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犯罪傾性と犯罪環境 犯罪を起こすまえぶれ [刑事事件]

犯罪環境という言葉は、私が勝手に作った言葉です。
刑事弁護をして、年間10人以上の被疑者、被告人と
面会して反省のお手伝いをしていると、
実感として、
普通に生活していて、ある日ある時犯罪を実行する
ということは無くて、
徐々に法律なんてどうでもいいという
生活態度や、意識の蓄積がある、
これを犯罪環境に入ると評価しています。

例えば、これまで働いていた人が、
離婚をきっかけにして、アルコール依存となり、
仕事を休みがちになり解雇され、
昼夜逆転し、昼間盗みに入るとか。

暴力的取り立てから逃げ出して、
届け出を出さない解体業のブローカーの手伝いをしていくうちに、
自動車窃盗を行うとか、

日常的にも、
家族から次々と見放され、
老後の不安が高まり、万引きをするとか。

犯罪に先行する生活の乱れ等の
法律なんてどうでもいいや
という意識をともなう環境がある
という考えです。

医師会の自殺予防マニュアルを見て、
事故傾性という言葉あり、
同じような理屈というか、分析があると思い、
どきりとしたのでした。

そして、犯罪学というかこちらの分野でも
同じような分析があるのではないかと
記憶とインターネットで、安直に調べてみたのですが、
こちらでは、
むしろCriminalityということで、
犯罪傾性と訳される用語があるのですが、
どちらかといえば、犯罪傾向というか、
その人の性格とか、犯罪を犯しがちの人
という属人的要素に着目した言葉だったような気がします。

これに対して、自殺予防で出てくる事故傾性とか
私が勝手に作った犯罪環境は、
その人がどうだというのではなく、
一定期間のエピソードというところに共通項が
あるようです。

ちなみに、犯罪環境ですが、
ちょっと体系的に話さないと
その意味とか、概念の有効性を説明することは
難しいのですが、

例えば、お金が無かったので盗みに入りました。
というところで止まっていたのでは、
そりゃそうかもしれないけど、
だめなものはだめで裁判も終わるでしょう。

お金が無い人がみんな盗みに入るわけではない。
盗みに入らないで済むためにはお金を持っていなければならない。
これからはお金を稼ぎますといって、
なるほど反省しているなとはならないわけです。

どうしてお金が無かったのか、
あまり熱心に就職活動しなかった、
自暴自棄になっていた、
その原因が離婚で、
自分も悪いのかもしれないが、
世の中どうでもよくなっていた。
というのであれば、
生活を立て直す、
家族と同居ないし近くに住み、
生活を見てもらう。
等の対策がたてられていくわけです。

キーワードは、再び犯罪を行わないために
というところにあります。

法律を守るというのは、
社会に守られているという実感がある場合
よりよく行われるわけです。
自分が社会から見捨てられていると感じるときは、
法律なんてどうでもよいと感じるようになるわけです。

これを一言で言い表したのが、
交通ルール、守るあなたが 守られる。
傑作です。
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コメント 3

hk


以前、山本七平という方の『日本人とユダヤ人 』という本が流行りましたね。精神科医の小此木啓吾氏との対談集などもあったと思います。
イエスは、カリスマ的なラビだったのでしょうけど、律法のラビでは癒すことが出来ない病もあったそうです。
近所に問題をかかえたご夫婦がいるのですが、もう5年以上たっていると思います。
私は、カウンセリングの本も好きですが、やはり法律だけでは、解決出来ない問題もあるということを痛切に感じています。
by hk (2010-05-17 01:02) 

hk

生き方に関する嗜好のようなものもあるのではないでしょうか?
労働を嫌い、楽をして生きたいという人もいると思います。
倫理という大海に法律という島が浮かんでいる、という格言があるそうです。
私は、今の時代だと嫌われれかもしれませんが、マックスウェーバーの愛読者でもあります。
単純なので、つまらない仕事でも、やらせていただくという気持ちでやらせていただくという生き方だと思います。
by hk (2010-05-17 02:04) 

hk

労働を刑罰と見るのが、旧約聖書の考え方だと思います。
テレビで、部屋を何年も掃除しないで、足の踏み場もないOLの部屋などが紹介されますね。私も、休日は、部屋でテレビとかインターネットをやって、グズグズて過ごしたいと思うことがあります。
それでも、掃除とか洗濯などは、最低限重要ですね。
どんなことがあっても、自己を強制してやらなければならないことだと思います。自己強制という小さな刑罰を自らに課さなければならないのですね。人生は、たしかに小さな自己刑罰の積み重ねという面もあると思います。

先日、ある講演会で、定年退職後、酒が好きで、毎日朝から飲むようになってしまい、胃潰瘍になるなど身体をこわしてしまったものの、ある日目覚めて、生活を改善することが出来たという話を聞きました。たしかに、定年退職後で、どう生活しようと自由だと思いますが、身体からしっぺ返しが来るということがありますね。やはり、ある程度、自己管理ということが必要なのでしょう。自由と放縦は、また違うということなのでしょう。自由の重さに耐えるということも必要ですね。

2年ぐらい前の派遣切りなども記憶に新しいですが、それまでやってきた仕事の技能を生かせないということは、社会悪かもしれません。
やはり 、希望の仕事に就きたくても就けなかったということで自暴自棄になってしまった方もいたかもしれませんね。
この辺は、政治の問題なのでしょう。
by hk (2010-05-17 22:37) 

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