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貧困から凶悪犯罪に至る経路 [刑事事件]



よく貧困が犯罪の温床となるとか、社会政策こそが裁量の刑事政策だと言われていて、生活苦と犯罪が関連していることはよく言われることですし、その通りだという実感があります。

ただ、「貧困だから生活費が無い、だから生活費を稼ぐために犯罪によって金銭を獲得しよう」ということだと短絡的な考えも多いのですが、これは貧困と犯罪の関連性の説明としては間違っているようです。

住宅ローンを抱えて子ども三人の養育費を裁判所の命じた通りに支払っている男性は、朝はコンビニのおにぎり、昼はディスカウントストアでまとめ買いをしたカップ麺で、夜は自炊しているという話でしたがまだ良い方でした。

同じ様に住宅ローンを抱えて婚姻費用を抱えているお父さんは、電気代節約のため、換気扇の明かりで生活していると言っていました。換気扇に明かりがつくことは知りませんでした。

実際に重大犯罪を行った人は、給料が入っても寮費などが天引きされる上、前借金の返済、サラ金の返済、自動車ローンその他でお金が無く、ご飯に焼き肉のたれをかけて食べていただけだったそうです。

この人のケースに焦点を当てて説明します。

彼は、20代男性です。そんなに悪いやつとは思えません。敬語もきちんと使えますし、他者に配慮もできています。
ただ、何をやってもうまくいかず、例えばローンで自動車を買ったのですが、ローンの途中で事故を起こしてしまい、もう一台車を買わなければならなくなりました、ローンを二重に払っているわけです。その他にも人間関係で、悪い人に捕まってしまい、示談金を払っていました。仕事をやったら約束した報酬が支払われないとか、そんなことばっかりで支払いが多くなってしまいました。

サラ金からお金を借りても、返すプラス財産が無いので、借り手は返すを繰り返していました。ないところからいろいろ払うわけですから、考えても財源は無いのです。満足に考える余裕はなく、次から次への支払い期限が来て、何とかつじつま合わせをしているという状態でした。本当ならば自己破産をすることになるのでしょうけれど、そのような情報は彼の閲覧している動画には出てきませんでした。

彼は凶悪な財産犯となるのですが、ここでも運の悪いことが起きてしまい、極悪な財産犯になってしまいました。

ただ私は不思議に思ったのです。彼の借金というか支払うべき金額は、かなり膨大な金額でしたから、その財産犯をしたところで、借金を返し終わるわけはないし、何を目的でその犯罪を行ったのかわからなかったです。

彼の話によると、借金を返し終わることはできないが、ある程度余裕ができ、自分の収入で借金を返していけるようになるのではないかと思ったようです。それも明確に金額を見積もっているのではなく、なんとなくそうではないかということでした。

彼が凶悪犯罪を行った一つの理由は、明白に落ち着いてものを考えることができず、今の極限的な状態から少しでも楽になるということくらいしか考えられなかったことにあるようです。だから、自分がその犯罪を実行したところで成功するかどうかとか、いくら金をとれるかとか、逃げられるかなどということは、気にしてはいたけれどまともには考えなかったということでした。

彼の話を聞いてもう一つ理由がありそうでした。
彼の貧困の状態は結局米にたれをかけて生きていたということですし、何か夢中になれる趣味や、かけがえのない友人関係もなかったようです。何をするにもお金がかかるので結局はお金の問題かもしれません。動画サイトで犯罪の動画ばかりを見ていたようです。もっと給料が上がるような職業はどこかにはあっても、彼の選択肢には上がってきたこともなかったようです。ただ生きていても、社会から尊重されている、自分が誰かから尊重されている、自分が生き生きと充実して生きているという実感なんて考えたこともない生活だったそうです。

それを端的に表した言葉が
「死ぬことは嫌だけど、別に怖いとは思わない。」
でした。

これは、
「犯罪は悪いことだとわかるけれど、逮捕されて刑務所に行ったところで、今よりはましな生活になる。」
ということと同じ意味になる危険が高いと思います。

つまり、凶悪犯罪と貧困を結び付けるもう一つの流れは、「その犯罪をすると、自分の立場が悪くなる。だからしない。」という人間の本能が働きにくくなるということにあると思うのです。


令和5年がもうすぐ終わるわけですが、
令和6年は、ますます、不可解な犯罪、残虐な犯罪が増え、反省をすることがなかなか困難な境遇の人たちが増えていくように思われて仕方ありません。



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ちょっと待って、あなたのその言動をハラスメントチェックしませんか。パワハラ、DV、いじめ、クレーマー等 [進化心理学、生理学、対人関係学]


<ハラスメントの多くは気が付かないうちに行い、みんなに良いことが無い>

ハラスメントとは、「相手に対して悪意を持って、相手を傷つけようとして行う言動」ではありません。ハラスメントの加害者だとされている人は、自分がハラスメント行為をしたという自覚は通常ありません。

それでもハラスメントの相手方は精神的に傷つき、あなたとの人間関係が悪くなるうえ、あなた自身の他者からの評価が地に落ちてしまい、会社であれば回復しがたい損害が生じることもあります。

発言者の思惑にかかわらず、言われた方の受け止めを基準に物を考える必要があります。また、これはハラスメントに限らず、日常の人間関係にある場合に、本来みんなが気にしなければならないことです。

<これに気が付いてチェックを開始しよう>

先ず、どんな時に、自分の言動をチェックする必要があるかについて考えてみます。
声が大きくなったとき
自分だけが話しており、相手が口をはさめない状態になっているとき
話を続けていても、相手が自分の話に納得していない様子を見せているとき

これがあるからと言ってハラスメントでないとは言えない事情
・ 第三者が聞いていても誰も自分を注意しない
・ 言っている相手が頷いていたり、ニコニコしているように見える場合
・ 自分の話しかけのきっかけ及び内容が
業務に関連している場合(職場の場合)
子育てや家計、家事に関係している場合(家庭の場合)
自分の正当な権利に関しての発言の場合(クレーマー)
道徳や正義、常識に関する話しかけの場合(共通)

