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リアル ツルの恩返し  人情噺筋書き [現代御伽草子]



6月の雨の夜、雅紀は街から漁村にある自宅に帰ろうとしていた。駐車場で車に乗り込もうとしたときに、助手席側の後ろで犬のようなものが動いたような気配がした。危ないなあと思いながら雅紀は助手席側に回った。そこにいたのは、犬ではなく、若い女性だった。下着のような服を着て、靴も履かずに雨に濡れてみじめな姿をしていた。
「危ないからどけてくれる?」
なるべく不機嫌な様子を見せないように女に声をかけた。
女はおびえるような目でこちらを見上げて、駐車場の壁の方へ後ずさりをするようなしぐさを見せた。かなり憔悴したような様子だった。車から離れる様子が無かった。ここは怒らせては逆効果だと思い、努めてのんびり話しかけた。
「何か訳ありなんだね。でもね、そこにいられると車を出しずらいよ。これから家に帰るところなんだ。年取った両親が待っているので、早く帰りたいんだ。ごめんね。」
すると女は、私も乗せていってくださいと小さな声でつぶやいた。
雅紀は、自分の家がここから1時間以上離れた海辺の集落であることを告げた。女は、自分もそっちの方に行こうと思っていると、少し投げやりな様子で話した。
関りになることは面倒だと思ったが、このままここに置いておくと、何か悪いことが起きて女にとって深刻な事態が起きるような気がしてきた。見捨てて立ち去ることで、何か自分が悪いことをするような奇妙な感覚になった。
「勝手に乗り込まれたなら、仕方がないかな。」と雅紀が独り言のように言って運転席に乗り込むと、女は急いで後部座席に乗り込んできた。
「すいません。私お金を持っていません。」
「最初に言ってくれれば御の字だよ。自分ちに帰るのだから、お金をもらおうと思ってはいないよ。」
そんな会話をしながら、雅紀は自宅に向かった。

女は、車が動き出してしばらくすると、寝息を立てて熟睡したようだった。風邪などひかなければ良いけれどと思いながら、こちらには関係ないと思おうともした。

自宅についても女は起きなかった。
仕方がなく、雅紀は両親に事情を説明した。案の定、二人とも眉をひそめて、ため息をついた。とりあえず朝まで寝せておくことにして、タオルケットだけは掛けてやった。
朝になっても起きなかったので、さすがに気持ち悪くなり、両親と雅紀は女を起こすことにした。少し意識が戻ったような気がしたが、すぐには起きなかった。母親が、警察に連絡した方が良いのじゃないか。と父親に尋ねたとき、女は飛び起きた。
「すいません。すっかりお世話になってしまいました。このお礼は必ずしますが、今持ち合わせがないので、しばらく待っていただきたいのですが。」と言って、立ち去ろうとした。
「お金が無ければどこにも行けないだろう。いいから朝ご飯を食べていきなさい。」
そう呼び止めたのは父親だった。女は一瞬ためらったが、深く頭を下げて家の中についてきた。

女は案の定風邪を引いていた。朝ご飯を食べた直後に倒れて三日間眠り続けた。その後、お礼だと言って掃除、洗濯、調理などの家事をするようになった。こうして女は雅紀の家にいつの間にか同居するようになった。女は家の外に出て買い物をするということもなく、家の仕事をしていた。雅紀の母が体を悪くしていたので、雅紀の家でも家事をやってもらうのは都合がよく、そのままずるずる居続ける格好になった。家政婦としての賃金を払おうという話をするが、女はかたくなに断るのだった。
しばらくして、夕食のとき、父親と母親が女に言った。
「どうだろうね。このままうちの嫁にならないか。この辺の若い女たちは、みんな都会に出てしまって、誰も残っていないんだよ。こんな田舎に街から嫁には来ないし。」
女は一瞬顔をほころばせたが、すぐに表情を引き締めて考え込んだ。
「雅紀はいやかい。」
女は顔を横に振ったが、何も話さなかった。

月満ちて、雅紀と女の間にかわいらしい女の子が生まれた。
絵にかいたような円満な家庭で、このまま幸せが永遠に続くのだと思われた。

ある時、母親の容体が悪くなり、検査の結果、健康保険の聞かない手術が必要だということになった。だいぶお金がかかるという。雅紀も両親も、一度に用意することができず、借金をしなくてはならないと話し合った。母親は、そんな手術なんて受けなくっても良いよと言い出す始末だった。しかし、借金をしてしまうと、本当に返済を続けられるのかについては誰も自信が無かった。
小さい娘だけがすやすやと寝入っていた。女はそんな娘を見て、ほほ笑んだ。そして真顔になって両親と雅紀に言った。
「私は今とても幸せです。あの時こちらに迎え入れていただかなかったらと思うと涙が出ます。そのお金は私が用立てます。」
みんなその言葉に驚いた。また、本当だと信じることができずにどう反応してよいのかわからず、顔を見合わせた。」
「皆さんが心配されるのはもっともです。私はお金を友達に預けています。ちょうど返してもらう約束の時期になりましたので、そのくらいならば、用立てられると思います。こういうことが無ければ返してもらうことはなかったと思いますから、気にしなくてよいのです。」
そして、話をつづけた。
「但し、お願いがあります。お金を持って戻るまでに1か月くらいかかると思います。私一人で行きますから、誰もついてこないでください。心配になっても捜索願なども出さないでください。これは絶対にお願いします。また、帰ってきても私がどこに行ったか、絶対に尋ねないでください。約束をまもってもらわなければ、私は二度とこの家に戻れなくなります。私の留守の間どうか娘をよろしくお願いします。」
ただならぬ気配に、雅紀も両親も、女を止めた。何か大変なことのようだから、そこまでしてお金を作らなくても良いからと旅立つことを止めた。
女は微笑んでうなずいた。
しかしあくる朝、誰も起きないうちに女は一人で家からいなくなっていた。

1か月半くらいが過ぎて、女が突然帰ってきた。厳しい形相だった。手術代と入院費用には十分すぎる現金をもってきた。女は、子どもの顔も見ないで、これから寝室にこもるから決して起こさないでくださいと言って、それから2日間眠り続けた。

この後も女は同じように現金を作ってきた2回ほどあった。

最後に女が旅立ったのは、雅紀が友達の保証人になって、友達が夜逃げをした時だった。娘は、5歳になろうとしていた。
「私がお金を作れるのはこれで最後です。もう、友達に預けているお金は無くなります。また、くれぐれも私が帰ってこなくとも警察に捜索願など出さないでください。私はこの子と二度と会うことができなくなります。それでは留守の間娘をよろしくお願いします。」

借金取りの催促は女が留守の間も続いた。思いついて役場に相談したところ、たまたま巡回法律相談に来ていた弁護士に相談するように促された。おさらぎ法律事務所の岩見恭子という名刺をもらった。
「ああ、それなら保証人としての責任は負いませんよ。あなたは債権者との間で保証契約を締結していませんね。後の手続きは、有料になりますけれど、こちらの方でやれますよ。」
保証債務を払わなくてよいと聞いて安心した。そのとたん、女を追いかけなければならないと焦りだした。女はいつも、旅から帰ると、何日間か寝込んでいた。顔色も悪く、何よりも表情がすさまじかった。やはりとても苦しい思いをしてお金を作ってきたのだろう。一刻も早く、女を連れ返さなければと気ばかり焦った。女を気遣うあまり、やってはならないことをやってしまった。警察に捜索願を出してしまったのである。

女はあっけなく見つかった、ある街の病院に入院していた。症状は悪いものではなく、間もなく退院するから迎えに来るなということであった。しかし退院予定日になっても女は帰らなかった。そのかわり警察から電話が来た。女を逮捕して留置したというのだ。それだけでも驚いたが、女が家族との面会を拒否しているので、誰もこちらに来ないようにと言っているというのだ。どうやら、6年前に雅紀が女と出会ったとき、女は何らかの罪を犯した直後で、そのことでの逮捕のようだった。

キツネにつままれたような気持ちだった。しかし、女のことは、みんな何も分からなかった。そういうことがあっても不思議ではないほど、女の過去は雅紀たちにとっては空白だった。
「捜索願を出さないでと言っていたのはこういうことだったんだね。」
「どんなにか、娘のことを心配しているだろうかね。」
雅紀たちは、おさらぎ法律事務所の岩見恭子弁護士の名刺を出して電話をした。

岩見弁護士と、おさらぎ所長が弁護人となった。
雅紀の家で弁護人を依頼することにも女は激しく抵抗した。事情を呑み込んだおさらぎ弁護士がとぼけた味を出してうまく説得した。但し、女は二人の弁護人を弁護人に選任することに条件を付けた。雅紀の家族は一切女に面会に来ないこと、弁護士から家族に一切女について説明しないことというものだった。雅紀も両親も、それでも良いからと二人の弁護士に弁護人になってもらった。
二人の弁護士の活躍は見事だった。逮捕されたときは殺人罪の容疑だったが、起訴された時は傷害致死罪の容疑だった。そんなことよりも、女を住所不定で押し切ったのだ。新聞でもテレビでもインターネットでも、雅紀の住所である津留村の名前は一切出てこなかった。この事件と幼い娘を関連付ける情報は何も出てこなかった。
逮捕されてから裁判が終わるまで、半年以上がかかった。ここでも二人の弁護士は大活躍した。正当防衛が認められて女は無罪となった。

裁判官から無罪といわれた時も、女は浮かない顔をしたままだった。法廷を出るときにいつものように手錠をされるために刑務官に手を差し出したが、刑務官は微笑んで首を振った。その時初めて女は我に返って二人の弁護士に弱弱しく笑顔を見せて頭を下げた。傍聴席を振り返って、雅紀たちがいないことを確認して、安堵のため息をついた。
岩見弁護士は声をかけた。
「これから荷物を取りに、一度拘置所に戻ることになります。すぐに拘置所から釈放されるので、迎えに行きます。拘置所の門のところにいますから。」女はそれを聞いてうなずいた。おさらぎは、「主語が抜けているから嘘にはならないか。」と頼もしい後輩弁護士に話しかけたが、もうその声は聞こえなかった。

女が荷物をまとめて玄関を出ようと、岩見弁護士を探したところ、そこにいたのは岩見弁護士ではなく、雅紀の母だった。女は立ち尽くしてしまった。母が駆け寄って話しかけた。
「お疲れだったね。よく頑張ったって先生方から教えてもらったよ。教えてもらったのはそれだけさ。大丈夫、みんなもおさらぎ先生の事務所で待っているから。だって、娘をここに連れてくるわけにはいかないだろう。ずいぶん大きくなったよ。似てほしくないとこだけ雅紀に似てくるんだから困ったもんだ。でもあんだに似てべっぴんになるようだな。」
女はようやく絞り出すように言った。
「わたし・・・本当は、岩見先生に、離婚の手続きをお願いしたんです。そうしたら、岩見先生は、私は雅紀さんの代理人だからあなたの依頼は受けられないんですって言われて。それで今日まで何もできないでいたんです。」
母親は、泣きながら微笑んで首を振った。
「わだしらは、なんにも聞いていないよ。本当さ。もちろん、あんだが半端ないほど苦労したということはわだしらもわかるさ。あんだは、自分の身を削ってお金を作ってくれたんだろう。言わなくてもいい。そんなことやらせてはダメだったんだ、ほんとは。私はそんなあんだのおかげで元気になって、今こうして迎えに来ることだできたんだ。」
「でも、本当のことを言わなくてはならないのはわかっています。」女は唇をかみしめた。
「何言ってんだ。わだしら、一番あんだの本当のことを知っているんじゃないか。働き者で、家族思いで、気立ての良い娘のような嫁だ。それが一番大事な本当のことだ。それを知っているから、本当でないあんだのことなんて知りたいやつなんてうちの中には誰もいねえ。雅紀がそう言い出したんだけど、あのバカもたまには気の利いたことを言う。」
母は続けた。
「今は言うな。その代わり、本当に自分からどうしても言いたくなったら。私にだけ言え。なんぼでも聞いてやる。私以外には誰にも言わなくてよいんだぞ。」
本当の母親が小さいわが子にするように女と手をつないだ。
「さあ、一緒に帰ろう。雅紀もよい仕事が見つかったんだよ。もうあんだに苦労させることは二度としない。私もあんだのおかげでここまで元気になることができた。あんだに恩返しさせておくれ。私も津留村の女だ、義理堅いんだ。これが本当のツルの恩返しだな。」


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リアルかちかち山 [現代御伽草子]

リアルかちかち山

ある小山に警戒心の弱いタヌキが住んでいました。
その年の秋は、夏から続く冷害と長雨のために
山には食べる物がとても少なかったのです。
タヌキは、家族や友達に食べ物を分け与えてしまうものですから
自分はいつも腹ペコでした。

あまりにも腹ペコだったので、本当は行ってはいけないと言われていた
山のふもとの人間の住む近くまで食べ物を探しに来てしまいました。
四角い地面に柔らかな土が盛られているところに
良いにおいがしたので掘り起こしてみると
野菜や種が埋まっていました。
タヌキは、これで弟たちに食べ物を持っていくことができると
大喜びで野菜や種をもって山に戻りました。

行ってはダメだと言われていましたが
次の日も一人で四角いフワフワの土地に行きました。
弟たちの喜ぶ顔が浮かんできて、心が急いてしまいます。
さあ、ついたと思ったとたん
タヌキは足に鋭い痛みを感じました。

人間の罠にはまってしまい、歩くことができなくなりました。
タヌキは困ってしまいました。
弟たちはタヌキの持ってくるえさを楽しみしていると思うと
とても悲しくなりました。

すぐに人間がやってきて、タヌキは前足と後ろ足を縛られました。
もう一人の人間は、ぐらぐら沸いたお湯の前にいました。
タヌキは、悲しい気持ちで体が動かなくなっていましたから
人間は観念したのだろうと勘違いしたのだと思います。
最初にやってきた人間はどこかに行ってしまい、
もう少しやせた小さな人間がタヌキをお湯に入れるときに
罠の縄を緩めてタヌキだけお湯に入れようとしたその時でした。
タヌキは、弟たちの顔を思い出し、
自分でも信じられなくなるような力が湧いて出て、
小さい方の人間を蹴飛ばして一目散に逃げだしました。

