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男性的価値観と女性的価値観の違いを直視して、家庭の中のことは妻に従うべきであるという根拠 [進化心理学、生理学、対人関係学]




男性的価値観と女性的価値観は、異なります。
なぜ、そう言うのかというと、
弁護士として離婚事件に立ち会うと、
家族の不幸の原因は一つではないとしても、
夫が気が付かないで男性的価値観で妻の行動を評価し
無邪気にダメ出しや指図をしているうちに、
妻は、気づまりになったり萎縮するようになったりして、
一緒にいることが苦痛となり、
嫌悪や憎悪が高まって後戻りできなくなってしまったのではないか
ということをよく目にするからです。

女生と男性は価値観、行動基準が違うとしっかり認識することが第一歩で
どちらにも一長一短があるのだからどちらが正しいわけではなく、
うまく使い分けるべきだということで、
家庭では女性の価値観、行動基準に合わせた方がうまくゆく
ということを言いたいために男女は違うのだと断言することとします。

男性的価値観とは、会話の中によく現れています。
一度言葉にした以上、なかったことにしないこと
前に言ったことと矛盾することを言ってはいけないこと、
論理的な流れに従って話をすること
テーマに沿ってかみ合う形で議論を進めること
感情は、後回しにすること。

効率よく目的遂行に役に立つということに価値をおいて
そのために有効なやり方だということだと思います。
学校や職場等で鍛えられる議論の進め方ということになります。

これに対して女性は、
相手や自分の感情を大切にすることを優先します。
その場が円満な状態になることを大切にするわけです。
相手の過去の言動には寛容な姿勢を示します。
あえて白黒をつけないということもあるかもしれません。

(けんかをしている場合は別ですからね)

この男女の違いには理由があります。
人間のこころが成立したとされる200万年前の
男女のそれぞれの役割遂行に都合がよくできているのです。

当時人間は樹の上の生活から平地に降りてきて
数十人から150人の群れに所属して
生まれてから死ぬまで一つの群れで生活していました
主に男性が小動物を追い詰める猟を行い、
主として女性は、子育てをしながら、
食べられる植物を採取して男性の帰りを待っていたようです。

ジェンダーフリーという考えをしている人の中には、
「このような考えはけしからん」と抗議をする人たちもいるようです。
女性は、人間が成立した時から
男性に従属していたものになってしまうので認められないというのです。

私から言わせれば、こういう一部の人は
ご自分が男性的価値観に従属してしまっていることに
気が付かないだけだと思います。

それともいうのも
狩りを終えた男性が群れに帰還した場合、
男女は全く平等で、
獲得した食料も全員で平等に分けたようです。

現代社会のように、
一人一人が独立した人格であるというよりも
群全体が一つの動物という扱いをしていたようで、
他人と自分の区別もあまりなかったのではないかと想像しています。

動物性たんぱく質を獲得することも
脳に栄養を与えることで大切なことですが、
子育てをしなければ群が消滅します。
動物性たんぱく質を摂れない場合に備えて
植物を採取しなければ飢え死にしてしまいます。
だから、植物採取も命を維持するために大事な作業です。
どちらが価値があるかなんてことは全く考えなかったと思います。

また、平等に栄養がいきわたらないと
弱い個体から死んでいきますので、
平等に食料を分け合うことも絶対条件だったようです。

仲間に栄養を行き渡らすために、それを喜びとして
狩りという危険な重労働を行ったのだと思います。

自分だけ楽をするとか
自分だけ多くとるという発想の無い時代でした。

ではなぜ女性が狩りをしなかったのか、
それは二足歩行の問題があると思います。
人類が二足歩行を確立したために
骨盤の位置が地上から高い所に上がってしまいました。
こういう事情もあって、流産がしやすくなったのです。

女性が狩りに参加して走り回っている群れは
赤ん坊ができにくい
女性が狩りに参加しない群れは赤ん坊が生まれやすい
ということになれば
女性は狩りに参加してはいけないという結論が
掟(おきて)となって守らせようとするわけです。
掟なんて悠長なことを言っている場合でもなく、
群に赤ん坊が生まれてこなければ
群が死滅してしまうので、
女性に狩りをさせない群だけが生き残ってきたというわけです。

また、赤ん坊は母乳を飲むしか生きるすべがないので、
乳児期は女性による育児は必須でした。

だから、自然と女性は狩りをしなくなったのだと思います。

徐々に、男女の役割分担ができてきたのでしょう。
当然植物採取チームの中には
狩りで傷ついて走れなくなった男性もいたわけです。

狩りチームは小動物をしとめるという
絶対的な目的があります。
できるだけ無駄のない動きをして
失敗を極力避けて
確実に小動物をしとめることに
価値をおいて言ったことは簡単に想像できます。

矛盾する行動をとることは
仲間を混乱させてしまい
小動物を取り逃がしてしまうでしょう。
わき目も降らず、狩りという目的に直線距離で進む
そういうコミュニケーションの方法が
あるべき姿だという考えがしみついて行ったと思われます。
途中で気が変わったということが許されるはずもありません。

これに対して子育て・植物採取チームは、
小動物を狩る場合のような
差し迫った目的に向かっての共同行動はありません。
むしろ子育てという行動を共同で行うためには、
仲間を脱落させてはならないということに
主眼があったはずです。
常に相手の気持ちを考えて
相手を一人ぼっちにしない、
寂しい思いをさせない等
相互の感情を優先させる価値観がしみついて言ったと思います。

誰かが矛盾する行動をとっても
途中で気が変わっても、
狩りチームほどそれによって何かを犠牲にするということがありません。
それ程目くじらを立てる話ではないという
価値観を共有するようになったのでしょう。
このように実害がないことに寛容になり、
みんなが機嫌よく一緒にいることが一番
という価値観が生まれたかもしれません。

そうやって人間の脳やこころが形作られていったのでしょう。

そうでないパターンの思考をする人間たちの群れは、
狩りチームは小動物を狩れないし、
植物採取チームは仲間割れをしてしまうことになります。
そうして群が消滅した
というパターンも多かったと思います。

私の言う男性的価値観、思考パターン、コミュニケーション術は、
厳しい環境の中で、
失敗が許されない状態の中で確実的に目的を達成するためには
合理的なパターンなのです。
ところが、相手の感情を重視しないため
群を調和させ、維持していくということにかけては
あまり向いていないパターンなのだと思います。

家族でなにかやる
例えば、子どもをプロ野球選手にするために一致団結する
という目的があったとすれば
それは男性的コミュニケーションが役に立つかもしれません。
しかし、子どもをプロ野球選手にすることはできても
家族の一体性、存続、幸せが犠牲になる危険性に対しては
無防備にさらされているのかもしれません。

通常の家庭では、
家族で命を懸けて何か一つのことをするということはないのだから
家族の幸せを第一に考えてよいのではないかと思います。

そうすると、男性的な思考パターンは
無駄な緊張を強いるだけというデメリットがクローズアップされてくるのです。
例えば、
「明日、海辺の町に行ってお寿司を食べようね」って
妻が言ったので夫である自分がその気になっているのだから
今さら「海はなんとなく寒そうだから温泉に行きたい」
なんてことを言うなと怒ってみたり、

妻が本を買いたいというから本屋も入っている大型店舗にきたのに
妻が入り口近くにある小物屋で商品の物色に夢中になってしまい
本屋に行く時間が無くなってしまうので、
小物屋に時間をとることは不合理だと怒ることもないわけです。

気持ちが変わればそれに合わせればよいわけです。
本なんか買えなくとも、妻がニコニコしていればそれでよい
という考えを男はなかなか持てない。

つい無駄な合理性、無駄な論理整合性が
むくむくとこみあげてきてしまうわけです。

でも、200万年前も
男性たちは狩りの時は厳しく緊張をして狩りをしていても
獲物をしとめ誇らしげに帰宅してしまえば
おそらく、妻や母等女性チームの論理に
従って暮らしていたのではないかと思うのです。

男性的な価値観は
現代社会においては、
極めて限定的な場面にしか有用ではなく
多くの場面ではデメリットの方が大きいと
そういう考えもあるわけです。

乱暴に言えばそれが第2次フェミニスト運動です。
男性的な価値観から女性的な価値観に社会的転換を行い、
平和で公正な社会を実現するという主張がなされました。

昭和後期に労働法を学んだ者たちは、
多かれ少なかれこの考えの影響を受けています。

先ほど述べた、進化生物学を否定した一部の第三波フェミニストたちは
男性的価値観、女性的価値観という違いがあること自体を否定するのでしょう。
しかし私には、それは結局
いびつで硬直な男性的価値観を唯一の価値観としてしまう
という危険性をはらんだ考えではないかと心配しています。

それはともかく、社会的にも
最近は多様な価値観を尊重するという言い回しが増えているのですが、
先ず、目的達成のための合理性の追求という
男性的価値観の存在を前提として
考えが進められているように思えてなりません。
社会の中では依然として男性的価値観が世の中を動かして、
弱者保護は、余裕がある場合の付録のように扱われていると感じられることがあります。
今いる人たちが、無条件に機嫌よく生活するということの価値観が
それ程顧みられているようには思われません。

特に男性は
合理性、論理整合性というものに絶対的価値をおくという姿勢を
長年に渡って思考に刷り込まれていていますので、
家庭の中にも合理性、論理整合性優先の姿勢を
持ち込んでしまっているというように感じてなりません。

自分がいま男性的価値観にたっているということを
自覚することはなかなか難しい。
私自身もそう感じています。

「あ、これは男性的価値観が出てしまったからやめよう」
なんて色分けをすることはなかなか難しいのです。
そんな分別をするよりも
とりあえず、家庭を大事にするためには、
少なくとも家庭の中でのことに関しては
妻や娘、母にイニシアチブを預ける
ということを心掛けることがよいのではないかと考えています。

誰かの気持ちを考えることを優先にすることを学ぶべきだと思います。
突然の気が変わるということは人間だからあるわけですから
気分は悪くなっても、怒らない。
下調べなどの準備が役に立たなくなっても、
そのことで文句を言うデメリットを考えれば、
言わないに越したことはないようです。

苦労は苦労で感謝されるし、
臨機応変にこちらのリクエストに応えてくれる
という方が、夫の価値が上がるようです。

この視点は女性にもてるためにはどうすればよいか
という世俗的な役にたつばかりではなく、
ビジネスシーンにおいても
寛容なビジネスマン
臨機応変なビジネスマン
という称号をとるための近道にもなるわけです。

私は、もっと女性的価値観が
社会にも職場にも意識的に取り入れられるべきだと思っています。

「必殺仕事人」の中村主水は、
外では、非情の刃傷沙汰を繰り広げながらも
家では、嫁と姑に頭が上がらないという役どころなのですが
案外こういうことを理解した上で
自然にふるまっている達人なのかもしれないと
今思いついたので、これでこの文を終わりにしたいと思います。

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甲状腺ノート(非医療関係者)を作成したいきさつ [進化心理学、生理学、対人関係学]

このブログにコメントをいただき、Ridha Alem医師の[The thyroid solution]という本に、甲状腺の問題が実生活の人間関係にどのような影響を与えるか詳細にリアルに書いてあると紹介してもらいました。但し、英語の本はいろいろ意味で時間がかかりすぎるし、正確にはわからないので、田尻クリニック様のホームページhttps://www.j-tajiri.or.jp/ に掲載されている「書籍の翻訳」の中の「甲状腺の悩みに答える本」に翻訳があるということで、それを読ませていただきました。それにしてもお忙しい中、本当に頭が下がる活動をされているようで、こんなに素晴らしい活動をされるお医者様が日本にいらっしゃるということで、感動をいたしました。謹んで御礼申し上げます。

弁護士というか対人関係の紛争のヒントとして最も重要なのは第9章です。この章のノートについては、別記事として紹介します。
本は、全21章にのぼります。私は治療者ではないので、治療者向けのところは大胆に省略しています。
本の構成は、まず、甲状腺ホルモンバランスの乱れは、さまざまな身体、精神症状を引き起こす。しかし、甲状腺ホルモンの乱れは見過ごされてしまい、患者の症状は回復しない。だからもっと甲状腺ホルモンのトレーニングを医師は受けるべきだというところから始まります。そして、まず、ストレスという側面から甲状腺ホルモンバランスの乱れを、生理学的に解き明かしています(これは過労死のメカニズムと重なるところがあって、私としては大変興味深い章でした)。この同じ章に出産のストレスも記載されています。本当に出産は、いろいろな意味で命懸けだということを改めて思い知らされました。そして、甲状腺機能低下症と、甲状腺機能亢進症の説明があり、うつのメカニズムとうつ、パニック障害、不安障害、PTSDとの関係が述べられます。そして、甲状腺ホルモンバランスは、いろいろな症状に薬として使用されていることの説明が続きます。この辺りまでが第1部でしょうか。
 それに続いて、甲状腺ホルモンバランスとの関係で、食事をすること、性に関すること、そして性以外の夫婦関係が第9章。続いて合併症の問題、月経前症候群、流産と不妊、産後うつ、そして、治療の問題、甲状腺がんの問題などが続いてゆきます。

ケースの紹介をして、医学的にはこういう言葉で説明するけど、実際はこういうことだということがわかりやすく説明されていることが多いのが理解を助けられます。ああ、こういう人実際の事件に出てきたと思う場面がとにかく多くあります。特に9章は、医学的知識は不要でしょう。
よくここまで、お医者さんがわかっているなあと感心することが多いです。単に生理的な症状を患者から聞くのではなく、人間関係についてまで聞いているということになるので、一人一人に時間をとって診察されているのでしょうね。最近、丁寧にということは、時間をかけてということと同じように感じる場面が多くあります。例えば字を書くときとかですね。この文章を書く場合も同じなのですが、なかなかできることではありません。

離婚事件を担当していると、主に妻の側に甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症という診断を受けているケースをよく目にするのです。弁護士なんて意識をしなければそんなことあまり離婚と関係ないだろうと思うところだと思います。最初の事件が強烈だったということがあり、「あれ、またでてきた」と、次の事件でも印象に残っていったのでしょう。おそらく、この疾患に興味を持ったのは偶然でしょう。興味を持って調べても、なかなか精神症状について詳しく書いてある本は少なく、あったとしても専門医の症例報告か、ごくごく簡単に精神症状が書かれているだけでした。ところがこの本は、その精神症状が、実際の生活ではどのように表れるのか、それによって人間関係においてどんな悪循環を引き起こすのかということをこれまでかと書いてあるのがこの本の特徴です。

このノートをアップすることの一番の心配事は、甲状腺の障害の偏見を招くのではないかというところにありました。でも、筆者は、患者さんは、どうしてこういう不具合が発生しているか原因がわからないことが苦しいというのです。原因がわかることで、患者も配偶者たちも、自分が悪いから、自分が嫌われているからこういうことを感じるのではないということがわかりホッとするそうです。原因がわかれば対処もできるし、病気が治りきらなくても幸せになる、そういうメッセージを感じ取りました。
また、私の伯母も甲状腺の治療を受けていましたが、穏やかな人で、高齢になっても働いて、職場でも調和を保っていた人ですから、本当に精神症状は必ずしも発生するわけでもないし、伯母の妹たちも甲状腺の治療を受けていた人は聞いたことがありません。このことは強調しなくてはならないところですね。