自分の言動で気が付いてハラスメントだと判断して修正したり、謝罪したりできれば理想ですが、これはなかなか難しいことです。自分が攻撃者であり、相手に効果的な攻撃をしていると感じている場合は、相手に対する攻撃はむしろ激化してしまうものだからです。

言動の後で気が付いて、謝罪し、今後は気を付けるということができれば、大分ましです。相手の傷つきは軽減されますし、あなたの評価は逆に上がるかもしれませんし、人間関係が破綻しないで済むかもしれません。

<ハラスメントチェック項目>

さて、このような場合、以下の項目に当てはまらないかチェックをすることをお勧めします。

1)自分の指示、お願いごとなどが相手にきちんと伝わっているか。
  ハラスメントの要素の一つに不可能を強いるというものがあります。「言わないことを言われた通りしろ。」という図式が成り立つ不可能を強いるパターンは実に多いのです。この要因としては、
・ 言っていないのに言ったつもりになっている
・ 言い方が下手、わかりづらい、実質的に言っていないと同じ
・ 相手にふさわしい言い方をしていない。ベテランの人にならば十分伝わる指示言動でも新人の人には伝わらないとか、職場ではそのようなコンセンサスがあったが家庭ではないのに家庭でもコンセンサスがあると勘違いしている場合、

2)話している内容がどんどん変わっていっていないか

  ハラスメント的言動は、最初に言い始めたきっかけになったことからどんどん変わっていくことが特徴です。「こういう事項については事前に報告をしろ」という話だったのに、受け答えの時の言い間違いや、誤字脱字の話になり、はては受け答えの態度の話になり収拾がつかない状態になるようです。もはや相手の弱点を探し出して攻撃しているということがほとんどです。あれやこれや話が変わっていくときは自分の今の言動はハラスメントかもしれないというチェック場面です。相手に注意、指導する場合は、関連があるかもしれない事項であっても、一度の機会は一つの話題だけで終わらせる

3)同じ話を繰り返していないか

  もう、相手を攻撃したいだけの時は、攻撃効果のあると感じた話を何度も繰り返す傾向があります。もはや、思考が停止して、攻撃本能だけで話している可能性があります。そもそも同じ話を繰り返すだけというのはコーチングになっていません。無駄な時間です。

4)過去の話をネタに攻撃していないか

 これは二種類の意味があります。
1つは、過去の失敗をネタに攻撃していないかということです。「一事が万事」等と言って今回の失敗と過去の失敗を関連付けて話すことは深刻なパワハラ被害が生じたときに多く行われています。

2つ目は、その行為があったときに言わないで、「あの時は言わなかったけど、こういうことはやめてくれ」というようなことです。何をやめてくれと言うのか全然相手に伝わりません。直しようもありません。具体的にどういうことをもって、あなたはそういうかと尋ねても答えられません。もはや事実に基づいて話しているのでもなければ、何か改善を求めているのでもなく、純粋に攻撃をしたいという意識になっている可能性があります。

5)長時間になっていないか

これが日常的な伝達事項であれば、長くて3分で済むことが通常です。10分、20分と話が長くなるのは、上のチェック項目に複数該当していることがほとんどだと思った方がよいでしょう。

<気が付いたら行うこと>

1 直ちに中止する
  話し始めてしまうと、話しが完結しなければ終わることができなくなるものです。しかし、話し続けることの方があなたの評価を下げてしまいます。唐突でも良いので「ごめん、ちょっと考えてみる。」と言って中断しましょう。これだけで、かなり解決する場合が多いようです。

2 その場を離れてチェックする。
  いったん相手から離れて、自分の言動が上のチェックリストに該当するならば、次のことを考えましょう。
 ① 相手に不可能なことを強いていないか。
自分ならばできるということはどうでも良いことです。相手の立場に立って、考えてみましょう。できないならばなぜできないのかを考えて、その理由の言語化をしなくてはなりません。
 ② 相手の責任が無いことを相手に責めていないか。
   相手に責任が無いことを責めてしまうと、相手が混乱してしまうし、あなたに対しての評価が一気に下がってしまいます。二人の関係だけでなく、周囲の雰囲気も悪くなるし、周囲の人のあなたに対する評価も下がってしまいます。
 ③ 改善点を具体的にコーチングできているか
   改善点をコーチングできずに否定評価をしているのであれば、それは単なる相手の否定評価です。何が問題なのか、それをどう解決するのかということをきちんといわなければ社会人としての評価が下がります。
 ④ 何か別の人間関係でのストレスが無いか
   怒りは、大半が別のところで抱えているストレスの解消という関係にあるようです。例えば職場でのパワハラは、自分の上司から無理難題を言われているとか、家庭で夫婦喧嘩をしていたとか、道を歩いて言いがかりをつけられた等のストレスに端を発することが結構あるようです。そのようなストレスはなかなか自覚できないのですが、人間には自分よりも弱い者を攻撃して解消しようとしてしまう行動原理があるようです。別の人間関係でストレスを抱えているときは八つ当たりの危険を意識する必要があるでしょう。
 ⑤ どうしてもしなくてはならないわけではないのに、相手を低評価していないか
低評価を自覚させようとして、不必要な人格否定をする場合が多いです。一般的な低評価をさせる必要はありません。ここもくれぐれも注意しましょう。



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私は、パワハラ相談でこういうことを行っています。 [労災事件]

 

<パワハラ被害者の方は何度か相談に来る>
私の事務所に相談に来るリピーターの方で多いのがパワハラ相談です。実際は、私が「それはパワハラになる」ということを上司に教示して提案して解決したり、すでに退職したりということで、パワハラは終わっているのです。それでも、自分に何が起こっていたのかということを確認したい(そして、安心したい)ということで、何度か面談をご希望されていらっしゃいます。料金も法律相談料に準じてお支払いされてゆきます。そして徐々に、いらっしゃる頻度が少なくなり、いらっしゃらなくなるという経過をだどることがほとんどです。

