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特に定年退職後に男性が家庭内で孤立していることがあからさまになる理由。言葉には二つの起源があるということとコミュニケーション方法の性差。家庭内ラポール。柏木恵子先生「大人が育つ条件」岩波新書に触発されて。 [進化心理学、生理学、対人関係学]

特に定年退職後に男性が家庭内で孤立していることがあからさまになる理由。言葉には二つの起源があるということとコミュニケーション方法の性差。家庭内ラポール。柏木恵子先生「大人が育つ条件」岩波新書に触発されて。

多くの家庭において
男性の家族に対する会話と女性の会話では
質や目的が異なっているとのことです。

最近の男性はこのことに気が付いて
コミュニケーションの女性化を意識しているそうです。

このコミュニケーション方法の違いは
特に定年後にあからさまになり、
男性は家庭の中で孤立するし、
熟年離婚の原因になるとも指摘されています。

弁護士として離婚事件を担当していると
このような現象は確かにありまして、
男性側のより男性的な会話と
女性側のより女性的なコミュニケーションがそろってしまうと
熟年前の離婚の原因の一つになっているようです。

このことについて私なりに説明します。
是非柏木先生の名著もご一読ください。

みんながみんなそうではないとしても
男性と女性とでは家庭内の会話の目的自体が違うようです。

男性の会話の主目的は、必要な情報を提供することにあります。
そして、その情報に基づいて行動してもらうことによって
相手に良い結果をもたらそうとするわけです。
このためここでいう「情報」は、その次に出る行動に有益な情報です。

女性の会話の主目的は、相手に快適でいてもらうことにあるようです。
会話をすることで、安心してもらう、楽しんでもらうということです。
提供された情報に、差し迫った意味が無く、
むしろ、声の音色、声の大きさ、抑揚、言葉の表現などに
神経が向かうようです。

そして、柏木先生は、女性に多いコミュニケーションスタイルを
「ラポール的コミュニケーションとおっしゃいます。」
ラポールという言葉は、臨床心理でよく使う言葉です。
クライアントと心理士がラポールの関係を形成する
等という言い方をします。

要は、相手に自分を安全な仲間だと思ってもらうことだと思います。
自分の弱みをさらけ出しても、自分の悪いところを教えても
それによって、当たり前の非難をされず否定をされず、
心理士に対して警戒感を持たなくて済むようにして
必要な情報引き出して
アドバイスを素直に受け入れてもらうようにする
という効果があるのでしょう。

心理士や精神科医を警戒するあまり
自分に不利な事情を話さないという人をたくさん見てきました。
そのため、善意の第三者が傷つけられることもありました。
ラポールを形成するということは大切なのですが
なかなか難しいようです。

このコミュニケーションの違いは歴史的な理由があるようです。
それは言葉(会話)がどのように始まったか
ということと関連します。

認知心理学や進化生物学では、この言葉の起源については争いがあり
現在でも決着はついていないようです。

一説によると、
毛づくろいの代わりに言葉ができたという説があります。
サルの毛づくろいは、
お互いを安心させて落ち着かせるために行われるそうです。
ところが人間は体毛が薄くなり毛づくろいができなくなりましたし、
また、サルよりも大勢の人とコミュニケーションをとらなければならないので
一人ひとり毛づくろいをしているよりも
大勢で会話をした方が手っ取り早い
そのために会話をするようになったとしています。

発声学的にも
二足歩行をして声を出しやすい条件が整ったところ、
安堵の域を出すことで声になってしまうということは
冬のお風呂場で経験していると思います。
湯船につかってあまりにも気持ちよいので
「ああー」
とか言ってしまった経験はないでしょうか。

緊張や不快から、急速に安心に変わるとき、
つい声が出てしまうようです。
そうすると、かなりエキサイトしている仲間の元に行って
「ああー」と脱力の音声をすると
仲間も共感力を使って
思わず脱力して緊張を解いてしまう
ということになるようです。

自分が脱力している様子を見せれば
警戒感も消えてしまうでしょう。
これが会話の始まりだという説です。
ラポールの会話の始まりです。

言葉というよりも、脱力し合うということで
安心し合うということが会話の原点だという説です。
裸の人間の群れが、一斉に「ああー」と言い合っていたら
観ている方もユーモラスな気持ちになると思いませんか。

これに対する説は、むしろよくわかりやすいのですが
警戒をさせる音声が会話の始まりだという説です。
これはほかの動物でもそうですが
天敵が近づいてきたことをいち早く気が付いた仲間が
緊張のあまり、短い悲鳴のようなものを上げる
そうするとその緊張感が伝わり仲間も緊張をする。

この伝え方は空に天敵がいるのか、木にいるのか
はたまた地上にいるかで悲鳴の上げ方が変わることが
他の動物で報告されているので、
その悲鳴の上げ方によって
逃げ方が決定されるということになるようです。

つまり、その場合は、相手の気持ちなんて考えている余裕はなく
とにかく無事に逃げましょうという行動提起しかありませんから
俺は大丈夫だと思うなどという議論は必要ないのです。
行動指示の言語あるいは会話ということになるでしょう。
受け取り方によっては、命令だと思いやすくなります。

