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パワハラについての誤解 3 パワハラ防止をするときに、厚生労働省の言うように「相手が平均労働者だったら苦痛だろうか」と考えることは、百害あって一利なしということ 防止を本気で考える企業はどう考えるべきか 「業務上必要かつ相当の範囲」についても無視することをお勧めする理由 [労務管理・労働環境]

厚生労働省のパワハラ解説で、パワハラの三要素なるものがあげられています。これが「結局何がパワハラなのか」ということをわかりにくくしている根本原因です。私が読んでもわからないだろうなと感じます。

特に三番目の要素である「労働者の就業環境が 害される」という要素の解説として、
1 当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること
2 この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、 同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当
等と記載されています。

看過できないかどうかを判断しなくてはならないならば、なかなかパワハラだという認定はできなくなってしまうでしょう。また、それは、「社会一般の労働者が」看過できないと感じるような言動であるかどうかということになってしまうと、ますます直ちに判断することができなくなります。結局会社の中の判断者が、看過できないと言えばパワハラになり、一般的には看過できないとまでは言えないと考えるとパワハラにならなくなってしまいます。これでは基準としては役に立ちません。

このような厚生労働省の謎を深めてしまう表現は、労災認定の判断に引きずられてしまっているからなのです。労災認定がなされると、病院代や休業した分減額された賃金の補償、さらには障害補償や遺族年金など莫大な金額の保険給付をしなければなりません。また、精神的な疾患は、何が原因かよくわからないことがあります。そのため、もともと弱かった人に労災保険を払わないための行政基準として、国は、平均的労働者を基準にパワハラなどの過重労働があったかどうかを判断することにしているわけです。私はこの考え方は不正確だと思っていますが、今日は説明を割愛します。

労災認定とするかしないかの判断基準をパワハラ防止の解説にまで持ち込んでしまったということです。

しかし、パワハラ防止は、労災防止だけが目的ではありません。
・ 従業員のモチベーションをいたずらに壊さないで生産性を上げること
・ 従業員が萎縮したり反発したりして、自分の頭で考えることができなくなってしまうような事態を避けて生産性を上げること
という労務管理上、現代日本では不可欠な政策なのです。企業担当者としてはパワハラ上司に注意したくてもしにくいという実情もあるので、できるだけ法律があることをいいことにパワハラを失くしたいということが、客観的には切実な必要性です。

さらには、看過しがたいかどうか、一般的な労働者はどう考えるかという、解決不能な判断を企業担当者に与えてしまい、企業担当者が上司に甘く判断した結果、例えば従業員が精神疾患にかかって長期休業を余儀なくされた場合、企業が看過しがたいとは思わなかった、一般的な労働者はパワハラだと考えないと思ったと主張しても、裁判所が、企業の責任だと認定してしまったら取り返しのつかないことになってしまいます。

莫大な損害賠償を支払わなくてはならなくなったり、取引相手や国民からの信用が低下するだけでなく、気が付いたら他の従業員の優秀な人間だけいつの間にか退職していた、残ったのは自分の頭で考えずに、上司の指示待ちをして、「よけいなことをしない」要領の良い従業員だけだったということになってしまいかねません。

これらの企業の損害を防止することも大切ですが、従業員のモチベーションを高めて、自発的な労働をしてもらうことによって生産性を向上させるというプラスの目的からすると、
上司の行為によって
相手の従業員が、萎縮したり、反発したりをするような指導は
パワハラだとして、指導方法の改善を指導することが一番だと思います。

大体、上司が自分の部下の性格をわからないということは考えにくいわけです。こんなことを言ったらこういう反応をするだろうなということを知らないで指導はできません。どうしても従業員の個性を無視して一律に扱うというなら生産性を上げるという目的ではなく、自分が考えるのを面倒くさがっているという上司の利益の問題になってしまいます。
わざわざ平均労働者を持ち出すのは、企業の事情ではなく、国の事情なのでしょう。

国の基準がどうあれ、企業独自のパワハラ防止基準を定めて、より上の基準を求めるべきだと思います。どうして国は、このような観点に立って必要な方法でパワハラ防止を徹底しなかったというと、中小企業にも義務を課したため、確実に守るべき内容に限定したと、考えるべきです。

ついでに言うと、パワハラ3要素の2番目も問題があります。
2 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動 として
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの
との記載があります。

 何が社会通念かもわかりにくいですし、業務上の必要性がない又はその態様が相当でないということもわかりにくいです。一般には、業務上の必要性のない言動をしませんからね。態様の相当性の問題で出てくる決まり文句は、「昔はもっと厳しかった」です。大体が自分がやられたように部下にやっているわけです。これでは、よほど異常な行動でなければパワハラにはなりません。それでも、裁判所では莫大な損害賠償を企業に命じることがありうるのです。

部下が萎縮したり、反発したりするような言動は、余裕のある企業であれば、それは、業務に必要がないし態様が相当ではないと判断するべきですし、就労環境を悪化させるとするべきだと思います。

だからと言って直ちに処分をするなど上司を切り捨てるのではなく、改善を指導するということなのです。それがまじめに企業の業績を上げる思考だと思うのですが、国はそうは考えていないことになります。やはり労災認定がトラウマになっているのでしょうか。

うちはそんなに余裕がないよ、パワハラでもその場の必要な指示をしてしまわないとならないよ。研修をしたり、労務管理の指導を受けたりする費用もないし。
という場合には、指導後のフォローをきちんとやるということです。
従業員に、きつくいって悪かったと、他の従業員の前で謝り、憎くて言っていたわけではなく、もしかしたらいい方がわからないのかもしれない。あなたの仕事ぶりは評価しているので、勘弁してほしいと告げることなのでしょう。

そんなことを言いたくないなら、今回の三部作をよく読んで、積極的な目的をもってパワハラ防止に取り組むしかありません。

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