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第20回 意見が違う時の歩み寄りの方法 コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント20 [家事]

新婚時代は意見が違えば無条件に相手に従うわけです。
対立は起きません。

しかし、しばらくすると
相手はいつも自分を優先してくれなくなりますから
(母親と赤ん坊の関係ではないので)
本当に自分は愛されているのかしらと
疑問に思うことが少しずつ増えていくわけです。

自分の意見に反対されると
自分をないがしろにしているように感じてしまうわけです。
だから、自分を守るために自分の意見を通したくなるようです。

第三者から見ると
どうしてそんなくだらないことにこだわるのと思うことでも、
その時は自分を守る戦いになっているから必死です。

例えば、週末は海に行こうねと言ったのに、
疲れているから外出したくないと言われれば
以前なら「それは休んだ方が良い。ゆっくり寝ていてね。」
と言えたはずなのに、
自分が愛されているという自信がなくなると
せっかく楽しみにしていたのに、
自分がないがしろにされている
と瞬間的に被害的に考えてしまうわけです。

自分との約束なんてどうでもよいということかという意識になるようです。

確かに、約束は守らなければならないということが道徳でしょうが、
家族の中には約束よりも相手の体調、場合によっては気分を
尊重することが真の道徳だと思います。

前のように、「じゃあ今週の週末は家でのんびりしよう
私がランチを作るよ」というようなことを言えば
相手も体調を整えて次の週末に海に行けるのですが
争いになってしまうと
海に行くこと自体がうっとうしくなるし
お互いの関係もしっくりこなくなることがあります。

まず考えるべきことは家族を怒らないという鉄則です。

家族の意見と反対の意見にこだわる理由になりそうなことは
約束、合理性、道徳、あるいは常識、正義、権利法律ですから、
これらの言葉が自分から出た場合は特に気を付けましょう。
そして、むきになって意見を言っている自分に気が付いたら
「自分」が「相手」から被害を被っているという考えは極力捨てて
「二人は」、「私たちは」どうするべきか
という発想で考えてみるようにしましょう。

約束を破る方は、家族ですから遠慮しなくてよいのですから
身構えず、
楽しみにしていたのに申し訳ないと
ヘロっと謝るくらいの心の余裕を持った方がうまく行くでしょう。
相手はあなたから尊重されないと感じたから怒るのだから
しっかり謝るとか、代替案を提案するとか
相手のことを自分は尊重しているということを分かってもらえればよいわけです。


千字式は、今回20回目でいったん終了します。
また思いついたら、突拍子なく第21とか言いながら始めるかもしれません。
一家族でもより多くの家庭が安心の場所になりますように
お祈り申し上げます。
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第19回 赤ん坊が生まれれば上の子が可愛いと思えなくなることは当然 だから上の子を意識的にかわいがることが大切 コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント19 [家事]



新たに赤ん坊が生まれてしまうと
上の子が可愛いとは思えなくなって
自分はなんてひどい親なんだろうと悩まれる人がいるようです。

悩む必要はありません。全く正常な感覚です。

人間が哺乳類である以上逃れられない宿命です。

「可愛い」という感覚は、
小さくて弱い者を守ろうとするときの感情なのですね。
そうやって哺乳類は一番弱い赤ん坊を
守ろうとすることができたわけです。

もしこの感覚がなかったら、
自分が大事ということになってしまって、
赤ん坊が泣こうが気にしないで
自分の都合を優先してしまいますから
弱い赤ん坊は簡単に死んでしまうわけです。