この点で思うのは、本当は甲状腺ホルモンバランスの乱れが原因で、その症状で苦しみ、人間関係を悪くしてさらに苦しんでいる人たちに対して、その原因をまじめに追及することをしない人たちがいるということです。医師ではなく、行政やNPOの人たちです。
離婚事件の背景には甲状腺ホルモンバランスの乱れ以外にも様々な身体疾患、精神疾患が存在しています。もしかしたら本当は甲状腺ホルモンバランスの乱れが原因かもしれませんが、診断名としてはうつ、産後うつ、パニック障害、不安障害、統合失調症などです。これらすべてのケースで、夫婦の人間関係の相談を妻がすると、行政(警察を含む)やNPOの相談担当者は、それは夫のDVです。モラハラです。と宣告し、子どもと妻を夫から引き離し、所在を隠すということをやらせているのです。
そういうマニュアルがあるようです。妻が不安そうにしているとか焦燥感を持っているならば、すべて夫のDVがあって、それが原因だとしてしまうのです。もしかしたら、本当は妻にとって必要なことは治療なのかもしれないのにです。その結果、妻は、正当な治療を受けられず、せいぜい対症療法を受けるだけです。大事な家族が分離され、子どもたちは自分の血の分けた父親を攻撃されることに慣れてしまう過程で自尊心が低下し、妻も何年たっても症状が軽くなりません。ここまでは、作者はあまり触れてはいません。日本の事情ですから当然でしょう。でも、なぜ大切な人を攻撃したり、攻撃されていると思い込むかについては第9章にきっちりと説明がなされています。第2章にも触れられています。私が作った「思い込みDV」という概念が医学的に裏付けられていて感動しました。
夫婦問題に関与する可能性がある人は、一度はこの本を読むべきだと思います。
これが私がノートを公開する理由です。



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甲状腺ノート(非医療関係者)5うつ病、不安、気分の浮き沈み [進化心理学、生理学、対人関係学]



この章は、甲状腺ホルモンのバランスとうつ病、不安障害、パニック障害の関係を説明しています。うつ病のメカニズム、モノアミン仮説との関係など興味深い説明がなされています。

ほとんどの甲状腺疾患患者では、精神的影響が、精神病の程度に放っていないけれど、大変な苦しみを感じている。
(これも大変示唆的で、この本の素晴らしい所。苦しんでいるのに治療の対象にならなかったり、根治を目指さない対症療法になっている病気があるように感じる。せめて、こういう精神症状が出る、あるいは、今あなたが直面している不具合は病気からくるものだとわかるだけでもだいぶ楽になると思うし、家族もやれることがあるということを理解し、希望を持つことができる)
軽度うつ病:甲状腺の影症候群
生活の中で起こる出来事で、悩んだり、がっかりことは正常な反応です。悲哀は必ずしもうつ病の症状ではない。うつ病での感情、あるいは無感情は、出来事の反応ではない。「落ち込んでなんかいないし、悲しくもない」(無感情)という答えは実際にうつ病特有の症状に苦しんでいるかもしれない。
<うつ病の症状>
断絶感と疲労、食欲の変化や睡眠障害、興味喪失、記憶や集中力の低下。
一般的に、甲状腺ホルモンが減少 → 精神的エネルギーの変化が徐々に出現→不活発、午後には“勢いが衰える”(典型的なうつ病は朝に最もけだるくて、夕方活動できるという日内変動と聞いたが反対なのかな)
疲労の自覚→何らかの病気の不安
エネルギーの欠如→ひどいイライラ、以前のように働けないと感じる→罪悪感や無力感、自尊心の低下
最初疲労や意欲の欠如として現れる軽度うつ病(慢性の気分変調症よりさらに軽いタイプのうつ病)可能性があり。
甲状腺ホルモン:セロトニンのいとこ
セロトニンのバランスの乱れがうつ病を起こす重要なファクター。ほとんどの精神病が脳内の化学物質のバランスの乱れにより起こるのではないかという考えを受け入れることで、医師の精神障害の解釈や治療に大きな変化。精神疾患に対し身体的疾患と変わらない見方をするようになった。
脳の化学作用はそれ程単純ではなく、セロトニンやノルアドレナリン、甲状腺ホルモンを含む他の物質のような複数の化学物質のバランスの乱れが精神症状の原因。
重要な甲状腺ホルモン、T3とT4が血液中に放出 → 臓器の細胞内に入る。
→ 体の主な機能を司るにあたって重要な役割。脳が正常に機能するためにも、生涯を通じて適切な量の甲状腺ホルモンが必要。
甲状腺ホルモンレベルに依存 気分や感情、集中力や記憶、注意持続時間のような認知能力。T3は、本物の脳内化学物質。神経細胞は神経細胞のつなぎ目(シナプス)で、互いに情報の伝達をしている。甲状腺ホルモン(特にT3)は、セロトニンやノルアドレナリン、およびGABA(ガンマアミノ酪酸)のレベルと作用の制御もしている。送り出されるT3の量が適切でなければ脳内のセロトニンレベルが下がる。脳内でのT3の欠乏がノルアドレナリンの化学伝達物質としての働きをも悪くする可能性あり、両者の欠乏がうつ病の化学的原因ではないか。(どの程度の関係なのだろうか。モノアミン(セロトニン、モノアミン、その他)が欠乏する場合、必ずT3の不具合があるというところまで行くのだろうか。T3由来ではないモノアミン欠乏があるのであれば、その機序は、ある程度共通するのだろうか)。
T3が脳細胞間(神経細胞間のシナプスという意味だろうか)に非常に多く集まっているという所見は、T3が正常な気分や行動を維持するために欠かせない脳内化学伝達物質であるという考えの強力な裏付けとなる。T3は、気分、感情、また嬉しいことや悲しいことを知覚する脳の領域である辺縁系により多く見付かる。甲状腺ホルモンとその他の重要な脳内化学物質との類似性もまた目を引く。アミノ酸の一つチロシンは、甲状腺ホルモンと脳内化学物質であるノルアドレナリンおよびドーパミンのどちらにも欠かせない成分。
大うつ病と甲状腺ホルモンバランスの乱れ
一般的に、甲状腺機能低下症 → 軽度うつ病か非定型型あるいは気分変調型の慢性のごく軽いうつ病のどちらかを起こす。これらの軽い、長引くタイプのうつ病のある人は大うつ病に移行する危険性が高い。甲状腺機能低下症に伴う非常な疲労とうつ病が彼らを消耗させ、さらにうつ病がひどくなっていくという終わりのない悪循環。
大うつ病では、患者は自分の周囲からまったく切り離されたようになり、何が起ころうともまったく無関心になる。この断絶感と疲労は午前中の方がひどい。(ああ、これはうつ病としての日内変動ですね。)普通は不眠症になり、食欲の喪失、食べることに興味を失う、体重減少、そして物事に集中できない。生きていくほどの価値はないという考え、自分自身を責め、助けを求めるだけの値打ちのない人間だと思う。そして、ひんぱんに死や自殺のことを考え始める。一部のケースでは、患者が現実から遊離し、幻覚(精神病的特徴を持つうつ病)を見るような場合がある(というかこれが大うつ病エピソードではないのかな。大うつというのはメジャーディプレッション(うつ)の和訳)
重症のうつ病患者の甲状腺疾患をスクリーニングした研究者は、その15%以下に不活発な甲状腺があるが、その不活発な甲状腺がひどいものより、むしろ軽いものの方が多い。(う~んこれでは、むしろうつになる人が多くなるということになってしまうのか。)
重症のうつ病で入院している患者の20%近くが橋本甲状腺炎に罹っている。(橋本病と慢性甲状腺炎は同じなのかな、慢性甲状腺炎の一部なのかな。ここよくわからない)。軽度の甲状腺機能低下症があり、現在大うつ病に罹っていない女性でも、以前1回以上うつ病の症状を経験していることが多い。
軽度の甲状腺機能低下症があると、生活の中でストレスが発生した時に、女性が大うつ病になりやすくなる可能性がある。そのような女性では、軽度の甲状腺機能低下症を治すということは大うつ病発生の予防法としてみるべき。
ほんのわずかな甲状腺ホルモン欠乏が大うつ病を悪化させるという事実
<軽度の甲状腺機能低下症であっても、脳内セロトニンレベル下がる傾向>
<正常パターンは>
セロトニンレベルの低下 → 脳下垂体に伝達 → 脳下垂体はもっとたくさんTSHを作るようになる。→ 甲状腺はもっとたくさんの甲状腺ホルモンを作り、放出。甲状腺の調節作業がセロトニンレベルを元に戻し、気分の落ち込みの歯止め。
<甲状腺機能低下だと>
甲状腺の機能低下 → 脳内化学作用を正常に戻せない、甲状腺ホルモンを作れない → セロトニンレベル低下に歯止めがかからない、うつ病悪化。
うつ病に罹っているか、あるいは最近うつ病を経験したのであれば、甲状腺ホルモンバランスの乱れに関する検査をしてもらうべき。
うつ病からの脱出
甲状腺機能低下症のあるうつの場合、一般的に甲状腺ホルモンバランスの乱れを治せば、うつ病軽快。但し、一部のケースでは、うつ病が甲状腺ホルモン治療だけでは完全によくならない。すでに独自のうつ病。特に不活発な甲状腺が長い間、診断されないままであった場合によく起こる。
処方については省略。
不安障害と甲状腺ホルモンバランスの乱れ
不安障害も甲状腺ホルモンバランスの乱れが引き金、悪化の原因の場合も。

1. 一般的な不安障害:少なくとも6ヶ月間、些細なことに行き過ぎた、大袈裟かつ非現実的な心配をしているもの。
2. パニック障害:極度の恐怖を伴う異常な身体的反応の発作が特徴で、身体症状が起きる。
<不安障害の症状>
対人恐怖症、単一恐怖症(特定のものや状況に対し過度の恐怖を覚えるもの)、強迫行動、外傷後ストレス障害、行き過ぎた非現実的な心配、、落ち着きのなさ、過度の警戒感と緊張感、疲労、なかなか集中できない、怒りっぽさ、筋肉の緊張、そして寝付けないあるいは眠れない。
精神的感情的葛藤がその人の生き方になってしまうことがあり、どこか悪いところがあるなどとは疑いもしない場合がある。
甲状腺機能低下症がかなりの頻度でひどい不安や時にはパニック発作さえも引き起こす。脳のある部位のセロトニン減少とノルアドレナリン活動の増加が呼吸中枢の活動あるいは感受性の増加とあいまって、不安障害の精神的身体的症状を引き起こす。ノルアドレナリンの中脳への刺激が、パニック発作中に経験する心臓や呼吸器系への影響の主な原因。パニック発作に伴う身体的反応は現実のもので、自律神経系により生み出されるものです。
活発すぎる甲状腺 → ノルアドレナリンの活動性を増加 → 不安やパニック発作の症状
パニック発作
パニック発作の症状
心臓がドキドキする。心拍が早くなる。汗をかく。振戦または震え、息が切れる感覚、息が詰まる感じ、胸の痛みまたは不快感、吐き気、めまい、浮遊感、ふらつきまたは気が遠くなる感じ、非現実感または自分が切り離された感じ、コントロールを失いつつあるという恐怖、死にそうだという恐怖、しびれまたはちくちくする感じ、寒気またはほてり
1回だけでもパニック発作を起こした人は、次の発作が起こるのを恐れる。
「医師が患者の症状が現実のものではないとか、“頭の中”にあるものだとかということをほのめかすことが非常に多いのですが、たった今心臓が早鐘のように打ったり、手足にちくちくする痛みを感じたり、めまいや吐き気をおぼえたばかりの人にとっては、こんなことは何の助けにもなりません。」(なるほど。)
「体にはどこも悪いところはありませんよ」これがさらに患者を困惑させる。自分の症状が現実のものであることが分かっているから。
本記事は田尻クリニック様のホームページに掲載されているhttps://www.j-tajiri.or.jp/
「書籍の翻訳」の中の「甲状腺の悩みに答える本」の読書ノートです。
• 原題と著者は、[The thyroid solution] by Ridha Alemです。


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甲状腺ノート4(非医療関係者)甲状腺機能亢進症 [進化心理学、生理学、対人関係学]


甲状腺機能亢進症の患者は、ポジティブな状態に見えることがあるので、医学的、精神科的治療を必要とする人には見られないことがある。
甲状腺機能亢進症の徴候
<身体症状>影響をすべて挙げれば、何十という症状。
全身的
体重減少(希に、体重増加)、疲労、震え、暑く感じ、暖かかったり、暑い気温に耐えられない。落ち着きがない。喉の渇き。脱毛、目がひりひりする。
皮膚
汗をかく量が増える。温かく、湿った手、かゆみ、蕁麻疹、爪がもろくなる。
心臓
心拍が速くなる。心悸亢進、息切れ、胸痛、不整脈、心筋損傷→心不全 僧帽弁逸脱症候群
消化器系
舌の震え、空腹感が増し、食べる量が増える。お通じの回数が増える。
筋肉
脱力、筋量減少
生殖器系
月経不順、月経が止まる、妊娠し難くなる。
その他骨粗鬆症
男性のほぼ3分の1に乳房の肥大
女性では、甲状腺疾患と乳がんとの間に何らかの関係がある可能性
甲状腺機能低下症がそうであるように、甲状腺機能亢進症患者が経験する身体症状や感情的症状のひどさは、甲状腺ホルモンレベルの上昇の程度と必ずしも一致しない。
甲状腺クリーゼ。これは精神荒廃、高熱、極度の興奮状態、そして時には心不全や黄疸も伴う。恐ろしい。
甲状腺機能亢進症の精神的影響
単に神経質とか多動性と言い表されることが多いが、この言葉はもっと深層にある精神的、行動的不安定性を隠す。多くの医師の頭には、神経質という言葉から精神的影響よりむしろ身体的影響(絶え間なく動き、うろつきまわらざるを得ない)が浮かんでくる。
医師は甲状腺機能亢進症患者に起こりがちな多種多様な精神的影響を重要視しない。甲状腺機能亢進症が原因となり、事実上どのようなタイプの精神病であれ突然発症することがある。
不安やパニック感がおそらくいちばん早く現れ、甲状腺機能亢進症でいちばん目に付く症状。(あれ?甲状腺機能低下症の場合も不安だったな。)
<時間が経つにつれて現れる精神的影響>
不安、夜間不安、パニック発作、うつ病、現実のものであれ、想像上のものであれ、身体症状を過度に気にする、感情退避、支離滅裂な思考、罪悪感、異常なほどのおこりっぽさ、極度の感情的動揺、一連の奇妙な行動の出現、パラノイア、攻撃性(やっぱり不安やうつ病がでてくるのね。低下症と共通)
高揚感から現実遊離まで
自信と衰えることのない幸福感が特徴だが、それが安定した状態にあることはめったにない。大多数は躁うつ病。
私の数人の患者が、甲状腺機能亢進症の高揚状態は強力な精神改変剤を飲んでいるようなものだと比喩したことがある(覚せい剤みたいなものだろうね)。
時には幻覚や幻聴。
医学の進歩で甲状腺機能亢進症が原因で精神病の段階まで進む患者の数は大幅に減。

