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いじめ、パワハラと自死の関係で、それが「直接の関係」になければだめだという制度は日本では存在しないこと。むしろ精神疾患が介在してもいじめ、パワハラが「直接」の関係というべきであること [自死(自殺)・不明死、葛藤]


いじめ、パワハラで制度が整備されているのは
労働災害です。
厚生労働省が、自死が、
いじめ、パワハラが原因だとして
労働災害であると認定する基準が示しています。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001z3zj.html

特徴的なことは、
いじめがあった場合、
何らかの精神障害を発症し、
その上で自死が起きた場合こそ、
いじめと自死との因果関係を認めて、
自死がいじめによって引き起こされたと
認定すると定めたことです。

むしろ、自死の前に何らかの精神障害を発症しないと
労働災害であると認定しにくい構造になっています。

これは、本来自傷行為による傷病は、
自分でやったことだから
労働災害として給付金を支給することはできない
という条文があるからです。(労災保険法12条の2の2)

精神疾患が介在すると
「自分でやった」というよりは病気のせいでやったのであり、
そんな危険な病気に罹ったのは、
いじめやパワハラが原因だという論理なのです。

裁判も概ね、この流れで行われています。

だから、例えば、
「いじめはあった、しかし摂食障害も患っていた。
 だから、自死は摂食障害が重篤化したものであって
  いじめが直接の原因ではない。」
というような事実評価は、間違ってもなされない
ということになります。

直接の原因なんて、いじめとの関係では
どうでもいいことだというのが
少なくても、日本の制度だということになります。

日本国の自治体も、同様にこの流れで判断しなければなりません。

うちの町内会は別に考えるということは
原則ありえないということになります。


ただ、間に精神疾患を入れるということについては、
野田正彰先生(精神科医、作家)から批判のあることで、
精神疾患を介在しない自死でも
直接いじめとの因果関係を認めるべきだ
とされています。

ただ、この、自死にはうつ病がつきものだということについて、
過労死弁護団の責任もあるとされることは、
少し、誤解されているのではないかと思います。

先ほど言ったように、
過労自死が認められなかったのは、
それが、自分の行為なので、
自傷行為のために労働災害とは認定されないという条文があるからです。
(労働者災害補償保険法12条の2の2)

それでも、少し前の時期でも、
精神疾患のために自分のやっていることがわからないような
特別の場合だけは、この例外として認められるようになっていました。

そして徐々に、過重業務などによって、
「心因性うつ病」という診断が付いた場合は
労働災害であると認められるようになっていきました。

その延長線上に現行の制度があり、
精神障害であれば、心因性うつ病に限らない
というところまで広がってきたという経緯があります。

弁護士は、依頼者に対して
正当な補償がなされるように努力するものです。
厚生労働省が、その場合は認めることとしていて、
当該事案がその場合である可能性があるならば、
「心因性のうつ病で自死した」という主張をすることは当然です。
そういう主張をしなければ、労災も損害賠償も認められず、
残されたご家族が、金銭面で大変な思いをして暮らすこととなるのに、
公衆衛生的観点から
そのような主張をしないということは考えられません。

野田先生のご批判を理解しても、
タイムスリップで当時に戻れば、
やはり、「心因性うつ病」の主張をすると思います。

ただ、野田先生のおっしゃることが
進むべき方向であることは、賛成なのです。

私は野田先生のように専門家ではないので、
皮相な感想なのかもしれませんが、

大雑把に言えば、
心は後からついてくると思っています。

対人関係学的に言えば、
自分が属する集団の中で、
一人だけ、援助、共鳴を受けることができず、
攻撃的対応しかなされない、
時に集団から孤立させられるような状況に陥り、
集団に自分が尊重されて協調的に属する
ということがもはや不可能だと認識した場合、
人の体は、生きる意欲が低下し、
生きるための活動が少しずつなくなっていく
緩やかに仮死状態になる
と考えるべきだということになります。

それが、ある側面をある人から評価すればうつ病ですし、
別の人はストレス反応というでしょうし、
ある側面をみれば、リストカットや摂食障害といわれるのでしょう。
その極端な例が自死なんだと思うのです。

上述のように、
こういう行為をすれば、
人間の心に影響が出て、
その結果、自死が起きるものだ
という論理立てをして、
(したがって、うつ病の有無を飛ばして)
いじめと自死との因果関係を判断するべきだと思うのです。

社会的には、そのような行為は、
人を死に追いやりかねないきわめて不道徳な
人権侵害行為なのだということを
共通認識にしていくことが必要なのでしょう。

損害賠償や労災認定のように
損害の公平な分担や労災保険の給付という制限があっても
上述のように認定は進んでいます。

これが、予防の観点からすると、
もう少し緩やかにする方が良いでしょう。

何も、他人をインフォーマルに攻撃する自由を
残す必要がないからです。
「こういう行為」があったら自死が起こりかねない
の「こういう行為」は緩く広げて考えても
誰も傷つくことはありません。
(損害賠償を認めるわけではありませんし、
 叱責ではなく、将来的な是正ですし)

職場や学校などでのやめるべき「こういう行為」を
なるべくひろくとって、
その逆の、人を援助する行為、助ける行為、
共鳴、共感を楽しむ行為を
拡大していけばよいはずです。

少なくとも、このような予防の観点での判断で、
自死に関係あるいじめの実態を狭く解釈して、
直接の原因でないから不問に付し、
起きていた行為に対して価値判断をしないで、
何かあったら、事後的にメンタルヘルスに送り込む
というのでは、
およそ予防の体(てい)をなしていないといわざるを得ません。




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