そして、ラポールの会話を大事にしているのが女性で
行動指示の会話を当然だと思うのが男性
だということになるようです。

今から200万年前は、人類は狩猟採集の時代で
男が集団で小動物を追い詰めて狩りをしていたそうです。
男は小動物に逃げられないように、肉食獣に襲われないように
短い言葉を、断定的にかわしていたのでしょう。

女性は、植物を採取して子育てをしていたので、
チームの和が生存のためには一番重要でした。
ラポールの会話が合理的でした。

こういう遺伝子上の性差があるように私は思います。

これを助長したのが軍隊と企業社会だと思います。
軍隊や生き馬の目を抜く企業活動では
何か議論をするよりもトップダウンで行動することが
効率が良いという思い込みがあります。

軍隊やそれをまねた企業スタイルの中では
会話は行動指示であり、命令そのものです。
男性はそのような社会を前提として教育を受けますし、
時代が変わっても社会価値の残存がありますから
行動指示的な会話をする訓練と教育をされるわけです。
遺伝的な発想と教育によって
行動指示的会話が当然だと思い込んでゆきます。

そしてこれが家庭の中でも行われてしまうのです。

妻の愚痴を聞いていても
頭の中で買ってに翻訳してしまい
何が彼女にとって必要なことなのかを考え
そのためにはどういう手段、行動に出るかを考え
過不足なく伝達することに努め
そしてそれを実行するため伝達する。

相手の気持ちに共感することを示しません。
共感していることが前提であり
相手を助けようという気持ちがあることが前提で話しているのですが、
それを伝える必要性を感じていないのです。

必要な言葉情報を伝達することに神経を集中していますから
声が大きくなろうが、表現が少々乱暴になろうが
気にしません。
そういう配慮をするという発想がそもそもないのです。

例えば妻が職場のトラブルについて相談すると
妻の同僚に対する憎悪が先走り
つい言葉が乱暴になり、声が大きくなり、
必要な情報提供をすぐに理解しない妻にイライラします。
考え出した自分を称賛する言葉でないこともイライラするわけです。

妻からすれば会話の主目的はラポールですから
先ずは自分を安心させてもらいたいわけです。
職場では嫌なことがたくさんあっても
家庭では安心してよいのだということを
会話によって実感したいわけです。

この主目的部分がまったく欠落していますから
夫がどんなに良い情報を提供しても
頭に入らないで不満が募るだけです。

しかも、とても残念なことは
夫が妻に命令をしているように聞こえていることです。
そして、夫が妻より自分が偉いという態度をしていると
どうしても思ってしまうようです。

知っている情報を知らない人に伝達しているだけなので
夫は自分の方が偉いとは思っていないのですが
ラポールが欠落している会話のために
偉そうに聞こえてしまうようです。

もっともベストな行動はこれしかないと思って話していますから
断定的に行動提起をしてしまいます。
妻からすれば命令だと受け止めてしまうのでしょう。

夫は妻の困りごとを
自分の困りごととして妻の話を聞いているのですが
伝わりません。
妻が自分が夫から責められていると感じられるのはこういう事情です。


夫の大きな声、乱暴な表現、
妻が自分のアドバイスを歓迎していないことを感じてのイライラの表明
それらが重なって蓄積されてしまうと
精神的DVと言われ出し、離婚の危機が生まれるわけです。

夫が色々家庭内のことに口を出す場合も
相談するという女性的スタイルの会話の技術が無いというだけで
結果的に一方的指示をしてしまい
命令とダメだしとしか受け取られないわけです。

逆に夫は妻の発言には必要な情報の伝達が鈍く
余計なことばかりを延々と聞かせられると感じるわけです。
夫は行動指示の情報提供が会話だと思っていますから
それが始まるのを待ち続けているわけです。
会話のスタイルの違いによって
相手の言葉が頭に入らないことは夫も妻も一緒なわけです。


家庭の中ではどちらのコミュニケーションが大切かというと
私は、女性のラポールコミュニケーションが
本来行われるべきコミュニケーションの形態だと思います。

それぞれメリットデメリットがあるわけです。
この使い分けを意識するということなのだと思います。
公私の区別というのはこういうことだと思っています。

長くなるので割愛しますが
様々な現代的な社会病理の中において
いじめ、パワハラ、セクハラなど家族の被害を救出すためには
ラポール的な人間関係を形成し
十分な情報を引き出し、家族で対応する必要があるということもあります。

また、統計的に生命的に寿命が長いのも
活動を長くできるのも女性です。
活動的な女性と老いが早く来る男性ということを考えると
男性は家族に受け入れられているほうが
よほどよいわけです。

絶対その方が楽しいし穏やかだと思います。

私は、本当は職場でも
もっとラポール的なコミュニケーションを作ることが
企業戦略上有意義だと思っています。
どうしても男性的な価値観を無批判に正しいものとして
時代遅れの企業活動が行われているのではないかという
不安が払しょくできません。
行動指示万能論と目先の利益第一主義はとても親和します。