どうしようもない怒り
軽躁病やうつ病、あるいは不安のどれを呈していようと、脳に過剰な甲状腺ホルモンが達すると、見たものや経験したものに対する感情的反応が過大なものとなるのが普通。このような反応は感情退避(うつ状態の要素であることが多い)またはそれとは逆に、感情のコントロールが利かないという形で現れる。ほんの些細なことにいらいらすることが多くなり、それが怒り、時には攻撃や暴力を振るう引き金。
自分の怒りが鬱積していくように感じ、そしてそこにいる人が誰であれ、がみがみどなる。一体どうして自分がこうなったのかわからない。
わけのわからない言動、不用意な発言。
不安の波
純粋な不安障害の形をとらない。心配がひどくなり、安心できないとか自信のなさ、また気が変わり易いという気持ちが全体的に気分の浮き沈みや怒り、物事に集中できないこと、そしてあいまいな記憶などによって悪化し、拡大されたタイプ。これらの精神的影響が互いに悪化させ合うことも多く、その結果非常に乱れた精神状態。内部からわき上がって来る不安と共に、パニック発作もよく現れる。
血液中の甲状腺ホルモンが急激に上がり、脳細胞が甲状腺ホルモンであふれかえると、異常な感覚、あたかも息ができなくなっていくようにな感じ、自分の魂が今にも離れて行きそう。心臓が早鐘のように打つ、手のひらが汗で湿り、それから全身にどっと汗をかく。次に自分の体をコントロールできなくなります。今にも気を失いそうに感じる。めまい。自分の回りの世界が奇妙に見え、ほとんど識別できなくなる。
おびえ、絶望感が高まり、徐々に引いて行った後、すっかり消耗、文字どおり疲れ果てる。→ 体や精神、そして自分自身に起こったことを理解しようと理由をつけ。
症状がどんどん悪化→理解しようとするがが、結局はただ疲労しか感じなくなるまで、予期せぬ時に発作が起きるので、大事な時に発作が来るのではないkという不安。悲哀の波が繰り返すので、家族は別人になったと感じる。
自分の怒りを抑えるのが困難になり、誰かにひどく意地悪な応対。
うつ病
甲状腺機能亢進症が精神科に入院しなくてはならないような臨床的うつ病を起こすことは希(9)。一部の人では、抗鬱剤が状況を悪化、抗甲状腺剤でうつ病が消える場合があり。長続きしない。頻繁に繰り返す。
筆者は、持続性うつの患者を経験。大うつ病に移ってしまうケースを警告。事実、広汎な不安障害を伴う大うつ病は一般集団に比べ、甲状腺機能亢進症患者にずっと多い。
身体的、精神的疲労
甲状腺機能亢進症でも、疲れと極度疲労が初期症状であり、またいちばん目立つ症状。
精神的苦痛の差は、甲状腺機能亢進症の程度が様々であることだけでなく、一人一人の気質が違うため。甲状腺ホルモンレベルが非常に高い人の中に、精神的影響がほとんどないか、全くない人がいる反面、境界型あるいは軽度の甲状腺機能亢進症の人の中に相当ひどい不安や疲れ、うつ病、および気分の浮き沈みに悩む人も。
軽度の甲状腺機能亢進症
最近、軽度の甲状腺機能亢進症、TSHレベルの低下を起こしているものと定義軽度の甲状腺機能亢進症はバセドウ病、または過剰な甲状腺ホルモンを作り出す甲状腺のしこりによるものが多く、また甲状腺ホルモン剤の飲み過ぎによっても起こる。
<軽度の甲状腺機能亢進症>はうつ病や心悸亢進、体重減少、暑さに耐えられない、食欲亢進、発汗量の増加、そして手指の震え。いらいらしたり、不安になる。ほんのちょっとした甲状腺ホルモン過剰が長い間に骨喪失を起こすこともあり、これは特に閉経後の女性に多く見られる。わずかな甲状腺ホルモンの過剰が閉経前の女性の骨に悪影響を与えることもありますが、このマイナスの影響はエストロゲンにより打ち消される。高齢者では心拍異常。循環器の健康状態を低下。
職場での甲状腺機能亢進症の人
仕事がうまくやれなくなることが非常に多い。極端なケースでは、患者が精神的にも感情的にも廃疾状態。要求に応えることができないため、仕事を止めたり、解雇も多く、また他の仕事を求める際も、面接中に自分をうまく抑制できない(例えば、奇妙な行動や短気であるところを見せてしまう)。
甲状腺機能亢進症を起こす他の病気
70%をバセドウ病
バセドウ病と間違われやすい、別の甲状腺疾患
孤立性中毒性甲状腺結節、または多結節性中毒性甲状腺腫
無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎
高齢者の甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症は高齢者にはきわめて多い。高齢者では甲状腺機能亢進症の影響が若い人とは違った形で出ることが多い。心房細動のような心臓病、便秘(甲状腺機能低下症に特有の症状)やうつ病、脱力を起こすような筋量の減少などが非常に多くなる。甲状腺機能亢進症のために起こる筋肉の脱力のため、高齢者が転んだり、大怪我を負いやすくなることがあります。正しい診断がなされる前は、転ぶのは他の病気のせいだと思われることが非常に多い。
高齢者では甲状腺機能亢進症の経過がはっきりせず、他の多くの健康上の問題とそっくりであるため、病院の医師であってもこの病気の診断を誤ることが多い。
高齢者の精神的変化は見逃されたり、年のせいだと思われることが非常に多い。引きこもりがちになり、うつ病が出ることが多い。痴呆や錯乱、無気力として現れる頻度が高い。せん妄さえも。
“無気力性甲状腺機能亢進症”になることがよくあります。これはうつ病や無気力、および知的混迷が特徴。疲労や身体および精神活動の低下、無表情な
最終的には、不安や行動の変化、気分の浮き沈み、怒り、ストレスにうまく対処できない、認知能力障害、仕事についていけない、そして家族関係の問題などが混じり合った状態になることが多い

本記事は田尻クリニック様のホームページに掲載されているhttps://www.j-tajiri.or.jp/
「書籍の翻訳」の中の「甲状腺の悩みに答える本」の読書ノートです。
• 原題と著者は、[The thyroid solution] by Ridha Alemです。


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甲状腺ノート(非医療関係者)3 甲状腺機能低下症 [進化心理学、生理学、対人関係学]



(甲状腺機能低下症の原因となる慢性甲状腺炎の方が、甲状腺機能亢進症よりもはるかに多いということは、初めて知りました。どうしても伯母が治療を受けた甲状腺機能亢進症の方が多く耳にするということもあり誤解していました。それで、具体的には甲状腺機能低下症が先に解説されることは納得です。)
アメリカでは人口の10%がこの病気にり患している。
<甲状腺機能が低下する原因>
慢性甲状腺炎、放射性ヨードや薬で活発すぎる甲状腺の治療を行った場合、結節や甲状腺腫、バセドウ病あるいはがんの治療のため、甲状腺の一部または全部を取った場合、ウイルス、以前頭頚部への放射線照射を受けた場合、食餌中のヨード欠乏、薬物の相互作用によるもの(アミオダロンやリチウム、インターフェロン、およびインターロイキン-2で起こるような作用)の外、先天性のもの等様々な要因がある。(あれ?インターフェロンってC型肝炎とかの特効薬だった薬ですよね。自死対策の文脈では、うつ病の副作用があると習いました。インターフェロン→甲状腺機能低下→うつ症状という流れもありそうですね。)
<甲状腺機能低下症の身体的症状>
全身の疲労、体重増加、関節や筋肉の痛み、筋肉がつる、便秘、皮膚の肥厚、皮膚が乾燥し、青白くなる、髪がもろくなる、眉毛を含む脱毛、暖かい時でも寒く感じる、乳房から母乳様の分泌物が出る(乳漏症)。
<症状も悪化による他の症状>
声がしゃがれてきて、低くハスキーになり、話し方が緩慢。発音不鮮明。顔のむくみ。聴力の低下。手のひら等の皮膚が黄色味を帯びてくる。足のむくみ、ちょっとした運動での息切れ、心拍数の減少、血圧上下、甲状腺機能低下症の人の21%に高血圧との見積
<その他の重要な影響>、
高コレステロール血症、そのため冠動脈疾患(心臓の動脈が硬くて内腔が狭くなること)感染に対する防御力が低下します。甲状腺機能低下症になると、真菌やウィルスに感染しやすくなり、生殖機能が悪影響を。重症の甲状腺機能低下症の女性では、月経時の出血がひどくなったり、あるいは月経が止まってしまう。重症の甲状腺機能低下症の人の多くは、手足のしびれやぴりぴりした感覚、すなわち退行性の神経疾患、手根管症候群。
• 筋障害、筋力低下、(CPK)のレベルが高くなる筋組織の障害。筋肉収縮後、なかなか弛緩しない。筋肉量が過度に増加する(子どもで見られる)。痙攣発作
平衡性が失われたり、足元が不安定になったり、調和した手足の動きができなかったり、震えが起こる場合あり。
その他に重症の甲状腺機能低下症を示す身体症状で、誤診されやすいものには消化器系と呼吸器系の症状があります。
便秘、腸閉塞および、希に腸管穿孔、睡眠時無呼吸、脳内の呼吸調節機能の障害、胸水
甲状腺機能低下症の身体への影響は人によって様々に異なる。粘液水腫昏睡に陥った人は(低体温症)、(低血糖症)、人工呼吸器を必要とする場合が多。
(ありとあらゆる症状があるみたいです。これがポピュラーな疾患なのに、つまり私もかかっている可能性があるというのに、何一つ知りませんでした。日本ではどのくらい患者さんがいるのでしょうか。もっと啓蒙が必要なのではないでしょうか。)
<甲状腺機能低下症の精神症状>
甲状腺機能低下症の精神的影響は、一人一人様々に異なる。
<違いが出る理由>
性格、以前気付かれることのなかった境界型、は隠れた精神症状、環境や社会経済的ファクター。(本体的な症状と周辺症状というか、症状の出方は環境でずいぶん違うのでしょうね。)
<精神症状>
うつ病、眠気、物忘れ、感情的の不安定、意欲の喪失、注意力や集中力が減退、物事への興味がわかなくなる、思考や話の速度が遅くなる、怒りっぽくなる、(広場恐怖症)、視聴覚的幻覚およびパラノイア妄想(希で、非常に重篤な甲状腺機能低下症にのみ)
• 痴呆(一般に、長期間にわたって重篤な甲状腺機能低下症が続いた場合)、躁的行動、
注:ほんのわずかな甲状腺ホルモンの不足であると考えられる場合であっても気分や感情の乱れが起こる可能性がある。
多くの人に生涯安定したままの軽度の甲状腺機能低下症があると思われる。
身体的あるいは精神的症状のどれかがある人は、医師にTSH(甲状腺刺激ホルモン)検査をしてもらう。精度は高い。
<一番多い症状としての疲労、そしてうつとの関連>
いちばん多い(そしていちばん目立つ)不活発な甲状腺の症状は疲労。
身体的要素(代謝速度が遅くなるため)
精神的要素(うつ病と関連したもの)
うつ病と知能の喪失がいちばん多い不活発な甲状腺の影響。《第5章》
過眠は、うつ病からきている。
たくさん眠るようになった甲状腺機能低下症患者の多くが、意欲がなくなり、たとえいつも楽しんでやっているようなことであっても何かしようという気になれないと訴える。あたかも穴の中でもがいているように感じることがあります。不活発な甲状腺のある患者には、著明な不安症状や多岐にわたる認知障害が出ることもある。
身体障害不安
不安はありふれた甲状腺機能低下症の症状
不活発な甲状腺がその人のストレスに対処するメカニズムを変えてしまい、自尊心が低下するという事実が症状としての不安が目立つ理由。また、恐怖や自己不信も記憶や集中力の欠如を認識することによって混じってくることがよくある。
特に女性:自分に“魅力がない”と思い始める、人前に出るのを嫌がる
頭痛、筋肉のつりや痛み、そして脱毛などの他の身体症状が現れるようになると、それにつれて悪化していく可能性あり。
なるほど、この悪循環の結果がパニック障害なのだとするとイメージしやすいですね。
頭の霧
ある患者が甲状腺機能低下症の精神的影響を私に“頭の霧”と述べた。
細かいことや名前、あるいは何かあったということも覚えられなくなる場合。甲状腺ホルモンレベルが低くなったことで、正常な場合脳が持っている思考を把握したり、処理したりする力の一部が失われるのです。
ちょうどよい言葉を思いつくことができない。
軽度の甲状腺機能低下症への挑戦
軽度の甲状腺機能低下症とその身体や精神の健康への影響はますます広が
軽度の甲状腺機能低下症がコレステロールレベルの上昇や不妊、流産、疲労、そしてうつ病の一因となっている可能性がある
軽度の甲状腺機能低下症を治すことで、総コレステロールと“悪玉”コレステロール(LDL)のどちらも下がる)。
冠動脈硬化がある女性は心疾患のない女性より軽度の甲状腺機能低下症に罹っている可能性が高い
いちばん多い身体症状は、疲労と皮膚の乾燥、そして寒さに耐えられなくなること。女性の中には軽度の甲状腺機能低下症のために月経がひどく、期間も長くなる人がおります(過多月経)。
うつ病の症状が出たり、あるいはうつ病に罹りやすくなること
ヒステリーや不安、身体的愁訴を度々訴える
記憶力減退や集中力の問題、最近の記憶と視覚的記憶のどちらも損なう
パニック発作を起こしやすい
コレステロール値の高い人は、医師にTSHの検査をしてもらうようにしてください。35歳以上の女性であれば、医師に5年毎に甲状腺の検査をしてもらうようにしてください。すでに軽度の甲状腺機能低下症であると診断された人は、おそらく生涯にわたって治療が必要になる。
(ただ、治療によって改善されているらしい。)
もし、かかっている医師が甲状腺ホルモンの欠乏が治療が必要なほどのものではないと言った場合、このことを聞き入れてはなりません。反対に、甲状腺の病気に詳しい専門家の意見を求めるよう強く要求してください。
甲状腺機能低下症の進行につれて、精神的影響も大きくなり、仕事や人間関係にも悪影響が出てきます。そして、その人はまるで溺れているような気持ちになるのです。
甲状腺機能低下症と加齢
要するに、高齢になっていくということは、甲状腺ホルモンの活性の減少を伴うものなので、その影響が出やすいということらしいです。問題は、このことに気が付かない場合、別の治療をされたり、歳のせいにされて治療されないということらしいです。きちんと専門医で検査した方がより快適な生活ができるかもしれません。

