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子どもの貧困対策として養育費の支払いの強制の政策は、子どもにとって有害である愚策であること。養育費を支払う意義ともっと簡単な方法。 [家事]



先日法務大臣が、養育費の未払いが子どもの貧困の大きな原因だと言ったという報道がなされたけれど、誤報であろうと思いたい。現在の法務大臣は、過労死防止対策等で実践的に活躍されている方である。きちんと問題点、原因、改善方法を理解されてお話をされていた。こういう論理的思考ができる方だから、感情的な、非論理的な話をされるとは到底思えないからだ。
本拙文は、養育費の支払いを行政が強制する政策が、きちんとした政策ではなく、感情的、非論理的な政策であり、子どもにとって害悪しかないということを説明することを目的とする。併せてどうすればよいかということも説明する。

1 子どもの貧困を養育の未払いが原因だとすることは政治家と社会の責任逃れであること。
2 養育費が支払われることの子どもにとっての意味
3 養育費を強制することの子どもにとっての弊害
4 養育が支払われない事情
 1)同居親が養育費を請求しない事情
 2)別居親が養育費を支払わない事情
5 養育費が支払われるための簡単な方法
6 養育費が支払われるための根本的な解決方法
7 いま進められている制度に全く賛成できないということ

1 子どもの貧困を養育の未払いが原因だとすることは政治家と社会の責任逃れであること。

先ず、子どもの貧困の一番の原因は何か。当然賃金が低いということである。男であろうと女であろうと、大人が働いて子ども一人養えないというのである。これは社会の問題であり、政治の問題そのものである。さらに男女間賃金格差があること、働き口はあっても雇止め等不安定雇用が子どもの貧困の最大の原因である。特に政治家が、このような社会環境を放置しているという自らの責任を、低賃金労働者の責任にすり替えることは許されない。女性の権利を主張する人たちも、主としては元夫に責任を求める傾向にあり、低賃金、男女格差、不安定雇用を子どものために改善しようということが前面に叫ばれることが少ない。低賃金、男女格差、不安定雇用の恩恵を受けている企業や政治家にとってだけ、とても都合の良い主張ということになる。アメリカのフェミニストであるナンシー・フレーザーが、「現代のフェミニズムはグローバル企業のサーバントに堕落している」という主張をしているが、養育費をめぐる議論はこの具体例であり、象徴的な事例である。

2 養育費が支払われることの子どもにとっての意味

それでは、養育費は支払う必要がなく、低賃金、男女格差、不安定雇用の改善をもっぱら主張すればよいのか。それも違う。養育費を支払う意味は、子どもの経済的安定だけではないからである。
むしろ養育費を支払う一番の目的は、子どもの自信の獲得である。子どもは一緒に住んでいない親からも愛情を注がれることを実感することによって、離婚によって被る負の影響である自信の低下を軽減することができる。(また、自分が尊重されていると実感するためには自分の親も否定されないということが必要である。これは、結婚後、相手から自分の親の悪口を言われた場合にどういう感情になるかということで、多くの既婚者は体験していることと思われる。)
子どもは、毎月、決められた金額が欠かさず自分のために振り込まれるということを知ることで、自分が別居親からも大切にされていることを実感できる。養育費は子どもの自信のためにとても有効な方法である。養育費や婚姻費用の別居親からの支払いを子どもに隠す同居親がいるが、この意味で同居親が送金の事実を隠すことは子どもを害することである。親としての資格が欠落している。
相手が嫌いでも、「あなたのために頑張って毎月送金してくれているんだよ。いつもあなたのことを考えてくれているんだね。」と嘘でも言うことが子どもに対する愛情である。これができないということは、子どもの成長よりも自分の感情を優先しているだけの話である。

3 養育費を強制することの子どもにとっての弊害

さて、このような重要な養育費が支払われないということは子どもにとって害悪である。しかし「養育費が支払われることが必要なのだとすれば、支払わない親に支払いを強制するべきではないか。」とこのような乱暴な理屈がまかり取っているのが現代日本である。どうして乱暴な議論かというと、最大の問題は、子どもが実の親が裁判所などから強制的に支払らわされているということを知った場合、養育費の支払いは別居親が自分に対する愛情だということは到底考えないからである。さらに、自分は、強制されなければ約束も守れない親の子どもだということを子どもに突きつけることとなる。また、強制という安易な方法に飛びつくことは、結局強制されなければ支払わない現状は変わらず、放置されたままになる。今一番考えなければならないことは、強制的に支払をさせるための費用を貧困者であるはずの同居親が負担しなければならないということである。現在進められているプランは、住宅の賃貸借契約のや住宅ローンの保証会社の保証契約のように、毎月の養育費の支払いの中から将来支払が行われなくなった時に備えて、養育費の一定割合を保証会社に支払うというプランである。ただでさえ少ない養育費がさらに子どもに回らなくなるといういわば貧困ビジネスである。
このような乱暴な意見が出てくる理由は一つしか考えられない。つまり、なぜ、養育費が支払われていないのかという原因を考えていないからである。原因も考えないのであれば有効な対策を考えつくはずがない。力によって取り立てる事しか考えられないのである。そもそも養育費を支払う理由が、子どもの健全な成長のためだという意味を知らないということにも起因する。この二つの無知は、結局、子どもの健全な成長を図るということが出発点になっていないということを意味するのである。

