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弁護士に向けた自死予防への取り組みの勧め 弁護士が行う自死予防とは何か、自死予防における弁護士という仕事のアドバンテージ [自死(自殺)・不明死、葛藤]

弁護士と自死予防

1 自死予防の3段階の対策
自死予防については、世界的には三段階に分けて対策を整理しています。
第1段階 自死リスクを作らない対策、自死リスクを軽減する対策 プリベンション
第2段階 自死行為、準備行為、自死企図を妨害する行為 インターベンション
第3段階 自死遺族支援 ポストベンション
(日本の場合は公衆衛生の用語で一次予防、二次予防、三次予防という言い方をしますが概ね世界標準の意味内容に近づいています。)

最も肝心な予防策は第1段階ということになります。第2段階になってしまうと、自死を防ぐことが格段に難しくなってしまうからです。
その意味で、この文章で単に「自死予防」という場合は、第1段階の予防対策のことで使うこととします。主に第1段階の予防策について述べています。
第3段階は自死遺族支援ということで、厳密には自死予防ではなくて事後的な対応のことを言います。自死が労働災害や他人の不法行為による場合や保険金の問題、あるいは自死をしたことによって第三者に損害を与えたとの主張がなされる場合など弁護士が関わることが多い分野でもあります。

2 自死リスクはどのようにして高まるのか

自死リスクが高まる仕組みを理解し、その人のリスクの程度を評価できるのであれば、自死予防は比較的容易になるでしょう。ところが、わが国では、なかなかこのリスクアセスメントの研究が進んではいません。
実践に耐えうる理論としては、通常アメリカの研究家である T.ジョイナーの「自殺の対人関係理論」(日本評論社)が紹介されることが多いと思います。
簡単に説明しますと、自死を行う場合は、大きく分けて二つの要素が重要であるとされます。それは自殺願望と自殺の潜在能力の高まりという要素だというのです。
「自殺願望」というのは、自分が家族や会社などの人間関係の中で、自分が存在することに負担を感じるという「負担感の知覚」と、自分がそれらの人間関係に所属しているという実感が薄れていく「所属感の減弱」が起きた場合に起きるとしています。
「自殺の潜在能力の高まり」というのは、外傷体験や自傷行為などによって、自分を傷つけることに馴れてしまう結果、死ぬことに対する恐れが薄まってくるということです。通常は死ぬことが怖いために自殺願望があっても、自死に踏み切れないのですが、死への閾値が下がることによって自殺が可能になってしまうということを言っています。

自殺願望を高める事情としては、対人関係的な事情もありますが、様々な精神疾患によって、病気の症状として自殺願望が高まることもあります。自分の対人関係などの環境と精神保健面の要因が相互作用を起こし、自殺願望が高まるということがリアルな見方であるように感じています。

自殺願望が高まるというリスクの高まりの原因としては、
・各人の精神疾患などの問題と
・各人が置かれた人間関係の環境問題
の双方向から考えなければならないということは強調しておきます。

そして詳細は割愛しますが、自殺願望が高まる要因をわかりやすく説明すると、
<孤立>自分が大切にしている人間関係から、追放される予期不安
     行為の否定評価、差別、人格無視、不利益の強要
<絶望>孤立を回避する方法が無いという認識
<緊張の持続> 孤立や絶望を回避しようとすると緊張をしますが、この緊張が持続することによって、睡眠不足も相まって、思考力が低下していきます。
具体的には、
・二者択一的思考(死ぬか苦しみ続けるか。折衷的な解決方法や評価が思い浮かばなくなる。)、
・悲観的思考(どうせうまくいかない)、
・刹那的思考(将来を考えることができない。とにかく早く解決したい《結論を出したい》という焦燥感)があげられます。

これらは相乗効果があり、介入しなければ悪化していく危険が高くあります。人間は絶望を回避する防衛機制という心理的メカニズムがあるのですが、孤立、絶望緊張などが持続するとこれが誤作動を起こし、自死行為に出る原因になるようです。つまり、絶望を感じなくするために死ぬという行動を起こすようです。自死リスクが極限まで高まると、死ぬというアイデアをもってしまうと、それが何か歩の温かく、明るいイメージを持ってしまい、死ぬことをやめることができなくなるということが大きな一つの自死に至るルートのようです。