<加齢による症状>
精神錯乱や体重減少、食思不振、繰り返し転倒する、痛みや疼痛、衰弱、筋肉の硬直(これはパーキンソン病と間違われる可能性があります)、失禁、およびうつ病その結果、表面上は加齢そのものとそっくりなため、甲状腺機能低下症が気付かれないままに過ぎ、時間が経つうちにひどくなってしまうことがあります。
本当のところ長く続いた甲状腺機能低下症が主な原因であると思われる場合であっても、アルツハイマー病に罹っていると思われている人がおります。
アルツハイマー病と診断された場合、医師は通常、甲状腺機能低下症の検査も行うようにしますが、そうすることで甲状腺機能低下症であることが判明した場合に認知能力の衰えを甲状腺ホルモン療法で鈍らせることができます。
この後、先天性甲状腺機能低下症の説明がありますが割愛します。

本記事は田尻クリニック様のホームページに掲載されている
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甲状腺ノート(非医療関係者)2 ストレスと甲状腺ホルモンバランスの乱れ [進化心理学、生理学、対人関係学]



この章は、ストレス(甲状腺ホルモンバラン以外のストレス)と甲状腺ホルモンバランスの乱れの関係を説明しています。甲状腺ホルモンバランスの原因としてストレスがある場合があり、また、ストレスが甲状腺ホルモンバランスの乱れを悪化させること、甲状腺ホルモンバランスの乱れの結果、ストレスを生む人間関係などが生じる、それらの複合という悪循環を説明しています。ストレスの中には出産も入るようです。ストレスとは何か甲状腺ホルモンバランスの乱れとは何かという生理的説明もわかりやすくされています。

甲状腺の乱れによる症状は、各個人のストレス耐性によって左右されるが、それは、本人のいかんともしがたい事情なので、本人を責めてはいけない。
うれしいこと、腹立たしいことは、大脳辺縁系で反応、大の辺縁系が気分感情をコントロール。大脳辺縁系に甲状腺ホルモンが送り込まれる。大脳辺縁系の主な化学用物質は甲状腺ホルモン。
(甲状腺ホルモンかなり大事ですね。この甲状腺ホルモンが気分感情をコントロールする仕組みがわかればかなり色々なことがわかってきますね。それにしても、気分感情をコントロールするのは大脳皮質というか、前頭前野だと思っていたのですが、前頭前野が考えて甲状腺ホルモンを使ってコントロールするのでしょうか?)
甲状腺ホルモンが足りなくても、多すぎても、ありとあらゆる感情気分および認知への影響を生じる。ストレスに対処する能力を弱める。
甲状腺の機能に障害が起これば、簡単にこのストレスの罠に陥る。甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状の原因にもなる。
ストレスがどのようにして甲状腺ホルモンバランスの乱れを引き起こすのでしょうか。
精神状態やストレスが甲状腺の病気を引き起こしたり、悪化させることがある。(双方あるということなのだろうけどね。 甲状腺→ストレッサー、ストレス→甲状腺)
ディーパック・コプラ、アンドリュー・ウェイル、およびバーニー・シーゲル等の医師は、病気を避けたり、打ち勝つために、態度と精神に関連した方法(瞑想や誘導リラクゼーションのような)が重要であると強調。
<ストレスがどのように精神と体に影響するか>
ストレス→脳が内分泌腺の大きな反応を引き起こす化学的メッセージ : 副腎皮質によるストレスホルモン、コルチゾールの作り過ぎ。
長期のストレス暴露 : 大きな感情の動揺や抑圧、あるいは外傷、ストレスに対処するのが困難になる。内分泌系が慢性的に攻撃
内分泌系の器官のストレスに反応は免疫系を犠牲にして起こる。夫婦喧嘩の際により敵意の強い人の方が、免疫系が強く抑制される。(!)ウィルス性、細菌性の感染症が起こる。
免疫系 : ウィルスを攻撃、そのウィルスが甲状腺の性質とよく似た分子構造を持っていれば、免疫系が甲状腺をウィルスと間違えて攻撃。(もしかすると、これが自己免疫疾患?)
ストレスを上手に受け止め、対処する人は、ゆったりしていて免疫系が乱れたり、過剰なコルチゾールのために他の病気に罹ったりすることが少ない。逆は、ストレスからうつ等。(コルチゾールが分泌されやすい人、コルチゾールの分泌指令を出しやすい人と、少なくとも二種類あるのだろう。)
1. 慢性甲状腺炎:甲状腺ホルモン欠乏を起こすいちばん多い疾患
2. バセドウ病:甲状腺ホルモンの作り過ぎを起こすいちばん普通に見られる病気
(のちに出てきますが、あくまでも甲状腺異常の中の多い2つです。その他にもいろいろあるようです。)
これらの甲状腺疾患のどちらも、体が自分自身を攻撃するというパターンを反映しているため、自己免疫疾患として認識されている。(おー!)
このどちらかに罹る人には同じ遺伝子の異常。重要なファクターでもそれが唯一のものではない。女性の罹患率が高い理由は、この病気に罹りやすい素因を持つ人の遺伝子の一部がX染色体にあると思われるから。
遺伝的素因のほか:エストロゲンやプロゲステロン(いずれも女性ホルモン)のようなホルモンの変動。→思春期以降では女性の方がそのような病気にずっと罹りやすくなるテストステロン(男性ホルモン)は免疫攻撃を和らげるということを示唆する証拠がある。
<自己免疫性甲状腺疾患につながりのある感染物質>コクサッキーBウィルス、Yersinia enterocolitica(エルシニア・エンテロコリカ)、およびEscherichia coli(大腸菌)。最近、Helicobacter pylori(ヘリコバクター・ピロリ:胃炎や胃潰瘍を起こす細菌)が自己免疫性甲状腺疾患のある人に高い割合で見付かっている。
自己免疫性甲状腺疾患に罹っている人は、悪性貧血やインスリン依存性糖尿病、狼瘡(全身性エリテマトージス:SLE)、慢性関節リウマチ、アジソン病、および白斑症(皮膚のある領域の色素が失われ、白くなること)のような他の自己免疫疾患にも罹りやすい。ストレスやストレスに対する心理的反応。
特に多岐にわたる持続的なストレス。
悪循環のエスカレート
病気の根本を治療するか、この悪循環を断ち切る方法を見付けない限り、症状は永遠に続く。
(私の興味関心上大事なので、引用させていただきます。)
「症状の悪循環のほとんどは患者の診断がつく前に根づいてしまいます。ストレスのかかる出来事で軽い機能障害が引き起こされ、それがさらにストレスがかかることでひどくなっていきます。ストレスがさらにかかることで病気になり、それがもっとひどいストレスになっていきます。一つの病気がまた別の病気を引き起こし、それがまた最初の病気に悪影響を与えるというのが、医師が甲状腺ホルモンバランスの乱れの診断や治療の際に直面することです。」
(これわかります。独立した記事ネタくらいの分量がありそうなので、詳細は避けますが、妻は病気の症状として軽く怒りや不安を口にするのですが、夫は自分が責められていると取りますので、防御的な怒りの態度が出てしまうわけです。そうすると、妻は、はっきりと自分が攻撃されているということを認識しますから、はっきりと不安になってしまいます。そうやって疑心暗鬼が双方に起きて、どんどんぎくしゃくしてしまうということになるのですね。)
それでも、この悪循環のエスカレートは、医師と患者がそのことをもっとよく知るようになれば、初期の段階で簡単に止めることができるものです。甲状腺ホルモンバランスの乱れを早期に診断し、それに関連したストレス問題に取り組むことでこの悪循環を断ち切るようにすれば、不必要な身体的、精神的苦しみや、個人的な問題、そして過度のストレスがかかるのを予防することができ、患者の回復を早めることができるのです。(ここで大事なことは、家族もその知識を持つこと。精神的な問題は、患者一人に伝えてもあまり意味がない。でもこういう観点を持つこと自体は素晴らしい!対人関係の問題については、しばしば先進的な医師やカウンセラーが介入するけれど、自分のクライアントの治療という観点で介入するので、相手に対して深刻なストレスを与えていることに気が付かないことが多い。極端な話、「このクライアントはこんなに苦しんでいますよ。だからあなたは我慢して下さい。」というようなアドバイス。言われたほうは自分が悪いからクライアントが病気になったといわれているように感じる。通常は相互作用なのだから、どちらが良い悪いということではなく、双方がより快適に、よし幸せになる方法を提案すること。まさに対人関係学。このような人間関係の調整ということを考える弁護士の関与が有効)
慢性甲状腺炎が更年期に急激に増える。
出産後に高い頻度で甲状腺ホルモンバランスの乱れが起こる。(!!!)
(これはなるほどの指摘ですね。結果としてはそういう場合が少なくないことは、印象レベルの話だけどよく分かる。出産がどのように甲状腺ホルモンバランスを乱すのか)
<うつ病が免疫系に及ぼす影響> = <ストレスの影響>
自己免疫性甲状腺疾患の引き金を引くことになる連続的な化学的相互作用が
うつ病に罹っている間に起こる可能性があり。
産後うつ病に罹っている女性は、慢性甲状腺炎になる可能性が高い、例えうつ病の女性のホルモンレベルが正常な場合であっても。
うつ病で入院した患者は、一般集団より慢性甲状腺炎になる頻度が高い。
甲状腺機能低下症のせいでうつ病が起こると考え、不活発になった甲状腺を治療することでうつ病が治るだろうとされていたが、時には逆もまた真。悪循環のエスカレートの現象。どちらの病気に罹っていても、その悪循環を断ち切る方法は正しい診断とストレスやうつ病の問題への対処。
脳と甲状腺の機能
脳下垂体(脳の基底部にある。)→甲状腺刺激ホルモンTSHを分泌することによって、甲状腺に甲状腺ホルモンの生産量を指示。
脳下垂体は、血液中の甲状腺ホルモンの増減を感じ取り、TSHの産生を調製。
(何がセンサーなのだろう)
脳下垂体は循環している血液中及び機関や脳の甲状腺ホルモンの量を一定化
脳下垂体の機能をコントロール脳の領域と脳下垂体をつなぐのが視床下部。視床下部がサイロトロピン─放出ホルモン(TRH)と呼ばれる化学物質を出して脳下垂体と連絡をとる。例えば、体が寒さを知覚 →脳 → 視床下部 →脳下垂体 : 低温に対する反応としてTSHのレベルを上げろ。
過度の身体的ストレス → 脳 → 視床下部 → 脳下垂体にTSHの産生を減らすよう指令
代謝や臓器の破壊速度を遅くする防御メカニズム。脳は、事実上代謝速度を遅くして体を飢えから守っているのです。
神経性食思不振症 → 脳 : 摂食障害を体内エネルギーの貯えを脅かす恐れ → 視床下部 → 甲状腺に代謝を低くして生き延びるためのエネルギーをできるだけたくさん残そうとする。
甲状腺と戦後症候群 = PTSD
戦闘に参加した人の多く:息切れや疲労、頭痛、胸痛、頻脈、下痢、感情の乱れ、および睡眠障害のような実に様々な精神的、身体的症状
心的外傷後ストレス症候群 : うつ病と不安、そしてその他の数々の症状が交じり合った複雑な病気です。この症状が戦闘のストレスに反応して作り出された甲状腺ホルモンとコルチゾールのレベルを相当に反映しているという考えを裏付ける証拠がある。
PTSD 精神的外傷を与える出来事(強度のストレス)→脳→視床下部→下垂体による甲状腺ホルモンの増加→コルチゾール過剰、→ ストレスの増強 →さらなる甲状腺ホルモンの増加 (解決しない強度の不安の持続とは生理学的にはこういうことなのか):甲状腺ホルモンの高値の持続
自己防衛反応の一部として甲状腺ホルモンレベルが高くなり、そのためにこのような過度の警戒状態が生じるのです。
ストレスが免疫系に及ぼす影響のため、バセドウ病になる危険性も高くなる
ストレス管理
ストレス管理こそ甲状腺疾患患者の治療戦略の中心的部分となるべき
カウンセリングや精神療法、抗鬱剤や抗不安薬
甲状腺ホルモンバランスを直すこと、リラクゼーション 悪循環の回避
数字を下げるだけでなく、ストレッサーを解決する、ストレス反応を軽減することが根治には必要。これがなければ再発の可能性あり。
適切な治療、ストレス管理、そして優しく愛情を込めたケアが根治の方法。
「もうすっかりまいっちゃった」「プレッシャーに耐えられない」このような言葉が軽く交わされるような場合でも、その気持ちに注意を払い、さらにそれ以上のストレスがかかることを避け、管理することが重要。(否定しないということだね)
ストレス管理を行うことが欠かせない人 : 更年期に達した女性、子どもを産んだばかりの女性、非常に責任の重い仕事に就いている人、非常に大変な家事をこなしている人
これがいちばんよいという方法はない。他に病気があるか運動ができるかどうかによって異なる。瞑想しながら深呼吸、静かに座って心安らぐ音楽を聴く、ヨガや太極拳。昔ながらの方法で太極拳を行うと、気分や感情の改善が見られる、精神や免疫系、および甲状腺の健康を保つ最良の方法の一つ。
甲状腺疾患に関しては、精神─体のつながりは治療の一部。
<甲状腺は脳の付属器官>+<甲状腺を通じて脳が連絡を取ってる>
= 体と心に働きかける方法に非常によく反応。
患者として、自分のストレス問題には自分で取り組まなければなりません。(それは正しい方法を見つけられないだろう。専門的な第三者の存在が必要だと思うがどうだろう)

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甲状腺ノート(非医療関係者)9 あなたは変わってしまった 存在しないDVが存在すると思い込む生理的仕組みを米医師の文献から学ぶ 大切なことは夫への攻撃ではなく、患者の治療、癒し、家族再生だという医学的根拠 [進化心理学、生理学、対人関係学]



“The thyroid solution” by Ridha Alem 第9章のノート
()内は、それを読んでいるときの私のつぶやき
<通常の夫婦>
互いの言葉や行動、感情表現、解釈で、男女には根本的な違いがある。多くの夫婦は、自分達の本当の違いを認識するようになり、受け入れ、最終的にそれと折り合うことを学ぶ。ホルモンバランスの乱れが入り込むと、これらの違いが悪い方向に向かうことが起きる。
多くは配偶者の行動を歪んで認識する。残念なことに、相手はどうしてそのような変化が生じたかわからない。誤解や誤った期待、そして些細なことでの口喧嘩などを伴う混乱状態を招く。そして、多くの人にとってはその関係が重荷になる。(相手は重荷だと感じているだろうなというストレスが、もしかすると一番重い重荷かも)