沸き立ったお湯が小さい方の人間にかぶったようです。
大きな悲鳴を後ろに聞えたような気がしますが
タヌキは自分が逃げることに精一杯で
あまり気にしませんでした。

タヌキは人間の近くに行こうという気持ちには二度となれず
深い山の中から出ようとしなくなりました。

それからしばらくして
タヌキの家に一羽のうさぎが訪ねてきました。
良い山があり、良い柴が取れる
柴を刈って里にもっていくと
里の柿と取り換えてくれるらしい。
里には自分が持っていくから柴刈りを手伝ってくれ
そうしたら柿を分けてあげるというのです。

里に行かないなら怖くはないし
離れたところで暮らす母親に柿をもっていったら
どんなにか喜ぶでしょう。
そう思って、警戒心の弱いタヌキは
うさぎの柴刈を手伝うことにしました。

柴を背負って歩いているとカチカチと音が聞こえました。
聞いたことが無い音なのでタヌキは不思議に思いました。
うさぎは
さすがカチカチ山だね。カチカチと本当に音がするんだ。
とわざとらしく言いましたが、タヌキはそんなものかと思いました。
ぼうぼうという音が聞こえてきたときにうさぎは叫びました。
「危ない!ぼうぼうどりだ。柴を盗もうとしている柴を離すな!」
言われた通りタヌキは柴を自分の背中にぴったりとくっつけて
盗まれないように頑張りました。

このためタヌキは大やけどをして、
その上ようやくよくなりかけたころに
うさぎに騙されてトウガラシを練りこまれ
地獄の苦しみを味あわされました。
でも、タヌキは、この薬のおかげで
結局は良くなったのだと信じていました。

まさかうさぎが自分を傷つけようとしたとは思いませんから
タヌキはされるがままにされていたのです。
ただ、母親に柿を持っていけないことをとても悲しみました。

タヌキの傷が癒えたとき、再びうさぎが現れました。
食糧不足は続いていて、
タヌキは食糧を探しに出かけることができなかったものですから
家族に大変心苦しく思っていました。
それなので、うさぎの罠にまたもやすやすと乗ってしまったのです。

山の上の沼に魚が大発生しているようだ
まだ知っている者が少ないので
今なら大量に魚が釣れるから行こう
この間ひどい目に合ったのは、誘った自分の責任だから
何とか埋め合わせをしたくてやってきたんだ。
こうやってうさぎはわなを仕掛けたのです。

うさぎは自分用に小さい木の船を作り
タヌキ用に大きな泥の船を作って用意していました。
さあ、どっちの船を選ぶとうさぎは尋ねました。
それは悪いから僕は小さい方の船でよいよとタヌキが言うと
いやいやこの間の埋め合わせだから君が大きい方を使っていいよ
とうさぎは笑って答えました。

タヌキは大きな船を使えば
弟たちだけでなく、親戚たちにも魚を分けることができると思い。
ありがたく大きい方の泥船に乗ることにしました。

沼の真ん中あたりに来たときに、
それほど魚がたくさんいないことにタヌキも気が付きました。
泥船が壊れて水が入ってきたときには
さすがにタヌキもうさぎに騙されていたことに気が付きました。

タヌキはもはやこれまでと覚悟を決めました。
うさぎに騙されて、船の底に足を縛り付けていたからです。
不思議とうさぎに対しての怒りはなく、むしろ不思議な気持ちでした。

静かな口調でうさぎに尋ねました。

君は、柴刈りの時も今回も
僕を苦しめようとしたし、僕の家族も苦しんだ。
どうして君が僕を苦しめようとするかわからないんだ。
僕はもうすぐ死ぬだろう。せめてそれだけを教えてくれないか。

うさぎは笑いながら言いました。
ようやく気が付いたようだな。
君が殺したおばあさんは
僕の命の恩人なんだ。
おじいさんも苦しんでいる。
その恩人を鍋の中で煮たのは許せないのだ。
当たり前だろう。

この時うさぎは、タヌキの足を固定して泳げなくさせたとは言っても
泥船が溶けるからタヌキは浮かび上がるだろうと思っていました。

しかし、泥船は底が割れて水が入ってきましたが
溶けだすほど壊れはしませんでした。
ただ、タヌキと一緒に沈んで行ったのです。
沈みゆく船の上で下半身が水に浸りながらタヌキは言いました。

僕は捕まって逃げるのに必死だった。
君だってそうするのではないか。
僕はおばあさんを突き飛ばしたのかもしれない。
それはなんとなく覚えている。
逃げるのに必死だったから後ろは見なかった。
そうか死んでしまったのか。それは悪いことをした。

でも、そのまま逃げたので
おばあさんを煮るなんてことはしていない。
できるわけないよね。
もう一人がおじいさんなんだね。
おじいさんが帰ってきたら今度こそ殺されると思ったから
一目散に逃げたんだよ。
そもそもおばあさんを鍋の中に入れるほど
僕は力はないし、そんな大きな鍋なんてなかったと思うよ。

もうタヌキは、首まで水につかっていました。

君にとって
僕はあの時死ななければならなかったのかなあ。
僕があの時、怖いけれど死ななかったから
僕だけでなく、僕の家族も苦しまなければならないのかなあ

お母さんに柿を食べさせたかったなあ。
柿を食べて喜ぶお母さんの顔が見たかったなあ。

タヌキが本当に行ったのか
うさぎがそういう風に感じただけなのか
もううさぎにもわかりませんでした。

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リアル親指姫 [現代御伽草子]


小高い丘のふもとに野ネズミのおばあさんの家がありました。おばあさんといっても、まだ自分の稼ぎで生活していましたから、おばあさんというほどの年齢ではなかったのでしょう。親指姫はこの野ネズミのおばあさんの同居人でした。

親指姫はとても夢見がちの女の子でした。たまに訪ねてくる野ネズミのおばあさんの親戚の子どもたちに、自分の生い立ちを話すことが好きでした。

自分は、チューリップの花のようなきれいなお家で生まれたの。幸せに暮らしていたのだけれど、ガマガエルが私のことをかわいいと言って、自分の息子のお嫁さんにしようとお家から沼へ連れてってしまったの。とても怖かったわ。連れていかれた沼の家はじめじめしてとても住むことなんてできないもの。私がおびえて泣いていたときに、親切な魚さんたちが、私が閉じ込められていた蓮の葉の茎を切って、沼の岸まで流してくれたのよ。そうしたら今度はコガネムシにさらわれてしまったの。私がかわいいからお嫁さんにしようとしたのね。コガネムシの家に行って、彼は友達や親せきに私のことを自慢したの。私は幸せな気持ちになったわ。でも、意地悪なコガネムシが、私の足が二本しかないとか、羽がないとか悪口を言ったの。彼は、私をさらったくせに、馬鹿にされたら、私にどんどん冷たくなっていったのよ。ひどいと思わない。私は追い出されて、あてどもなくさまよったわ。そうしたら、この家にたどり着いたの。おばあさんが病気で寝込んでいたので、介抱してあげたらおばあさんにとても感謝されて、そのままお願いされてこの家にいるのよ。

親戚の子どもたちが親指姫の冒険談を目をキラキラ輝かせて聞くものですから、親指姫は得意になって話をしました。野ネズミのおばあさんは、そんな時、いつも少し離れたところに座って、口を挟まずに静かにその様子を眺めていました。

そんな親指姫も結婚適齢期となりました。親指姫は、街に出ていきたがらないので、結婚相手に巡り合うこともありませんでした。野ネズミのおばあさんも大変心配しました。生活一通りのことはできるようになったけれど、男の人と暮らすことはできるだろうか。親指姫は愛想をつかされないだろうか等と考えるときりがありませんでした。
結婚話はすぐ身近から飛び込んできました。野ネズミのおばあさんの仕事先のモグラが親指姫の話を聞きつけたようです。仲介人を通じて結婚を申し込んできたのです。野ネズミのおばあさんは、仕事先が相手ということなので親指姫が何かトラブルを起こして生活に影響を及ぼさないか心配にはなりました。でも、モグラならば、堅実な働き者だということは知っていましたし、貯えもある裕福な家です。争いごとが嫌いで、小さなことにはこだわらないという性格だということもありました。何よりも、仕事の関係でモグラが野ネズミのおばあさんの家の近くにもよく来るので、何かあったら私も手伝いに行けるということから、縁談を進めようと思う大きな理由でした。

親指姫は、モグラが地味で華やかなところが無いことから、当初は縁談には乗り気ではありませんでした。しかし、このまま野ネズミのおばあさんの家で一生を終えることは気が利かないことだし、野ネズミのおばあさんが死んでしまったらどうやって生きていけばよいかわからないということで、縁談に応じた方が良いかもしれないと考え始めました。そこに、モグラからのプレゼント攻勢が始まりました。これまで見たこともないドレスにうっとりしましたし、きらきら光る指輪も気に入りました。自分が本当のお姫様になったような気持ちになりました。それならばということで縁談がまとまりました。

結婚当初は親指姫は幸せに暮らしていました。自分の欲しい服を手に入れ、自分の理想の家具に囲まれて、何不自由なく暮らしていました。モグラは、親指姫のおねだりにこたえようとして、これまで以上に仕事に精を出すようになりました。だんだん親指姫は一人ぼっちでいることが多くなり、不安になってきました。親指姫は自分の生い立ちについて誰かに話したくて仕方がなかったのです。でも、町に行くことは嫌いだし、野ネズミのおばあさんの家に行っても話す相手もいないので、つまらないなと感じて始めていました。

そんなときです。
家の近くに空から何かが落ちてきた音がしました。羽の折れた一羽のツバメがモグラの掘った外穴の中に落ちていました。親指姫は、ツバメを雨風の当たらない場所に移動させ、手当をしました。ツバメは、南の国からやってきたけれど、途中で怪我をして落ちてしまったというのです。親指姫はモグラと相談してツバメの世話をすることになりました。
親指姫は、良い相手を見つけたということで、ツバメに、得意の生い立ち話を何度も聞かせました。だんだんツバメも飽きてきたのがわかったので、今の境遇を話し始めました。

私は、野ネズミのおばあさんの世話をしておばあさんを助けてきたのだけど、おばあさんの体の具合がよくなったら、厄介払いをされるように縁談を持ち掛けたのよ。おばあさんの仕事が有利になるように仕事先のモグラに売られたようなものだわ。モグラったら、仕事に夢中で私のことなんかほったらかしなのよ。ツバメさんもご存じのとおりいつも家にいないのよ。モグラって、にぎやかなところが苦手だから、私が誘っても街に連れて行ってくれるなんてこともなく、こんな暗い穴倉に閉じ込められているんだわ。本当は街に行きたくないのは親指姫だったのですが、そういうことにしました。
この話は、生い立ち話よりもツバメは興味を持ったようです。親指姫は、自分の話を無条件に信じてくれて、自分が同情されていることがとても気持ちが良かったのです。

ツバメは尋ねました。
モグラは親指姫に乱暴なことはしないの?
親指姫は答えました。
ひどい暴力はないけれど、言葉が怖いの。低くてよく響く声はそれだけで怖いわ。言葉遣いは乱暴だし、あれをやれ、これはやるな。このやり方はだめだなんて言うだけだから楽しくないのよ。
ツバメは尋ねました。
お金はちゃんと渡されているの?
お金をもらっても親指姫は、街に行くこともないので買い物もしないし、必要なものはモグラが揃えますので、お金をもらう必要はありませんでした。
でも親指姫はツバメに答えました。
いいえ。お金なんてもらったことはないわ。だから、私は一生この暗い穴の中に閉じ込められて生きていくんだわ。
ツバメは満足そうな顔をして聞いていました。
その顔を親指姫が見て、親指姫も満たされた気持ちになりました。

またある時ツバメは尋ねました。
モグラは、本当に親指姫に乱暴なことはしないの?
親指姫は、どういう風に答えればツバメが満足するか分かってきていました。
実は、これはだめだとかあれをやれと言うとき、私が悪いんだけど、納得ゆかなくて素直にはいって言わないときに、ちょっとだけ肩を押されたりすることはあるわよ。たまたま近くにいた時だけど、感情的になって背中を押されたこともあったけど、暴力なんて思っていないわ。私が悪いのだもの。
それを聞いたツバメは、それはひどいと言いました。親指姫はかわいそうだね。辛い思いをしているねと言いました。
親指姫は、これまで他人から、自分のことを心配されたことがあまりなかったので、とても満たされた気持ちになりました。しかし、一方で、少しモグラに悪く言い過ぎたなあという気持ちも出てきました。そこで、慌てて付け加えました。
でもね、モグラも優しいところがあるのよ。私を叩いた後は、ごめんねって優しくいってくれるの。私を怒鳴った後は色々なものを買ってくれることもあるし。
それを聞いたツバメは悲しそうな顔をして言いました。
それは乱暴者みんながすることだよ。乱暴なときと優しいときと順番にでてくるんだよ。優しくする方が危ないよ。そういうものなんだよ。おそらくモグラは大変危険な乱暴者だ。親指姫、安心できないよ。命の危険があるよ。逃げた方が良いよ。

親指姫はびっくりしてしまいました。モグラは気が利かないところはありますが、真面目な働き者です。結婚前に比べれば信じられないくらい裕福な生活です。自分が殺されるなんてあるはずがない。ずいぶん上手に話しすぎたのだろうなと思いました。ちょっぴり反省しました。

大丈夫よと言ってその場は立ち去りました。

それからというものツバメは、顔を見るたび逃げろというようになり、自分と一緒に南の国に逃げようと繰り返し言うようになりました。最初は親指姫も不思議でした。どうしてツバメはモグラと話したこともないのに、モグラが危険な乱暴者だというのだろう。私がツバメの世話をしているのもモグラが良いと言ったからなのになあと思っていました。