これでは、子孫を残すことができません。
その種は絶滅しまいます。

弱い者を守ろうと進化したというよりも
弱い者を守ろうという仕組みを持った種だけが
子孫を残したと考える方がわかりやすいと思います。

だから可愛いという感情は、
われわれ人間が赤ん坊をかわいがることによって
子孫を残してきた遺伝子的戦略
本能的な感情です。

赤ん坊が生まれると2年くらいは、
母親の脳が生理学的に変化して
生まれたばかりの赤ん坊をかわいがるように脳が動き出すそうです。
もっとも個人差はあるみたいです。

さて、人間は他の多くの哺乳類とは異なり、
子どもが大人として独り立ちするのには
途方もなく長い時間を必要とします。

だから、兄弟が同時に同じ家族の中にいて
同時に同じ大人に養育されているという形態をとります。

かわいく感じてしまう赤ん坊と
それほどかわいく感じられなくなった上の子と
子どもが複数いるご家庭では
多かれ少なかれそういうことが起きているわけです。

赤ん坊が生き抜くためには仕方がない体の仕組みなのですが、
上の子もかわいそうです。

うまくできていることは、人間には本能だけでなく
理性や言葉が備わっているということです。

自然には可愛いとは思えないお姉ちゃんお兄ちゃんには
理性で愛情を示せばよいということになります。

言葉というものは便利なもので
「あなたが一番大切だよ」ということは
苦労しないで言えるわけです。
あとは食い物での特別扱いですね(私基準)。

もう一つ人間には進化で獲得したものがあります。
それは家族です。
他の動物は母親が子育てをしますが
人間は家族で子育てをします。
母親だけで子育てをすることは
年代の違う子どもが同時に存在する人間の養育形態では
無理がある話だと言えると思います。

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第18回  自分を守ることをやめて家族全体を守ろうと切り替えることが自分を守る最大の方法かもしれない 自分を勘定に入れるということ コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント18 [家事]



一緒に住んでいると多くの時間を共有しているわけですから、
誤解が生じたり、うっかり虎の尾を踏んだりして、
けんかが起きる可能性はあるわけです。

それら日常の不満が蓄積されたり、
体調の問題が悪く影響を与えたりして、
家族の中に深刻な亀裂が生じてしまうことも見てきました。

「自分は妻の被害者だ」という夫も、その逆も当然いらっしゃるわけで、
ある局面だけを見ると、そう思いたくなることも当然だということは確かにあります。

でも、そのときは被害者なのに、
過剰な反撃をしてしまえば加害者になってしまいます。
家族は再生の方向に向かわずに崩壊し、
子どもたちが犠牲者になってしまいます。
また、当事者夫婦もやはり大きな痛手を受けます。

家族の再生、メンテナンスは、
早いうちに細目に行う必要があると感じています。
でも相手から攻撃されてしまうと、つい反撃をしてしまうのが人間のようで、
反撃すれば相手にとっては新たに攻撃されたという記憶になるだけなのです。

どうしたらよいでしょうか。

なかなか難しい話なのですが、
家族の間では、自分を守ろうとすることをやめることが一つの方法です。
生きるという行動と逆行する行動ですから、自然にできることではありません。
自分を攻撃にさらし続けるという発想は、精神的にも悪いと思います。

ここで発想を切り替えるということの提案です。
自分を守るという意識から
家族全体を守るという意識に
切り替えるということです。

相手の言い分、子どもの言い分や利益、
そして自分の言い分、
そのすべて守ろうと考えるということです。

この時自分の言い分も正当に取り上げることが肝心です。
全員の言い分が通ることはないのですが、
できるだけ家族全体の利益を守るためにはどうしたらよいか、
その中で自分は家族のためにどのような役割を果たすべきか
という発想に立つということです。

このような形での自己犠牲は人類は誕生の時から行っていますから、
比較的無理がありません。

問題は自分が攻撃されているときに、
家族という仲間意識を持てるかということにあるかもしれません。

そうやって、対立関係から離脱できれば、相手を攻撃しなくて済みます。
家族が再生されれば、自分にとっても利益になるというわけです。

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第17回  相手ができないことをフォローすることは実は相手を傷つけていることがある こういう時こそデリケートさが必要 コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント17 [家事]