甲状腺の病気によって引き起こされた精神的ストレスを配偶者が共有する過程
<第1期>甲状腺疾患が入り込んでくることから、診断まで。
この時期には、夫婦関係はしばしば悪化し、何が悪いのか、あるいは何が夫婦関係の問題の原因であるかがわからないことから関係に終止符が打たれてしまうことさえある。第2期は診断がついた後の時期のこと。
第1期では、ほとんどの例で、病気自体の程度は軽いにもかかわらず、罹患した人の性格は驚く程変る。その変化の原因が突き止められない限り(すなわち、甲状腺の病気がまだ診断されていない限り)、その夫婦は自分達の問題の元を突き止めることができない。夫婦関係はこの期間の長さに応じて悪影響を受けるが、それは何ヶ月あるいは何年も続くことがある。(まさに。永遠にわからない場合も多いかも。わかったときは家族というユニットにとっては、手遅れとか。)
患者は、自分の体や精神に異常なことが起こっていることを認識している
しかし、
・適切な対応ができない。それを理解したり、和らげたり、あるいは正確に言い表すことさえできない。
・自分自身や周囲に対する認識の歪み → 配偶者の行動を不適切だと見なすようになる。(ここが大事だね)甲状腺の病気の人は、(本当は病気の症状として、考え方が懐疑的になったり、理由なく不安になって、その結果相手にあたったり、相手から変に思われているのに)自分は変わっておらず相手の方が変ったのであり、自分達の感情的大混乱の原因であると本当に信じている。
(こういう場合、妻の不合理な攻撃に対して、正論で論理的な反論をして妻をやり込めてしまうことは、まったく逆効果になるわけですね。)
<配偶者や他の愛する人達>患者を咎める行動をとることが多い。(今述べたとおりです。いついかなる時も合理的で、正しくなければならないという考えが逆効果になるということですね。)
<甲状腺疾患患者> そのような食い違いが原因での不安やストレス、怒り、そしてうつ病がさらに増悪し、そのために罪悪感を抱くことがある。口論のストレスにうまく対処できないため、不仲になることは避けられない。
(いや全くその通り。きわめて、離婚事件でよく見るパターン。)
甲状腺疾患があなたの性格や人間関係を変える10通りの道筋
1 甲状腺疾患患者はしばしば短気で、いらいらしやすくなり、時に過剰な理由のない怒りを見せることがあります。
甲状腺ホルモンバランスの乱れにより、
周囲の人に過度に批判的になり、すぐにけんかを始め、かみつくようになることがある。甲状腺ホルモンバランスの乱れのある人が直接、他の人に向ける非難や怒りの底には不安や心配が潜んでいることがよくある。(ここでも、対人関係学の理論を裏付けてもらっている。)甲状腺の病気のある人は自分に対する非難にはうまく対処できない。(その時は、夫は自分が攻撃されているのだから、反射的に自分を守ろうとして反論してしまうのは当然と言うしかないですね。でも、後でも良いから、反論されて途方に暮れている妻がかわいそうだと思うかどうかがポイントのような気がします。)
不安な時に頼りにする必要のある、まさにその人達に向かって非難をあびせざるを得ないと感じている。要するに、彼らの行動は病気に支配されている。(これがまさに思い込みDVの構図ですね。)
「家では始終わめいたり、口論したりしていました。私はたびたび怒り狂っていました。私は主人に対して無礼な態度を取りました。そして請求書や私達の経済状態のことで腹を立てていたので、彼が何か尋ねるとがみがみと怒鳴りました。彼が何をしたって私は満足しなかったでしょう」(絶対、良い評価をしないということが特徴ですが、それは病気のせいかもしれないということ)
甲状腺機能亢進症の人の脳が早いペースで働くことから、他の人は皆のろまであると見るようになり、それが自分達のいらいらや怒りを正当化する。
2 甲状腺の病気のある人は配偶者や家族に非現実的な要求をすることがあります。
他の人に何かしてくれるよう頼むことがよくある(頼まれた人は指図と受け取って、不愉快になることがみられる。)、また他の人にやり方も指図する。「私は主人に私がいて欲しい時に家にいたためしがないと言っておりました。彼は学生でしたし、1日中学校にいるわけではなかったのです。ですから、彼が家にいて家事を手伝ってくれないことで私は腹を立てていました。でも、実際はできる限りのことをしてくれていたんです。それでも私は満足していませんでした」(この満足しない状態を真に受けて、さらに夫が家事を増やしていくと、極端なケースでは体力的にアウトになる場合もあるわけです)
患者が如何に自分達の関係を理性的に見ることができないかということがわかる。状況をはっきり理解できず、非現実的な期待で相手を怒らせてしまうことさえある。(でも、こうやって振り替えられるようになるなら救われるよね。現実は治療を受けることはあっても、精神的なアドバイスをすることがないから、ゆがんだ見方がのちに修正されることがない場合がある。)
3 甲状腺疾患患者、特に甲状腺機能低下症の患者は静けさを望みます。
活動や騒音から逃れる必要があると感じている。音に対する耐性が低くなっている。「私は家が静かであって欲しかったんです。そうでなければ、私は子ども達や主人に向かってわめき始めました。大きな音を出したり、動いたりするものは何であれ、私をいらいらさせたのです。テレビは私にとっては邪魔物でした。私は見ることができませんでした。子ども達の騒がしさはいらいらのもとでした」
4 患者は友達付き合いをしなくなり、人と話したり、出かけたりしたがらなくなることがあります。
配偶者と一緒に何かすることに一切の興味をなくすということがあります。「私の望みはただ一つ、寝ることでした。私は十分な休息をとっているようには思えませんでした。何一つとして私が嬉しく思うものはありませんでした。テッドは私と外食したかったのですが、私は行きたくありませんでした。彼は映画を見に行きたいのに、私はいつも嫌だと言っていました。彼が映画のビデオを借りてくると、私は眠ってしまいました。セックスもしたくなかったし、料理や掃除もしたくありませんでした。それから彼はいらいらするようになり、私は本当に感情的になって荒れ狂うようになりました。彼は私の方がもっと疲れているということが理解できませんでした。」「彼は私と話しをしようとしました。そして「テッド、お願いだから黙っててくれない」などとはとても言いにくかったのです。彼はただその日、自分がしたことを話し、私がしたことを聞きたかっただけなのです。質問、質問、質問、話、話、話─そして私はとてもいらいらしました。最初、私は彼が黙っていてくれたらと思いましたが、それなのに本当は黙って欲しくなかったのでした。」
甲状腺機能低下症の患者はほっておいてもらいたいと思っている。ただ眠りたくて、回りの人とは接したくないのです。中には、周囲の人ができる限りのことをしてくれているということに気付いている人もいるが、それでも一人でいたい。
5 甲状腺の病気のある人は配偶者にもっとかまってもらいたがり、十分にかまってもらっていないと思うことがよくあります。
配偶者が元気付けようと何をしてくれても十分とは思えないのです。(これは、強く感じる。)
愛する人に側にいて欲しいのですが、それは自分がそうして欲しい時だけ。「私は彼にただそこにいて、私の手を取り、私の話すことを聞いて貰いたいのですが、何も言わないで欲しいのです。彼が何か言ったら、私はいらいらして、怒り出します」
「この間に私が考えていたのは唯一、主人が私が必要としている手助けをしてくれないということでした。私は人前で主人の顔を殴るところまでいきました。私は自分が大事にされていると思いたかったんです。私はとても魅力があるなんて考えられなくなっていました。子どもを産んだ後はあなただってそうでしょう。私はものすごく打ちのめされ、疲れ過ぎていました」
6 甲状腺の病気がある人は何か家のことをしようとか、家族のために何かしようという意欲がなくなります。
何かするように頼まれることを嫌ったり、頼まれると怒り出すこともあります。いさかいの原因で多いのは、甲状腺機能低下症の人が家のことをあまりしたがらなくなること。これは疲労のためにちょっとした家事もなかなかこなせなくなるから。ちょっと店に行くだけのことでも、到底できないような仕事になることがある。(片づけられないというのもこれなのでしょうか)
7 甲状腺疾患患者は説明できない嫌悪感を配偶者や親族、友人に示しますが、矛盾したことにすぐさま気持ちを変えてしまうことがあります。
自分の人間関係が変ったことに気付くが、そのことについて何かするには無力だと感じる。物事が以前のようではないということがわかっていたが、物事を適切に見通すことができなかった。その嫌悪感は避けられないものであり、変えることができないものだった。
「私の主人に対する感情は行ったり来たりしていました。時には私は彼の側にいるのが好きでしたが、そうでない時もありました」
8 甲状腺の病気に罹っている人は、感情的変化や健康がどれほど仕事をしたり、生計を立てる能力に悪影響を与えるのかということをひどく心配するようになることがあります。
仕事に関連した不安が家庭に持ち込まれた時、それがしばしば口論や怒りの爆発、そしていらいらを募らせるということにつながる。
甲状腺機能亢進症または低下症のために仕事の成績が思わしくなかったり、あるいは甲状腺機能亢進症が思考や理性に及ぼす有害な作用のため失業することさえあり、さらに自尊心を失う。経済的安定や経済的な責任の問題が生じてくることが多く、それが関係を維持する上でより一層の重荷になる。多くの患者は職を失うまいとして、自分の注意力と残っているエネルギーのほとんどを業績を維持するために注ぎ込みます。これは脳に対する大変な重荷となり、患者が感情的にも身体的にも私生活の責任を果たせなくなるために、家庭で怒りを爆発させるという形で現れることになる。それが配偶者や家族に影響。
9 非常な怒りやいらいらが暴力を招くことがあります。
「自分の感情との絶え間ない内面の闘いが起きていました。私には寛容さも忍耐力もありませんでした。自分のもともとの性質が気前がよく、世話好きで、親切、そして寛容で、基本的におおらかだったのに、それがまったく反対の性格になってしまったら、うまく対応することなんてなかなかできることではありません。私は意地悪で、嫌な人間になりました。そして何で自分が不幸せなのかわかりませんでした。私は発作的に癇癪を起こし、暴力をふるいました。本当に誰かを殺していたかもしれません。」(高葛藤の妻の場合、妻の暴力は良く出てきます。離婚事件などで、暴力の回数はどちらかといえば妻が暴力をふるう回数のほうが夫が妻や子に暴力をふるう回数よりも多いような気がします。けがをするのは女性のほうが多い。これは、女性の力が弱いということが理由だけではなくて、男性のほうが他人の自分に向けた暴力に適切に対応しているからということに理由があるようです。女性は力が弱くても、刃物などの武器を使うため、危険度においてはあまり変わりはありません。男性は、怒りをためてというよりも衝動的な暴力が多いですね。これに対して女性は、男性が無防備な状態、酒飲んで寝ているとか、の時に押そうということがよく見られます。怒りの構造を表しています。つまり、怒りは危険に対する対応なのですが、「勝てる」と思わないと怒りの感情は持ちにくいようです。)
10 甲状腺機能亢進症のために、他の人が矛盾し、道理に合わないと思うような行動をとることがあります。
「何で彼はそんなにピリピリしてるんだろう。何で急いでいない時にも大急ぎでどこかへ行かなければならないんだろうね」彼女はこう言いました。「ハイウェーをまるで救急車のように飛ばすんですよ。まるで気が狂ったみたいに振る舞うし、何でもかんでも早くなくっちゃだめなんですよ」
ポール(患者)によれば、「自分の性格がほんとにすっかり変わってしまいました。まったくリラックスできないところまで行ったんです。家でだってそうです。ソファーに座っていることさえ我慢できず、何かせずにはいられませんでした。そうでなければ気分が揺れ動いて、ちょっとしたことでもかっとなるんです」ポールのケースは、精神錯乱と極端な性格の変化として一般的なもの。
配偶者にごく普通に見られる4つの反応
甲状腺ホルモンバランスの乱れがある人から配偶者が離れていくことがあります。
<患者の配偶者の典型的な反応> =遠ざかる= : 最初は問題を避けようという気持ちを反映している。(そうですね。争うことが怖くなるようですし、疲れてしまうようです。)
<遠ざかる配偶者の行動に対する患者の反応> : 思いやりや理解、および共感がないことだと認識し、配偶者が無関心だという言葉で言い表す。甲状腺ホルモンバランスの乱れにより生じた自尊心低下のため、患者はより一層の怒りを感じ、自分の問題の一部は相手のよそよそしい行動のせいだと思うことがある。(その背景には、自分が見捨てられるという不安が大きいと感じます。)
配偶者が甲状腺の病気に関係した性格の変化を受け入れようとせず、怒りと非難で反応する場合があります。
これは大抵、争いをエスカレートさせます。(でも通常こうですね。)配偶者が言ってはならないことまで言うことがあり(双方でしょうね)、それが患者の自尊心の低下をさらに悪い方に進める。患者はわざと口喧嘩の原因を作り出していると非難されることがある。この夫は自分の妻(患者)の感情の変化は甲状腺の病気のためであるということを知り、心理療法士のところに行くのを止めた。そして、彼は理解を示し、柔軟に思いやりを持って接するようになった。
配偶者が対応できず、落ち込んだり、不安になることがあります。
妻に甲状腺の病気があると、夫が不安になったり、何とか理解しようと努めたり、あるいは物事を徹底的に話し合おうとすることもある。カウンセリングを勧めることさえある。
時には、ごく基本的な意志の疎通さえ問題となることがある。
夫婦にあらかじめ問題が存在している場合、これらの問題が甲状腺ホルモンバランスの乱れが入り込んでくることで、さらに悪化することがある。
診断後の夫婦関係(第2期)
一旦、病気の診断 = 問題の原因が見付かったことで安心。
甲状腺ホルモンバランスの乱れの治療で、感情的ストレスや罪悪感、および精神的影響が徐々によくなっていく。しかし、診断後も、甲状腺の病気の複雑さやその治療によりますが、数ヶ月、あるいは何年もの間余波が残ることがある。
配偶者が知っておく必要があること
甲状腺疾患に罹っている多くの人が、診断がつき、治療を受け始めた後に配偶者から支えと理解を得ることの重要性を指摘。ある甲状腺機能低下症の女性はこう言いました。「私が医師の診察を受け、診断がついたら、それから夫が思いやりを見せ始め、支えてくれるようになりました。彼は私を寝かせてくれるし、息子を側に行かせないようにしてくれました。でも、診断がつく前はそうではありませんでした。これには本当に助かりました。おかげで治りが早くなりました。口論も止んでしまいました」
患者はまだ以前のようではないため、配偶者の支えと理解が回復には欠かせない。患者はまだ不安や気分の変動、怒り、またいらつきを適切にコントロールできない。
本記事は田尻クリニック様のホームページに掲載されているhttps://www.j-tajiri.or.jp/
「書籍の翻訳」の中の「甲状腺の悩みに答える本」の読書ノートです。
• 原題と著者は、[The thyroid solution] by Ridha Alemです。



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甲状腺ノート(非医療関係者)1 甲状腺ホルモンバランスの乱れ [進化心理学、生理学、対人関係学]



この章は、精神症状など本来の原因が甲状腺ホルモンバランスの乱れにあるのに、それを見過ごす医療機関の問題を中心に論じられているようで、総論的な章のようです。さあ、甲状腺についてのトレーニングをはじめよう!みたいな。