でも命の危険があるから逃げろということを繰り返し言われたものですから、親指姫は何となく怖くなってきたのです。そういう気持ちでモグラを見るようになったからでしょうか。モグラに対する不満が生まれてきました。モグラは、親指姫がやった家事について、ありがとうという言葉がありませんでした。いつも夜遅く帰ってきて、親指姫の話を興味を持って聞いてくれるということはありませんし、帰るとすぐに眠ってしまいます。親指姫が失敗したこと、気に入らないことだけは仕事に行く前に言い残していくという具合でした。ツバメの言う通り、私を認めていないのかなと心配になってきていました。
そういえば確かに、叩こうとして叩いたわけではないけれど、背中に当たった手は強かった気もしてきました。今日も疲れたような顔しか見せないで、私を見ても前のように笑顔になることは無くなったな。心なしか声も大きくなったかな。と親指姫はますます心配になってきました。

モグラはモグラで、親指姫の希望を叶えるために収入をあげようと必死でした。少し無茶をやるせいで、あちらこちらと衝突することも増えてきました。それでも妻のために精一杯頑張ることで、生きがいを感じていましたから、少し仕事を減らそうなんてことは考えたこともありませんでした。また、一度引き受けた仕事に対する責任感が強かったので、最後までやりぬくことはたり前だと思っていました。家に帰るころにはくたくたで、話をする気力もなくなっていました。それでも、親指姫の無理なおねだりを聞いて、それは頑張ればかなえてあげることができると思うことが、無上の喜びでした。そんな自分の親指姫への愛を親指姫は理解しているものだと信じて疑いませんでした。

9月になりました。小高い丘にも秋の気配が漂い始めました。親指姫は、何となく体調が悪く、息苦しいかなと感じていました。ふいに昔のことを思い出してしまうといたたまれない気持ちになって、外に飛び出していきたいという衝動が抑えられなくなるようになりました。それと同時に自分はモグラから優しくされていないという気持ちが生まれ始めました。自分だけが損をしているのではないか、不公平だという気持ちが抑えられなくなってしまいました。ある日曜日、親指姫が些細な失敗をしたことがありました。モグラは何の気なしに、ここはこうするとうまくいくよと親指姫にアドバイスをしたとたん、親指姫は外に飛び出したいという衝動が抑えられなくなりました。何か叫んだかもしれませんが、親指姫はそのあたりから何も覚えていません。ただならぬ気配を感じてモグラは親指姫の名前を呼びました。親指姫は出口に向かって取りつかれたように走り出しました。危険を感じたモグラは、親指姫の腰に抱き着き、必死になって親指姫を止めました。親指姫は勢い余って、頭から床に転んでしまいました。モグラも一緒に倒れて親指姫の上に乗っかってしまった格好になりました。親指姫のおでこにたんこぶができてしまいました。そのあたりから親指姫は我に返り記憶を取り戻しました。

次の月曜日、親指姫がツバメの元に行ってみると、ツバメは、羽の具合もすっかり良くなり、南の国に帰る準備をしていました。
ツバメは尋ねました。
おでこのたんこぶはどうしたの?
ちょっと覚えていないのだけど、気が付いたらモグラに倒されていたみたい。
どうして倒されたの?何かあなたが悪いことをしたの?
私は何も悪いことはしないわ。ただ、家事で失敗してモグラに責められたことは覚えているわ。
では、あなたが家事で失敗したので、モグラは怒ってあなたを突き飛ばして怪我させたのね。
ああ、そういうことになるのかしら。
やっぱり私の言う通り、モグラは危険な乱暴者だよ。この次はたんこぶでは済まないと思うよ。私は仲間と一緒に南に行くよ。もう秋になったからね。あなたもつれていくことができる。一緒に南に行こう。
でも私は、南には知り合いがいないし。
南には、あなたみたいな人がたくさん住んでいるところがあるよ。そこまで連れてってあげるよ。
でも私を乗せたら重いでしょう。
大丈夫、仲間にも親指姫のことは話したから協力してくれるってさ。みんなモグラはひどい奴だって言っているよ。
モグラは追ってこないかしら。
大丈夫。仲間と一緒に南に行けば、モグラは追っては来られないよ。何より命が大事だよ。

こうして親指姫は木曜日に南に向けて旅立つことになりました。お気に入りのドレスと指輪だけを持っていくことにしました。全部モグラに買ってもらったものです。

木曜日に出発することはモグラに言ってはだめだよ。気が付かれてもだめだよとツバメは親指姫に念を押しました。

木曜日、モグラが仕事に行っている間に親指姫はツバメの背に乗って南の国に旅立ちました。



さて、親指姫は南の国で幸せに暮らしたのでしょうか。

よそ者で、言葉も通じないだろう親指姫は現地のコミュニティーに受け入れられたのでしょうか。それとも、収入もなくなり、こんなはずではなかったと言って、ツバメに元に戻すようにお願いしたでしょうか。そうしたら、ツバメはまた親指姫を野ネズミのおばあさんが住んでいる丘のふもとまで運んでくれるでしょうか、それとも「南の国に行くことはあなたが決めたことですよ」と突き放すでしょうか。親指姫はツバメが送って行ってくれるという場合に、散々不義理をしたモグラや野ネズミのおばあさんの元に平気で戻れたでしょうか。

この親指姫の話は、複数の実話をもとにして作成しました。実話と違うところは、親指姫とモグラの間に、概ね2歳以下の子どもがいなかったことです。

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過労死落語 文一ドットコム [現代御伽草子]

過労死落語 文一@

弁護士の落語っていうと、東京の女性の先生の憲法落語の二番煎じってことになりますが、まあいいや、落語って方法を使わない手はないもんだってことで、プライドも何もなく始まるんですが、

私のは、もう、古典落語「文七元結」のパクリです。人情噺の名作です。おそらくこれからお話しすることよりも、感動すると思いますから、機会があれば本物を是非お聞きください。こうやって、正々堂々とパクることができるのは、素人落語の良いとこですね。

古典落語といえば、別々の話しに同じ名前の登場人物が出てくるのですが、結構この名前はこのキャラクターというお約束があったりするんです。一番有名なのは「与太郎」でしょう。「感じ方が激しいやつ」とか、「一本抜けているやつ」とかいろいろ言われている彼です。今回主人公は文一ではなく「くまさん」です。落語の「くまさん」は熊五郎っていう名前で、魚屋だったり、左官職人だったり、大工だったりその落語によって違いますが、腕がいいという共通点があります。でも、酒で身を崩してという共通点もあり、落語ですから、最後に立ち直るんですがね。この話は現代が舞台ですから、クマゴロウっていう名前はちょっとねえって感じなんですが、まあ、隈本さんってことで、強引にくまさんって言って始めるわけです。最初は、くまさんの家でおかみさんとの会話からです。

女房:お前さん、会社の方が迎えに来られたよ。勝手に会社休んじゃったんで、叱られに来いっていうのかねえ。
くま:え?まじか?もう夕方になろうっていう時だぜ。会社が一介の従業員を家まで迎えに来るって話は聞いたことないな。ああ、でも見せる顔もないしなあ。
女房:それじゃあ、どうする?
専務:くまさあん。ぐあいどうですかあ。
くま:ええ、専務さんがわざわざ気なすったのかい。
いやいやどうもすいませんわざわざ申し訳ありません。
専務:まあ、元気そうだね。それじゃあ車待たせているから行こう。
くま:わかりました。覚悟を決めました。お供します。
専務:くまさん。夕飯まだですよね。
くま:ええ、夕飯どころか朝から何にも食べていないんで。
専務:社長の言ったとおりだ。

くま:ええっと。
専務:さあ、ここだよ。
くま:ここは・・・中華料理屋ですね。
専務:ああ、社長もお待ちかねだよ。
くま:もしかして中国マフィアとかも一緒にいるんじゃないでしょうね。隠し部屋みたいなのがあって。
専務:何をわけのわからないことを。

くま:あ、社長。このたびは申し訳ありませんでした。どうも、気まずくなっちまって、会社に出られなくなってしまいました。
社長:やあ、よく来たね。あの件は、おまいさんの責任じゃないよ。やっぱりそのことを気にしていたんだな。まあ、そんなことより、ビールでも開けようね。
くま:え、お叱り会とかではないんですか。
社長:何言ってんだい。中華料理屋だから中華を食べるんだよ。たまにはいいじゃないか。お宅に押し掛けるのもご迷惑だと思って、わざわざご足労いただいたってことだよ。
くま:だって。
社長:だから、あの徳川商事の注文だがね。私のにらんだところによると、はじめから下請けいじめなんだと思うよ。あんな仕様書の部品なんて、はじめから無理だ。その上、今月からいくらいくら納めろなんて無茶もいい所だ。
でもね、安川がいろいろ検討してくれてね。どうやら、通常のねじを使うと電流が変わっちゃってうまくいかないんだ、タイプA1Cっていう型のねじを使えばうまくいきそうなんだってよ。
くま:なんだか糖尿病みたいなねじですね。
社長:ははは、但し、そのねじは、ずうっと前に生産中止になっていて、卸会社でも聞いたことが無いってくらいだったんだ。これから型を作って素材を集めてというと、生産開始は来月の後半くらいなんだな。なあに、明日かけあってくるよ。だめなら下請外しだってなんだって受けて立つよ。
時にくまさん。今日はどんな心もちだったんだい。
くま:いや本当に。一日ぼけっとしていたような気がします。あっという間に夕方になったって感じですが、ずいぶん長かったって感じです。なんだか、鉢植えの木の葉っぱをじっと見ていました。だんだん、自分は生きていてはいけないんじゃないか、死ななければいけないんじゃないかって、
社長:やっぱりな。くまさんは責任感が強すぎるから、それがあだになって、病気になりかかっていたんだよ。
くま:あっしが病気ですってい?
社長:死ななきゃいけないって思うってことが病気の症状なんだよ。いいかいくまさん。生きとし生けるもの、おけらだってあめんぼだって、生きようとするじゃないか。自分から死のうなんてものは何もないだろう。
くま:あああ、そうですねい。
社長:それは、脳の誤作動ってやつらしい。病気の症状らしい。風邪引けば、咳をするようなもんだ。
くま:そうだったんですかい。
社長:それからな。ああいう大企業の横暴で、なんともできない時、絶望的になるだろう。助かる方法がないというか。
くま:へい。
社長:くまさん、自分を責めたろう。
くま:そうなんです。でも自分を責めると、少しホッとしてしまったんです。なぜだか知りませんが。
社長:自分が悪い、自分が何とかできれば、うまくいったはずだと思って、絶望しないための生きる仕組みらしい。
くま:そうなんですか。でも社長、おかげさまで、すっかり良くなりました。このチンゲン菜ももりもり食べられます。私が病気にかかりはじめだったら、さしずめ社長さんは、お医者さんですね。
社長:こっちだって必死だったよ。奥さんに電話したら、その調子だったろう。このまま病気が重くなって会社に出てこられなくなったら、それこそ会社の一大事だ。病気はかかり始めが肝心っていうだろう。徳川商事の取引より、うちでは、くまさんの方が大事なんだよ。
くま:ありがてぇ。ほんとうにありがてぇ。今度はうれしくってこの鶏肉が食えないですよ。
社長:よかったよ。本当によかったよ。

くま:社長すっかりごちそうになってしまって。こんなにお土産ももらっちゃって。ありがとうございます。
いえいえ、もう元気ですから、少し夜風に吹かれて歩きたいんで、うちまで行進していきます。ええ、もうすっかり元気になりました。

くま:てえってくらあ。そうだ、かかあに電話しておくかな。
あの、千代子さんですか。私です。はい、はい、たくさんごちそうになりました。社長さんが、お土産まで下さって。飲んでない飲んでない。今日はそれほどは。本当。もうはやく千代子さんに電話したくってさあ。歩いているところだよ。もうすぐ澱橋だから、あれ?ちょっと一回切りますね。

くま:もしもし、もしもし、あなたどうしたんですか。黙ってらっしゃるけれど、おい、まてぃ。ちょっとだけまてぃ。あぶねえな。何しているんだい。
文一:痛いなあ。何するんですか。
くま:何するんですかもないもんだ。こっから飛び降りたら、大けがして一生病院暮らしだぞ。決して死ねるとは限らねえぞ。うんうん。へたり込んでねえで。冷えるからな。ちょっとあそこにベンチがあるから、ちょっとあそこまでいこうな。
文一:どうして私に声をかけてくれたのですか。
くま:どうしてって、少しは正気に戻ったようだが、変だからだよ。
文一:変って。
くま:そりゃそうだろう、室内スリッパはいて、高い橋の上で欄干握りしめて川底にらんでいたんだから、正真正銘の変。
文一:あ、スリッパですね。でも、いいんです。どうせ私は、生きている価値だってないんです。止めてもらったのかもしれませんが、よけいなことされたんですよ。
くま:なに、死ななければならないってことか。
しかしな、死ななきゃいけないって思うってことが病気の症状なんだよ。いいかい。生きとし生けるもの、おけらだってあめんぼだって、生きようとするじゃないか。自分から死のうなんてものは何もないだろう。それは、脳の誤作動ってやつらしい。病気の症状らしい。風邪引けば、咳をするようなもんだ。
文一:脳の誤作動ですか。
くま:ことによると、お前さん、自分を責めて少しホッとしているんじゃないかい。それは絶望を避ける生きるための仕組みんなんだぞ。大企業の横暴なんだぞ。
文一:うちの会社は、大企業じゃないですが。そうです。自分が悪いと思うと、少し救われたような気がしました。そうだ、そうやって、だんだんと自分が悪いということに逃げてきたような気がします。
くま:元気になったら飯食え。こっちは柔い餃子で、社長がかかあに持っていけっていうからダメだけど、こっちは俺がもらってきたチャーハンの残りだから食え。
文一:いえ私は食欲は。
くま:なんだな。まだよくなっていないんだな。
文一:あなたは面白い人ですね。どうして私に優しくしてくださるんですか。
くま:え、だからさあ。会社にとって、徳川商事よりもって、お前さん、うちの会社の従業員じゃないからなあ。そりゃあだめか。それは、さっき出なかった質問だなあ。いや、こっちの内緒話。ううん。ううんと。おう!おそらく、人間だからじゃないかな。うん、ちげえねえ。俺も人間だ、おまいさんも人間だ。間違いない。
人間って、誰か困っている人を見たら、助けたくなる動物なのかもしれねえな。
文一:それでも、私は、九州からこの格好でやってきたんですよ。ここどこですか。
くま:仙台よ。宮城県だから宮崎県じゃないぞ。
文一:誰一人声をかける人はいませんでした。
くま:いや実はな。おいらも、昨日、取引先の徳川商事からの発注をさあ、無理だってわかっていて請けちゃったんだよ。ほい、いいから食べな。請けたら大変なことになるってわかっていたんだけど、ハイ箸。請け無ければ出入り止めだっていうんだろう、なんだからわからないうちに予備契約してしまってさあ。案の定部品がなくって、明日社長が謝りに行くってんだよ。会社に行こうにも行けなくてな。
文一:それは、はめられましたね。
くま:今はそれもわかるような気がするが、今朝はもう、飯は食えない、着替えはできない。とても会社に行くことはできなかった。入社してから30年たつが、初めてのことだったよ。油が切れたっていうか。それが何で陽気に手土産持っているかっていうとな。社長がわざわざ家まで迎えに来てな、中華料理をごちそうしてくれたんだよ。嬉しくてうれしくてな。なあに、さっきから言っていたことは社長の受け売りよ。
文一:なんていい会社なんでしょう。うそでもそんな会社考えたこともなかったです。
くま:お前さんも会社がらみだな。
文一:私の上司は、厳しくて、何をしても叱られるんで、叱られに会社に行くようでした。チャーハンうまかったです。もう本当に腹いっぱいです。給料泥棒だとか、役立たずって言われるのはまだよいんですが、お茶を出すタイミングが悪い、そんなの俺の孫でもわかるってこうですよ。
くま:それはえげつないぞ。えげつないって言葉わかるか?
文一:ははは、それは日本語だと思いますよ。わかりますよ。
くま:おや、わらったね。いい男じゃないか。