今回は難しい問題です。
どうしてそうなるかの説明は簡単なのですが、
じゃあどうすればよいかということが難しい。

そして、結構「あるある」の問題のようなのです。
そして、われわれは良かれと思ってやる場合、
結構無神経に、雑な行動をしてしまっている場合があるようです。

人間いろいろできないことってあるわけです。
仕事でもそうですが、
家庭でよくあるのは、
片付けができない。掃除をしない。調理が苦手。お金の計算が苦手。

他の家族は、それが「できない」ということをなかなか理解できません。
サボっている、自分を馬鹿にしているとか思う人まで出てきてしまいます。

じゃあ、「そっちができないならこっちがやるよ」で本当は良いのでしょう。
しかし離婚事件では、
どうやら自分のできないことを上手にやって見せることで
自分が馬鹿にされている、否定されていると感じてしまい、
それが蓄積して憎しみになってしまうことが案外多いようです。

片づけをしない妻を見るに見かねて、夫が片づけをやり始めたところ、
妻が包丁を振りかざして片付けをやめろと脅かされるというケースもありました。

片付けをしているときに、
眉を寄せていやそうな顔をして片づけをしてはならないということはわかることだと思います。
言葉には出さないものの相手を明白に責めていますから、
相手は自分を守ろうとして逆上していると整理することができます。

問題は、ニコニコして片付けをするとか、
こちらがやるのは当たり前だと言いながら片づけをする場合でも、
やはり不快な気持ちになる場合が多いということです。
対処が難しい。

どうすればよいのか、特効薬が見当たらないのです。
ただ、例えば今の例で言えば、
夫が片付いていないことをそれほど気にしていないけれど、
片付けられないことに妻が気にしていて、
妻にしてみれば夫からの評価が下がるという不安を抱いていることがあるということです。

妻自身、世間がそれを許さないだろうという気持ちを持っていますから、
当然夫も自分を軽蔑しているだろうと常々おびえているのかもしれません。
その敏感な部分に触る行為ですので、
デリケートな対応が必要な場合があるわけです。

相手にやってもらってラッキーと思える図々しさがあれば簡単なのですが、
案外繊細で責任感も強すぎる人なのかもしれません。

でもできないものはできないのです。

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第16回  自分以外の家族同士が対立しているときの板挟みの挟まれ方 中立的態度を貫く方法としての「えこひいき」コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント16 [家事]

例えば、夫から見て妻と娘とか、親からみて兄弟げんかが行われているとか、
家族の中で自分以外が言い合いしているとき、
どう立ち回るべきなのかということです。

やってはならないことは、
対立している二人の面前で、どちらかにだけ味方することです。
対立する二人のどちらかに注意をすることも逆効果になる可能性があります。

例えば
夫がインターネットの会員登録をしていて入力ミスとかでなかなか前に進まない、
それでイライラしているときに、
妻がアドバイスをしているそばから、
夫が間違ったままエンターキーを押しそうになるので妻が慌てて注意したのが、
声が大きくなりきつい言い方に聞こえたということがあるとします。

子どもは、事情が分からず喧嘩していると思い、
妻がきつい言い方をしているから悪いんだと思い、
「そんなにきつく言わなくても良いじゃない。」と言ったとします。

夫は子どもが妻に意見を言ったことで、
ネット操作のイライラのうっ憤を晴らして留飲を下げるとともに、
「ほら見ろお前の言い方が悪いから俺が落ち着いて入力できないんだ。子どもの言うとおりだ。」
と無駄な対立関係が生まれてしまうというようなことが結構あるわけです。

庇ったつもりで紛争を大きくしてしまっているわけです。

対立当事者のどちらかあるいは双方が大人の場合は、
静観することが良いのかもしれません。
しかし、収拾がつかなくなってしまい、
このままでは対立関係が持続してしまうという時は、
それぞれ一人にして、相手に聞かれないところで味方する
という方法がお勧めです。

つまり隠れて思う存分えこひいきするということです。
この時、できるだけ、対立相手の行動を否定するのではなく、
話している本人の行動に共感を示し、肯定することです。
「お兄ちゃん辛いのはわかる。
でも、妹はまだ小さくて、相手の気持ちになって考えることができないのよ。
ここは収めてもらいたい。申し訳ない」とかです。