甲状腺ホルモンバランスの乱れは、ささいなものでも、精神的、身体的健康に、つまり人間の生活に重大な影響を与えることがある。しかし、甲状腺ホルモンのバランスの乱れは、本人が自覚できるものでもないし、医師ですら見過ごすことがある。
疲労感、いらいら、暑い、寒い、うつ、パニック、皮膚や髪、体重の増減等、色々な症状を起こす。(実務的には、家族が信じられなくなったり、些細なことが許せなくなったりするということが、甲状腺ホルモンバランスの乱れが原因の場合があるとのことです。)
この甲状腺ホルモンバランスの乱れによる影響は、治療を受けた後も名残のような症状が残る場合がある。(数値が正常になっても、異常な怒り、家族や友人のちょっとした欠点や失言が許せない、うつや記憶の欠落というのも離婚事件を担当していると確かに目にします。)

(甲状腺ホルモンバランスの乱れがある、あるいは過去にあった方に、お医者さんとのかかわりを尋ねると、そのような検査の数字以外のことについては尋ねられたことはないため、自分のそのような状態が甲状腺ホルモンバランスの乱れによって起きるなんてことは思いつきさえしないようです。だから、患者さんは、甲状腺の問題で起きている自分の生活上の困りごとをお医者さんに相談しようとはしません。精神症状が激しくなった場合にのみ、精神科を紹介されるようです。しかし、生活上の困りごとのレベルで精神科を受診する方も少ないでしょう。いったい誰が、生活上の相談に乗るべきなのか、誰もいないことになってしまいます。医学的訓練を受けた相談者が相談し、医師にフィードバックする仕組みがあると良いのだろうとは思いますが、それは誰がするのでしょう。)

 精神科の中には、症状に対処する投薬をするだけの治療が行われることがある。本当にしなければいけないのが、甲状腺ホルモンバランスの乱れに対する対応であり、そのための環境の整備であるのに、それを看過した投薬によって症状が悪化することもある。
<過去の甲状腺の問題に対する扱い>
19世紀、甲状腺の病気と精神症状は別物であり、どちらが原因でどちらが結果かということが議論されていた。但し、感情的問題との関連性は意識されていた。本来甲状腺の病気として治療しなければならない状態を精神疾患として治療をしていたこともあった。
 その後、甲状腺の活動低下によって、身体的、精神的変化が引き起こされるという症例報告。これ以来、甲状腺ホルモンが体の機能を司ると同時に、気分や感情、およびその他の多くの脳機能を司るホルモンだと判明。甲状腺ホルモンの量の増減が関心事になってきた。
むしろ現代になって、精神との結びつきが軽視→甲状腺疾患を単なる身体的症状を伴う分泌腺の病気だと見る傾向。
多くの医師は、甲状腺ホルモンバランスの乱れの結果起こる身体的、精神的影響の重大さを過小評価するため、患者は精神的に苦しみ続けることがある。患者が正しくも、自分の忘れっぽさや気分の浮き沈みを医師に質問をすると、些細なことをしつこく尋ねるということで、子ども扱いされたり、馬鹿にされたりして、その結果、患者は自分が孤立してしまっていると感じる。
(私のような素人からすれば、操作的診断方法と呼ばれる現在の精神科の診断方法が、症状の原因を深く探求せず、症状に対応する投薬を行うという陥りやすい弱点があるのではないかと感じています。本当は甲状腺疾患であるのに、そういう原因を探求せずに、簡単に症状の解消の結論だけを指示するということがあると述べられています。)例えば甲状腺機能の低下によって体重が増加したにもかかわらず、医師の処方は所持制限と運動だったというように具体的な例が豊富に述べられています。
(特に私の業務分野において見過ごせない記述が、「明らかにうつ病に向かわせるような理由がある場合-難しい離婚やストレスの多い仕事、あるいは個人的な問題のような-医師はうつ病の原因あるいはその原因となるファクターとして、甲状腺機能障害を考慮することはあまりありません。」というところです。この結果、症状を与えているのが、家族だということで、家族に対する嫌悪の感情が強く、固定されてしまうのです。お医者さんですらそうなのですから、夫婦問題の相談機関などが安易に「それは夫のモラハラだ」と言ってしまうのかもしれません。しかし、それが国や地方自治体の機関の場合は、やはり早急に改めることが必要であると思われます。
相談するべきは、夫婦問題の相談機関ではなく、医療機関だったケースが山ほどあるように感じています。医療機関に行かなければ、その不安は良くなるはずがないのです。)
精神的な問題だとして精神科を受診することがあっても、精神科医はなかなか精神症状の原因を身体疾患に求めない傾向がある。
<治療によって改善された例>
彼女はこう言いました。「少しずつ目が覚めて、気分がよくなり始めたみたいです。ふらふらしたり、何かに追われている感じがしなくなりました。ちゃんと食べるようになりましたし、もっと活動的になり、中程度の運動もしています。そして、30ポンド(13.5キロ)もやせたんです。主人と私はダンスに出かけました。そしてまた私の友達と再会したのです。皆どこに行ってたのと聞きました」
 患者は、自分の症状、特に精神症状を自覚することが困難。自覚してもそれを言葉で表現をすることも難しい。それに輪をかけて、医師との対応で、精神症状を話さないことが賢明であるということを患者が学んでしまうという事例。また、精神疾患ではないという努力をしてしまう。(これについては、うつ病についても、最近言われていることを目にしますし、うつ病患者さんと話しても皆さんこういうことはおっしゃいます。普通のふりをすることが大変なエネルギーが必要だとおっしゃいます。この本では家族から馬鹿にされることを恐れるのだと記載されていますが、何人かのうつ病にり患している依頼者と話していると、むしろ憐れみを受けることを恐れているようです。あくまでも普通に接してもらいたくてうつ病を隠すということをおっしゃっています。職場の中には、健康状態が良好であることが必要な職場もあります。医療機関を受診すると職場に報告する仕組みがあったのです。このため、私の担当した事件では、うつ病の治療を受けることができず、自死に至ってしまったという方もいます。)
精神疾患だけではなく、心臓疾患と間違われるケース、婦人科疾患、更年期と間違えられるケース。(症状が一緒でも、原因が違う場合は、的外れの治療になる場合もあるでしょうから、なるほど良くならないだろうな思います。)
ジェンダーバイアスによって甲状腺ホルモンバランスの乱れが見過ごされる。甲状腺ホルモンバランスの乱れは、圧倒的に女性の方が多い。女性が自分の症状を医師に事細かに告げると、女性特有の愚痴として扱われてしまい、原因を探求しようとしない態度。患者によれば、「先生達は私が女性だからという理由で、徹底的に診てくれることはなかった」。(夫婦問題の相談機関で、不安を口にしただけで、「それは夫のモラハラだ。」という相談者と極めて似ていると思います。)
甲状腺疾患対するトレーニングを医師はもっと積むべき。
甲状腺の簡単な触診は甲状腺の病気の存在の手がかりを見付けるためにきわめて重要。人口のおおよそ5%に非中毒性甲状腺腫(甲状腺機能障害を伴わない甲状腺の肥大)があり、別の5%には触診で触れる甲状腺結節(シコリ)があり、その一部には甲状腺がんが潜んでいる可能性がある。触診により医師は甲状腺のサイズと硬さを評価することができまる。不活発な甲状腺の症状がある場合、甲状腺腫がその患者は甲状腺機能低下症を起こす橋本病に罹っているという手がかりを与えてくれる可能性がある。この病気では、甲状腺が大きくなり、軽度の圧痛があることがきわめて多い。
頻脈や神経質、不安、興奮、および最近の体重減少などがある患者では、甲状腺の診察により、バセドウ病による活動し過ぎの甲状腺と一致する甲状腺腫が見付かることがある。
不活発な甲状腺であるかどうかを確かめるには、TSH(甲状腺刺激ホルモン)の検査。これは甲状腺の機能を司る脳下垂体のホルモン。血液中の甲状腺ホルモンレベルを測るよりも、はるかに信頼性の高い不活発な甲状腺の検知法。
T4検査(これは甲状腺で作られる2種類の甲状腺ホルモンの一つであるT4のレベルを測定するもの)
「どこも悪くないと言われたことで、私は自分の頭がおかしいんじゃないかと思ってしまいました。私の体に起こっていることが本当のことではないと言って、私が感じていることを否定しようとする人がいたのです」後に内分泌病専門医によりTSHレベルの測定が行われた際に、彼女は甲状腺機能低下症であると診断されたのです。
本記事は田尻クリニック様のホームページに掲載されている
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原題と著者は、[The thyroid solution] by Ridha Alemです。


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人間関係があるところ秩序があり、秩序への迎合がある 迎合三部作完結編 [進化心理学、生理学、対人関係学]

前々回に少し無理してロサンゼルス暴動の分析をまとめたことは
有意義な結果となりました。
これを前回の記事で、いじめの問題に応用する試みをしましたが、
私なりには成功したと思っています。

「人間関係があるところに、
秩序に向けた個人個人の迎合がある」という
一般理論の構築を意識していたもので、
他の問題もこの迎合の理論で説明することを
射程に入れながら記事を書いていました。

<官僚の不祥事と組織の秩序への迎合>

例えば、官僚の不祥事にもきれいにあてはまると思います。
公文書を廃棄したり、権力者に忖度したりというのも
これまでは官僚の保身にその原因があるということで
それなりの批判がなされていました。

しかし、これは自分の上司やその頂点にいる首相に対して
こびへつらっているということでは
説明しきれないように感じています。

官僚たちは、自分の保身を主たる目的にして行動していたのではなく、
主観的には、「行政という秩序を維持している」という意識、目的があり、
義務感、正義感を抱いて行動していた
と考えるとわかりやすいように思われます。

省庁や地方自治体の幹部役員は
とてつもなく高学歴で、相応のキャリアを積んだ方々です。
それなのに、普段接していると、腰が低く、物腰も柔らかい
立派な方々が多くいらっしゃるという印象を持ちます。
ところが、自分の属するトップに対しては
「どうしてそれほど」というほど高く持ち上げます。
その人がそこにいないのに、
そこにいるのは私のような部外者だけなのに
心底尊敬しているような口ぶりをするのです。

どうもお役人というのは
役所の秩序を最優先する人が多いようです。
そして秩序を形成するために、
トップを高く奉ろうとするものみたいです。
迎合の的はトップのように見えますが、
実際は秩序を維持しようとしているように思われます。

だから官僚の不祥事の多くは
主として自分の利益を守ろうとして行うものではなく、
秩序を維持するために、自分が犠牲になるという
そのような妙な正義感から行動しているようなのです。

ただ、もちろんそれが正しいことではありません。
正しいことかどうかということよりも
秩序を守ることを優先してしまう性質を
人間が持っていることの現れです。
それが、教養があり、人間的にも強靭な人でさえも
抵抗できない誘惑だということの象徴が
官僚の不祥事だと私は見ています。

<群れの秩序に迎合する人間の源流>

善悪よりも秩序を優先することがはっきりする場合は、
自分たちに危機が訪れていることを
共同体がみんなで感じている場合です。

これは人間の心の性質のことですから
心の発生当時の約200万年前のことを思い浮かべると
簡単に理解できます。

当時は、道具も大したものはなく、火も使わず、
言葉もない時代でした。
人間はたいそう無防備で頼りない生き物でした。
このために、群れを作ってお互いを守りあって生きてきたわけです。

言葉もない時代にどうやって群れを作って守りあったかというと
群れを作ることに都合の良い本能をもっていたからだと考えます。
群れの中にいたいという本能
群れから外されそうになると感じると不安になる本能
弱いものを守ろうとする本能
共感する脳の力
そして弱い者を守ろうとするときの勇気でしょうか。

こういった本能や生物的能力は現代に引き継がれていますが、
当時は生まれてから死ぬまで原則として一つの群れで生活したので
このような本能や能力がとてもよく環境と適合していたのですが、
現代社会はさまざまな群れに同時に帰属しなくてはならないという
環境の変化があったために様々な不具合が生じているわけです。
(対人関係学のHP[心と環境のミスマッチ詳論]
http://www7b.biglobe.ne.jp/~interpersonal/concept.html
に詳しく書いています。

さてそのような時代に感じる危険のポピュラーなものは、
肉食獣に襲われそうになっているという場合でしょう。
進化の説明をするCGなどでは、
人類の祖先が、簡単に肉食獣に襲われて
群れの仲間は簡単にあきらめている姿が描かれています。
私は、この解釈に反対しています。

おそらく、群れが一丸になって
襲ってきた肉食獣に対して
襲い返していたと思います(袋叩き反撃仮設)。
「ネット炎上、いじめ、クレーマーの由来、200万年前の袋叩き反撃仮説」
https://doihouritu.blog.ss-blog.jp/2018-06-19

肉食獣に対抗するためには、
むしろ襲われにくくすることが肝心で、
そのためには群れが結束していることが必要になります。
一体として、一個の生き物のようにふるまうことが
襲われにくくなるための唯一の方法だったはずです。

言葉もない時代に群れが一体化するためには、
群れの誰かが行動を提起したら
それに無条件に従うことが必要です。

手巻きをして仲間を密集させる「最初の行動者」
「最初の行動者」の行動に反応して
他の仲間を促して密集ポイントに誘う「最初の行動者に準ずる者」
そして、それらの誘導に従う「一般」
それぞれが、自分の役割を瞬時に悟って
率先してその役割を果たそうとする
こうやって群れが一体の動物として動くことができるわけです。

善悪なんて余計なことを考えていたら
肉食獣の犠牲になってしまいます。
群れが完全崩壊する危険さえあります。
だから必死になって迎合しているわけです。

現代の組織論などを参考にすると
「最初の行動者」と「最初の行動者に準ずる者」を合わせて
群れの2割から3割くらいの人数に過ぎず
7割から8割はい「一般」の人だったのかもしれません。

一般の人は自分の意見を殺して
2~3割の人間の行動に積極的に従った
いやいや従ったのではなく
生き残ろうとして従うわけですから
服従ではなく迎合という言葉が近いと思うのです。

「最初の行動者」や「最初の行動者に準ずる者」は、
生まれながらにそういう性質を持った人間でしょうが、
群れ全体の中の役割を敏感に察して行動する場合もありそうです。

誰が威張っているという時代ではなく
食料などは完全な平等を貫かれていたということなので、
従うということに何らへりくだる要素を感じる必要もなかったのだと思います。
全員が自分の役割を積極的に果たして
群れの犠牲者を出さないようにしたはずです。

これが群れに協調するということです。
どうやってそのような技を人間が身に着けたかというと
初めからそういう能力を持っていたという偶然なのだと思います。
たまたまそういう能力を持っていたから生き残ったのであり、
そういう能力を持たなかった自由人たる個体は
厳しい自然環境に適合しないでほろんだということになると思います。