女房:お前さんかい。こんなところで何やってんの?いつまでも帰ってこないから心配になっちゃって。
くま:うわ女房が来た。いや、この方がね、部屋履きスリッパで九州から仙台まで来たんで、その
文一:奥さまですか。旦那様に命を救われました。
女房:おやおや、今日はいろんなことがあって、一日が長いね。
くま:職場で大変ご苦労されているそうです。
女房:そうかい。大変だねい。ところで何の仕事をしているのさ。
文一:ねじの製造販売をしています。
くま:なに?
女房:どうして、こっち来ることになったんだい。
文一:あんまり覚えていないんです.気が付いたら、旦那様に投げられて尻もちついていました。実は、私の上司が怖いというか、なんというか。本当は自分の発注ミスで特殊なねじを大量生産してしまったんですが、特売するから売りさばけっていうんです。みんな真に受けません。使い道のないねじですから、売れるわけないんです。私は、だめだと思っても、他の人がやらないなら自分がやらなければと思って営業して回って、ねじは案の定売れないわ、日常業務はできないでわと私だけが怒られる格好になっちゃって。もともと人が少なくてやることが多くて。最近は、家に帰る時間ももったいなくて、会社のソファで寝ていました。それでも売れません。そうしたら、責任とって買い取れっていうんですよ。じゃなければ会社やめちまえって。
くま:そんでおまいさんどうしたい。
文一:買い取りましたよ。貯金は全部ぱあ。もう会社にも行けないし、大量のねじの在庫抱えて生きていけないと思って、
くま:ところでさあ、そのねじなんていう型なんだい?ことによるっていとヘモグロビンっていうんじゃないかい。
文一:そんな名前のねじは知らないなあ。糖尿病みたいだな。
文一:あっタイプA1Cですか。
くま:そうそれ、タイプA1C。お前さん、それきちんと売買契約書あるの。
文一:ええ、にやにやして書かせられました。半額に負けてやるって大儲けだなって。悔しいから、倉庫借りて、そちらに全部移動しました。
くま:在庫いくらあるの
文一:ざっとケースでこれくらいですが、
くま:ことによるとそれ全部買うぞ。
女房:そろそろ冷えてきたよ。専務さんから小籠包持たせたからこれもどうぞって、ビール券もらったよ。お客さんも今夜はうちに泊まりなよ。どうせ命を助けたんだから遠慮はいらいないよ。

その夜は、遅くまでしみじみ宴会が続いたそうです。文一のねじは、ぴったり使えるもので、会社が全部買い取ったそうです。徳川商事の納期も無事に守られました。徳川商事の担当者が、これを知って会社まで来て、大声を上げながら泣いて、土下座をしてくまさんに感謝したそうです。どうやら担当者も上司に無理難題を言われて、責任をくまさんに押し付けた形になったということでした。御社のご恩は一生忘れないと、その後も何かにつけて優遇していたそうです。
文一は、前の会社を辞めて、投げ売りで買い取ったねじを正規の値段に近い値段で売り払うことができ、蓄えた資金で、中小企業専用で会員制の物資流通情報サービス事業を始めました。文一ドットコムという会社です。絶望していた需要と供給を取り持つ会社は絶大な信頼を持ち、口コミで会員がどんどん広がっていきました。その中で下請けいじめの会社の告発や、パワハラ上司への警告なども行い、たいそう繁盛したようです。文一ドットコムというお話でした。


大きなテーブルのある部屋 離婚の子どもに与える影響と面会交流の意義を小説仕立てで説明してみた [現代御伽草子]

その日、由果の母親は珍しく早く帰ってきた。定時前に仕事を切り上げたらしい。玄関に入るなり、リビングの固定電話に直行して電話をかけ始めた。
リビングにいた由果をちらりと見て、相手は弁護士で、ホームページを見て「この人なら」という人を見つけたということを早口で告げた。携帯電話からかけないで、わざわざ家に帰って電話をしているところからすると、由果を電話に出したいということらしい。話をいていくにつれて、母親の声のトーンが高くなっていった。どうやらお眼鏡にかなった人物だったようだ。
 由果の母親が、ついには弁護士にまで電話をかけている理由は、由果が中一の冬ころから学校に行かなくなり、そのまま中二の春を迎えてしまったからだ。これまでも、学校関係や行政関係の相談所に相談をしつくした。しかし、全く成果が得られなかった。母親が相手と口論になってしまった相談機関もあった。思い余って、あらゆるつてで調べ尽くして、手あたり次第電話をかけまくって、今日の弁護士の電話番号にたどり着いたようだった。
 案の定、母親は由果に電話に出るように手招きをした。
「これまでの人と全く違うよ、話のわかる人だから出なさい。」何度もそうやって呼ぶのだが、由果は無表情に首を振るばかりだった。そんなやり取りがしばらく続き、ようやくのことで母親はあきらめて、弁護士に丁重に詫びを入れ、何やら話をして電話を切った。
「なんで電話に出ないのよ。先生がせっかく時間を作ってくださったのに。」
「弁護士と話すことなんてないじゃん。」
「ああそうか、弁護士だと思うと話しにくいか。でもね、今度の先生は、今までの人と全然違うことを言うのよ。あなたが、完璧にやらないとだめだと思っているんじゃないかって。みんな60やればいいやと思って55しかできなくても平気でいるのに、あなたのような子は、90やらなきゃいけないと考えて95をやり抜こうとしてしまう。だから、足がすくんでしまうんだって。」
 由果は、はじめ何を言われても反発をするつもりで、こぶしを握り締めて聞いていたが、思い当たるところがあるように感じて、自分のこぶしをみつめていた。
「失敗できないって気持ちで、自分を追い込んでいる子どもたちって、今多いんですって。」
「お母さんは、先生とお話ししてよかったな。なんか、少し楽になった気もする。由果もお話すればよかったのに。でもね、由果がお話ししたいときに電話してもよいっておっしゃってくれたわよ。」
「弁護士さんだから、お金がかかるでしょう。」
「なんかね、これは弁護士の業務ではないからいらないって。自分の依頼者の子どもたちに引きこもりの子が多いので、研究しているんだって。もちろん、なんかお礼はするつもりだけど、由果はそんなこと考えなくても大丈夫よ。」
 母親は、弁護士の名前と電話番号を書いたメモを由果に渡した。由果はメモを見るや吹き出した。
「なに、これ。大仏弁護士って、仏教の人?」
「いやあね、おさらぎって読むのよ。大仏次郎っていう作家もいるのよ。でも、あなた久しぶりに笑ったわねえ。」
 その日はそれで終わった。後で考えると、大仏から母親に対して、あまりしつこいのは逆効果だからあっさり引いてみた方が良いとアドバイスがあったようだ。

由果は、次の日の昼ころに大仏に電話をしてみた。母親の話に興味をもったということもある。でも、どうやら母親の味方らしい弁護士に、本当は自分にとって母親こそが重荷になっているんだということを言って、鼻を明かしたいという意地悪な気持ちがどこかにあった。
由果が4歳の時に両親は離婚していた。離婚後、特に何かを言われたわけではないけれど、由果はいつも母親の顔を見ながら頑張り続けていた。ピアノのコンクールでも入賞の常連だった。学校の成績も常にトップクラスで、家庭訪問などで先生が良い子ですということが誇らしかった。でも、小学校5,6年生ころから、どんなに頑張っても、それまでのようによい成績を維持することができなくなった。それほど勉強しているようには思われない子どもたちに追い抜かれていくような焦りが強くなっていた。それと母親とどんな関係にあるのかはわからないが、苦しい気持ちを感じているときに、いつも母親の顔が出てきた。そんなときに、ある日、クラスの中で友達同士でグループができていて、自分だけ特定のグループに入っていないことに、突然気が付いた。そのことに気が付いてどんどん不安になっていった。
そんな時、吹奏楽部の部活動の時に、顧問から他の部員の前で強烈な嫌味を言われた。顧問は、由果に発奮させようとしたのかもしれないが、自分では限界まで頑張っているつもりだったので、どうしてよいかわからなくなった。次の日なんとなく学校に行きたくなくて、仮病でずる休みをした。次の日も病み上がりということで休んだ。そうしてそのまま、学校にも行かなくなった。
由果には5歳上の姉がいた。姉は、父親の悪口を言う時だけ母と気が合ったようだが、それ以外はその姉も母親も嫌っていた。姉は、高校を卒業すると同時に、就職して、アパートを借りて家を出ていた。

由果は、携帯電話からではなく、家の固定電話から大仏弁護士に電話をした。
電話口には、大仏が直接出たので、少し驚いた。事務員は昼休み中だというのだ。弁護士だというのに、中学生の自分にも敬語を使って話すので、意気込みがしぼんでしまった。いつしか、素直な自分が相談をしていた。
大仏は少し早口だが、一生懸命であることが十分伝わってきた。
由果は、素直に、自分が今挫折をしていること、なぜか苦しい時に母親の顔が浮かんでくるということを話していた。素直に話すことが、自分に真剣に向き合う人に対する礼儀だということを強く意識していた。
大仏は、鋭く切り込んできた。
「うん。あなた、由果さんは、お母さんが望むことは何かということを考えて、頑張っていらしたんでしょ。子ども心に、お母さんが寂しそうと思って、自分が頑張らなきゃと思っていらしたんでしょ。自分が楽しくてピアノを頑張っていたわけではないし、自分が勉強したくて勉強をしていたわけでもなかったのかもしれませんね。お母さんはどう思うだろうということが、ずうっと頭を支配していたのかもしれないと思います。」
 由果は、聞きながら、少し苦しくなった。
「成績が良くたって、ピアノがうまく弾けなかったって、そのままの今のあなたがゼロポイントなんですよ。大事なことは、そこから積み上げていくことだと思いますよ。今日0点なら明日10点に到達すれば上出来でしょう。100点じゃないからだめなんだではなくて、あなたは、あなただから無条件に大事にされるべきだと思います。」
 よくわからないところもあったが、大仏の一生懸命さが届いていた。
「それにしても、よく自分がなくなってしまうって気が付きましたね。すごいと思いますよ。どうやってきがついたのでしょうかね。ほかの子どもたちにも教えてあげたいです。」
 気が付かないうちに、そんなことを言っていたようだった。
 学校へ行けとは言われなかった。なんかそれがおかしかった。
「行くにしても、真面目に全部出ようとしないほうが良いんじゃないでしょうか。途中でギブアップして図書館に行って暇をつぶすっていうのもありだと思いますね。」
「それじゃあ、何にも意味がないんじゃないでしょうか。」
「そんなことないと思います。そこがあなたのアドバンテージなのです。今、全く学校に行っていない。早退とか、遅刻以前の段階です。ここが0ポイントです。だから、学校に入るだけでポイントゲットということになるのじゃないでしょうか。0より、だいぶ進んだことになると思います。」
「先生や同級生からなんて言われるか。」
「そうそう、なれるうちは緊張するかもしれません。でも、由果さんがさっきおっしゃっていたエリさんでしたっけ?彼女におはようというだけでもよいのじゃないでしょうか。」
 エリは、学校を休むようになってからも、時々電話をくれていた。出られないときもあったけれど、電話に出られる時は、さりげなくクラスの出来事を話してくれたりしていた。大仏と話すまでは、自分でも、エリの優しさに気が付かなかった。大仏の目を通して物事を見ると、世界に色が付いたような気がした。
「先生、また電話してもよいですか。」
「いいですよ。ただ、仕事中や出張中は出られません。それだけ予めご承知おきください。」
「今度いつ電話すればよろしいでしょうか。」
「あなたが電話したいときでしょうね。」
 由果は、電話を切った後、礼を言うのを忘れていたことに気が付いた。もう一度電話をしたが、話し中だった。

 大仏と話をした後も、学校には行けたわけではない。それでも由果の生活は少し変わった。
 大仏が熱心に勧めるので、部屋の片づけをしてみた。空間が広がった分だけ気持ちも広がって、部屋が少し明るくなった。ずうっと探していた本が見つかったので、読んでみた。少しずつのめり込んで読むことができた。日の光を浴びることを意識し始めたら、夜に眠れるようになった。眠れないときもあるけれど気にしなくなった。
 月刊の学習雑誌は、レベルが低いということで、馬鹿にして読んでいなかった。片づけをして、整理してみたら、すべてそろっていた。ちょっとやってみようと思った。大仏の言うように、難しいレベルは初めから手を出さないで、簡単なレベルを教科書を見ながらやってみたら、思ったより理解できた。答えを間違っても、なぜ間違いなのか簡単に理解ができた。どうやら、大仏が言う通り、最初から90を目指してしまっても、無理な話だということらしい。
 それでも、学校に行く気にはならなかった。由果は、その原因は、どうやら父にあるのではないかと考えていた。父が悪いというわけではないと思うが、自分が一歩を踏み出せないのは、父親と関係しているのではないかと考えるようになった。大仏に相談したかったのだが、なんとなく電話をすることはできなかった。