3 弁護士が行う自死予防について

1)弁護士、弁護士会が行う政策としての自死予防は第1段階の予防が中心となります。
2)精神疾患などの健康面由来の自死リスクの高まりについては、弁護士がいかんともしがたいことも多いので、その人の状態に応じて、精神科医につなぐ、カウンセラーにつなぐ、家族につなぐという方法が取られます。
依頼を受けて事件を継続中であれば、弁護士がそれぞれと連絡を取ってつなぐこともありますし、病歴、生活歴、その他の精神的に影響与える事情を記載した紹介状を作成し直接各人につなぐことが求められるかもしれません。
これに対して相談会などの場合は、その時限りの関係ですから、相談者が行くべき機関の紹介を相談者自身に行い、相談者の行動に期待するほかないと思います。
この相談会に行政が参加していれば、相談後の行政の関与が期待できます。その場で行政につなぐことによって、行政の関与の下で行政の機関を含めて適切な機関につなぐことができるので、とても有効な形が作れると思います。

3)対人関係が由来の自死リスクの高まりに対しては、弁護士は様々な対応をすることができます。
<相談業務>
人間関係のトラブルについて、法律の案内をしただけで解決する場合も少なくありません。例えば、立ち退きを迫られて困っている場合に借地借家法の法律を説明しただけで、そういう法律があるなら家主と交渉できると言って交渉した方、夫と死別した後の夫の家族に対する扶養義務について説明しただけで、無理な扶養を強いられたことから解放された人もいます。
パワハラを受けて精神的に圧迫を受けている場合は、会社を辞めるという選択肢を持てなくなることがあります。会社を辞めるというアドバイスをするだけで、自死リスクが解消される場合も多いようです。退職によって当面の収入を断念するとか、損害賠償請求を断念しても、会社を辞めるという選択が必要な場合が多くあります。なかなかご本人が選択肢としてあげづらいことについて、第三者である弁護士が選択肢を提起して自死リスクを軽減する方向の選択肢の順位を上げる必要があることです。
相談業務で、紛争自体は解決しなくても、精神的なストレスがだいぶ軽減されることは実感として経験されているところだと思います。
<代理業務>
人間関係のトラブル、例えば債務問題、刑事事件、家事事件、労働事件など、精神的に圧迫をさせる出来事をうまく解決することができれば、自死リスクが解消することがあることはもちろんのことです。これが弁護士ならではの自死対策の一つの特徴でもあります。
そもそも誰かとトラブルがあるということだけで、人間には大きなストレスがかかります。裁判の当事者になることだけでも看過できないストレスがかかるそうです。多重債務の返済日のように、裁判期日の3日前になると眠れなくなると言う人は少なくありません。
弁護士が当事者ご本人に適切にかかわることで、葛藤を鎮めて、自死リスクを作らないという効果が期待できます。
但し、代理業務を遂行する場合も、請求の趣旨を少しでも依頼者の有利にするというだけでなく、自死リスクの回避という観点も合わせて持つ必要があるということになろうと思います。賠償額が多く取れても、それ以上の人間関係のデメリットが生じては、自死予防という観点からは評価ができないことになります。但し、弁護士はメリットとデメリットを提示するだけで、意思決定をするのは当事者ご本人であることは言うまでもありません。

<自死予防の観点からの業務拡大>
自治体などの一般法律相談を担当してご経験があると思いますが、およそ法律手続きが用意されていないような人間関係の不具合があります。あるいは、会社などの団体の顧問などをされている方もご経験があるのではないでしょうか。取締役間の不具合や、経営陣と株主間の相互不信など、誰に相談してよいのかわからない人間関係上のトラブルもあります。こういう分野にも弁護士業務として取り組むことにより、業務分野が拡大したり、通常業務に様々な観点から役に立つことがあります。

3 弁護士に自死予防ができるのか

 1)弁護士という職業に備わる力
   今あげた弁護士の自死予防として挙げた行為は、通常業務として行うだけで自死予防のリスクを軽減させることも大いに期待できます。「自分には味方がいる。自分は社会的に孤立しているわけではない。」という考えは自死リスク(孤立感、不可能感)を軽減することに役に立ちます。また、弁護士という職業はまだまだ社会的に信用されていますから、その弁護士が自分の味方になってくれる、自分の利益を考えてくれるということは、貴重な立場です。
 2)人間関係トラブルの仕事
   弁護士の仕事は、人間関係トラブルに介入する仕事ということができます。また、自死に関連する仕事です。東北大学と日弁連、仙台会の合同アンケート調査の結果でも、多くの弁護士が職務上、依頼者や相手方の自死、自死未遂を体験しており、依頼者の高葛藤や高い自死リスクを見ています。
   統計上も、自死と関連する社会病理が証明されています。社会政策学では、完全失業率と完全自殺率が連動しているということは定説になっています。この失業のほかに、離婚、犯罪認知件数、自己破産申立件数が有意に関連しています(仙台弁護士会自殺対策マニュアル2011)。
なぜこれらが関連するかというと、弁護士の立場からすると、これらの社会病理が、自死と同じように、孤立、絶望、緊張感の持続を根本的原因として生じていることが一つの理由として考えられます。離婚事件の代理人も、刑事弁護人、あるいは債務整理の代理人もすべて弁護士の業務です。弁護士の仕事は、自死のメカニズムに密接に関連している分野を担当しているということも言えるのだと思います。
   