<パワハラ被害の心理面の症状の原因>
前回の記事を参考にしていただきたいのですが、パワハラ症状で、心に現れる症状として、自責の念や自己肯定感の喪失というものが現れることが多いです。パワハラを受けているときに、上司から、「お前は無能だ」、「こんなこともできないのか」、「そのくらいのこと考えられないでは社会人失格だ」、「人間としてなっていない。」等と言われることを真に受けてしまい、本当にそう思ってしまうということらしいのです。

パワハラの本当に怖いところ、うつ病やPTSDになる原因は、ひどいことを言われて悔しい思いをすることではなく、自分がだめな人間だと思い込んでしまうところにあるようなのです。

<非常識な上司の評価を真に受けて悩む被害者>
ところが、これも前回の記事で詳しく述べたように、社会常識的に評価すると、大方の人間が、上司が無茶なことや常識はずれのことを言っているに過ぎなくて、「どうしてそんなつまらないことを言われて真に受けてしまうのだろう」と不思議に思うわけです。

しかし、パワハラの被害者は、「言われてもいないことでもやらなかったのは自分に問題がある。私が思いつかなかったことは私に問題があるからだ」と思い込んでしまうのです。また、パワハラで傷つく方は「上司から意味の分からない指示を出されて聞き返したりすると『お前は人間としておかしい』」という失礼なことを上司から言われても怒るのではなく、自分は発達障害ではないかと思い悩み、心理テストを受けに行ってしまうのです。

<パワハラ相談で私がお話しすること>

パワハラの被害者が私のところにいらっしゃるときは、皆さん損害賠償やコンプライアンスへの相談申立てや、労災申請などが漠然と念頭に置かれています。ただ、パワハラと言っても実際は程度の違いがあったり、症状も程度の違いがあったり千差万別です。パワハラだから何をするということが決まっているわけではありません。ご本人と話し合って、一番ふさわしい方法を選択しているということが実情です。

その選択の資料にするために、何が起きたのか、時系列に添ってお話ししていただくことは不可欠です。ご本人の体調次第ではありますが、時系列のメモを作っていただくことも多いです。ただ、これは苦しいことを思い出す作業なので、無理に一人お作業をさせることは慎重になる必要があります。

メモは不完全で構いません。抽象的な表現でも構いません。ただ、順番だけを気にしていただきます。そして、面談で、順番に添って一つ一つのエピソードを伺ってゆきます。

そして、そのエピソードについて私が解説をしてゆきます。ここで肝心なことは、「あなたは悪くない」というアバウトな気休めを言っても何も意味が無いということです。

前回の記事でお話ししましたが、私の考えるパワハラの3要素は1)不可能を強いる、2)評価を下げる(これは様々な意味があります)、3)孤立させるというものです。

それから人間は群れの権威に迎合をする本能があること等から、パワハラ上司の言葉がまともなことを言っているように思えてきて、それを実現しなければならないように思い込んでしまうようになるということを説明していきます。

迎合しようとするのだけど、上司からは否定されるということは、ある意味不可能を強いられることであり、かなり精神が傷つくことです。この傷つきは人間の本能に起因することなのです。

次に、あるいは前後して、本来上司は「そういう場合どのように業務指示をするべきか」ということを労務管理とコーチングの視点から私が評価をしていきます。どの点が業務指示として成り立っていないか、稚拙なのか、通常の人間は部下としてその言葉でどういう風に判断するのかということを説明していきます。その結果不可能を強いることになるし、評価が下げられる不安が大きくなるので、ますます上司に従おうとしてしまうということを説明してゆきます。

ただ、部下としての本人の弱点もきちんと取り上げてゆきます。大体は、経験年数が低い、言葉を文字通り受け止めてしまう、真面目過ぎる、責任感が強すぎるということになることが多いようです。

つまり、善か悪か白か黒かという二者択一的な説明をするのではなく、相手の修正するべき点とこちらの修正すべき点をしっかりと説明するということです。

大体パワハラをしなければ業務指示ができない上司は、上司としての評価が下がりますが、心理分析を加えると、例えば子どもっぽい(ダダッタコというか)とか、「相手の気持ちを考えることができない人」だとか、余裕のない人という評価が妥当することが多いです。

こういう立派でもない人の話を真に受けていた、その通りにしようとしなければならないと思い込んでいた、馬鹿な考えを抱いてしまっていたということをしっかりと自覚していただきます。

なかなか一回だけで洗脳が解けるということはありません。1回目は、頭では自分の考え(自己低評価、自責の念等)がばかばかしいことだということは理解されるようです。これだけで苦痛はだいぶ緩和されるようです。しかし、十分腹に落ちるためには何回かの面談が必要なようです。少しずつ安心感を蓄積されていく感じです。

<精神科医、カウンセラーとの関係>

私のところに何度かいらっしゃる方は、精神科にも通院しているし、臨床心理士からカウンセリングも受けている(但し、精神科医と心理士は連携が取れている)方がほとんどです。私と面談していることも、医師や臨床心理士に伝えるようお願いしています。また、私が紹介する医師や臨床心理士にお世話になっている方も多いです。

ご本人から心理士や精神科医の施療の内容を教えていただくのですが、アプローチが全く違うことに気づかされています。心理士や精神科医は本人の問題として本人に働きかけて、本人の状態を改善するように働きかけるようです。私は本人の改善を目標とはしません。それは医師や心理士の領域のことだと思っています。そうではなく、本人を取り巻く人間関係の状態が、本来どうあるべきか、何が欠けていたのか、今後はどのように修正されるべきかということを本人と一緒に考えるという、人間関係の状態について考えるということをやっているわけです。

あくまでも、将来的に起こす法的手続きに向けた準備ということは間違いないです。但し、状態が良くならないために損害賠償や労働災害申請をするよりも、症状が消える方がより価値が高いということもアドバイスします。そして過去を何らかの形で清算する作業が不要となり、私へのご依頼が無くなっても、むしろそれが私の一番の収穫であると嬉しい限りです。