私たちはそういう適合した人間の子孫ですから
どうしても秩序に迎合してしまう特性を持っているわけです。
しかしその中にも、もともと「最初の行動者」の
血を濃く引き継いだ人たちも生まれるわけで、
秩序に迎合しようとしない人たちということになるでしょう。

現代社会は、様々な群れにおいて
「一般」の人たちの割合が多くなってしまっていて
「最初の行動者」が排除されてしまう傾向があるように感じられます。
しかし、「最初の行動者」が尊重されている群れは
とても強い群れになり、
尊重されていない群れはとてももろい側面を持っていると
いうことになると思います。

<その他の秩序への迎合例>

これまでこのブログで迎合例をいくつか書いています。
両親による児童虐待の例は、
この迎合の理論がよくあてはまると思います。
年齢の割に強すぎる言動でのかかわりを
どちらかが夫婦の間の秩序に迎合して容認する
結果として虐待行為がエスカレートしてしまう。

私が少しかかわった事例でも
離婚後の母親が、娘の性的虐待を
事実としては認識しているのです。
でも、それが新しいパートナーの行為だということを
どうしても認めようとしなかった例があります。
頭ではわかっているのに、気持ちでは否定しようとする
そういう現象だと解釈しました。

そもそも配偶者からの虐待を
第三者に助けを求めることができないことも
迎合の理論で解釈できるのかもしれません。
夫婦という共同体に第三者から介入されることを
無意識に避けているのかもしれません。

パワーハラスメントなんて言うのも
迎合の理論で考えるとわかりやすいですね。
会社本部の設定したノルマの達成を最優先し
つまり会社の秩序に迎合して
従業員に対して罵倒してでもノルマを達成させようとする
そういう場合にパワハラが生まれることがあります。

パワハラを受けている同僚を見て見ぬふりをするのも
こちらが攻撃されることを恐れてというよりも
できてしまっている秩序を壊せないという
心理的プレッシャーがあるというほうが近いようです。

フェイスブックなどで
誰か政治的なリーダーみたいな人が記事を上げると
反対派に対して罵倒するコメントが並びます。
これなんかも典型的な迎合行為ですね。
アンチ権力という共同体ができていて
その共同体の趣旨に反しなければ
安心してコメントを出して、
賛同が得られることに喜びを感じているのでしょう。

最初に記事をアップした人と比べて
コメントは気が利かない極端なものが多いのも
積極的に迎合した結果なのでしょう。
共同体の秩序に沿ったものになっていますが、
通常は共同体の外にいる人が
そのコメントに賛同することはほとんどないようです。

多くの政治的な思想の共同体の構成員ができれば
有力な野党ができるのだろうと思います。

与党になるためには、それだけでは足りないようですが、
共同体が形成され、迎合の理論が通用していることには
変わりがないように感じます。

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いじめによる被害は想像するより深刻である一つの理由。「深刻ないじめ」とは「いじめ共同体」という秩序を形成することが本質であること。 [進化心理学、生理学、対人関係学]

普通の子どもの行動がいじめになり、普通の子どもがいじめを傍観して、いじめのターゲットが自死に至るような「深刻ないじめ」が起きてしまうメカニズムを説明します。
目次
1 からかいが「深刻ないじめ」に育ってゆく流れ
2 いじめ共同体という秩序
3 いじめの被害の本質、深刻な被害はどのように起こされるのか
4 なぜ、その人は、いじめのターゲットになるのか
5 いじめを深刻にしない方法

1 からかいが「深刻ないじめ」に育ってゆく流れ

 どんな深刻ないじめも、初めから強烈な攻撃が始まるわけではありません。もし初めから理由なく強烈ないじめが起きたならば、あからさまに悪い加害者が悪いことをしているのですから、さすがに大人が適切な対処をするでしょう。どんな「深刻ないじめ」も、最初は、いじり、からかい、ちょっとした悪口などがから始まります。いじめの第一歩は、どこの学校でも、習い事でも、スポーツ少年団の中にもあるありふれたこととして、日々起こっています。そして、多くは「深刻ないじめ」に発展しません。
「深刻ないじめ」につながる「最初の行動」を行った「最初の行動者」は、からかったことに対する周囲の反応を気にしています。例えば、「なんだお前、ズボンからシャツが出ているぞ。」ということを言ったことで、周囲から自分が否定的な評価を受けるのではないかと思っているはずです。例えば「こっそり言えばいいじゃないか。」、「そんなこと言わなくてもよいじゃないか。」、「俺は言わなかったよ。」、「自分だってだらしなく服を着ているだろう。」、「お前は先生か。」等々です。実際こういうツッコミがあって「深刻ないじめ」に発展しないで終わることが多いでしょう。
「深刻ないじめ」に発展する場合は、ここのポイントであいまいな容認が行われているようです。積極的に同調することがなくても、あるいは言葉では「そんなことを言うなよ」と言ったとしていても、目が笑っていたり、うなずいていたり、「最初の行動者」からすれば、自分の「最初の行動」が、容認された、ウケたなどと肯定的な評価を得た感覚を持つ事情があるようです。
この容認の後で、ターゲットが再びからかわれるすきを見せると、一度容認されたという経験を持つ「最初の行動者」は、第1回目のからかいよりもターゲットに対する強い行動をします。言葉や身体的接触は強くなり、行動時間は長くなります。
ここでも、誰かが、「最初の行動者」に否定的な評価を加えることをすれば、例えば「もうやめろよ」とか「それはしらけるよ」とか言ってしまえば、「深刻ないじめ」にはつながらないのです。それをしなければ、この段階でも自分の行動が容認されたという体験が重ねられてしまい、だんだん自信が積み重ねられていくわけです。そのうち、自分が、ターゲットをからかう集団の中での役割を与えられたという意識が芽生えてくるようです。周囲から行動を期待されているという感覚です。そうなると、ターゲットが落ち度を見せなくても、無理やり理由をつけて、攻撃を繰り返していくようになるのです。
それにしても、どうして罪もない他者であるターゲットを攻撃するのでしょう。一般に他者を攻撃する場合は、「自分を守る必要性」を感じていることが背景にあります。自分が何らかの危険にさらされている場合、不安を感じるわけです。動物は、不安を感じると不安を解消したいという要求が起きます。この不安解消要求に基づいて逃げる行動と戦う行動のどちらかを選択します。原則は逃げる行動ですが、相手と戦った場合は勝てると思ったり、仲間を守るために戦わなくてはならないという意識を持ったりしたときは、逃げないで戦うことを選択します。いずれにしても、戦う行動をする場合は、まず不安を感じているわけです。自分が攻撃されている、安心できない状況だという不安の意識です。この不安を解消するために他者を攻撃するのです。それにしても、これだけいじめの問題がありふれた問題になっているということは、現代日本の子どもたちの多くが何らかの不安を感じているということになります。国際機関は、日本における過度の受験競争を指摘しています。いつの時代にも大学受験はあるのですが、受験競争の意味合いが、激しさが、例えば昭和の年代とはかなり異なっているようです。ある大学の医学部の偏差値が、30年前よりも10以上も上がっています。有利な職業に就くための競争が激しくなっているのです。30年前には、大都市圏にしかなった中学受験が一般的になりました。中高一貫教育は、子どもたちにゆとりを与えているのではなく、受験対策を小学生やそれよりの下の世代まで早期化しているだけのようです。ブラック企業、リストラ、派遣、有期雇用、無保険者などのキーワードがマスコミや漫画などを通じて直接、あるいは、親の焦燥感を通じて間接的に、子どもたちに伝わっているようです。子どもたちは、危機意識をもたされ、緊張感が持続しているようです。
子どもたちは、持続する緊張から逃れたいという不安解消要求を持ちますが、子どもたちにとっては、不安を解消する手段は見つかりません。そうすると、ますます不安解消要求が大きくなってゆくのです。
このような状態のときに、誰かをからかったり、攻撃することで、緊張が一時的に和らいだり、忘れたりするという体験をしてしまうとどうなるでしょうか。誰かを攻撃することによって、一次的に、解放されたような快い気持ち感じているのかもしれません。ターゲットに対する怒りは、不安を解消するために選択した攻撃の感情なのです。攻撃をすることによって怒りの感情を持ち、怒りの感情を持つことによって、自分の不安を解消するのです。これがいじめの「八つ当たりの構造」です。
この「八つ当たりの構造」が、「最初の行動者」、「最初の行動者の取り巻き」、「一般傍観者」で共有されることによって、深刻ないじめが完成されます。彼らは、すべて同じような不安を共有しているのです。

2 いじめ共同体という秩序

この「深刻ないじめ」の完成を秩序の観点からみていくことは、いじめとは何かについての理解を深めます。
「最初の行動」が起きたときは、秩序は一般の社会秩序、学校の秩序の中にあったはずです。ところが、最初の行動の後で、いじめが繰り返されて攻撃性を高られてしまい、それが名誉を侵害する言動、暴力、物を壊す行動、物を隠す行動という行為が現れた段階では、犯罪ですから、一般の社会秩序に反する行動をしているわけです。しかし、それが大勢からとがめられることがないという段階に入ると、「いじめ共同体の秩序」が生まれていることを意味します。子どもたちの行為は無秩序に、ゲリラ的に行われているように見えますが、そうではありません。行動する人、積極的に加担する人、容認する人という役割分担が生まれてきます。それぞれが自分の役割感をもち、その役割を遂行することで「いじめ共同体」の秩序が形作られているのです。いじめの「ターゲット」以外のその場にいる人間たちの共同作業が行われていると言って良いと思います。人間は、何らかの共同体に帰属してしまうと、その共同体から離れまいとする無意識の行動をしてしまいます。群れを作る動物である人間の性質です。その行為が良い事か悪い事かなどの判断より前に、共同体の秩序に従おうとしてしまうのです。秩序に迎合しようとしてしまう動物のようです。
「最初の行動者」のターゲットをいじめる役割感というものも、この秩序を維持しようとするという人間の本能から生まれるものだと思います。
「最初の行動者のとりまき」の役割に基づく行動は、「最初の行動者」のエスカレートした行為を強く否定しないことから始まります。なぜ、強く否定できないのでしょう。意外なことにそれは仲間に対する優しさなのです。一般社会秩序から見れば、「最初の行動者」が悪いことをしていることは明らかです。しかし、悪いことを悪いと評価して、否定的な言動をすることは、「最初の行動者」と「最初の行動者のとりまき」との元々あった秩序を壊すことになります。これを恐れて否定的な言動をできないようです。ある意味、仲間をむやみに責めない、否定しないという健全な感覚がゆがんだ形で表れていると言えると思います。「最初の行動者のとりまき」の承認行動は、「最初の行動者」に対する優しさ、寛容なのです。それは「ターゲットに対する冷酷な仕打ち」ということを同時に意味します。これを読んで眉をひそめる大人も多いことと思います。しかし、仲間に対する優しさが、同時に仲間以外に対する不利益になるということは、現代社会に一般的にみられる現象です。現代社会の複雑さということはそういうことなのです。人間は、一方に肩入れしてしまうと、他方の利益を同時に考える能力は乏しいようです。そのために、自分の肩入れをしない方の落ち度を探し出すということを無意識に行い、精神的なバランスをとっているようです。
さて、一度、大事な出来事でいじめの端緒行為を追認してしまうと、「最初の行動者のとりまき」たちも、秩序を維持する方向で行動するようになります。単に「最初の行動者」のからかい行為を笑っているだけでなく、自分も攻撃に参加するようになることも多く見られます。それは、「最初の行動者」に対する優しさ、同調であることが多いと思います。「ターゲット」をいじめたいからいじめるのではなく、いじめることが面白いからでもなく、そういう秩序に沿った行為をしなくてはならないという義務感すら感じて行動しているようです。
「最初の行為者」と「最初の行為者のとりまき」のあいだで、「いじめ共同体の中核的秩序」が生まれたことになります。そうやって複数人の間で秩序が形成されてしまうと、その雰囲気、秩序を守ろうとする雰囲気はその他の傍観者たちにも広がっていきます。よく、なぜ傍観するのかということの答えとして、「注意すると攻撃が自分に向かうことを恐れて傍観する」という表現が使われます。しかし、実際傍観していた人に話を聞くと、それを認めようとしない人が多いのです。傍観者たちにも「ターゲット」がかわいそうだという気持ちがあるし、攻撃者に対する怒りもありながら、介入して「ターゲット」を守ることしません。自分への攻撃がいやなことは間違いないのですが、それだけで傍観しているわけではないようなのです。それではどういうことなのでしょう。傍観者たちの話を総合すると、「最初の行動者」と「最初の行動者のとりまき」が、その「場」の秩序を作っているため、自分が介入することによって、自分がその秩序に反する行動をしてしまうということで、介入ができなかったようなのです。秩序に消極的にでも迎合してしまった結果、介入をしないばかりか、事後的なフォローとしてのターゲットに対する声掛けもできなかったようです。すでにでき始めた秩序、ターゲットを攻撃するという秩序に消極的に迎合することが傍観なのです。
しかし、どうしても疑問が生まれます。学校という閉鎖空間にいるとしても、もちろん殺人や窃盗が悪いことだという知識はありますし、実際にそれを行えば警察に捕まるということは知っているはずです。大きく言えば一般社会秩序の中にいることも間違いがありません。それなのにどうして、簡単に一般社会秩序違反を気にしないで、「いじめ共同体」の秩序に従ってしまうのでしょうか。
一番に考えなければいけないことが、子どもたちが一般的社会秩序に恩恵を感じていないという可能性があることです。社会は、自分たちを安心させないで、緊張を強いる、恐怖を感じさせる、不利益を与え続けるという意識があるということです。一般的社会秩序を守るより「いじめ共同体」の秩序を守ったほうが、自分は守られると感じていることになってしまえば、その子どもたちにとっては一般的社会秩序は存在する力を失うでしょう。ちょうど、学校をドロップアウトして行き場のない若者たちが、徒党を組んで非行行為をする場合があり、つまらないことで対抗グループとの死闘が行われることがあります。一般社会秩序を守ろうという意識はとても低いのですが、仲間の一大事から自分だけ逃げることによって非行グループの秩序から逸脱することのほうが怖いようなのです。同じような心理状態なのかもしれません。
このような社会による心理的圧迫、生きづらさ、あるいは緊張とその解放要求という心情を共有することで、一般社会秩序を逸脱した行動の仲間である「いじめ共同体」の形成を容易にしているのだと私は思います。自分に緊張と不安を強いる社会の中で、いじめ共同体の中にいるということで、つかの間の休息を得ているような印象を受けます。
このように、いじめを傍観するのは、すでに形成された秩序に迎合するという理由と、傍観者が自分自身の不安を解消しようという自分の心理的事情があることになります。誰かが攻撃されていると、攻撃されている子どもよりも、自分は優越的地位に立っているという意識をもつことによって、不安が一時的に緩和されるという効果もあるかもしれません。
悪いことなのに、悪いと言わないでいじめを放置するもう一つの理由は、慢性的不安による思考能力の低下という問題もあります。
先ほども述べましたが、怒りは自分の何らかの不安、危険意識を解放させるための行動である「攻撃」に伴う感情です。先行して、不安感、緊張感の持続があったわけです。不安感、緊張感、怒りという生理的現象がおきると、複雑な思考をする能力が著しく減退します。分析的な思考ができなくなります。二者択一的な思考になったり、これをすれば将来どう言うことが起きるということを考えなくなったりします。他人が自分の行為によってどのような感情になるか、今彼はどのような気持なのかということについては脳が動かなくなるのです。ターゲットの感情は気にならなくなるので可哀そうだという気持ちは強く感じられません。このままいじめが続くことによって自死や不登校などの事態になるなんてことは頭の片隅をかすめることができれば優秀な脳ということになるでしょう。二者択一的な思考は、いじめ共同体に自分も入るか、いじめられる方に味方するかという問題提起を自分に行うことで精一杯になってしまうようです。大人と相談していじめを穏便になくそうということは、はじめから選択肢に入っていないのです。
また、怒りは、自分に不安を与えるものを攻撃して存在を消去することによって不安を解消しようという性質を持ちます。怒りがこのようなシステムを持っているために、一度怒りの感情に火が付けば、ターゲットを完全に消去しようとする傾向があることになります。途中でやめることができないシステムです。怒りはいじめをエスカレートする性質をもっています。
「いじめ共同体」は、社会的な存在としての生きづらさという感情を共有しますが、さらにいじめが進行していくうちに、いじめをしたことの後味の悪さ、発覚したときの不安を共有していきます。これはいじめをやめる方向には向かわせず、「いじめ共同体」の結束こそを強くします。いじめはエスカレートするようにできているわけです。
なかには、いじめがエスカレートした段階でも、いじめに反対して抗議する子どももいます。「いじめ共同体」の秩序に入らない子どもということになります。こういう子どもは、もともと、一般的な子ども同士の共同体秩序にあまりなじめていなかった子どもたちであることが多いようです。人間の多くは、その秩序が一般的な秩序からみて正しかろうが間違っていようが、秩序に迎合していくものです。いじめを止めるか否かは、正義感の強さということもあるでしょうが、正義感よりも共同体秩序に迎合しない個人の性質というものが決め手になっているような印象を持ちます。今、学校では、こういう変わり者は冷遇されているようです。これがいじめがだれにも止められない原因になっているように感じます。そういう子どもが、教師から冷遇されているので、「いじめ共同体」を構成する子どもたちから、いじめに対する抗議というまっとうな意見なのに賛同を得にくいのです。