自死の要因として、精神的要因と対人関係的環境要因と両面から見なくてはならないと申し上げました。この対人関係的環境要因について業務の対象としているのは弁護士が第一であることは間違いありません。どうして紛争が起きるか、どうやって紛争を鎮めるのか、その現場に立って仕事をしているということは自死予防にとっても大きなアドバンテージです。
 3)相互譲歩による紛争の鎮静化
   ここの弁護士の業務姿勢についての話ではなく、あくまでも自死予防の観点、自死予防に都合の良いスタイルの話をいたします。
   実は、人間関係の不具合に介入して、双方に働きかけ、双方の譲歩によって問題を解決するという職業も弁護士が第一です。和解による解決や調停やADRによる解決、示談交渉などで弁護士は普通にこのような仕事を行っています。
   精神医学や心理学(家族療法やカップルカウンセリングをのぞく)、あるいはカウンセリングなどでは、自分のクライアントに働きかけるという解決方法だけが取られてしまいます。要するに、その人の精神状態を修正して問題を解決しようというアプローチです。人間関係のトラブルの鎮静化という観点はなかなか持ちにくいという宿命があります。
   また、行政などは、一方の言い分だけを基に人間関係に働きかけをしてしまい、他方の言い分が初めから取り上げられずに、人間関係のトラブルがさらに大きくなり、いつまでも継続してしまう弊害が起きています。これでは自死予防の観点からはマイナス効果になってしまいます。
   依頼者だけでなく、相手方にも働きかけ、双方に行動の改善を提起して問題解決を図ることも弁護士の仕事です。弁護士法によって、原則として弁護士だけに認められていることでもあります。
   この弁護士の仕事の特徴については、自死予防政策にかかわる人からも、弁護士自身からも見過ごされているようです。華やかに報道される事件において、弁護士が一方当事者に味方して法外な要求をするような印象はどうしても社会にあるようです。しかし、調停やADRだけでなく、一般民事事件で和解をすることの方がむしろ通常の弁護士業務だと思いますので、その点は自信をもって良いと思います。弁護士は特に対人関係的環境由来の自死リスクには、解決の選択肢を潜在的に豊富に持っていると私は考えています。
 4)人権という視点
   弁護士は人権について学んでいます。人権感覚は各人によってまちまちでしょうが、人権の知識については間違いなく突出して有していることは間違いありません。
   前述した自死リスクの高まりのところで、孤立感として挙げたことは人権侵害と密接に関係しています。人権についての知識があることは、自死予防には間違いなく有利です。
   さらには、人権侵害ということが一方的に起きるとは限らず、一方の人権と他方の人権が衝突している状態であることもあるという理解は、解決に向かう必須の考え方だと思っています。
   このような視点がない場合は、人権侵害がなされていれば、相談を受けている第三者は、侵害されている方が善で、侵害している方が悪だという形で介入をしてしまうことが多くあります。双方悪ではないということもありうるというリアリティーがなければ、介入者による新たな人権侵害が起きかねません。
 5)事情聴取をする力
   決めつけや二者択一的なものの見方から自由である弁護士は、通常業務として依頼者や相談者から事情聴取をしています。他人から話を聞く場合何をどう聞けばよいかということを考えながら聞く訓練が日常的になされているわけです。そして、依頼者、相談者の話の中で整合しない話があれば、機嫌を損ねないように事実を確認する技術もあるはずです。
   これは対人関係的な環境が原因による自死リスクの軽減にはとても役に立つ技術です。経験上、相手の話の要点や真意を吟味して事情聴取をする力は、医師、心理士や、カウンセラーに比べて突出して高いです。それはその仕事に求められる要素が異なるからです。相手の言っていることがつじつまが合わなくても寄り添うことを目的にする関わり方と、真実を探り出して真実に立脚して関わる仕事との違いがあるわけです。相手のある問題にかかわる弁護士ならではの資質です。
   但し、通常の弁護士業務と異なることは、「自死リスクの軽減」という請求の趣旨に向かっていく事情聴取ということですから、その要件事実は何なのかということを、先ほど述べた孤立、絶望、緊張の持続の要素に沿って各事件において考えていかなければならないことです。
  6)弁護士の役割が軽視されている理由
以上の通り、弁護士こそが自死予防に不可欠の存在であると私は考えています。このことに気が付かないのは、理由があることです。それは自死リスクが高まる仕組みが理解されていないということにあります。そもそもこのことを最も理解しうる職業が弁護士ですから、弁護士が積極的に自死対策に関与していかないことには、共通の理解とならないことは理由のあることだと思います。
先ほどらい強調させていただいていることは、自死リスクが高まる要因としては精神的な要因だけでなく、対人関係的環境要因があるのだということです。日本の自死対策では、20世紀末から21世紀初頭の主として北欧の自死対策がうつ病対策を主として成功をしていることを受けて、精神的要因に対する対策に力点がありました。政策の中心も医師が中心であったことはその結果です。その弊害は、本来精神的問題から対人関係的問題が生じたり、対人関係的問題から精神的問題を発生させたりするという相互作用のリアルを重視しなかったということです。
このため、対人関係的問題は後景に追いやられ、生まれつきの精神疾患と対人関係由来の精神疾患を同列に扱い、精神疾患が生じたならばそれに対応しましょうという、極端に言えばそういう政策が置かれていました。しかし、近時、自死リスクを作らない社会の推進ということがいわれるようになり、明確に意識はされていないとしても対人関係の調整という視点も出てきました。但し、もっぱら社会的な問題が中心になってしまっています。例えば地域の高齢者の孤立生活という問題として扱われていますが、本来的には家族問題という視点が欠落しているように感じているところです。
対人関係は精神問題の入り口の前にある問題ですが、対人関係の問題が解決しない状態が続くと精神問題が生じるという関係にある問題です。精神的問題が発症してしまってから対策を立てるより、対人関係として解決して精神的問題を起こさない方がより簡単に、より効果的に自死予防に役に立つはずです。一度起きた自死リスクを軽減することは実際は難しいことです。自死リスクを作らないことの政策が最も有効な政策であるはずなのです。
そうだとすると弁護士が自死予防に貢献できる余地が無限に広がっている。私はそう感じてなりません。