<料金と付き添い人歓迎のこと>
料金は相談方法と料金のページを参照していただければと思います。結局は所要時間によって料金が高くなってしまいますので、時系列メモを作っていただくことで料金がかさばらないし、私としてはお話もしやすいのでウインウインの関係になります。

また、若い人であればご両親と一緒に、そうでない場合はご兄弟やご友人、配偶者と一緒にお話をされる場合もいらっしゃいます。特に最初は、誰か信頼できる方と一緒においでいただいた方が良いと私も思います。

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あなたの健康と行動の異変は、不合理極まりないパワハラによるものかもしれません。 [自死(自殺)・不明死、葛藤]

事務所のホームページ記事の原稿を転載します。いろいろと工夫を試みてみます。

1 パワハラを受けた時に出現する体と行動の異変

  これまで多くのパワハラ事件(自死の労災申請、うつ病など精神疾患の労災申請、損害賠償、改善請求、継続相談)を担当してきました。(私の労災事件実績を参考にしていただければ幸いです。)ホームページ用なので・・
  多くのケースで共通する様々な異変について、先ず紹介します。すべての症状が現れるわけではありません。
体に現れる異変   体重減少。特に朝に吐き気がする、実際に出勤途中で吐く場合もある。朝目が覚めてもなかなか布団から起きられない。全身の倦怠感。頭痛。難聴。味覚障害。
行動に現れる異変  いつもの時間通りに家を出るが、会社の近くでぎりぎりまで出勤しない。集中力が続かない。記憶が飛ぶときがある。注意力が著しく減少している。ルーティンのような趣味の活動をしたいと思わなくなる。推し活とか、定期的に購読していた雑誌に手が届かないとか。家族に八つ当たりしている。あるいは、休日は家に閉じこもりがちになる。
心に現れる異変  自分が低いレベルの人間だと思う。自分は仲間に迷惑をかける存在だと思う。自分は世の中に不要な存在だと思う。何かを壊したい。自殺をする自分を想像してしまう。家にいても、不意に上司から叱責をされた時の感覚が突如よみがえり苦しくなる(具体的な出来事を思い出しているわけではない)。悪夢を見る。理由もなく何か悪いことが起きるのではないかと感じて敏感になる。現実感が無くなり、すべてが他人事のように感じる。

 これらの症状は、長年パワハラを受け続けて起きるというよりも、2か月程度のパワハラでも起きるケースが複数件ありました。

2 パワハラで苦しむ人の多くに共通する性格

1)真面目で正義感が強い。
2)責任感が強くて素直。
3)能力がある。
本当は、会社に行きたくないのに、「会社には遅刻しないでいかなければならない。」ということを強く意識しすぎるわけです。体はもう限界で、何とかストップをかけようとしているのに、色々なアクシデントを想定して家を出ていきます。でも出勤したくないという気持ちが強いため、会社の近くのコンビニや自家用車の中で時間をつぶしてぎりぎりに出勤をするひとがとても多いです。
上司などから言われたことは遂行しなければならないと思います。これも当たり前と言えば当たり前のことなのですが、度が過ぎるようです。「できませんでした。」と言うことができないようです。「上司は自分のできることでは無ければ命じないはずだ」と無意識に思ってしまい、「できないのは自分が悪い」という発想になじんでしまいます。そして業務遂行能力があるため、無理なこともやろうとしてしまいがちです。

極端な話、「嫌なものはやりたくない」とか、「無理っぽいことはできないからやろうとしない」とか、「どうせ自分は能力が無いので、できないことはできない」とすでに割り切っている人は、同じパワハラを受けても、「また怒られちゃったよ。」と笑いのタネにしたりして、あまり気にしていない人は実在します。

能力があると、会社の無理なノルマも時間をかけても達成させようとしてしまうし、ある程度達成できてしまいます。上司は「この人の尻を叩けばセクションのノルマが達成できる」ということで、他の人よりも厳しく当たることがあるようです。

いずれにしても1)真面目で正義感が強い。2)責任感が強くて素直。3)能力がある。という人は、過労死をする人に当てはまる特徴でもあります。会社は業績を上げる社員に対してパワハラをしてさらに苦しませていることをしているわけです。これでは生産性も低下していくことでしょう。

3 身体症状が出るメカニズム

頭痛、吐き気、朝に起きられなくなるその他の身体症状ができる理由は、身体(脳)が行動をストップさせていると考えられないでしょうか。例えば足首をねんざする(軟骨や筋肉繊維の挫滅)と、痛くて歩けなくなります。このおかげで歩かないでいると、足首が回復して歩けるようになります。ところが、痛みを感じないで歩き続けると、いつまでも負傷が回復しません。痛みは行動を止めて体を回復させると考えられます。

比ゆ的に言えば、心が負傷しているのに、その原因を繰り返そうとすると、回復できなくなることを恐れて、体のどこかに不具合を起こして行動をストップさせているように感じます。本来であれば、心が壊れそうなことはやらなければよいのですが、真面目で責任感が強く、「やらなければならないことはやらなくてはならない」という信念があると、弱音を吐くことができないし、不安を感じることも自分で拒否してしまうようなところがあります。少しずつ、不快や恐怖、不安を吐き出すことができないので、気が付けば体に異変が出てしまうということではないでしょうか。

体の異変は心が壊れつつあることを本人の意識に上らせるシステムだと考えます。

そしてこれらの異変は、パワハラ職場から退職などで離脱しても、適確な対応(治療や心理療法)を受けなければ継続してしまうこともありますし、自死に至る場合もあります。ここで書いた症状が出たら、できるだけ早く、あなたの状態を理解してくれる人に打ち明けてほしいと思います。

4 どんなことがあると心が壊れるのか

多くのパワハラのサバイバーから話を聞きました。ある時期、臨床心理学の研究者の方と合同で事情聴取をしたこともありました。まとめると以下のような場合に心が壊れるようです。
①不可能を強いられた時、②仲間として低評価を受けたとき、③孤立・誰も助けてくれない