3 いじめの被害の本質、深刻な被害はどのように起こされるのか

 これまでみてきたとおり、「深刻ないじめ」は「いじめ共同体」による組織的な行為です。共同体による行為というよりも、「いじめ共同体」が作られることで完成します。いじめのターゲットは、いじめの初期段階では、いじめられているのに笑顔を見せていることがよく報告されます。この理由も簡単です。笑うことで、自分に対するいじめを容認して、自分も共同体の一員だということをアッピールしているのです。大変痛ましい現象だと思います。
 ターゲットにとって、「深刻ないじめ」によって深刻な影響を受ける理由は、悪口を言われた衝撃でも、暴力を受けた痛みでもありません。怖いから学校に行きたくないということでも、痛いから学校に行きたくないというわけでもないようです。心の痛みの一番の原因は、自分が「いじめ共同体」の外に置かれたことです。
 先ほど述べたように、「最初の行動者」のいじめ行為が、「最初の行動者のとりまき」によって承認されるのが、その仲間内のやさしさが原因であると言いました。それは同時に、自分という存在を否定されていることです。その場にいるターゲットは、そのことを肌で感じ取るわけです。悪いことをした「最初の行動者」が許され、やさしさの対象となるのに、悪いことをしていない自分が否定されることが容認されるということです。それは、精神的にパニックになってもおかしくないでしょう。いじめ行為によって傷つく以上に、いじめが容認されたことによって傷つくことは当然です。
自分以外の自分の周囲の人間が、自分を攻撃していることで結束していると感じることは、自分が人間扱いされていないという恐怖感情を与えます。自分が自分の周囲にいる人間から存在自体を否定されているということです。学校に来ると、自分は守られていない、仲間として認められていないということです。具体的ないじめエピソードが続かなくても、気が休まらないどころか、常に危険意識を持ち、高度な緊張感から解放されることはないでしょう。そうして、先ほど来説明しているように、そのような危険意識、不安を感じると、その不安を解消したいという要求が生まれますが、ことごとくその要求は否定されます。ますます、要求が大きくなっていき、慢性的な危険意識、不安感が、どこまでも持続していきます。これは人間の脳の限界を超える事情に簡単になってしまうようです。合理的な思考、解決のための分析的思考は著しく減退し、精神は破綻してしまうことがよくあります。それほど激しい暴力がなくても、それほど激しい罵倒がなくても、自分だけが仲間から外され、自分が攻撃されていても誰も助けてくれないという意識は、やがて自分で自分を否定する思考も起こされることがあります。自分という存在に全く自信を持てなくなり、家から出られなくなったり、これからもこうやって生きていくことを考えると自分の体を傷つけて心の痛みを忘れようとしたりするようです。子どもの頃のいじめが、統合失調症のような症状を出現させ、精神病院への入退院を繰り返させ、引きこもりや自死に向かわせることは、このように考えるともっともなことのように思えてくるのです。
いたましいことに、自分がそのように、学校では普通の存在ですらないということは、家族に知られたくありません。家族の中でも、そのような可哀そうな存在として扱われることは、家族という組織にいることも許されないのかと感じるようです。深刻な八方ふさがりの状態になります。いじめ被害の本質は、この絶対的孤立感にあると考えています。この絶対的孤立感こそ、人間が最も苦手な感覚なのです。
 いじめ相談を受けていると、私から見れば、勇気を出してターゲットを気遣い、フォローする子どもたちがほぼいるようです。ターゲットは、そのフォローである声掛けや情報提供の事実を認識しているのですが、自分が気遣われているというような評価をしないものです。おそらくこれは、フォローをする者は、まさにターゲットが攻撃を受けているときには、「いじめ共同体」の一員としてその秩序に迎合しているとターゲットは感じているのでしょう。どんなにフォローする者にとってその場にいることで苦しんでいたとしても、秩序の外に置かれたターゲットにとっては、あちら側の人間だと感じているのだと思います。いじめの解決の第一歩は、ターゲットが思っているほどターゲットは孤立していないというところをターゲットと家族にしてもらうことから始めます。

4 なぜ、その人は、いじめのターゲットになるのか

 これまでの分析に一片の真実があるとすれば、いじめのターゲットになる人物像というものが見えてきます。それは、「子どもたちの秩序になじめない子ども」ということになります。傍観者となる人間からみても、いじめのターゲットになる子どもに対して共感を持ちにくく、むしろ加害者の方と日常的な心の交流があるということが多いようです。他者から共感を示されないということは、他者に対しても共感を示せなかったり、共感の示し方が弱かったりするようです。加害者、傍観者から見れば、なかなかなじめない存在のようです。そうすると、「いじめ共同体」ができたときも、ターゲットはそれ以前から共同体の外にいたという感覚を持ちやすくなってしまうようです。
 このようになじめない存在になってしまう一つの理由に、突出した行動をする子どもであるというケースもあります。突出してピアノがうまい、突出して成績が良い、突出して容姿が整っているなどの理由で、共同体秩序から外される場合もあるようです。「最初の行動者」たちの嫌がらせや、やっかみは、通常であれば、周囲から受け入れられません。しかし、ターゲットがクラスでなじみのない存在の場合は、嫌がらせが容認させる条件になってしまうようです。
 また別のケースは、多くの子どもたちが気にして、努力して、なんとかついていこうとする「こと」に対して、平然として、努力せず、ついていこうともしない場合です。進学について努力しない、校則についてあまり気にしない、身だしなみが人並外れてルーズだ、部活動も平気でさぼるという場合です。自分の努力して行っていることをターゲットが平然と踏みにじる場合、奇妙な正義感のような怒りが生まれるようです。そのような努力をしている子どもが圧倒的多数になれば、努力をしない子どもは、簡単に共同体から外されてしまいます。気に留めていただきたいことは、ターゲットにされる子どもが、自分の意思で努力をしないのではなく、何らかの事情で努力ができない場合が多いということです。子どもたちの正義感が、実は、学校など大人の子どもたちに対する統制行動を反映していることも多いような気もします。また、子どもたちにとっては、それをしないことが不安であるのに、ターゲットはそれをしないということに不公平感を感じている節もあります。いずれにしても、それがターゲットがいじめられることを正当化するものではありません。人間が周囲から追放されることが許される事情はないと思います。
  
5 いじめを深刻にしない方法

 子どもたちに不安、緊張を与えない社会にすることが根本的な対策だと思います。多少失敗しても、安心して生活できる社会であり、無理して頑張らなくても生活ができる社会になることが必要だと思います。しかし、その実現が難しいからと言って、いじめの問題を放置するわけにはいきません。いじめ被害の深刻さは、その人の一生を台無しにするからです。今すぐできることを考えてみました。
1) いじり、からかいをさせない
いじり、からかいをさせないように誘導することが一つの有効な方法になると思います。この場合、いじめやからかいを禁止するという発想ではうまくゆかないと思います。どうも教育機関には、禁止か容認かという二者択一的思考が蔓延しているように感じる時があります。いじめやからかいをしないコミュニケーションに誘導することが大切です。子どもたちに、そういう誘導係を設けて、自分たちで大きな秩序を作るように誘導することが有効だと思います。現在学級委員という制度が無くなったそうですが、いじめの発生との関係を調査してみるのも面白いと思っています。
このようにからかいやいじりをしないようにさせようと問題提起をすると、人間関係のための潤滑油だとか必要悪だとかとか言う人たちが出てきます。そうです、セクシャルハラスメント的言動を温存させようとする人たちと同じです。だから、いじりを温存する人たちに対しても同じ理屈で批判することができます。そのようなことがなければできないコミュニケーションならば無理してコミュニケーションをとらなくてよいということです。
私は、極論を持っています。学校では、「さん」とか「君」とか敬称をつけて姓で呼び合うべきだと思っています。その子どもが家族とつながっている存在だという意識を持たせることが有効だと思っています。学校は学びの場です。必要以上に近しい感覚を持つ必要はないと思います。教師も、子どもたちをファーストネームで呼び捨てにすることをしてはならないと思っています。人間は敬意を払いあう存在だということをこういうことから始めることが有効だと思っています。
2) 教師の役割
 教師、特にクラス担任の役割は、あるべき秩序を作ることです。学級内に個別のグループを作らないということは不可能だと思いますし、必要な場合もあります。それとは別にクラス全体の秩序作りということを意識するべきです。何かにクラス全体で取り組むことが有効だと思います。クラス全体で取り組むのは目標があった方がやりやすいのですが、そのためにクラス対抗にしがちです。そうすると、取り組みにうまく参加できない子どもがいる場合は、その子を攻撃することが起きてしまいます。これでは逆効果です。何とか、失敗する子、うまくゆかない子を助け合い、補い合う仕組みが生まれればよいのです。それができれば、クラス対抗でもよいかもしれません。
 このように秩序を誘導するのは、クラス担任であるべきだと私は思います。いつも一緒にその子どもたちといて、何らかの権威を持っている人でなければ秩序形成は難しいからです。逆に、クラス担任がいじめを容認してしまうと、「いじめ共同体」の秩序が簡単に形成され、強いものになってしまうので、注意が必要です。間違っても教師が、特定の子どもを秩序の外に置くような暴力や、排除をしてはならないということになります。
 但し、教師が、子どもたちと別の立場で秩序を形成することはなかなか難しいことです。先に述べたように、教師と子どもとの共同作業で秩序を形成することが望ましいのです。
 また、いじめを認めた場合、教師は「えこひいき」という批判を恐れずに、徹底的にターゲットをかばうべきです。「いじめ共同体」の秩序を否定して、一般的な社会秩序、弱者保護を実践して見せつけることが、「いじめ共同体」秩序への迎合を阻止する有効な方法になるでしょう。弱者保護の形を示して子どもたちにもまねをさせるということです。その場合も、「最初の行動者」や「最初の行動者のとりまき」を排除するのではなく、一般社会の秩序に復帰させることが肝心です。
3) 弱者の心理に対する推測、共鳴の訓練
いじめが深刻になる時、ターゲットの苦しみや寂しさ、怖さに共感ができないという現象が起きています。これは犯罪が起きる場合にも一般的に起きています。被害者の被害を考える余裕がなくなっているのです。再犯防止のためには、被害者の具体的な被害、もっと具体的には困っている顔、苦しんでいる顔、不安におののいている顔を想像してもらうところから始めます。これを事前に行うことによって、具体的ないじめ行為と人間の苦しみを結び付ける作業をするわけです。誰しも、仲間外れにされた時はこういう感情を抱くのだということを予め教えておくということです。これは、行動制御に有効なのです。
4) 人間の多様さに対する価値観を持たせる
これほどいじめや、10代の自死が減らないで増えているということを深刻に見るべきです。もしかしたら、現代の学校教育の何かがいじめを誘導している可能性はないかと顧みるべきでしょう。
学校主導でいじめが始まることもあるようです。落ち着きのない子が、教師から授業妨害をする者という評価が下され、他の子どもたちにあからさまに示されると、これが直接的に共同体から外されるという事態を招くことがあるようです。実務的には、理想論ばかり言うわけにはいかないので、難しい問題なのかもしれません。授業中に不規則行動をすることは改めるよう指導する必要があるのですが、他の子どもたちの共同の敵のような扱いをすることは厳禁です。
できるだけ、色々な子どもたちにそれぞれ価値があるということを実感として身に着けさせるべきです。そもそもいじめを止めてきたのは、子どもの秩序になじめない変わり者たちだったのです。変わり者の代表として私は、変わり者の価値を主張します。しかし、このような変わり者は、学校からすると煙たい存在として扱われることも多いようです。その他、行動のおそい子、人と違う感じ方をする子、少しルーズな子、几帳面な子、不安を感じやすい子、そういう様々な個性を持った子どもたちが、それぞれ価値があるということを、大人が示すべきです。実際、そういう様々な個性が尊重される社会、共同体が強い共同体なのです。同質の構成員ばかりの共同体はとてももろいところがあります。多様な個性を持つ子どもたちを、子どもたちの秩序の中から外さないということが、多様な価値観を尊重するということだと思います。これまでの学校教育が、画一的な人間像となることを目標としてしまっていたということはないでしょうか。
学校の中でも少なくとも公立の義務教育機関は、教育という意味を改めて考える必要があると思います。根本的な社会の問題が色濃く影を落としているということなのでしょうが、学校が児童生徒の人格の向上という目標を忘れ、予備校と化しているということはないでしょうか。保護者も含めて学校の在り方を話し合って、何を一番大切にするかを考えなければならないと思います。
大人が、自分たちを反省することからいじめ予防は始めなければならないのだと思います。




  


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