 土曜日、由果は、家の近くの図書館に行ってみた。大きなガラス張りの壁から通りの景色を見ていた。上から見るケヤキ並木は、緑の命が遠く果てまで続いていた。
 4歳の時にあったのが最後なので、父親の記憶はそれほど多くない。離婚した後に母と姉が父親の悪口を言う時にも、あまり話の輪に加わることがなかった。母と姉の話によると、父親は人を支配したがる人だということだった。何か些細なことでも、自分の思い通りに行かないと手厳しく叱っていたようだ。いつも縮こまっていなければならず、呼吸さえ控えめにして暮らさなければならなかったと言っていた。
「由果も怖かったわよね。」
と聞かれることがあった。よくわからないという顔をするのが怖かったので、子どもながらに、
「由果も怖かったよ。」
と相槌を打っていた。
それが、今、心の中にわだかまりとなって静かに降り積もっているような感じがした。もしかすると、母を守ろうとしていたのかもしれない。父を悪く言うことが母を守ることなら、母を守ることは父を裏切ることだったのか。考えは堂々巡りになった。
 ケヤキ並木の終点を探しているうちに、唐突に父に会ってみたくなった。別れてから10年が経っている。母親に聞くこともできないだろう。一度だけ、養育費が滞ったということで、調べてみたら、仕事をやめていたということが聞こえてきたことがある。最近では話題にも上らなった。父に会えば、何かが変わる予感があった。でもどうやって父に会えばよいのか。そう思ったとき、大仏のことを思い出した。
 大仏に電話をしてみた。確か土曜日は事務所が休みで、その上自分の携帯電話から電話しても大仏はわからないだろうと思った。どうせ出ないだろうという気持ちが思い切って電話をかけるきっかけとなった。
 しかし、大仏は電話に出た。
「ああ、由果さんですか。いやあ、土曜日にも事務所に出るもんですね。由果さんから電話をいただくなんて、今日は良い日だ。」
「あの、父親に会ってみたいんです。」
 由果はそう切り出した。
「そりゃそうでしょうね。いいことだと思いますが、そうですね。お母さんに黙ってというわけにはいかないでしょうね。ちょっと待ってくださいね。ノートだしますからね。ああ、村木由果さんでしたね。はいはい。お母さんは知子さん。そうですね。携帯の番号もメモされていますね。じゃあ、あなた、お父さんを訴えるということで依頼があったことにすると。」
「いえ、父を訴えるという気持ちはありません。」
「ああ、すいません。これはちょっと内輪話でした。」
「ところで、父の住所を探すことができますか?」
「ええ、ええ、そのために、一応訴えるという依頼をいただく必要があるわけです。ええ、気にしなくてよいです。それじゃあ、こちらの携帯に連絡入れますね。再来週かな?」
 由果は、大仏といろいろ話したかったが、土曜日に仕事をしているところからは、かなり忙しいということなんだと思って、我慢することとした。
 
 父の住んでいるアパートは、地下鉄の駅の近くだった。大仏が、父親に連絡を取って、この日に由果が訪問するので家にいるように言っておいてくれた。どうやら大仏は、母親の了解まで取ってくれたようだった。母親の態度でなんとなくそれがわかった。心配そうな母親にわざと笑顔を向けて安心させる由果の癖は直っていない。でも、本当は会わせたくないのだろうに、我慢して何も言わない母親は珍しかった。そんな母親に対する感謝の気持ちの笑顔でもあった。
 アパートは、住宅街の奥にあった。道路には面してなくて、玄関に向かうためには、駐車場を通っていかなければならなかった。それほど古い建物でもなく、小ざっぱりとした、感じの良い二階建てのアパートだった。父の部屋は、一階の一番手前の部屋だった。普段は表札をかけていないのだろう。真新しい紙に手書きした表札がかかっていた。
 チャイムを鳴らすと、父はすぐに出てきた。駐車場を通る様子が目に入っていたらしい。ドアを開けたとたんに部屋の隅々まで見渡せる狭いアパートだった。キッチン兼リビングの部屋ともう一つ寝室があるのだろう。部屋は、片付いているというよりも、散らかしようがないほど何も家具がなかった。
 ただ一つ、狭い部屋に不釣り合いのテーブルが一台、部屋を独り占めしているようだった。由果は、そのテーブルから目を話せなくなった。どこか懐かしい感じがするテーブルで、記憶の中にそれは確かに存在していた。
「あんなにちいちゃかった由果が一人で尋ねてきてくれただなんてなあ。」
「うん。」
「そうか、このテーブル覚えているか?」
「うーん。はっきり覚えていないけど、とっても懐かしい感じがする。」
「このテーブルで、由果もお姉ちゃんも大きくなったんだよ。」
「じゃあ、一緒に住んでた時のテーブルなのね。」
「あっ、ごめんごめん。オレンジジュースを買っておいたからのみなさい。」
 由果は、苦笑した。父親に取って由果は、4歳のままだったのだろう。あのころは、どこに行ってもオレンジジュースを飲んでいた。
「このテーブルは、由果にとってどんな思い出なのだろう。嫌な記憶なのか違うのか。」
「懐かしい思い出だよ。」すぐに返事をした。
「そう、何も心配事がないっていう感じ。パパとママが喧嘩していても、それでも心配にはならなかった。」
「ははは、よくけんかしていたからね。パパの思い出は、怖いイメージかい?」
「それが、よくわからないの。ママや姉さんは、怖いとか厳しいとか言っていたけれど、本当のところを言うと、怖いパパという記憶がないの。その理由を知りたくて今日来たのかもしれないの。」
「まあ、あの頃は、仕事ばかりで、ろくに家にもいなかったから、あまり記憶がなくてもしかたがないかもしれないな。」
「でもね、記憶の中で、笑っている男の人がいるの。どうしても、ママや姉さんの話とは一致しないの。でも今日ここに着てはっきりわかったわ。やっぱりその男の人はパパで良いんだって。」
「そりゃあ、由果はまだ4歳だったから、さすがに厳しくすることはなかったよ。姉さんは10歳になっていたから、だらしなくしていたら怒ったよ。暴力だけは振るわないようにしていたんだけど、厳しかったのかなあ。でも、今まで、そんなふうに考えたことなかったなあ。自分は悪くないって、悪くないはずなのにどうしてこうなんだろうって、そればっかり考えていたなあ。」
由果は、どきりとして、オレンジジュースを飲んだ。大仏と話す前の由果は同じことを考えていたからだ。由果は、自分は悪くないはずだと母親に言っていたのだということに気が付いた。一人暮らしの父は誰に言っていたのだろう。
「由果ねえ、冬から引きこもっているんだ。学校にも行っていない。」
「そうなんだってなあ。大仏っていう弁護士さんから聞いたよ。でも、パパがどうにかするってことはできないと思ったんだ。それにこんなみじめな姿を見せることは余計に悪くしちゃうんじゃないかって言ったんだよ。私にどうしろというのか聞いたんだ。」
「大仏先生なんて言っていた。」
「大仏先生は、パパはパパのままでいいんだっていうんだ。そのままのあなたが生きているということで、それだけで役に立つんだって言ってくれたんだ。本当かなと思ったけど、由果に会えると思ったら、会う約束をしてしまっていたんだ。」
 本当にそうだと由果は思った。パパがいるだけで、パパと話ができるだけでずいぶん違う。
「なあ、大仏先生が言っていたけど、0ポイントということを由果に教えてもらうといいってことなんだけど、わかるか?」
「わたしもよくわからないんだけど、人間は成長する動物なんだって。だけど、あまり頑張りすぎちゃって、実力以上のことをやっていると、それ以上成長することができなくなるでしょう。だから、余裕をもって生きていけなくてはいけないんだって。今よりも良くなれば成長でしょう。だから、今が一番悪いなら、少しの成長でもポイントゲットになるでしょう。だから、今が悪くても、そこから成長するかどうかが人間の価値なんじゃないかな。」
「なるほど。うーん。なるほどとしか言えないけれど。」
「由果はねえ、成長したよ。」
「ほう。」
「前は、部屋から出なかったし、部屋は汚いままだった。夜なのか昼なのかわからなかった。でも、部屋の片づけからはじめて、日に当たるようになったら、夜に眠るようになったよ。少しずつ勉強もしているんだよ。」
 父はしばらく考えていたが、ふっと表情の力が抜けた。
「ああ、そういうことか。ゼロポイントか。」
「でもね。どうしても学校に行くことができなかったの。よくわからないのだけれど、学校に行くためには、どうしてもパパに会わなければだめだと思ったの。」
「会ってみてどうなんだい。」
「学校行けると思う。私には、パパがいるから。」
「頼りにならないパパだぞ。」
「うーん。なんか違う。パパはやっぱりいればいいんだと思う。ねえ、また会いに着ていい?」
「もちろんだよ。そうだな、でも、今度来るときは夏休みになってからが良いな。ママにありがとうって言っておいてくれるか。今日、来るのを許してくれてありがとうだし、こんな良い子に育ててくれてありがとうだし。」
「私って良い子なの。」
「どう考えたって良い子だろう。優しくて、良く考える良い子だよ。」
「そっか、私は良い子か。」
「今日は本当にありがとう。本当にありがとうな。」
 気が付けば、ずいぶん時間がたっていた。玄関を出て駐車場の前から父の部屋を見てみた。父はテーブルの前に座っている後ろ姿だった。泣いているように感じた。
「一緒に頑張ろう。」
 由果が声に出してつぶやいた時、同じ言葉を父親も言ったに感じた。

仙台のケヤキが芽吹くころ (ある家庭内暴力の解決事例) [現代御伽草子]

<元依頼者からの電話>

仙台の春の始まりは、吹く風もまだまだ肌寒い。
定禅寺通りのケヤキ並木の若芽も、出ようかどうしようか悩みながらという感じである。


そんな日の朝、
弁護士大仏(おさらぎ)の事務所の電話が鳴った。元依頼者の内田花子からの電話だった。
昔、内田の依頼を受けたことの縁から、大仏は、内田のボランティアに時々顔を出していた。そんなことで、内田も気やすく電話をかけてきたようだ。

「どうしました。」
大仏の口癖みたいな電話の応対で始まった。

内田花子の話は大体以下の通りである。
「先生も知っていると思いますけど、私の友達のピカっているじゃないですか。」
(知らない)
「ピカが、女子高生が父親に虐待されて国分町(仙台の夜の歓楽街)で働いているので、養子にしたいって、できますか?」
「不穏当な話ということはわかりましたが、何がどうなっているんですか。」
「そうですよね。わからないですよね。すいません。つまり、ピカが、今女子高生を保護しているんです。その女子高生は、父親から虐待されていて、家にいられなくなってプチ家出をして、国分町でアルバイトしていたようなんです。心配なのでピカの家に泊めたそうです。ピカの旦那さんも気に行っちゃって、養子にしたいと考えているんだそうです。親の承諾なく養子ってできますか。」
(いや、まだよくわからないが、まあいいや。父親と関係が悪化した高校生の女の子を養子にしたいと考えているんだな。)

内田花子は、いろいろなボランティアをしたり、趣味のサークルで活動しており、交友関係が広い。確かに、ピカという名前は聞いたことがあるような気がするが、あったことも話したこともない。本名も聞いていない。

彼女の話は続いた。
「それというのも、もともとは、安積先生っていらっしゃるじゃないですか。社会保険労務士の。」
(確かに安積先生は、女性の社労士だ。元々は私の仕事仲間だ。いつの間に、内田花子とつながりができたのだろう。)

「安積先生のお子さんの同級生で、お父さんに虐待されて居酒屋でバイト始めたお子さんがいて、安積先生が心配になって、コーラスサークルに連れてきたんです。そこにピカも入っていて、話があったみたいで、ピカの家に連れて行ったってことなんです。」

この人たちのネットワークはすごい。それほど仲が良さそうでもないし、きっちり自分のプライベートを確保していながら、いろいろなことを共同で行っている。一言で言えば、楽しんでいる。いったい何人とかかわっているかはわからない。いざとなれば強力な力を発揮しているようである。しかし、親子を引き離して、養子縁組をするというのは、少し先走りし過ぎではないか。



<大仏のアドバイス>


「いやちょっと、花子さん。子どもを父親から引き離すというのは、あまりにもドラスティックではないですか?」
「でも、子どもだし、女子だし、暴力は許せませんよ。」
「たしかに、暴力はだめですが、何か理由があるかもしれませんよ。あっ、いやいや理由があってもだめですが、先ず理由を考えることが解決の糸口になるかもしれません。お母さんはどうしているのですか。」

「あっ、実は、両親は離婚してるんです。女の子は、最初お母さんのところに引き取られていたんですが、いろいろあって居づらくなったし、もともと仙台なので友達もいるしということで、お父さんのもとに戻ったって話です。」

「じゃあ、もともと虐待があったわけではないかもしれませんね。娘さんは自分からお父さんのところに行こうとしたのですからね。お父さんは、きちんと働いているのですか。」

「結構いいところでサラリーマンしているようですよ。」
「そうするとね。お父さんから引き離してしまうようなことになることは、あまりお勧めできないですね。やっぱり。もしピカさんとの折り合いが悪くなってしまうと、本当に行き場がなくなってしまうのですよ。未成年者がアパート借りるっていうのは、それはもう大変なのです。」
「娘に暴力をふるう父親ってどうなんですかね。」
「うーん。そういう場合、お父さんはだいぶ傷ついてる可能性がありますね。離婚で子どもを連れ去られると、自分が人間として全否定された感覚になるようですよ。」
「暴力はだめですよね。」
「暴力はだめです。ただ、暴力の中には、自己防衛的な暴力っていうのが、結構多いんです。いろいろなことに過敏になっているんです。暴力に賛成することはないのですが、何から自分を守っているのか、それを話させてあげたいですね。むしろ励ましてあげた方が、暴力がなくなることもあるんです。自分を分かってくれない人の話は受け入れられませんからね。大丈夫だよ、お嬢さんは、あなたの元から離れようとしているわけではありませんよってね。親子の気持ちの交通整理ができるといいんだけどな。」
「わかりました。」
(おお、珍しく物分かりが良いな。)
「つまり、養子縁組はだめだってことなのですね。」
(いや、そこ?でもまあ、結論はあっているか。よくわからないのは、花子さんの思考回路ということだけか。)
「とにかく心配しているので、預かっていることだけはキチンと連絡しなければだめですよ。乗り込んでくるって言うなら、私が話をしてもよいし、いつでも連絡ください。」
その日の電話は終わった。