①不可能を強いられるというのは、文字通りできないことをやれと言われた時ですが、それをやらなければ低評価を受けなければならない状態が待っています。例えて言えば、とても高い梯子の上まで登らされて、「雲の塊をつかんでもってこい、さもないと梯子を叩き壊す」と言い続けられているような感覚のようです。もちろん仕事上そのような命の危険があることは現実にはないし、無理な業務命令を出されてもそれだけで命を落とすことが無いにしても、まるで命を落とすような絶望感を抱いてしまうようです。

②上司からの低評価があると、「何とか低評価を改めてもらいたい」と自然に思うのが人間のようです。つまり、群れに所属していたい、群れから追放されたくないという心というシステムがあったために、人間は文明も言葉もない時代も群れを作ることができ、代々生き続け、今の私たちがあるということになります。そしてその心ができたころから脳は進化していないといわれているので、私たちの脳は200万年前から数万年の仕様のままなのです。しかし、その低評価が改められなければ、自分に対する低評価が改善されることはない、つまり絶望を抱くということになります。

③孤立は、仲間のすべてから低評価を受けているということですから、200万年前から数万年前の仕様の人間の脳にとって、死に匹敵する恐怖、絶望感を抱くものなのだと思います。自分の評価が改善されないという確固とした絶望感を抱かせる要因になると思います。

<会社だけの問題が世の中すべてからの問題だという錯覚>
それにしても、「これは、会社の中だけの話だから、会社にいる時間だけの信望ではないか。死ぬことに匹敵する絶望感は大げさではないか。」と思われる方もいらっしゃると思います。通常はそちらの感覚の方が一般的かもしれません。しかし、先の200万年前から数万年前の仕様の脳は、複数の人間関係を経験していないので対応していません。一つの群れでの出来事がこの世の中から自分は低評価を受けている、自分は世界から孤立しているという感覚を持たされてしまうということが起きているということなのだと思います。

5 実際の事件で起きていた、不可能、低評価、孤立

<不可能を強いる>
「知らないことをやれ」ということが本当に多いです。これは入社して日が浅い新人が過労自殺をした多くの事例で言われていたパターンです。「知らないこと」とは、教えていないこと、経験が乏しくて命じられた内容や遂行の方法を理解できないことが典型です。そのさらに不合理なことは、言葉にしていない上司の感情でした。「俺はお茶を飲みたいのだからお茶を持ってこい。」、「新聞を読んでいるときだけは話しかけてほしくないのだから話しかけるな。」、「このパターンの行動をしているときは、俺はこういうことをお前に期待しているのだからその通りやれ」。はたで見ていると怒りさえわくことですが、言われている本人は、それを知らなくてはだめなのだと思い込まされてしまい、上司の顔色ばかりを見るようになってしまいます。
「膨大な量を時間までにやれ」これも、確かに仕事はだらだらやるものではないことは間違いないですが、極限まで無駄を切りつめても時間オーバーになるようなことを強制します。時間オーバーの原因は、ベテランならできるけれど仕事に不慣れな新人のためにできない。例えば会社の車で移動をすれば時間通りに帰社できるけれど、会社の車を使わせないために時間通りに帰社できない、営業のように相手のある仕事のため、運不運があって、時間の見当がつかない。
「複数のことを同時にやれ」確かに職場によっては、例えば書類を作成しながら、接客をしなければならないこともあるでしょう。しかし、厳密に考えると複数のことを同時にやっているわけではなく、時間で切り上げて順番にやっているだけなのです。例えばラジオを聞きながら勉強すると言っても、ラジオに意識が向いているときは勉強をしていませんし、勉強に意識が向いている時間はラジオに意識は向きません。どうやら200万年前から数万年前の仕様の人間の脳は複数のことを同時に行うようにはできていないようです。自分の体の痛みすら、一番痛い痛みしか感じることができません。側部抑制というようですが、これはアリストテレスの時代から言われていることのようです。無意識にであれば、様々な情報を脳がキャッチしているのですが、意識に上るのは一つのことという人間の限界があるようです。
「何を言っているのかわからない。指示されたのかもわからなかった。言っていることが前と違う。」 「あれやっておけよ」とか言われても「あれ」がなんだかわからず、軽い調子で言われたので、「それほど重要なことではないかな」と軽く流してしまったら、「なんでこれをやらないのだ。」と強く叱責され、入社時のエピソードまで穿り返されてみんなの前で馬鹿にされるというようなことも結構見られます。前は、「ほうれんそうは大切だからこういうことはきちんと上司にお伺いを立てろ」と言っておきながら、次に同じことを報告したら、「いちいちこんなことで上司の時間を奪うな。」と説教されるということも多いようです。
クレーム対応で会社の判断が必要であるにもかかわらず、会社が何も判断をしないためにクレーマーにさらされたままになっていたということもありました。

こうやって文字で書くと、実にばかばかしいことだと感じられるでしょうが、不可能なことをしなくてはならないという思いに駆られて逃げ場のない従業員は、徐々に初めから不可能だということを認識できずに、できない自分が悪いと自分で自分を責めるようになってしまいます。

<低評価>
低評価とは一言で言うと仲間として認めないということを本人に示すことです。
「追放を示唆する言葉」「仕事をやめちまえ」「転職先を探してやる。」「君にはこの仕事は無理だったのではないかな」
「働く資格が無いことを示す言葉」「こんなの子どもでもわかる。」「俺の孫でも知っている。」「幼稚園からやり直せ」「給料泥棒」
「暴力」暴力は痛いから心が壊れるのではなく、仲間であれば健康を気遣われるはずなのに、一切気遣わないということを示されていること、暴力を振るわれても仕方がない奴だという意思表示が示されていると受け止めるから脳の仕様の問題で絶望を抱きやすいので心が壊れるのだと思います。「このノルマを達成しないとロープで縛って、7階の事務所の窓からぶら下げるぞ」等も実際にあった発言です。上司は冗談を交えて言っているつもりかもしれませんが、本人はそれ以上の恐怖を感じてしまいます。
「人格否定」本来すべてが人格否定ですが、仕事を与えない、親の悪口を言う、業務の遂行と関係のないことを非難される、差別侮辱的な言動等が典型なのでしょう。
「不合理な低査定」理由がある低い査定評価であればまだショックは小さいかもしれませんが、言いがかりのような低い査定の場合は、「いい加減な考えで、自分やその家族に対して不利益を与えても良いのだ」という低評価を受けている意識が強くなるようです。

