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【追悼せいたかさん】万引き犯人が罪を認めるまで(すいません、わかる人だけの部分けっこうあり) [刑事事件]

マサルは、警察官だ。
警察官と言っても、犯人を逮捕したり、道案内をしたりするわけではない。
犯人が逮捕されてから警察署で生活するときに対応する
いわゆる留置係という仕事をしている。

警察は、犯人を逮捕するのが仕事だと思っている人もいるが、
逮捕した後にいろいろ調べて、
刑事裁判を遂行する準備をする法律家なのだ。
犯人がいなければ裁判が成り立たないということから、
逃亡されないように身柄を拘束するのも
やはり警察の仕事だということになる。

犯人と言っても、凶悪犯ばかりいるわけではなく、
警察署の中では、
おとなしく規則に従って、静かに生活している人が多い。

素直に罪を認める人もいれば、
どうやったって犯人であることは間違いがないのに
自分はやっていないという人もいる。

でも、マサルにはそれはあまり関係がない。
裁判で有罪になるまでは、無罪の人と扱う
それだけのことだ。

今日は風変わりな犯人・・
おっと、無罪推定なので、
罪をしたと疑われている人
ヒギシャという言い方をする。
風変わりなヒギシャのお話をする。
まだ若い男性である。

名前をいうわけにはいかないので、
ジムニーと呼んでおこう。
全くの日本人の顔をしているのだか、
まあ良いでしょう。

ジムニーの罪名は窃盗罪だ。
万引きをしたとされている。
スーパーでCDプレーヤーを万引きした。

やや画質が悪いにしても防犯カメラにも映っているし、
なによりも、ジムニーの乗っていた自動車に
レジを通していないCDプレーヤがあった。

おそらく、罪を認めて謝って
弁償するなりすれば、
逮捕ということにはならなかったのではないかとも
マサルは思っていた。

最初、弁護士会から来た弁護士は、
狭い面会室で、
透明なプラスティック板越しに
大声でどなられていたようだ。
無料でアドバイスに着た弁護には、
とても気の毒だった。

すぐに、もう一人の弁護士が来た。
そういえば、この弁護士が面会室に来た時に、
変わったことが起きた。

もっとも起きたというように、はっきりしたことがあったわけではないが、
警察署の二階の面会室に案内した時に、
留置場のドアを開けたときに、
足元につむじ風が起きたような気がした。

偶々、書類を落としそうになったので
下を向いた瞬間のことだったが、
風が吹いていった方向を見ても
何も見えなかった。

二人目の弁護士には、
ジムニーは大きな声を出していなかったようだ。
弁護士との面会は秘密でおこなわれるので、
聞き耳を立てるわけにはいかないので、
詳しいことはわからないが、
面会が終わった後のジムニーの顔はみものだった。

とても困ったような表情で、
何か言いたいことがあるようだが、
誰も聞いてくれる人もいないとあきらめたというような
そんな中途半端な顔で、
話しかける言葉もなかった。
人間があんな表情をしたのは初めてみた。

弁護士さんの方は、
着たときと同じようにニコニコしていて、
私にもお世話になりましたと
礼儀正しく声をかけて帰っていった。

その日の夕方になりかけた時間、
マサルは、設備の点検のため巡回をしていた。
ジムニーは、たまたま一人で部屋を使っていた。
相部屋のヒギシャがいることが普通は多い。

マサルがちょうどジムニーの部屋の裏側で作業をしていたとき、
ジムニーの声が聞こえてきた。
マサルがいるところは、
留置係の警察官がヒギシャの様子を点検する表側ではなく、
裏側であった。
マサルからジムニーが見えないが
ジムニーからもマサルが見えない位置関係にある。

ジムニーは何かの気配を感じて驚いたようだった。
表側には同僚もいるはずだから、
本当に誰かが侵入したら連絡があるだろうと思い、
マサルは作業を続けた。

ジムニーは誰かと話しているようだった。
「そんなことないよ。ヒコのせいじゃないよ。」
ヒコといったのか、ヒトといったのか、
良くわからないが、ヒコといったように聞こえた。

