしても一度裁判で負けている以上、それを覆すことは簡単ではないことは理解できることではないかとも思えます。

正義感というものは、本来的に、本当に守らなければならない人の利益に目が向かなくなり、敵を倒すことばかりが優先されてしまうという副作用があると思います。

本件についていえば、判決を読んだ時には納得はできませんでしたが、もしかすると実態は、セクハラという問題ではなく、女性扱いがわからない男性がみんなのマドンナを好きになってしまい、段取りがわからずに嫌がられることをしてしまったということでよかったのかもしれません。
私からすれば、何も特筆的するような損害を被ったわけではないと思われました。それなのに、裁判などの紛争を継続することで、変な誤解を受けて、変な評判が生まれるとか、色眼鏡で見られることによって心理的に追い込まれる危険もありました。

ただ、私は、どちらにするべきかという意見を提案することはしません。双方のメリットデメリットと見通しを提示して、あくまでもご本人が決めることです。自分に得るものが無い場合でも戦わなければいけないときもあるものです。それはその人の生き方なので、弁護士が口を出す話ではありません。

本件では、彼女の自由意思による意思決定を引き出すためには、支援者に対する彼女の忖度を排除することがどうしても必要でした。そのためには支援者の善意も理解し、今後の関係も維持しながら紛争を収めるという方法が必要でした。こういう時役に立つのは医者や弁護士が悪者になることなのだと心得るべきです。

結局彼女は、「自分のことを自分で守る」ということを始めることができました。自分の頭で考えて、自分のしたいことをするという方法を学習したわけです。もともと芯の弱い人ではなかったと思います。しかし、事件を経験して、自信のようなものをさらに獲得して、より一本筋の通った考えができるようになったと思います。

かつてのパワハラ上司とすれ違っても、悠然と会釈をして通り過ぎる彼女の姿を思い浮かべていました。



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