低評価を受けるたびに、本人は、何とか低評価を改めてほしいと不可能なことを実行しようとさらに考えてしまい、ますます行き場がなくなってしまうようです。

<孤立>
上司から低評価を受けること自体が、200万年前から数万前の仕様の脳は打撃を受けるのですが、上司以外の仲間からも低評価を受けることに打撃が強くなるようです。
本人の脳は、「仲間から助けてもらいたい、フォローをしてもらいたい」という意識です。それにもかかわらず自死が起きた事例では、誰からもフォローが無かったという事例が多かったです。
不当だと思っているうちは、「上司のパワハラを誰かが止めるべきだ」という具合に要求度が高くなるようです。だんだんそのような怒りは消えてゆき、あきらめが優位になっていくようです。
他者の前での叱責は、孤立無援であるという意識を強めます。
そして、徐々に、他の部下も「その人を仲間として尊重しなくてよいのだ」という意識が生まれてくるようです。その人が尊重されない理由を探して、自分の同情心を抑えるという心の作業も行っているようです。当初は心配そうにこちらを見ていたのに、徐々にいつもの光景だと思うようになり、パワハラをされている方に対して、「いい加減に直せよ」という意識を持ってきてしまうこともあるようです。「人が叱責されていることを見たくない」という意識がやはりあるようなのですが、その原因を不合理に叱責されている被害者に求めていくようになるようです。
パワハラを受けている方は、パワハラを受け続けていくうちに、孤立感を深めていくようです。
後で構わないから、「ひどかったね。」、「一方的だったね。」、「大丈夫か」という言葉あればどれほど救われたことかと思ったことは多いです。なぜ、かばうことができないのか。一つ言えることは、一人の人が叱責されていても、それが大勢の前で行われているときは、それを聞いている人たちも攻撃を受けているという意識を持ってしまうということがどうも起こっていように感じられます。

孤立は絶望感を深めてしまいます。

6 本人や周囲がパワハラの影響に気が付いた時にすべきこと

<理解してくれる誰かに苦しみの状況を話す。>
あなたが苦しんでいること、苦しんでいる原因に会社での出来事があること、そしてその出来事が理不尽であり、人間に対する不当な扱いだということを理解できる人間にお話をしていただくことが第1です。
多くの人は、これまで述べてきたようなパワハラがあるとは想像もつかない人が圧倒的多数です。多少の厳しさはあるけれど、会社なのだから理不尽なことは無いという先入観から、「そんなことで弱音を吐くな」、「昔はもっと厳しかったぞ」ということを言ってしまうことがあります。これは客観的には、毛をむしられたいなばの白兎の傷口に塩をも見込むようなものです。パワハラの精神症状が出ている人は、病的に安心ができないという状態です。「自分たちはあなたを見捨てない」というメッセージを強く発信し、ガマの穂綿にくるませることが必要であるはずです。

ここで話を理解できる専門家とは、一つはパワハラの事例を多く扱ってきて、実際にカウンセリング的な対応を行っている弁護士です。但し、弁護士はカウンセリングそのものやましてや精神的治療ができるわけではありません。職場を離れても精神症状が消えない場合は、きちんとした施療が必要です。

ただ、セラピーなどは、あくまでも本人の状態を改善するということに主眼を置いています。何が起きたのか、それは気にするべきことなのか、客観的に合理性があるのかということについては、パワハラ対応ができる弁護士から説明を受けることが有益であるようです。だから、精神科治療や臨床心理での施療と同時並行的に対応されることが良いのではないかと思われます。弁護士に対して、医師や心理士から、その説明をすることは今は有害だと言ってもらえる関係にあることはなおよいことだと思っています。

ここでつくづく思うのは、「あなたは悪くない」としか言えない支援者です。あまり意味のある言葉ではないようです。むしろ何が起きたのか、それはどうして起きたのか、どこが不合理なのかということを理解してもらうことが、医師や心理士以外の支援者の役割なのだと思います。

その上で、家族が安心できるその人の人間関係であるならば、家族にも説明をして、理解を共有するとともに、家族から安心感を与えられていることを実感してもらい、安心の記憶を積みかさねていくことを働きかけることが有効なようです。

基本は、よく話を聞いてもらう、安心できる場所に我が身を置く、そして嫌な記憶を忘れるよりも、もう安全なのだということを少しずつ自分に定着させていくということなのだろうと思っています。

7 企業は何を考えてどう予防するべきか

さて、昨今、企業の側も、国の指導が功を奏してパワハラ防止の対策を講じることが多くなっています。しかし、国の示した基準などが難解だということもあってなかなかしっくりくる対策を講じることに困難を覚えているようです。

一人の人を精神的に追い詰める行為は、本人自身が抵抗があることも多く、周囲の目もありますので、本来はしにくいのです。相手の気持ちを考えると、本来はパワハラなどということはできません。だから、「どうしてパワハラができてしまうのか。」という視点を持つことが有効だと思います。