「自分で、やらないようにしなければいけないんだ。」
「そんなに欲しかったわけではないんだけど。」
あれあれ、ジムニーは、罪をようやく認めたようだ。
でも、刑事の前で言わなければ意味がない。
それを告げ口するのは、自分の仕事ではない。

「いや、約束を守らなかったのは
 あのスーパーの警備員なんだよ。
 警察には言わないって言ったのに
 なかなか帰してくれなくて、
 そうしたら警察が来たじゃないか。
 話が違うって思ってね。
 じゃあ、自分もやってないって言ってしまったんだ。」

「だけど今日の弁護士は、
 やっていないならきちんと話をしろっていうんだ。
 やっていないのに、やったというのが
 警察官にも迷惑だからなって。
 プロなんだから、もっと疑ってくれなくちゃあな。」

「わかっているよ。もちろんわかっているよ。
 俺が悪いんだから。
 俺のことをこの世のすべての人間が疑っても
 自分だけは信じるといわれてもさあ。
 そのことで
 責任をとるのは俺自身しかいないって言われちゃったらねえ。」

その日の夜、書類を下に運ぼうと
留置場のドアを開けたときにも、
つむじ風が吹いた。


次に弁護士が来た後にも
ジムニーは、「独り言」を言っていた。

「刑事裁判の反省は、一般用語の反省とは違う。
 3つのことを考えることだ。
 一つは、自分がしたことでだれにどういう迷惑をかけたか。
 誰かが、困るんだって話だな。
 店の人が困るのかな。
 でも、万引きされたら、その分売り上げが上がらないよな。
 売場の主任あたりが給料減らされるのかな。
 住宅ローンや、子どもの学校のお金が足りなくなったら
 なるほどかわいそうだね。それをやったのは俺かぁ。
 やっぱり悪いな俺。」


「二つ目は何だっけ?
 そうそう、原因かあ。
 悪いことだってことはさすがにわかるけれど
 じゃあ、何で止められなかったのか。
 だから、君がこれなかったこととは関係がないって。
 何かに追い詰められていると起きるって、
 俺、何に追い詰められていたのかな。
 でも、もう大丈夫、
 ヒコがいるってことがわかったから
 もう一人じゃないよね。
 いいんだ。いつもいなくても一人じゃないってことがわかったから」

「三つめ、三つ目と
 これからどうやって生活するかか。
 絵にかけるように具体的にと、
 俺、目標を持って生きるということを考えてみたんだ。
 貯金しようかなと思う。
 新車の原付買うんだ。
 三年くらいで買ってやろうと思う。
 そして、あの山に通うんだ。
 あの小屋のあたりだけは、
 絶対に手放さないって。
 いつか友達を作って、
 天気の良い日に、パーティー開きたいな。
 そのためには、こんなところにいてはだめだよな。」

「俺、本当は、最初に警察官が来た時、
 みんなの顔を思い出したんだ。
 もう二度と俺の前に姿を見せてくれないんじゃないかって
 俺、終わっちまったのかなあって、
 そう思ったら自分が悪いのに、
 警察呼ばれたことに怒ったりしてさあ。
 ごめんな。こんなところに来させてしまって。
 みんなからヒコが怒られるかもしれないよな。
 ありがとうな。。
 俺絶対普通になって、
 みんなの役に立って見せる。俺でもできるよな。
 そうすれば、ヒコも鼻が高いよな。
 もう帰ったほうが良いよ。
 俺は大丈夫。いるってわかっただけでもう大丈夫だよ。
 今度、あの小屋で元気で会うためにもう帰ってくれた方が安心だよ。」

マサルは、書類を下に運ぶように言われて
留置場のドアを開けた。
その日はドアを開けたまま、十分時間を取って、
天井の点検を念入りに行うことにした。

なんとなく、つむじ風がゆっくり通っていった気がした。
耳の近くでカジカガエルが鳴いたような錯覚を受けた。
笑顔の気配がした。

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