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法律より大切なもの 過労死の場合 [労災事件]

昨日法律より大事なものが正当性の確信だと書きましたが、
(といっても、ご覧になった方がいるかどうか)、
最近のわかりやすい例は、過労死でしょう。

当初、くも膜下出血、脳こうそく、心筋梗塞等は、労災と認められませんでした。
働きすぎ無くてもかかる病気だからです。
多くの人が労災申請を出しても、認められませんでした。
工事現場から転落したとか、工具で指を切断したとか、
目に見える災害がなければ、労災とはならなかったのです。

それでも、こんなに働いていたことが、原因とならないはずはない。
あまりにも働かされすぎているという遺族の確信が、
弁護士や医師を動かし、申請を棄却されながら理論を整備してゆき、
ついには、目に見える災害がなくても、
働きすぎが続いて、疲労が蓄積したと認められる場合、
労働災害と認められてゆくのです。

当初は、過労死という言葉も一般的ではありませんでした。
今、かろうしと「入力」し、変換すると一発で「過労死」と
どこのパソコンでも返還されるでしょう。
ほんの15年前は、「家老死」と変換されていました。
家族の確信が弁護士や医師を動かし、マスコミを動かし、
厚生労働省が、過労死裁判で負けるようになり
(労働省が認定しなくても裁判所で認定されるようになり、)
過労死を認めない労働省を、他の省庁が批判するようになって、
厚生労働省も、真正面から過労死を認めるようになったわけです。

20年くらい前、4コマ漫画に過労死しちゃうよというセリフが出た時、
過労死弁護団の先生方は、コピーして全国の弁護団に見せたようです。
「過労死」という言葉が使われたという驚きと喜びが伝わってきます。
幸か不幸か、今「KAROUSI」は、世界中で通用する単語になってしまいました。

もともと、過労死を労災と認める法律も行政通達もなかったわけです。
遺族の正当性の確信、これは絶対労災だという確信が、
道なき道を切り開いてきたわけです。
法律の知識から物事を判断しない、
法律よりも大事なものがあるというわかりやすいケースだと思います。
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