一言で言えば、
言われている相手の気持ちを考えたり、共感したりすることができない
そういう状態にあるからだと考えるべきだと思います。

その要因は、
自分自身が精神的に追い込まれている。このため、他人の気持ちという複雑な問題を考えることができなくなっている。ここで言う精神的な圧迫は、会社に限らず、私的生活の中にある場合もあります。
会社の中には、無理だとわかっていて、100%達成など初めからできないだろうとしながら、目標を高く掲げて80パーセントでも良しという本音を隠して目標設定をする場合があります。でも真面目な人たちは100パーセントにこだわってしまう、真に受けてしまう、その結果無理を通そうとするという悪循環になるか、初めから無理な目標だから真面目に取り組まないかいずれにしても比較的長期的に見れば生産性は下がる運命にあると私は思います。
パワハラが起きた場合は、会社全体の指示の合理性をくれぐれも見直す必要があると思います。
無理を通す不合理な目標で思い出すのは東日本大震災の時のノルマでした。営業職の人が受けた不合理なノルマは、「その年度内の目標は被災地においても達成するように」というものでした。つまり震災を無かったことにするというノルマです。震災から半年くらいは仕事にならず、営業をしても購入は見込めなかったのに、被害品の再購入を当て込んで、増益を指図したわけです。しかし、業績を上げる営業担当は、相手が買えない状態だという事情も分かりますから、営業をかけること自体を躊躇するわけですが、そういう消極姿勢をみた経営者たちから尻を叩かれた上司は、先ほどの「窓からぶら下げる」発言や、「転職先を紹介する」等の言動で部下を追い込んでいったわけです。
なお、上司個人の問題がある場合も少なくありません。元々相手の気持ちを考えることができない問題を抱えている場合が確かにあるようです。こういうケースは簡単に最悪のケースが起こりうるため、会社はその人の資質を見抜き、常日頃の情報を収集するという細心の注意が必要となります。こういう人が営業所のトップにいると、営業所全体の雰囲気が悪くなり、多店舗の実績に比べて不自然に売り上げが減少していることがよく見られます。自分が知っていることは部下も知っていると考えて、自分の頭の中だけでひらめいたことをしないと言って部下を叱責するのはこういう人が多いです。
根本的には、精神論に終始する労務管理を改めて、コーチング技術を強化することが必要です。コーチング技術が無く、労務管理上のリテラシーが乏しい場合、業務指示が伝わりませんから、生産性が下がります。どうして、自分の思い通りに行かないのだというもどかしさから、どうしても感情的に解決しようとしてしまいます。それは解決になりません。
部下のミスを叱るのではなく、チャンスと思って、行為場合はこうするこういう場合はここに気を配るということを示す方が効率が善いことは間違いありません。「自分の頭で考えさせる方が身につく」ということは、特に新人の場合は間違っています。考えるための素材が無いからです。また、身につくというのは、反復継続してかなうものです。頭で理解することと実行することは必ずしも同じではないことはよく経験していることだと思います。

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楽天は、今が企業イメージを向上させるチャンス パワハラを無くすという目標ではなく、ゼロの先のプラスの目標を掲げて実践するという提案 [労務管理・労働環境]



と私が提案してもどうなるものではないのはわかっています。同じような状況にある企業の担当者さんが偶然読んでヒントにしていただければと思って書いています。

<パワハラ不祥事の直後こそ企業のイメージアップのチャンス>

パワハラがあったこと自体が企業の生産性が阻害される要因になります(モチベーションの低下、委縮、言われたことだけをしようとするようになり、自分の頭で考えなくなる。無駄な神経の集中があるためにミスが増える。)。もちろん、被害者の人権が侵害されるということも企業は考えなければなりません。

しかもそれが、外部に公表されてしまい、話題になってしまうと、企業イメージが低下してしまいます。体力のない中小企業であれば、それだけで事業廃止となる場合もあるでしょう。

企業としては、経済活動を継続しなくてはなりません。そうするとどうしてもパワハラの負の企業イメージを払しょくしようとしてしまいます。そしてそこで終わってしまうことは、ダメージを受けている経営陣としては仕方が無いことかもしれません。

しかし、それでは大変もったいないのです。実はこのような社会的不祥事として認識される出来事がある時は、世間の注目を浴びているということです。そこで、ネガティブイメージを払しょくすることにとどまれば、結局過去の記憶が消えませんので、差し引きマイナスで終わってしまいます。しかし、ネガティブイメージを払しょくする以上に、新しく安心できる人間関係を形成している姿を見せることで、ポジティブイメージを世間から持ってもらう千載一遇のチャンスでもあります。

さらに、企業内部のこのようなポジティブ政策の推進の優先度を上げることのコンセンサスが作りやすいという状況もあります。企業が一丸となって、生まれ変わろうとしやすいというこれも千載一遇のチャンスだと思います。平時の場合は、そんな内向きの政策をするより、取引相手に対してアピールできる外向きの企業戦略をとるべきだということになるでしょう。しかし、有事という危機感を共有している場合は、課題が人間関係の状態という環境改善にあることのコンセンサスを作りやすくなっています。また、注目されているので、そのような人間関係を外部にアッピールしやすいため、外向きの企業戦略にもなるわけです。

<チャンスを生かすために考えるべきこと>

では、何をするか。これをわかりやすく説明するために、申し訳ないのですが、楽天の会見を引き合いに出させていただきます。私は、地元イーグルスファンなので、どうぞご理解いただきたくお願いいたします。

と言っても誤解していただきたくないのは、かなり誠実に記者会見をしています。対症療法的とはいえ対策も示し、企業としての責任にも言及した上、当該選手の再出発の支援も表明しているので、かなり良い会見内容だったと思います。被害者のプライバシーもありますから、これ以上の情報開示もなかなかできなかったことも理解しています。

そこから先は全くの特殊専門的な分野の話なのでしょう。では、説明していきます。

<パワハラが生まれない人間関係を作る方法>

一番大事なことは、パワハラがあったときにどうするかということよりも、パワハラを起こさない人間関係の形成ということです。パワハラは起きてしまえば生産性が低下します。人権問題も起きてしまいます。外部アッピールはともかくここを根本的に解消しなくてはなりません。
そのためには、理想とする人間関係像の構築をすることになります。そしてそのためにも、何が起きていたのかという外面的な問題を踏まえて、行為者や被害者、そしてそれを知っていた人たちの行動決定原理を聴取する必要があると思います。

