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離婚がらみの別居がなされたからといって、婚姻費用を支払っているにもかかわらず、扶養手当がカットされることは納得がゆかない件。むきになって離婚を勧める弁護士が絶対に教えないこと。 [家事]



子どもを連れて別居を考えている奥さん方に注意をしておきますが、同居時の夫の給料よりも、別居後の夫の給料の方が下がる場合が少なくありません。夫が公務員や大企業に勤務している人達で扶養手当をもらっている場合は、奥さんが子どもを連れて別居してしまうと夫の扶養手当はカットされてしまいます。このカットされる金額は馬鹿にすることができません。

同居中の給料を念頭に養育費や婚姻費用の金額を見込んでしまうと、思わぬ失敗をすることがあります。

(ちなみに、別居することで給与が減額される事情としては、家族のために自分から残業をしていた人が意欲が無くなったり、体調が悪化したため残業を命じられなくなり、3分の1ほど手取り額が減ったという事例もありました。)

いざ婚姻費用請求をしてみたら、離婚を勧めてきた相談担当者の言うような婚姻費用はもらえないということはよくあることというか、その方が多いかもしれません。それでもこのくらいはもらえるはずだから別居しろというささやいた人は差額を払ってくれるわけではありません。

全くの自己責任で別居に踏み切らなければなりません。

さて本題なのですが、今回述べたいことは表題に尽きます。
別居をしただけで離婚をしたわけでも、生活費の支払いを止めたわけでもないのに、扶養手当の支給が無くなるというのは不合理ではないかということなのです。

もっとも、使用者が労働者に対して、扶養手当を払わなければならないという法律があるわけでもありません。規定がなければ子どもがいようと、老母がいようと払わないからと言って違法でも不合理でもありません。だから別居したら扶養手当を支払わないという形の決め事をすることが、直ちに違法と言えるかは自信がないところです。

ただ、合理的ではないという事情もある。今回はこの事情を上げるのが記事の内容です。

では離婚をしない段階で扶養手当をカットする形式的理由はどこにあるのでしょう。批判しやすいので公務員の場合に絞って述べていきます。

まず、別居をして扶養手当がカットされる理由は、扶養手当を支給する条件が無くなるところにあります。扶養手当が支給される条件とは、公務員と扶養手当の対象となる家族が「生計を一にしている場合」に限定されるという条件です。同居しないで世帯が二つになるような状況になったら、生計を一にしているとは言えないというのです。

しかし別居をしても、子どもが大学に通学するために、親元を離れて別居して仕送りを受けているような場合には扶養手当は支給されるようです。別居をしても生計を一にするという扱いになるようです。
それと同じように、別居はしたけれど(子どもが小さいとか)妻が就労できなくてすべて夫が送金する定められた婚姻費用だけで生活しているという場合は、生計を一にしているということになり、扶養手当はカットされないですむ扱いになるようです。

しかし、妻が働いて収入を得てしまうと、婚姻費用を夫が払っていても、夫の扶養手当はカットされるという扱いになっているようです。わだかまりが消えません。
家族で同居していて、妻も働きに出たけれど、基準になるような収入を得られない場合には、夫婦が同居している場合ならば扶養手当が出るはずです。また、妻の分は扶養手当が出なくても、子どもの分の扶養手当はカットされないはずです。

これが例えば、家族は仙台に住んでいたけれど、子どもが東京に進学をして学業が忙しすぎて身の回りのことができないために妻だけが東京の子どものもとに行って子どもと同居している場合で、妻が子どもが学校に行っている間にパートをして就労しているというのであれば、外形は離婚目的に別居して収入を得ている場合と、あまり変わらないと思うのです。

結局は、別居が離婚の準備かどうかということで決まってしまうことになるのでしょうが、それは妻の頭の中だけの話のはずです。子どものために東京で子どもと同居している妻が、本当は離婚を考えていたらと考えるとややこしくてなりません。

私なぞは、離婚調停が申立てられても、よりを戻す活動にも力を入れているので、その仕事が成功したなら、離婚目的の別居だからと言うことでカットされた扶養手当が遡って支給されるのかということも気になるのです。

また、別居した妻の収入が基準を超えて妻の分の扶養手当がカットされても、それだけで十分な生活ができないとすれば、子どもに対しての扶養手当は存続させるべきだと思うのです。