母娘の対立で父親が間に入る場合は
「お母さんも心配していっているのだから言い過ぎの所は勘弁して、
お父さんも心配だから、このことだけは頑張って説明してくれないかな。」
とかですね。

家族のトラブルでどちらかだけが悪いということはめったにありませんから、
双方を肯定するということが理に適った解決方法になるのは当然のことかもしれません。

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第15回  家族のからの攻撃に傷. . つかない方法は言葉を真に受けないということと、受け止めたふりをして流すこと。コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント15 [家事]



前に自分が八つ当たりをすることをチェックしようと言いましたが、
今回は家族からの八つ当たりを受けた場合です。

大体の怒りは八つ当たりだし、怒りの程度は過剰になります。
家族の場合は八つ当たりでもそれなりに的を射た話をされるので、
言われた方は聞き流すということはできません。
「何をっ!」
ということで反応してしまい、怒りが炎上します。

また、予想していない攻撃とか、
そんなに責めるかという程度の攻撃を食らいますので、
こちらも自分を守ろうと、本能的な反応、つまり反撃をしてしまうわけです。

家族から攻撃を受けたら、
本能的な反応をする前に、良く考えましょう。

具体的には先ずにらみつけるだけにしておきましょう
(何も反応しないのは難しいからにらむ)。
こちらが話し出すまでの時間稼ぎをするということです。

相手が怒っている原因に心当たりがあれば、謝ることができます。

問題は、そこまで言わなくても良いじゃないかという時と、
相手が何を怒っているのかわからない時です。

相手をにらみつけながら、
ああ、これは「私に原因がないのだな」という結論に達した場合は、
「人間こういう時もあるよな。」という受け止めることが正解です。

相手が暴力に至る危険がないことを確認できれば、
第1、あなたがやっているほかのこと(テレビとかゲーム、急がない家事とか)は
止めましょう。
第2、自分以外の何かに不安を感じているのだなと思ってあげましょう。
第3、時折相づち(「はい。」とか「それはそのとおり。」
とか肯定できるところを肯定して)をうちながら、悲しそうな顔を作りましょう。
第4、言葉は極力形式的に聞いておきましょう。
とにかく嵐が過ぎ去るのを待つ。怒りは持続しにくいということも特徴です。
相手が落ち着いてきて、バツが悪そうな顔をしたら、
何事もなかったように別の話題を始めるという流れです。

2点注意が必要です。
一つは、身体生命の危険が無いことを確認すること。
危険があれば委細構わず逃げる。
二つ目は、相手を馬鹿にした態度をとらないということです。
反射的に負けないぞという気持ちになり、
強がって笑って見せるなんてことがあります。
全く無駄な行動です。

馬鹿にした態度と思われない方法が、いま述べた4つのステップです。
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第14回  家族の無駄話は無駄ではない。家族を成り立たせるのは無駄話にあり。コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント14 [家事]



無駄話を禁止する会社って結構多いのです。
バブルに陰りが見えてきたころからこういう会社が多くなって、
一般的になってきたように感じます。

その影響なのか会社だけでなく、家族の間でも
「結果が出ない話はするべきではない」
と信じ込んでいる人が男性には多くいるようです。
男性は長電話が苦手な人も多いので、元々ある性差なのかもしれません。

無駄話とはどういう話でしょうか。
話しても結果が出ない、
結果が変わらない話。
意図、目的持たないで始まる話。
誰かの噂話。
一方には関心のない趣味の話。
だから何だというわけでもないその日あった体験話。
こんな感じでしょうか。

こういう話がなぜ無駄だと思うのでしょうか。
それは、言葉というものは、人に何らかの行動を促すための、
共同行動を成り立たせるための道具だと思っているからなのだと思います。
代表は命令ですね。

そういう言葉ばかりの人間関係は、
何かの行動をする共通の目的をもった仲間なのでしょう。
例えば会社は利益を出すための仲間であるということは間違いないでしょう。

しかし、言葉の機能はそればかりではありません。
相手を安心させる、相手の不安を取り除くという機能があり、
人類がそういう目的で言葉を使っていたという説明がなされるようになりました。