<加害者の事情聴取の目標>

加害をした行動決定原理、加害をやめようとしなかった行動原理がどこにあったかの聴取と分析をすることだと思います。理想は、野球に縁のない弁護士と心理士のチームによる事情聴取です。これはパワハラ行為者の再出発にとっても必須のことです。悪いことだから謝罪するというのでは、再発防止はできません。悪いことだと思ったのか、悪いことだと知っていたのにそれをやめられなかったのはなぜかという観点から一緒に考えてゆきます。

私は、本人が反省しているのならば、会社は1年間職員として採用をし、この「反省」プロジェクトに参加をさせても良いのではないかと思うのです。もちろん、必要な練習はサポートしても良いと思います。パワハラをごまかしたわけでもなく、行為者の個人的責任にもしないということは、企業としてポジティブなイメージを持たれると思います。

本人が何に追い詰められていたのかそれを突き止める責任が企業にもあると思います。

<人間関係形成のために一番重要な被害者からの事情聴取>

次に被害者の行動決定原理です。「なぜ、抵抗ができなかった」のかということです。この理由はかなりの闇がまだ隠れているはずです。被害者の個性ではなく、調査対象は被害者が抵抗できない環境に置かれた環境についてです。ただ、この聴取はかなりデリケートな問題です。そして安心して話ができなければなりません。会社から独立した第三者が、本当に会社の発展と被害者の人権、安心して働ける環境を作るという構えを理解して調査をしなければならないところです。
このためには、球団が被害者の被害に対して手厚く手当をすることが前提となると思います。

<加害者被害者以外からの事情聴取>

そして、その行動を知っていたにもかかわらず、対応をしなかった人たちの意識調査です。ここもとても大切なところです。球団は、安心して話ができる人がいなかったことを改善すると言っていますが、それは大変大切なことだと思います。その際に安心して話ができる人間関係とは何かということを十分考慮するべきだと思います。

また、誰が知っていて、誰が知らないかのチェックもとても大切だと思います。

<魅せるプレイを頻発させる人間関係形成の方法>

聴取が終わったら、その原因を十分踏まえて分析することが必要です。悪かったところを直すというのでは、対症療法にすぎません。つまり、再発の危険が居座っているということです。根治を考えなければなりません。

新しい人間関係を形成するという視点が必要です。しかも具体的に、楽しく実践できる方法でなければできるわけはありません。

近鉄バッファローズの元選手である石井氏がユーチューブで、野茂投手の野手への思いやりの態度が素晴らしく、野茂選手が投げるときは無理しても打球にくらいついていくという気持ちが自然に湧き上がったと言っています。野茂選手はミスをした選手を決して批判せずに、むしろ批判する選手を先輩でもたしなめていたというのです。純パの会の会員で野牛会に所属していた私としては、もっと野茂のような選手がいたらもっと優勝していたのにと思いました。それは良いとして、こういう話はよく聞くことです。絶対エースと言われる人は人格的にも素晴らしく、ファンを大事にするということは耳に入ってきます。

抽象的な言葉で申し訳ありませんが、パワハラの対義語はパワハラが無い人間関係では決してなく、お互いを尊重し、尊敬している人間関係なのです。すべてのプロ野球選手は、尊敬する点が多いと私は思っています。ファン心理かもしれませんが。自分が相手から尊重されていると思えば、相手のフォローをしようとするし、役に立ちたいを思うわけです。これは人間の本能的な心理、群れを作るために進化によって形成された心理なのです。仕事の多くは組織プレイです。お互いを尊重しあう組織は1+1が2よりも大きくなりますが、これが無くパワハラがあるような組織は2にも到達ができません。これが生産性が下がる構造です。

また、誰かが苦しんでいたりいじめられたりしていたら、明るく元気なプレイをすることも簡単なことではなくなります。これも苦しんでいる人に共感してしまう人間の本能です。明るくはつらつとしていなければよいプレイは生まれないと私は素人ながら思います。何よりも見ていてつまらないです。筋肉や技術にプラスアルファの力をつけるのは、モチベーションで間違いないと思います。

典型的な成功例は、今年の阪神タイガースの岡田監督の采配だったのではないでしょうか。しかし、阪神タイガースに勝つ余地があると思います。つまり、基本的には、選手間の相互の信頼関係を強化することだからです。くどいかもしれませんが、パワハラをしないのではなく、選手同士がお互いを尊重し尊敬するということです。ここを改革しなければ、コーチ陣に助けを求めても、結局は力にならない可能性が高いのです。

<コーチ陣やフロントの役割>

監督やコーチ、フロントは、率先して選手を尊重し、尊敬する扱いをしていくことがまずやるべきことだと思います。プライドを傷つける制裁的な起用は絶対にしてはなりません。そういう相互の信頼、尊重を醸し出す環境づくりをするという責任が第一次的責任になると思います。

しかし、現場の雰囲気を創るのは、あくまでも選手です。やはり、レギュラー陣が率先して行動を起こすことがカギになると思います。

<改革はファンとともに>

やるべきことを整理しますと、先ずは選手全員から聴き取りをする。目標をきちんと伝えて、悪いことを無くすための改革ではなく、もっと良くなるためはつらつとしてプレイを観客に見せるための改革だということ、強くなるための改革だという意識をこの段階から理解してもらい、改革のメンバーになってもらう。

特にレギュラー陣、ベテラン陣は、率先して改革を引っ張っていく。経営陣、コーチ陣は環境づくりを行い、選手の足を引っ張らない。
そして、その改革について、具体的な取り組みの実践課程をファンにも報告してもらいたいと思います。もちろん、パワハラ対策としてこういうことをやっていますというのではなく、プロ野球球団としてあるべき人間活動を具体的に作り上げようとしていますというアッピールとして、ポジティブな広報としてファンに報告してほしいのです。そうやってファンとともに新しい、魅力的な、そして強いイーグルスを作って行ってほしいと私は切に願います。

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