(ただ、離婚目的があろうとなかろうと、妻が勤務先で子どもを扶養に入れて妻の勤務先の扶養手当の支給を受けてしまったら夫の扶養手当がカットされても仕方がないかもしれません。)

それにしても、おかしいなと思うのです。国は、裁判官が算定表まで作って、別居しても離婚しても生活費を払う義務があると言っているのです。同じ国が、生計を一にしていないという理由だけで、差押えの制裁を背景として婚姻費用や養育費の支払い義務がある人で現に支払っている人に扶養手当を支給しないということに納得できないのです。

国家秩序を作る裁判所という側面での国は、生計を一にしなくても子どものために金を払えという。ところが、給料を払う使用者としての側面での国は子どもために払う金を援助しないよというのです。なんか違和感を覚えませんでしょうか。

面倒なので、妻に対する扶養は考えないで子どもに対する扶養だけを考えます。

離婚してもしなくても、自分の子どもは親の子どもで間違いがありません。一緒に住もうと住むまいと、子どもの生活のために親がお金を出すのは当たり前のことだと思います。だから、法的には、婚姻費用だ養育費だと支払い義務が認められるわけです。これを支払わないと給料を差し押さえられる危険が生じるのですが、一般の債権が給料の4分の1までしか差し押さえられないのに、婚姻費用や養育費は給料の半分が差押えされてしまうという強力な威嚇力であり強制力なのです。

ところが婚姻費用や養育費の財源となる給料の面で見れば、離婚や離婚前提の別居の場合と、離婚をしない場合では、差別されているということにならないでしょうか。差別の不利益を受ける主役はあくまでも子どもです。

離婚しないで同居して子どもが養われていれば、国はその費用の一部を給料として出しますよと言っているわけです。ところが親同士の事情で離婚になりますとなったら、親が離婚する子どもの分は面倒見ませんよということがやはり納得ゆかないポイントなのです。

平成31年から、ほぼそれで実務が運用されている裁判官の研究会のモデル養育費、モデル婚姻費用においては、多くのケースで夫が負担する義務者の金額が高騰しました。高騰した理由は、子の福祉のために別居親に負担させるということらしいのです。要するに、同居親の多くは妻だから、別居し、離婚しても十分な収入は上がらない。だから、別居親である多くのケースである父親の負担を増やしたということなのでしょう。賃金の男女格差による女性の低賃金という不合理を男性に負担させて解決しようという思想のようです。

いろいろ根本的に言いたいことはあるのですが、少なくとも、そんなに別居親や離婚後の子どもの福祉が大切で強制の契機があっても子どもの家庭の収入を増加させたいならば、養育費や婚費の支払い約束をしている別居親の扶養手当のカットをやめることが必要なのではないでしょうか。裁判所も行政としての国も同じ国です。同じ一つの人格を持つ国が、一方で養育費を払えと言い、増額だと言い、他方でそのための資金をカットするということは矛盾ではないでしょうか。

もっとも、扶養手当の額は、定められている養育費や婚姻費用の金額を上限とするということでよいと思うし、定められた金額を支払わないで扶養手当を支給されたというのであれば、それは詐欺扱いになっても仕方が無いと思います。

さらに、扶養手当がカットされると、年間収入が下がり、養育費の金額も下がる可能性も出てきます。扶養手当カットは、支払う方にとっては支出を下げるという効果がありますが、子の福祉のためにできるだけ十分な金額を定めるという考えからは逆行しているわけです。

逆に言うと、そういう実情も踏まえないで、裁判所は、ただ養育費や婚費の金額だけは上げる、それが子の福祉だという理屈はとても納得がゆかないのです。

生計を一にしているか否かにかかわらず、子どもに対して扶養(婚姻費用、養育費)のお金を支払っている場合は、扶養手当をカットするべきではない(ただし上限あり)と私は思うのです。

ところで「別居親の扶養手当をカットするな」というのは、支払い義務者の別居親よりも支払い権利者の子を実際に扶養する側の親が強く要求するべき事案であるとも思いました。



余計な話をすると、子どもの健全な成長を主と考えるかの違いが表れる論点なのでしょうね。

ちなみに妻側の立場に立って、扶養手当をぎりぎりまでカットされないためには、別居先の賃料や高熱水道費等の生活費を夫の婚姻費用で賄い(夫の口座から引き落としなど)、不足分があれば現金などで支払ってもらうように取り決めをするという方法も考えられるのですが、それに協力してくれる夫ならばそもそも別居や離婚をしないほうが良いかもしれません。

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