これからの時代男性が行うべきことは

第1に、職場と家庭と会話の方法を切り替えるということ
第2に、会話は、先ずラポールを形成するところから始めるということ
必要な情報伝達を優先するのは例外的な事情のときだけで、
その際にも、声の大きさ、言葉遣い、話す速さなど
穏やかな会話になるよう意識する必要があると思います。
第3に、情報伝達が必要ではなくても、意識して会話をする。
相手を安心させることを話す。毛づくろいを行うという意識を持つこと。
楽しかったこと、嬉しかったことを声に出して話すということです。
特に家族の感謝、自分の謝罪は必須であるということです。

口調は、語尾を上げていくのではなく、意識的に語尾を下げていくことです。
安心させるということは警戒感を解くことですから
責めない、批判しない、嘲笑しない
感謝と謝罪を伝える。相手の良いところを探し出してでも見つけて言葉にするということです。

これができなければ夫とは、父親とは
気が向いたときにダメ出しをして否定ばかりして
何を怒っているのか分からないけれど予測不可能なときに
声を荒げて、乱暴な言葉を使い
聞いている自分たちにイライラをぶつける厄介な相手
ということになります。

また、家族には体調に波があり
精神状態が一定ではないことが人間です。

嫌がられない会話をするよりも
相手を楽しませて、安心させる会話をすることを心掛けた方が
よほど簡単です。

わかってはいるのですが
なかなかやってみると難しいことも確かです。

私は頑張ってみます。
あなたはどうしますか。
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コメント 7

Yamanaka

>私は、本当は職場でももっとラポール的なコミュニケーションを作ることが企業戦略上有意義だと思っています。

 民間企業の活動は、基本的に自由競争の世界で行われます。むろん、現実には政府による不透明な規制やら優遇やらが存在するわけですが、原則は、民間企業の活動は他企業との競争の上に成り立つものであり、リスクを取って失敗すれば、倒産という形で淘汰されてしまいます。そのような世界で、「ラポール的コミュニケーション」なる人間関係倫理を機能させようとするのは根本的な無理があると思いますよ。
 それに、柏木恵子氏のこの本は、現在、ほとんどの本屋の店頭には並んでいません。推薦するなら、もっと入手しやすい本にしないと。
 私からすれば、若い人が家族について考える際に、今、読むに値する本を推薦するとすれば、野沢慎司・菊池真理『ステップファミリー』(角川新書、2011年)を真っ先に挙げます。土井先生も「生のデータ」を以前、たくさん持っているとおっしゃっておられましたが、広く一般読者の目に触れる新書にまとめるという意味では、先を越されてしまいましたね。
 野沢・菊池両氏の上記のような本を、官僚が手に取って読んだとすれば、「現状のままではまずい。制度を変え、組織も整えなければならない」と考える可能性は大きいと思いますよ。
 上野千鶴子氏や千田有紀氏、木村草太氏のような「昭和フェミニズム」派も日本評論社あたりで、一日千秋の如き一本調子のルサンチマンの吐露や負のアイデンティティ形成に励んでおられますけど、こういうのは、現実の政策形成に責任を持つ関係者の人たちには、あまり相手にされないでしょう。
by Yamanaka (2021-01-20 01:42) 

ドイホー

yamanaka様 今回も意表を突いたポイントに対するコメントありがとうございます。実際の労務管理理論は、むしろ人間関係論への回帰のような理論が結構メジャーになっているのです。けっこうおもしろいからお読みなると良いと思います。大きな書店では山ほどあります。
ステップファミリー角川信書は読んでみようと思います。ご紹介ありがとうございます。ただ、出版年はほとんど変わりませんねえ。
by ドイホー (2021-01-22 11:58) 

Yamanaka

>出版年はほとんど変わりませんねえ

 これは失礼いたしました。当方の誤記です。正しくは、野沢慎司・菊池真理『ステップファミリー』(角川新書、2021年)です。
by Yamanaka (2021-01-22 13:41) 

ドイホー

早速のご訂正助かります。
by ドイホー (2021-01-22 15:13) 

Yamanaka

いえいえ。

ところで…土井先生、いつになったらvenさんにちゃんとしたお返事をされるのでしょうか。実は私とvenさんはネット上だけでなくリアルのプライベートでも付き合ってるのです。

venさんかなり怒ってましたよ。どうしてyamanakaさんと違って、自分はまともな回答をもらえないのかと。

そんなにvenさんと話したくない事情でもおありなのでしょうか。
by Yamanaka (2021-01-25 20:31) 

ドイホー

話したいと思わないだけですね。なお、次のご投稿はよみました。
by ドイホー (2021-02-03 12:45) 

仙台のH

土井先生、流石その態度はどうかと思いますよ。いくら相手の言い方が少し傲慢で偉そうでもあんなに長文で大きく語っていたのですから、きちんと返答すべきだと思います。

それでもvenさんと直接話したくないのであれば、私が代わりにvenさんの意見に対するお答えを聞きますよ。それで問題無いですよね。
by 仙台のH (2021-02-21 20:41) 

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