<事件のその後>

あるボランティアの日。会議が始まるまでには少し時間があった。大仏は、内田花子に、問いかけてみた。
「あの時の高校生はどうなりました?」
「あれ?報告していませんでしたっけ?」
(聞いてない。)
「実は、彼女のほうが悪かったみたいなんです。今、彼女、父親と一緒に暮らしています。」
「ええっと、養子の話はどうなりました。」
「まあ、養子っていう形ではないけれど、今でも行き来はしているようですよ。」
「ほう。」
「先生とお話しした後、お父さんに連絡を入れようとしたのですね。ピカの家にお父さんが乗り込んでくると困るので、ピカは娘さんの面倒をみてもらったんです。お父さん対応チームということで、安積先生にお父さんに連絡を入れてもらったんです。そうしたら、お父さんから、感謝されて、お会いしてお例が言いたいって言うんです。もしものこともあるから、ファミレスで話すことにして、クミちゃんとキイちゃんと一緒に行ってもらったそうです。」
(それは正しいな。二人は、ボランティアに顔出してくれている仲良しさんだ。おしとやかなクミちゃんと愛くるしいキイちゃんならば、男と名のつく生き物は、すべからく怒りを手放してしまうだろう。まさかねらったわけではないだろうけれども。あれ、それにしてもどういうつながりなのだろう?まあ、いいか。)

「お父さんは、とても常識的な人でした。まず、お礼を言ってくださったんで、安心できました。それでね、確かに、一度手を上げたそうなんです。そのことを本当に後悔しているみたいでした。でも、話を聞いたら、娘の方が悪いんですよ。これは、手を上げても仕方ないかなと。」
(あれほど暴力はだめと言ったはずだが)
「彼女の言葉ばかりうのみにしてしまって、かえって安積先生の方が恐縮してしまったそうです。それで、子どもチームに連絡を入れたんです。子どもチームの方が、彼女から話を確認したところ、お父さんの言う通りだってことになったんです。ピカちゃんもお父さんも、しばらくピカのところに泊まってもいいよって言ったんですけど、お父さんのところに戻るって言いだして、ファミレスで合流して二人で帰ったそうです。」


<大仏の観想>

これは、贅沢な解決方法だったと思う。大勢の大人たちが、一人のために行動を起こしたということがすごい。
なるほど、ある程度社会生活を営める大人ならば、何人かでかかわれば、暴力も振るわないだろう。そうか、子どもをケアするチームと、父親と対決するチームと分けるだけの人数がいたことが、早期解決の決め手だったようだ。
お父さんの話を聞いてみようというということになってくれたのはよかった。これが公的機関なら、配偶者暴力の場合だけど、一度暴力夫ということになったら、「あなたの話は聞かない。あなたと話すことはない。」ということで、話がややこしくなっただろう。実は、こういう事例は最近多くなっている。お父さんも、話ができて救われただろうな。かえって、皆にかかわってもらえるなら、よかったと思う。高校生くらいの女の子は、父親には手に余るのだから、ピカさんたちの協力が得られて、それがピカさんも嬉しいなら、甘えればいいだろうな。
高校生も、自分のことを守るために、話を大げさに言ったということならば、それは自然なことだと思う。それを包み込んだ、ピカさんたちのやさしさもすごい。いい話だな。なによりも、お父さんのところに帰るっていうことを、自分から言いだしたのは、お父さんが怒っていないということが伝わったからだろう。そうすると、お父さんチームのメンバーもグッドジョブだな。

花子さん、電話では話が通じていたかどうかわからない受け答えだったけど、ちゃんと聞いていたんだな。ちゃんと要点を抑えていたんだ。もう少し、それを分かりやすく受け答えしてくれれば、私ももう少し疲れないだろうな。


定禅寺通りのケヤキ並木は、芽が出たと思ったとたん、次々と芽吹き始める。10日も過ぎると、葉が生い茂って、春から初夏の装いが整う。大仏の心にも、緑の風が吹き渡ったような心持となった。


仙台のカウンターバーの片隅で 翼食品憲章裏話 総務部特命課番外3 [現代御伽草子]

仙台のカウンターバーの隅で、大佛弁護士と一緒にウイスキーのグラスを傾けているのは、翼食品の常務取締役である本田信孝だ。大佛は、モルトウイスキーのクラガンモアをショットグラスで口に運ぶごとに香りを確認し満足そうな顔をしている。本田は、オールドパーをオールドファッションドグラスにロックで時折口に運んでいた。バーテンは、二人が自分たちでは似た者同士であることに気が付かないのだろうなと顔には出さずに微笑んでいた。
口火を切ったのは本田だ。
「今日は、お付き合いいただいてありがとうございます。先日の裁判では大変お世話になりました。」
「私は相手方なので。」
 大佛は得意の大仏顔だ。会話が楽しいのか、クラガンモアの香りを楽しんでいるのかよくわからない。
「お世話といわれちゃうと、少し面喰いますが、とても良い和解条項と御社の憲章ができたと思います。」
「全く会社を離れてというわけにはいかないのですが、オヤジの様子のことなのです。社長の啓次郎は、これまで仕事をわれわれに少しずつ譲っていき、引退の準備をしていました。理性的な行動だったのですが、やっぱり精神的には来ていたようで、今にして思えば、あまり感情も出てなかったように思いますし、うつっぽい感じがあったようです。」
 大佛は、少し顔を緊張させた。
「でも、あの裁判の憲章作成にかかわってから、見違えるように生き生きしてきたのです。仕事から徐々に手を引く方針は、むしろ加速したのですが、総務部特命課によく顔を出して、オヤジの方が手先になって動いているようですよ。」
「お父様の、思考の柔軟性というのですか、頭の若さには敬服いたしました。何でも一瞬で理解されるのです。理解というよりも、我々の伝えたいこと以上に思いが伝わるというか。」
「おそらく、こういうと手前味噌というのですか。おそらく、オヤジが自分が言いたかったことを、言いたくても言えなかったことを、あなたに言ってもらったということなのだと思います。」
「やはりそうですか。」
「おやじからすると、あなたに自分の弁護をしてもらっているという感じなのだと思います。会社との関係で。あるいは、私との関係で。」
「おそらく、最近の労務管理の傾向との関係で」
「そうですね。」
 二人は、また、静かに、それぞれのウイスキーを楽しんだ。今度は、大佛が話し出した。
「それにしても、宮森さんを特命課長にした人事は見事でしたね。」
「ええ、宮森は、実は20年以上前に社長が採用を決めた男です。それを覚えていたんですから、わが父ながら驚きました。敗訴を受け入れた取締役会の日、5時の会議に合わせて本社に父は出社したようです。5時ということで、昔は、サイレンが鳴って、夕焼けを背に男たちが、労働が終わった解放感で良い顔をして会社からぞろぞろ出ていく様子を思いだしながら会社に到着したようですよ。そうしたら、誰も会社から出てこない。そんな時、宮森だけが、にこにこ嬉しそうに定時退社した姿を目撃したようです。その他は誰一人出てくる気配もない。みんな家族もいるだろうに、かえって心配になってきてしまったようです。」
「なるほど。」
「それから、むしろ、宮森以外の従業員のことを知りたくて、宮森を調べ始めたようです。いろいろ面白いことも出てきました。」
「面白いこと・・」
「先ず、宮森は、裁判になった亡くなられた方と同期入社でした。」
 大佛は、少なくなったショットグラスに目を落とした。本田は話を続けた。
「そのことが、わが社の裁判活動が関連しているとは思いたくないですが、裁判活動は、先生が一番よく知っているように、あのようにいろいろな意味でずさんな対応だったのは、彼のパフォーマンスが発揮されていなかったことの証拠だと思います。彼は翼食品憲章を準備しながら泣いていたそうです。」
「それから、宮森が仙台に帰りたがっていることは、わかっていました。ただ、仙台は営業所なので、総務畑にいた宮森を所長で異動させるというのも、すわりが悪すぎるということで、現実の問題にはなっていませんでした。それから、先生とのかかわりも。」
「ええ、それは、私も驚きました。まあ、同じ高校だというのはよくあることですが、同じ地域に住んでいて中学校も同じだということは驚きました。大体実家の場所もわかりますし。」
「自分では知っていたようで、親近感はあったようです。ただ、会社でそれを言うわけにもいかないし。」
「ああいう裁判でしたからね。」
「不思議なのは、先生もそうですよね。」
「そうですか。」
「遺族からすると、会社は敵みたいなものでしょう。その代理人の先生って、エキセントリックな方が多いのです。でも、先生は、わが社を敵視されませんでしたね。社長の話によると、俺を見て一瞬ですべてを飲み込んだということのようですが。」
「それは当たっています。裁判担当の部署と飯島先生が、必ずしも会社の意思ではなかったのだなということは、社長さんの様子を見てはっきり確信したということは事実です。私が社長さんに見抜かれたことも、その時感じていました。それと、憎んだり呪ったりしたならば、私は仕事にはならないと思っています。人の不正常な行動には必ず理由があると思ってかかったほうが合理的解決につながると思っています。ははは。」
「どうしました。」
「つぼにはいっちゃうと、ついむきになってしまうのが、私の悪い癖で」
「悪くはないですよ。」本田も微笑んだ。
 ひたすら優しい時間が流れた。
「何か新しいものをご用意いたしますか。」
 頃合いを見てバーテンが口を挟んだ。
「もう一杯だけお付き合いください。」
 そう言ったのは、本田の方だった。」
「まかせていただけますか。」
「ええ。」
「ライウイスキーある?」
「なるほど、カンパリとベルモットもありますよ。」
「やられたね。そう、それで。」
「同じもので良いですか。」バーテンは確認して、バースプーンでカクテルを作り始めた。
「そういえば、今回のことでオヤジから久しぶりに、『お前はまだ青いな』と笑われました。」
「ほう。」
「憲章のことなのですが、私も賛成したのですが、あくまでも企業のプロボノという観点でした。そのことを言ったら、言われたんです。企業の目的は営利活動だぞって。楽しそうに、ウインクをするかと思いましたよ。」
「うんうん。」
「そうして、先生のおかげでいくつかの営業所が息を吹き返して。こういうことかと思ったら、まだまだだって。」
「どういうことですか。さすがにわかりませんね。」
「コンサルタント業務をするつもりなのですよ。まあ、総論的な話だろうけれど。今度こそ、先生にもご出馬願いますよ。」
「いや私は、いや。」
また、バーテンは、ある意味要領よく話を挟んだ。
「はい、お二人の友情に。」
「へへへ」大佛はいたずらっ子の笑顔を見せた。
「今度は父上も一緒に。」
「喜ぶと思います。」
優しくグラスを合わせる音が、カウンターの上で、ほの暗い明かりに溶けていった。




翼食品全社員憲章(フィクションのパワハラ過労死訴訟の和解条項に別添された企業再生の宣言文 総務部特命課仙台支所番外2) [現代御伽草子]

和解条項
1 被告は、平成××年×月×日の甲の死亡については、被告に全責任があることを認め、原告及び原告以外の甲の死を悼むすべての者に陳謝し、二度と同種の事態を生ぜしめないために、別紙の通り翼食品憲章を作成し、就業規則とともに、全従業員、取締役に配布することとする。
2 被告は原告に対して、和解金として、労働者災害補償保険や厚生年金保険等の社会保険給付のほかに、金○千万円の支払い義務のあることを認め、これを平成○年○月○日まで、下記原告代理人口座に送金して支払う。但し送金手数料は被告の負担とする。
3 原告はその余の請求を放棄する。
4 訴訟費用は、各自の負担とする。