4 弁護士としてのメッリト
  
  自死予防対策に取り組み、学び、実践を積み重ねることによって、弁護士として大きなメリットがあると考えています。
  一つは人間はと何か、人間はどうして対立し、紛争を起こすのか、そしてその解決方法はということを考えます。このことは大きなメリットを生みます。
  第1に取り扱い事件が拡大するということがあげられます。このようなことを考えなければ、相談を受けても裁判手続きなどになじまなければ依頼を受けらないということがあると思います。ところが、自死問題を取り組んでいくと、事件の解決方法の引き出しが広がりますので、裁判手続きを経なくても解決の道筋が見えてくることがあります。会社内などの団体内の人間関係の問題、家族内の人間関係の修復等々、あらゆる人間関係の解決の糸口を見つけられやすくなるでしょう。
  第2に、自死リスクの高い人に対する接し方は、自死リスクの高くない人にとっても心地よい接し方になります。業務上、何に気を付ければよいかということが見えてきますし、依頼者が何を求めているかということも理解しやすくなります。これは大きなメリットです。
  第3に、通常事件の解決方法が見えてくるということがあります。人間が悩むポイント、訴外を受けるポイントが理解できれば、人間関係のトラブルの真の原因と解決方法が見えてきます。訴訟活動の方針自体を修正し、迅速で満足される活動ができる可能性が広がると思います。私自身の労災事件、家事事件刑事弁護にはとても良い影響があると実感しています。もっとも私の自死予防の理論は、労災事件、家事事件、刑事弁護の経験に基づいても構築されていますので、相互作用が期待できると思います。

5 弁護士が行う自死予防のイメージ
  今回は、3段階ある自死予防政策の第1段階プリベンションについて説明してきました。弁護士が誰でも参加できて、また、その職業的特質からは参加するべき活動ではないかと思っています。特に日常業務に自死予防の観点をいれることはどなたにも可能なことだと思います。これが全国に広まれば立派な自死予防になるはずです。
  どうしても自死予防というと、自死リスクが極限まで高まっている人に、自死を思いとどまらせるということがイメージされてしまい、ハードルが高くなってしまっているということがありそうです。
  第1段階の予防については、これまで述べたとおりです。それでも一般の方にとっては重苦しいことかもしれませんが,弁護士にとっては通常業務ですし、また人間を孤立から救い、不安から安らぎに転換させる政策だと考えると、とても明るく、前向きな活動だと思うのです。私は、人間社会に不可欠な相互の安心感を作る技術を考える仕事ではないかと考えています。人類が幸せに向かう活動という明るいイメージを持っているということが偽らざる本音であります。

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