この観点から見れば、先に述べた無駄話は無駄ではなく、
相手に安心感を与える言葉本来の効果を持っているということになります。

そもそも家族は、会社ではありません。
子育てとか家を建てるとか共同行動もしますが、
一番の目的は「安心して一緒にいるということ」だ
という説明の方法もあると思います。

帰り道、大きな犬がいてドキドキしたということを報告し、
家族が笑顔で聞いてくれれば安心することができます。

楽器が少しだけだけど上達したと言って、
良かったねと言ってもらえばうれしい気持ちになるでしょう。

あの女優が不倫をしたといって、いやあねえと否定評価を言い合うと、
同じ価値観だと安心できるかもしれません。

それなのに家庭でも共同行動の提起ばかりだと嫌になるわけです。
ゴミ捨て忘れているとか、電気を消さないとか、片付けができていないとか。
つまりダメ出しですね。

これは、今後は、言葉の意味、機能をよく理解していないという評価になりそうです。

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第13回 家族の在り方に関する他人の話は真に受けてはいけない 家族が良ければそれでよいという信念を持つ コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント13 [家事]



新婚さんに対してアドバイスをする人がいます。
結婚生活のノウハウみたいな書籍やインターネット記事も目につきます。
しかし、親のアドバイスを筆頭に
百害あって一利なしということが多いと感じています。

一番注意をしなければならないのが、
「常識」というやつですね。
片づけをしないのは非常識だとか、
出来合いの総菜ばかり買ってくるのはいかがなものかとか。
自分の家ではこうしていたのにしていないのはおかしいとか。

結局「常識」という服を着せた誰かの意見にすぎません。

確かに、封建時代では、行動様式が画一的な時代がありました。
この時代はこうやって生活すれば
後ろ指をさされないで穏やかに暮らせるという約束がありました。

しかし、現代では、家族によって事情が大変異なります。
ほかのご家族では当てはまっても、
こちらのご家族では当てはまらないということばかりです。

それを、最初が肝心だとか、財布のひもはどっちが握るとか、
間違いだらけのアドバイスする人が実に多くいます。
無理に主導権を握ろうとするとか、無理に給料を渡さないために、
簡単に夫婦の心に亀裂が入ることがあります。

他人のアドバイスで行動してしまうと、
あなたの心が嫌がっていないのに、
言葉では別のことを言うということになってしまっています。

相手はあなたの反応を見て行動をしようとするものですから、
反応と違う言葉が出てしまうと、
何を基準に行動してよいのか分からなくなってしまいます。
無駄に不安になるわけです。

相手が喜ぶことを学習してそれをする。
相手が嫌がることを覚えてそれをしない
というのが夫婦なのだと思います。
他人の意見で行動するとそれができなくなってしまう。
万年床になっていようと、スーパーの総菜ばかり食べていようと
二人が良ければそれでよいわけです。

ただ、子どものこととか将来のこととか考えなければならない時に、
ゆっくりのんびり相談をして、双方が協力して二人が良いと思う行動ができれば
最高なわけです。

そのためには、嫌なことは嫌と安心して言える関係を作ること、
嬉しいことはうれしいとわかりやすく伝えること、
自分ができることをしても相手の心に負担を掛けないこと、
そういうことができる安心した関係を作ることが
すべての基礎になるのではないでしょうか。

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第12回 家族への八つ当たりをチェックしよう 不安を感じにくくして家族への攻撃を止める方法 コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント12 [家事]



つい家族を攻撃してしまうということがあると思います。

人間は、色々なことで不安になる動物のようです。
不安になると不安から逃れたいと思うのは人間以外の動物も共通です。
この不安を感じにくくする方法が、
誰かを攻撃するということです。

これは無意識に行っていることです。

なぜ誰かを攻撃すると自分の不安が感じにくくなるかを説明します。
人間の、感情、感覚は、多くのことを同時に感じることができないようです。
このため、怒っているときは、不安を一時的に感じにくくなっているらしいのです。
一時的ですが、不安を感じないので、少し楽になります。
これを覚えてしまうと、
家族とは関係のないことで不安を感じるのに、
些細なことで怒りがわいてきて家族を攻撃してしまうということらしいです。