翼食品全社員憲章
1理念
 本憲章は、以下の目的のもと制定する。
1) 翼食品株式会社(以下「当社」という。)の取締役その他の役員及びすべての従業員(以下「全社員」という。)は、翼食品株式会社の永続的発展という共通の目標の元に集う者として、それにふさわしい、協力し合い、助け合う人間関係を形成する
2) 全社員は、各自及びその家族等関係者が、当社での就労を通じて充実した人生がおくることを当社の気風とする。
3) 本憲章及び就業規則は、上記目的に照らして解釈運用することとする。
4) 成果は、仲間たちとの共同作業の結晶である。手柄の取り合いは、会社を侵食するだけである。他人よりも優位になっても会社が縮小すれば、結局はデメリットとなる。
5) 部下を評価する上司は、部下から厳しく評価されている。くれぐれも、公平、公正に徹することと、自分の目に見える範囲の資料だけで評価しないこと。
6) 短期目標は長期目標の目安に過ぎない。過度に重要視しないことと、会社の永続的発展の見地から射程範囲を吟味する。
7) マニュアルなど過去に作成されたものは、あくまでも目安。今目の前にいる同僚や取引先の心情を的確に把握して柔軟に行動することが望ましい。
8) 会社は、人生の一部。実生活があってこその会社生活。ただ、一部とはいえ、見知らぬ人に対して、自己の労働の結果を通じて、幸福を届けることができる貴重な一部であることを忘れないこと。
9) 同僚の足りないところを責めるのではなく、いかにしてそれを補うかを考えて工夫するのが社会人。管理職としては腕の見せ所。
10) 労働の薄利多売はしない。
2 人を追い込む状況の整理と予防の視点
  以下の状況がある場合は、人が人を追い込む要因となることがあるので、極力これを避けるとともに、やむを得ずこのような状況が作出された場合は、人を追い込まないように通常以上に注意をすることとする。
1) 時間がない
 仕事を指示する際には、その仕事を完遂するにふさわしい余裕を持たせる。
 他者との連携を要する仕事は、自分の担当部分にいち早く着手し、後続者の時間を圧迫することのないように心がける。
 仕事を指示する際は、相手の段取りを狂わせることのないように、相手の状況をよく理解してから行う。
 仕事の指示を受ける者は、自分及び部下の既に与えられている仕事量を判断し、時間内に終わらない可能性がある場合は、その事情を正確に告げる。
2) なすべきことが同時に複数ある
 仕事を指示する際には、相手の現在の業務状態を把握し、納期に余裕を持たせたとしても、同時に複数の作業を余儀なくさせることのないよう心掛ける。また、優先順位を付けることができる場合は、明確にして指示する。
 仕事の指示を受ける者は、現在他の作業をしている場合は、その旨告げ、新たな仕事を受け入れることが可能か、相手に報告すること。
 仕事を複数の者に指示する者は、指示をする対象を適正に配置し、特定の者だけに作業量が偏ることのないようにする。
3) 業務上のミスをした
 業務上のミスは、以下のように反省する。第1に、ミスが及ぼす当社および従業員の損害の把握、第2にミスが起きた原因を具体的に分析する。第3に今後同種の事故を行さないための具体的な工夫。これを上司に報告し、各同僚に徹底する。具体的に改善の方法が一律に導かれない、「心が弱かった、気持ちが緩んでいた」等の反省はこれを認めない。
 求めた結果が生じない時は、その原因を分析するべきであり、結果が出なかったことだけをとらえて評価してはならない。
4) 基準、価値が不明である。
 仕事を指示する場合は、完成のイメージなどを途中で一方的に変更して指示の撤回修正を行わない。指示の撤回、変更をする場合は、相手とよく話し合い、余裕を持って、変更しうるように、相手に配慮する。
5) 長時間緊張を強いられる
緊張を強いる仕事の際は、上司は、必ず、途中に休憩を指示し、緊張が長時間連続しないように配慮する。援助者を配置することも有効である。
 特定の者に、長時間の緊張が継続する作業が偏らないように配慮する。但し、会社の代表権のある者はこの限りでない。
6) 睡眠不足
 法定労働時間内にすべての作業と後片付けが終了するように、日々の業務を管理する。
 毎日の就寝時間(実際の睡眠時間ではない)を最低限7時間確保することが、健康管理の上では有益であることを確認する。
 残業を命じる者は、自己の上級の職員の許可を要する。その際、残業を命じる前30日間の累積時間外労働時間、休日労働時間の資料を添える。
 休日労働を命じる者は事故の上級職員の許可を要する。その際、残業を命じる前30日間の労働日の資料を添える。 
7) 健康不安
 健康診断や、日々の生活で、何らかの健康に不安がある場合は、速やかに医療機関に赴き、必要な手当てを受ける。
 就労上、差しさわりがある可能性がある場合は、上級職員又は総務部職員にと相談する。
 健康不安の相談を受けた場合は、提携医療機関の紹介を行うとともに、休職制度その他の治療や休養を行う制度を紹介し、心理的、経済的に治療を受ける条件のあることを告知する。
 8) その他不可能を強いられる状況
    何らかの事情で、現在の作業の継続に困難を感じた場合は、上級に相談し、困難となっている作業を特定し、先ず原因を分析し、再配転など必要な措置をとること。原因の分析をしないで、作業の継続を求めることは禁止する。
 9) ライフバランス
     業務作業は、家庭では行わない。プライベートの携帯電話は、取引先には公開しない。業務時間を離れて、取引先などと携帯電話で連絡を取り合わない。会社の当直電話番号を事前に知らせること。
     出産休暇、育児休暇、介護休暇その他、家庭生活のために必要な制度は、資料を閲覧出来るようにしているとともに、口頭による詳しい説明を受けることができる。
     一般的な悩みがある場合、総務部特命課または外部の相談機関の紹介を受けることができる。この場合は、秘密厳守である。
 10) 取引先とのトラブル
     トラブルは、すべて複数体制で処理する。できるだけ事前に上級職に報告し、上級職の指示を仰ぐ。
責任の所在にかかわらず、トラブルが感情を伴うものである場合は、上級職も直接対応する。
まずは、トラブルに伴う双方の被害、その原因、対応策を検討し、それが確定するまでは、当社および取引先に対しての評価を行わない。
3 指導方法
  1) 結果を叫ぶのではなく、結果を導く具体的指導をする。
     ミスを注意するのではなく、ミスをする原因を分析し、具体的な改善方法を提案する。
  2) 指導が奏功しない場合は、指導法を見直す。
     「何度言ったらわかるんだ」という発言は、上司としての恥と思うこと。相手に合わせた指導ができていないことの証拠。あるべき部下を念頭に置くのではなく、現実の部下の特性を把握して適切な指導を行うのが上司の務めと心得る。
  3) 何度も同じことを繰り返し述べるのも上司の務め
部下が一度で把握できない場合も多々ある。繰り返し説明すること によって、必要性や方法を会得していくことがある。できないということは、改善方法を見つけていないということ。上司は部下に先駆けてその部下に応じた改善方法を探し出し、具体的に提示し、全体として結果を出すことを求められている。
  4) 指導の場合は、何を獲得するのか、言葉で明確にしてから行う。
      自分の指導によって、部下の行動や考え方をどのように変化させるか、青写真を描いてから指導を行う。場当たり的指導は、部下に対してダメージだけが残る。結果を求めてモチベーションを低下させるなどのデメリットの少ない指導を心掛ける。
  5) 部下の行動の肯定は言動で明確にする。
      部下の行動の肯定し、繰り返しを求める場合は、適切に肯定的評価を行う。一般的、全面的肯定ではなく、特に肯定評価をする部分を特定して肯定する。
  6) 部下の改善または変化が不可能である点を指摘しない
      親のこと、家族のこと、友達のことなど会社以外の仲間については、特に否定的評価を行わない。
      容姿、性別、年齢、出身地などを援用して批判をしない。
  7) 指導の際には、長時間話さない。短時間で済ませるよう、要領よく行う。また、部下が説明しようとする場合はこれを遮らない。
  8) 部下の行動を否定する場合は、その部分を具体的に特定する。何を指導されているかわからないような指導はデメリットが大きい。
  9) 部下を指導する場合は、他の同僚に聞こえないよう、別室などで必要な声量で行う。
 10) 屈辱的な表現はしない。他者との安易な比較はしない。
 11) 部下に結果を押し付けていないか常に振り返る。部下が自ら選択する選択肢を具体的に提起することが指導である。
4 環境整備
  1) 適切な配置 人員
     想定される作業内容を的確に把握し、人員を配置する。余裕のない配置をするよりも一人余裕のある配置を行い、作業量を増やすよりも、補助、確認体制の充実など、クオリティーを上げることを志向する。欠員が生じた場合は、当座、上級が補充するなど、作業量が特定の者に集中しないように心がける。
  2) 緊張を伴う業務の補助
     緊張を伴う作業について、一人が全責任を取ることなく、援助者を配置し、随時交代を可能なものとし、相談、援助に即応しうる体制とする。
  3) 労働時間の把握
     作業開始時刻、作業終了時刻は、IDカードで機械的に記録する。残業命令を許可制とするとともに、部下からの自発的な残業の際も申出を受けた者も自己の上級の許可を要する。
  4) 部下の提案の吸い上げ
     部下の提案については、その積極面を積極的に評価し、意見を採用しない場合は、その理由を告げて納得するよう説明する。提案をしたこと自体に対して否定することはしてはいけない。
 5 同僚としての心構え
  1) 縁あって当社に集う者という意識を持ち、何事も援助し、ともに成長する仲間という意識を持つ。
  2) 同僚の悩みについては、一概に励ましたり、良かれと思って「気の迷い」にしたりして一蹴することなく、まずは、何を訴えたいのかということを真摯に受け止める。話を聞くという態度が望ましい。
  3) 悩みを自分で受け止めきれないときは、突き放すのではなく、適切な相談機関を紹介し、可能であれば同行する。
  4) 同僚の状態悪化は、自分に対してしわ寄せが来ると思い、親身になって、自分のこととして考える。
  5) 社会人、会社人等、架空のあるべき人物像を設定し、それに満たないことを持って同僚、部下、上司を批判しない。物事不十分なところ、十分なところが必ずあると思っていれば間違いない。各社員は、現実の人間として個性を有していることを再確認する。良いところを発揮してもらい、不十分な点は同僚がお互いさまとして援助しあうこと。
  6) 当人の精神状態にかかわらず、孤立している者、困難に直面している者等、自分なら追い詰められるかもしれないという事情が客観的にある同僚に対しては特に配慮し、積極的に事情を聴くとともに、困難を回避する具体的な方法を提案する。
 6 相談是正機関
全社員は、本憲章に反する事態があった場合は、事態の関係する同僚及びその上級に対して、是正を呼びかけることができる。
前項の措置が不能な場合は、総務部特命課に対してその旨を告げて改善を要求することができる。
総務部特命課に相談できない事情がある場合は、その事情を告げて非常勤の憲章顧問弁護士に相談することができる。
相談を受けた者は、秘密を厳守するとともに、是正の呼びかけ、相談をしたことを持って、その物を不利益に取り扱うことをしてはならない。
相談を受けた総務部特命課長は、迅速に事実調査を行う。必要があれば、本憲章違反行為を適切な方法で記録化することができる。
総務部特命課長及び本憲章顧問弁護士(以下「Gメン」という。)は、その違反疑い行為に関しては、当社代表者と同格の者として是正を提案することができる。
Gメンは、起きたことの、全社員、取引先への不利益を検討したうえ、その必要があれば原因について分析し、改善方法を具体的に提案することとする。
Gメンは、懲戒権限を有さない。懲戒機関の担当となることはできない。
Gメンは、対象者が、その指示に従わない、その指示を拒否するなどの事情があれば、懲戒委員会等適切な機関に報告することができる。

総務部特命課仙台支所(後篇)(パワハラの反省に基づく社内の在り方のプログラムの作成過程を小説形式で書いてみた) [現代御伽草子]

= 総務部特命課仙台支所 後篇 =

経営コンサルタントの進言で、会社が行き当たりばったりの迷走をしていることに、総務部特命課長を命じられた宮森祐介はいらだっていた。父母ももう良い歳になってきたし、若くして授かった子どもたちも大学にあげた。残業をしてまで、収入を上げるつもりもなかったし、群馬の会社から実家の仙台に帰ろうかなとぼんやり考えていた。そんな時、思いがけず、社長の本田啓次郎から仙台営業所勤めを打診されたのだった。渡りに船にしてもできすぎだなと考えていた。
引き継ぎを終えて、本社から荷物を引き上げる日のこと、総務部長から何気なく言われた一言を思い出していた。
「今回の異動は、なんかよくわからんな。新しい部署を立ち上げる準備ということらしいが、社長から君のことをずいぶん聞かれたよ。あの裁判のことを話し合う取締役会の時に、君が定時で一人だけ退社して、社長とすれ違っただろう。あの時から、出身地はどこだだの、今の仕事の担当だの、その前だの。最後は大学の卒論あたりまで知ってたな。」
 聞いていて冷や汗も出たが、社長とは、その後に一緒に仙台の裁判まで二人で行っている。その時の感触では、好感を持たれているというと言い過ぎかもしれないが、悪い気は持たれていないように思っていた。

 裁判上の和解というものは、通常は、和解金額を決め、支払日、送金口座、型通りの謝罪文言と和解内容を口外しないという取り決めを入れて終わりだという。今回は、それだけでは遺族は和解しないというのだ。要約すると、今後過労死やパワハラを出さない具体的な方法について、会社に示せという。遺族である原告が納得するものを作らなくてはならないので、時間が限られている裁判の日ではなく、次の裁判までに原告の弁護士と内容を詰めるということになった。宮森は、原告の代理人である大佛弁護士の事務所のある仙台の営業所に転勤になった。といっても、営業所の職員ではなく、社長、常務付の総務部特命課長というものであった。ただ、就業場所が、仙台営業所の一室を与えられたということなのだ。
 
 今日の打ち合わせは3時半からだ。営業所からは歩いて行けるところなので、時間調節をして、時間ちょうどに法律事務所のチャイムを鳴らした。
 大佛は、いつも笑っているような表情をしていた。自分では、一種のポーカーフェイスと言っている。初老というのはやや気の毒な年齢というのだろうか。飾らないというと聞こえが良いが、もう少し飾ったほうがいいのではないかと最初は思った。今は気にならなくなったという言葉がしっくりくる。

