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弁護士業務理論の構築・・・はちょっと無理だろうけど、文字化することが司法改革だと思う理由 [事務所生活]

弁護士技術というのも、なかなか近代化され無いように思います。

それまで、文字文化が無く一子相伝的な技術であった武道でさえ
我が宮城県出身(現在の大崎市)
北辰一刀流の千葉周作によって、
言語での指導が一定程度確立し、近代化が図られたというのに。
(野球のバッティング理論、ゴルフの理論と共通するところがあるようです。)

調停理論(紛争学)というのは、レビン小林先生とか、
学問として研究対象となっているのに、
極めて近似すると私が考えているのですが、
代理理論というのは、大学の研究対象に
なっていないように思うのです。

和解理論、和解のメリットデメリット等の研究も
理論としてある必要を感じます。

一番困るのは、
依頼者、相談者に対する説明でしょう。

これまでは、
弁護士に任せて、
必要な情報の提供を
弁護士から求められる範囲で行ってきたのでしょうけれど、
最近は、そうはいかないのではないかと感じています。

医療においてもインフォームドコンセントという
概念が確立された概念が構築されていますが、
それが、弁護士の業務には
不十分にしか入ってきていないのではないでしょうか。

市民の為の弁護士とか司法改革とか言っているけれど、
弁護士が観念的に、市民の為にがんばろうとか
ボランティアや政策提言するだけでは、
本末転倒のような気がします。

自分の本職である弁護士業務を
依頼者や相談者である市民の人に
満足ゆくやり方を追及することが、
先ず検討、研究されなければならないのではないでしょうか。

例えば、
虫歯の治療だとすると、
病巣を除去して、虫歯の進行を止め、
新たな菌の侵入も防ぐ
ということが治療だとしても、
なるべく痛くないように、負担がかからないようにする
この部分のことなのです。

ましてや弁護士業務は、
その部分自体が依頼の目的の重大な要素になっていることが
多くあるわけです。

依頼者と依頼事項の分野別によって、
実は、大分弁護士に求められる内容、力点が変わってきます。

極端な例を言えば、
企業法務に関する訴訟や交渉においては、
効率や損失の軽減、歩留まりなんかに対する配慮が求められ、
その明確な目標に対して、
企業担当者と弁護士の共同作業という側面が強いわけです。

対極にあるのは
離婚事件や遺産分割の家族事件
継続的な人間関係の修復ないし構築
という紛争携帯です。
この場合、その問題の所在は人間関係ですし、
経済的問題とともに、
人間関係によって傷ついた心、
プライドだったり、信頼関係であったり、
広い意味での心ということが重要な要素になります。

その中間だったり、ちょっとはみ出したりするのが
中小企業関係だったり、債務手続きだったり、
それぞれ、共通の要素も多いけれど、
解決目的、要素は違う部分も多いのです。

代理技術が確立されていれば、
力点、観点の切り替えができて、
対応を変えればいいわけです。

ところが、
それを意識しなければ、
弁護士側からすると
何だかわからない、関係の無いところで、
依頼者がいきり立っているようだ、

依頼者からすれば、
全然私の話を聞いてくれない
ということになってしまうわけです。

私のそもそものライフワーク、
職業的ライフワークが、
例えばこういう弁護士業務の理論化なのです。

先ずは、仲間内での研究会を発足させ、
ゆくゆくは学問対象としたいのですが、
賛同者は全く現れません。

できるだけこういう問題意識を文字にする、
ということだけでも、せめて行おうということで、
このブログをせっせと更新している
ということもあるのです。

めざせ平成の千葉周作です。

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