家族を攻撃したとき、あなたは
「自分を安心させるために家族を犠牲にしているかもしれない」
と自分で振り返るべきです。
おそらくその時、
「だって相手が悪いから」
という言い訳を頭の中で繰り返している自分に気が付くことでしょう。
直接のきっかけは家族にあったのかもしれませんが、
本当にその怒りの程度に見合う原因を家族が作ったのか、考えるべきです。

ここで自分の不安の本当の原因が見えてきたら修正もしやすいでしょう。
しかし、なかなか原因を自覚できない不安が多いために修正は難しいようです。
どうしたらよいでしょうか。

ここは、人間の感情、感覚が同時に複数のことを感じられない
という特質を利用するとよいと思います。
不安を感じたら積極的に家族に親切にするということです。
奉仕の心になることです。

妻は何をすると喜んでくれるのだろうと考えて行動する。
人間は仲間に親切にすると本能的な「快」を感じます。
同じように一時的に不安を感じにくくなります。

では、その行動で喜ばれない時にどうするか。
ここで、「なんだせっかく配慮したのに」と怒ってしまうと逆効果です。
そうではなく、「良かれと思ってやったけれど、気が利かなくてごめんね。」
と笑って返すことができれば、
あなたが相手のために何かしようとしたことが相手に伝わります。
無駄のない行動となるわけです。

本来不安によって家族が崩壊していく事情を逆手に取って、
安心できる家族関係を作っていくということは痛快だと思いませんか。
そしておそらく、こうやって人間は子孫を残してきたのだと想像しています。


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第11回 家族だからこそ嫌なことは嫌と言おう!嫌の言い方で気を付けるべきこと コロナ禍を活かした家族メンテナンスのヒント11 [家事]



特に夫婦間のことです。
嫌なことを嫌と言えないでいると徐々に不満がたまっていき、
ある時爆発をして収拾がつかないことになり、
そのまま離婚に向かってしまうことがあります。

自分が嫌なことははっきり「嫌だ」ということが長く続くコツのような気がします。

本当は外食したい、したくない。
野球なんて興味がないからずっとテレビを独占するな。
休日は家にいてほしい。
夫婦関係は今日は勘弁してほしい。
等々。

しかし、一度嫌だと言ったら相手が逆上してしまい、
嫌だと言いにくいということもよく聞きます。

それはもしかすると、
余計なことまで言っていたということはないでしょうか。

例えば、漫画ばかり読んでいる夫に対して、
「いい歳をした大人がマンガ読むなんてばかみたい。
精神的に大人になれていないのよね。
しかも、給料も低いのによくそんなにバカバカお金を使うよね。」
と言うような感じです。

おそらく言われている方も相手が嫌だということは薄々気が付いています。
その上、給料が低いとか、精神発達上の問題があるとか言い出されてしまうと、
もはや意地でも漫画を買って読み続けてやるという気持ちにさせてしまうかもしれません。

メリットの無い発言である上に、デメリットばかりが生じるダメな例かもしれません。

嫌な理由だけを言えば良いわけです。
但し、論理的になぜ漫画を読んではいけないかなどということを言う必要はありません。
感情的に嫌だということでも良いです。
世間がなんと言おうとあなたが嫌ならやめてほしいわけですから、
自信をもって言えば良いと思います。

世間から見て幼く見えるということは余計なことですね。
そして強制しない。
あくまでも提案、お願いにとどめるべきです。

対案を出すことも良いでしょう。
漫画ばかり読んでいないで、
一緒に話をする、週末の予定を立てる、音楽を聴く。
子育て中ならば、子どもとこういう時間を過ごしてほしいというような、
具体的な提案をするということです。
これも提案にとどめる方が良いと思います。

また、それを行うことのメリットを言うこと。
相手にとって楽しいかどうかということもあればよいですが、
そうしてくれると自分がうれしく、幸せな気持ちになる
という見通しをはっきり告げることが良いと思います。

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