「ご遺族の求めていることは、自分たちと同じ苦しみを味わう人が、もう出てこないようにしたいという願いと受け止めてください。」
 大佛は神妙な顔で切り出した。もちろん、宮森としても異論がない。
「むしろ、教えていただきたいのは、どうして、ひとりの人間、家庭や友人やいろいろな人とつながっていて、立場のある当たり前の人間に対して、ひどい言葉を言ったり、長時間同僚の前で立たされて叱責するということができるようになるのかということなんですよね。」
「キャラクターの問題は、外すんでしたよね。」
「そうです。キャラクターの問題も確かにあるのですが、温厚な上司でも八つ当たりみたいにするきっかけ、外にも原因があるはずなんですよね。そこを見極めて、修正するための具体的方法を考えないと、解決にはならないでしょうね。」
「なんか、パワハラを無くすとか過労死を無くすということから、広くなりますね。」
 大佛は、一瞬返答に迷ったようだ。しかし、すぐに大仏顔に戻って言った。
「そう、そうなんですね。おそらく、パワハラや過労死を無くすためには、今の会社の人間関係が変わらず、統計だけ0人になるというのではないんだろうと思うんです。前にも言いましたが、人が尊重されて、助けあう人間関係に変えなければいけないと思うのです。その結果、過労死が0になるのだと思います。結果を求めるわけですが、結果をどんなに大声で言ったって、結果は実現しない。原因を除去して、条件を整えて、初めて結果が出るのだと思います。」
「そういうことを言われると、私なんかは、企業は厳しいし、真剣勝負なのだから、ずいぶん緩い、そんなんで利益が上げられるのだろうかと反射的に感じるんです。先生が言っていた「会社内の人間関係を、人が人を追い込む人間関係から、助け合う人間関係に変える。」ってことを社長に言ったら、黙り込んでしまいました。でも、結局、『それでいきなさい。』って一言でした。怒っているのかなとも思いましたが、そのあとお帰りになるとき、満足そうな顔をして車に乗り込んでいましたよ。」
「上司が結果を求めて、結果を出さない部下を叱責すればいいなら、それこそ甘ちゃんのゆるちゃんですわ。結果を出せばよいんであって、いたずらに修行をさせる必要はないんですよ。そうですか。社長さん、打てば響く人ですね。」
「ところで、先生。人を尊重するって、具体的にはどうしたらいいんですかね。」
「その人の弱い部分を許すってことだと思います。間違いや失敗を許す。むしろ承認する。例えば、サッカーチームなんかでも、無尽蔵にいい選手がいればいいですが、通常は選手は限られていますよね。弱点のある選手たちがいるわけです。でも、試合は始まる。走力やキック力は、高めろって言ったって高められないですよね。その人の弱い部分を他の選手がカバーして試合を組み立てていきますよね。」
「なるほど、それでフォーメーションを組み替えたりするわけですね。失敗して、すぐ外されるなら、皆失敗を恐れてボールに触らなくなるってやつですか。」
「逆に、皆が気を使ってくれるなら、できることは人の倍やろうって考えるんじゃないですかね。尊重されることによって、チームへの帰属意識が高くなるわけです。『私のチーム』って気持ちになる。『チームに貢献したい。』って気持ちになる。」
「なるほどとは思うのですが、そうきれいに決まるでしょうか。」
「やってみる価値はあるんじゃないでしょうか。今あらゆる企業で行われていることは、その真逆のコンセプトですから。」
「先生、それご自分で考えたんですか。」
「もともとは、家族問題で考えていたんですけれど、震災の体験が大きかったですよ。みんな悩みや不安を抱えている。でも、よそから来た人に安心して話せない。きれいな部分も汚い部分もみんな尊重してくれる、承認してくれるっている安心感がないと、自分の悩みなんて話してくれない。そういう経験をしました。モチベーションが高まれば、自分の命を捨ててでもチームのために貢献しようとする姿も見ました。悲しい話ですけれど、こちらは。」
「どうして、そういう労務管理理論がないのでしょう。」
「あるにはあるようですよ。ただ、体系ができていないみたい。もともとはアメリカの『人間関係論』っていう由緒正しいもので、大規模な実験がなされているんです。ハーバード大学も参加していたんですよ。」
「そうなんですか。」
「結局、どういう理由で、モチベーションが上がったか、どうして生産性が上がったか、分析ができなかったため、支持を失っていったようです。私の対人関係学的労務管理は、偶然ですけれど、この人間関係論を発展させたものなのです。」
http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/roumukanri.html

「偶然ですけどね。まあ、発展っていうか、そのへんはともかく・・・」

「パワハラって、一方通行ですよね。怒られて仕方なくそれをするんですから。しかも、狭い考えのもとで、東京のアンケートで長野の商品を決めるみたいな。売り方を押し付けるみたいな。売り方を提示するならまだよいですけど、結果を求めるだけ。これでは、会社は労働者に甘えているんですよ。」
「双方向が大切ってことですか。」
「基本的にはそうなのですが、やはり、上が必要な情報に敏感になり上が求める情報を下が喜々として挙げていくことが理想でしょうね。その辺は、むしろ宮森さんの方が具体的によくわかるということですよね。」
「うーん。そうかもしれません。」
「それから、労働者に考えてもらう、選択肢を与えて自ら選択してもらう。これが大事ですね。叱責してやらせるっていうのは、調教です。人間に対してすることではないんです。あくまでも、労働者は『よそ様』と考えて大事にするべきです。勝手に怒鳴りつけるなんて、その人の親が許さないってくらいに考えるべきですよね。みんな会社以外にも立場があるんですから。」
「対人関係学的労務管理の理論で、会社が本当に利益を上げれば、この和解にも会社はもっと積極的になると思うんですけどね。」
「ははは、そうですね。なると思いますよ。社長に言って、経営分析してあげるからって、各営業所の売り上げの推移のデータを持ってきてもらえませんか。」
「ははは、言うだけ言ってみますよ。」
 この時宮森は、大佛の大言壮語だと思っていた(前回の記事の番外編1)。まさか、社長も真面目に受け止めることはしないと思っていた。
「では、和解の内容を詰めていきましょうか。やっぱり、具体的なことだけでなく、総論的な話をして。ただ、ここであまり理想的なことばかり言うと、取締役会で承認されないでしょうし、作ってもまじめに考えないでしょうから、受け入れる範囲にしておきましょうね。
それから、パワハラが生まれる条件について、こういうものがあるというものを列記しますか。」
「今までのお話しで言えば、時間がない。ノルマがきついというか、根拠なくノルマを設定するっていうか、むしろ敢えて少し無理なノルマを作るってことですね。これを現場の意見を、まあ、尊重するという表現でしょうかね。対人関係学的労務管理の肝の尊重っていうことは、どちらかというとそういう具体的な話のほかに、やっぱり総論的なことでもプッシュしておきましょうね。」
「具体的なパワハラというか、労働者を尊重しない扱いというものが何であるかのサンプルをあげておきましょうね。」
「そうですね。『理由もあげずに否定する』とかがここに入るのですね。」
「具体的な防止方法、制度についても考える必要があると思いますが、密告制度みたいになってしまうと困りますね。」
「工夫が必要でしょうね。また、パワハラが見つかった場合の改善方法も指針があるとよいですね。ただ懲戒するだけならパワハラの連鎖に過ぎませんね。パワハラ上司は気が付かないのですものね。パワハラを受けている方も気が付かないのでしょうが。」
「ところで労働組合は機能していないんですか。」
「まあ、バブル明けのころから、みんな面倒くさくなっていて。組合というよりも、当番みたいなものになっちゃったというか。」

「骨格ができてきましたね。一度社内で揉んでいただけますか。」
「はい。といっても、社長と常務と私の3人の極秘プロジェクトみたいなものですからね。実際は私が作ったものを承認してもらうだけなんです。」
「ずいぶん信頼されていますね。」
「そういうことなのでしょうか。」
「あの社長さんならそうでしょう。」
「本当かなあ。まあ、とにかく、次回までに少し整理してきます。できれば、原案の形まで持っていくといいですね。」
「私も、社長さんに倣って、宮森さんにお任せしてみることにします。」
「おーっと、対人関係学的労務管理ですね。」
 大佛はより一層大仏顔となった。
(エピローグに続く・・・かもしれません)

= ご参考までに =
人を尊重するということ

調教としつけの違い
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/home/shitsuke-ti-fa-jiao-yu-nuee-daito-qing-dong

パワハラが生まれるとき、
「時間がない」こととパワハラ
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-27

防御としてのパワハラ
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29

役職信仰
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2014-11-28

パワハラは、被害者が気づかないこと
http://heartland.geocities.jp/doi709/powerharaforlabour.html

(ハムとわさび)
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-04-13

パワハラ全般について
http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/powerhara.html

労働環境全般について
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/qing-dongno-guan-diankara-jianta-lao-dong-guan-xi
https://sites.google.com/site/taijinkankeigaku/qing-dongno-guan-diankara-jianta-guo-lao-si-guo-lao-zi-sino-yao-yin



総務部特命課仙台支所(番外1)(パワハラと企業の生産性についての小説形式の主張) [現代御伽草子]

 弁護士大佛の事務所は、裁判所の真ん前にあった。
 パワハラ過労死の裁判の和解条項を詰めるため、被告の翼食品の総務部特命課宮森祐介は、約束の4時ちょうどにチャイムを鳴らした。
「いつも正確にいらっしゃいますね。」
「いやいや仕事ですから。」
「先生この間打ち合わせした資料ですが、ノートパソコンに入れて持ってきました。」
「良いんですか。」
「社長の指示です。」
「なるほど、これが売り上げデーターですね。この数字をですね、県民の人口のこのデーターで割ってみると、こうですね。これをグラフにすると。」
「あれ?そうですね。落ち込み方に違いがありますね。」
「平成24年9月ころに何かありましたね。」
「ええ、コンサルの提案を受けて、ワンピュアシステムを導入しました。商品の種類が多すぎたので、整理して、コストを抑えたのです。」
「この影響を最も受けているのは、この営業所ですね。切られた商品が主力だったけれど、他の商品に置き換えられなかったのですね。」
「かなりテコ入れしたのですが、営業所がいいわけばかりして。所長が交代となったのですけど、正直言ってうまくいっていないですね。」
「いいわけって、文書になっているんですか。」
「いいわけって言いましたけど、建設的な上申がでたのですが、全社的方針に逆らうものだったし、あまり大きなシェアでもなかったので、そのまま黙殺されてしまったと記憶しています。」
「職員には、あまり移動はないのですね。」
「実は、退職した者もいます。パワハラもうわさされていました。」
「そして、この売り上げの落ち込みの回復のめどなし」ですね。
「はあ」
「そこの商品の種類の復活って、コストがかかるのですか?」
「いや、実は、そんなに違いがありません。最終的なパッケージの段階の問題なので、無理に切る必要はなかったかもしれません。」
「復活させましょう!」
「しかし、あれだけガンガン言って、押さえつけた手前ですからね。」
「いや、だから、あなたの方が正しかったっていうか、お客様の強いリクエストのおかげでっていうか。宣伝になるじゃないですか。特売ですよ。」
「特売かあ。久しぶりに聞いた言葉ですね。うちのコンサルは、特売を嫌っているんです。」
「特売も営業も知らないんでしょ。」
「なんで先生、弁護士なのにそんなこと知っているんですか。」
「労働事件やっていると、勉強させてもらう機会が多くって。営業担当のベテランが会社を不当解雇された事件もありました。営業って、人と人との関係なんだっていうか、双方が儲かるシステムでなければ、成り立たないということも勉強させてもらいました。その人、会社起こしちゃって、結構風雲児的に活躍してますよ。」
「その前向きな在り方なんですが、それが、この間お話しされていた対人関係学的労務管理なのですね。」
「そうです。社員のモチベーションを上げることが、売り上げに直結します。それはそうと、このピュアシステム導入の時、どうやってリサーチかけたんですか。」
「大規模アンケートっていう話ですが、あまり詳細にはわかりません。おそらく東京の街頭アンケートかもしれません。」
「ワールドワイドのファストフードの戦略ならそれでよいでしょうけれど、お宅のような食品メーカーではねえ。だから、数字よりも、モチベーションの上がった従業員が、一番お客様や取引相手と身近なセンサーなんですよね。」

「間違いが許されなければ、みんな口を閉ざすことになります。勇気を出して提案したことが理由もなく受け入れられなければ、それだけで危機意識が芽生えますし、無力感が強くなりますよね。否定するときは、きちんと理由を示すべきです。違う意見を採用しなくても、敬意を忘れてはなりません。」
「復活が決まればいいのですが、きれいにいきますかね。なんたって、売り上げが上がらないのは、営業所長や営業担当のせいだって、それこそパワハラまがいに攻め立てたようなんですよ。」
「今回、この営業所管内に限って言えば、本社のミスリードですね。でも、会社もいきものですから、失敗こそチャンスなのです。これが生きているってことです。ポスト、ミステイク、グロウス。PMG!これが力強さというやつです。後追いになってしまいましたが、肯定しましょう。誤ることを20%くらいにして80%賞賛しましょう。前の所長、営業担当、商品開発者、お客さんや取引スーパー、肯定して、賞賛するのにそれほど経費は掛かりません。」

「ところで、どうして今の経営コンサルタントを入れたのですか。」
「前は、社長のワンマンだったのですが、バブル崩壊や経費の増大、BSEなんかもありまして、それまで右肩上がりだったのが、全般的に傾いてきて、気が弱くなったんですね。私は、どうも胡散臭く思っていたので、敬遠していたら、ルートから外れかけてしまったんです。本社では、コンサルの信者も多いので、仙台支所を作ったのは、そういう意味でも必要だったんです。」
「でも、宮森さん、転勤になって一番迷惑かかったよね。」
「いや実は、私も家内も仙台出身で、帰りたいという気持ちはあったのですが、営業所しかないのでどうしようっていたとこなんです。それは社長もご存じだったようです。」
「それは驚いた。いろいろ驚いた。あれだけ会社を大きくしたのは、やっぱり、対人関係学的労務管理なんだな。自信をもっていただければ、会社も持ち直すと思うんだけどな。」

 しばらくして、和解期日が迫った日のこと。すでに、和解案は、会社も遺族も了承して、和解内容を裁判官が確認するだけになっていた。宮森から、大佛の事務所に電話が入った。
「それでは、先生、明日よろしくお願いします。」
「良い和解案ができましたよね。こちらこそよろしくお願いします。」
「先生、ご報告があります。あの営業所ですけれど、復活セール、まんまと当たりました。あの中の地域限定だったんですけれど、郷土料理があって、形があの商品とそっくりなんです。大人は、郷土料理をたべるんですけど、子どもの口には合わないんで、うちの商品を食卓に並べて、雰囲気を出していたんですね。それが、代々受け継がれて、うちの商品が郷土料理みたいになっていたようです。うちの商品の復活とともに郷土料理まで復活になって、特売セールがテレビ報道されちゃったんですよ。ローカル番組ですけれど。特売終わっても、売り上げは順調に上がっています。新聞でも特集が組まれるそうです。」
「ほっほっほ。営業所の士気はどうですか。」
「いやあ、復活前に、前の所長を左遷先から戻して、社長が営業所を尋ねてこれからはこの方式を確立していくってことを宣言して、その上にズバリの大当たりでしょう。今まで取り扱いのなかった店舗まで新規開拓できてしまって、メディアの宣伝効果だけでなく、確かに従業員のモチベーションで、販路が拡大した要素があるんです。先生、本当に謝礼を払わなくてよいんですか。」
「だから、裁判の相手方からお金をもらったらまずいんだって。それより、対人関係学的労務管理の宣伝に使わせてもらうよ。」
「はい、それは先日のお話しの通り、社内でも了承がとれています。」
「それと先生、あとで個人的にご相談があるのですが、実は、支所が間借りしている仙台営業所のことなんですけど。」
(数日前の「ハムとわさび」に続く)




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