4 養育が支払われない事情
 1)同居親が養育費を請求しない事情
   先ず、養育費が結果として支払われない理由が、別居親が支払いを怠っているというケースが本当に多数なのか検証をするべきである。私の実感では、養育費の取り決め自体をしないケースが圧倒的に多いような気がする。
協議離婚の場合は、いち早く離婚したいという同居親の要求が強く、離婚までの期間を先延ばしする議論はしたくないという行動傾向が見られる。養育費を決めてから離婚するなんて煩わしいのである。
また、相手に対する嫌悪の情が強く、そんな相手から金をもらいたくないという意思に接することもある。養育費を受領し続けることによって、何らかの関係を継続させることが嫌だということもある。
   さらに一部は、子どもまで奪ってさらに金を払わせるということの罪悪感から、養育費を請求することなどできないと感じている同居親もいないわけではない。これらは、先の二つの感情と紙一重の微妙な感情であることが多い。
   養育費を請求しない理由は、実務的には公的給付との関係がある。母子家庭の場合、児童扶養手当が自治体から支払われる。ところが養育費が支払われていると、金額によって手当てが減額される。入るか入らないかわからない養育費のために児童扶養手当が減額されたり、手続きが面倒になるなら、養育費等受け取らず児童扶養手当を満額受給したほうがよいという選択は経済的にはもっともなことである。養育費の支払いは、実は自治体の財政との関連で考えられているのかもしれない。
   しかし、養育費は、子どもの心理発達面に寄与することが主目的の制度である。その点の理解を促すと、養育費は支払われるようになるし、請求するようになる。これ抜きに子どもの利益を経済的利益に矮小化する昨今の自治体の養育費支給キャンペーンは、子どもの利益ではなく、自治体の児童扶養手当の給付予算の削減が主たる目的ではないかという疑いが払しょくできない。
 2)別居親が養育費を支払わない事情
   養育費の主目的を考えると、同居親が養育費を請求しなくても、別居親が養育費の支払いを自ら請求するべきであり、私の依頼者たちはほぼ自ら婚費、養育費の支払いを同居親の請求に先駆けて提案し、実際に支払っている。
   しかし、実際の別居事例、離婚事例を見ると、養育費を支払うモチベーションを下げる公的手続きが行われている。家事手続きが子どもの利益よりも大人の感情で動いているということである。
   かなりの割合で、別居親が貧困状態にある。別居親に同居親よりも収入があったとしても、連れ去り事例の少なくない割合で住宅ローンが始まったばかりだという事情がある。別居親は外食が多くなるため食費がかさむ。家族を失ったことで精神科の治療や各種カウンセリングを余儀なくされる。カウンセリングは健康保険が使えない場合も多いので費用がかさむ。実際に不注意のけがをしたり、原因不明の疾患を発症したりして休業を余儀なくされるケースも少なくない。
   しかし、かなりの割合で、別居親が同居親よりも収入があるというよりも別居親の収入が少なすぎる無謀な別居である場合が多い。別居親の体調不良やリストラによって、同居親が期待していたほどの収入がないケースも多くある。
   別居親が養育費や離婚前の婚姻費用を支払いたくない理由は誰でも理解できる。つまり、別居親だけが家族から排除されているからである。養育費や婚姻費用は家族の生活のために使うものだから家族がそれぞれ分担して負担するものである。ところが突然、子どもを連れて自分の元から消え去り、どこにいるかもわからない、子どもと面会することもできない状態にされる。強制排除が行われている。家族ではないという強烈なメッセージを受けているのである。しかも、自分の排除が家族だけから行われるのではなく、裁判所、警察、自治体からも行われ、自分が極悪人として扱われている気持ちにさせられる。その上、一緒に住んでもいない、顔も見ていない元家族に金を支払わなければならないというのであれば、支払う方は刑罰として金を出させられている意識になることは当然だと私は思う。
   おそらく、事実をリアルに見られずに類型的にものを見る人たちは、排除される理由は同居中に暴力やモラルハラスメントがあったからであり、自業自得なのではないかという反論をするだろう。リベラルで名を売っている憲法学者などもそのようなことを言っているので、世論がそのように誘導されかねない状況にあることはうんざりするほど承知している。しかし、少なくとも私が担当した事案や、相談を受けた事例によれば、圧倒的多数は暴力やモラルハラスメントは存在しない。かえって、子どもを連れ去った方の不貞、浪費、あるいは理由のない不安に基づく行動などがあるケースが大半なのである。それにもかかわらず、リアルな実態を知らないで、連れ去りがあったから別居親に何らかの責任があるという類型的な見方をして連れ去り親の苦しみを否定する態度はそのものずばり差別である。冤罪を受けた苦しみを一顧だにしない人権感覚が乏しい人間だと言わざるを得ない。
   不貞や浪費をされ、自分の貯金を奪われた上に婚姻費用や養育費を支払えと言われたところで、支払いたくないことは当然である。
   多くのケースで同居親は、さすがに別居親の支払いたくないという事情を実は理解している。婚姻費用や養育を遠慮するケースは少なくない。ところが、弁護士や役所などが、差別的なものの見方をして懲罰的に婚姻費用や養育費を請求させるケースが最近増えている。もっとも私は、家族再生や、ひどい目を受けても家族だと感じている依頼者が多いため、それでも子どもたちのための費用は支払わなければならないと説得をする。こういうケースで費用を支払う別居親は、子の福祉について高度な理解をしているのである。
   但し、最近疑問がますます大きくなっている。DVやモラハラがない事案で、子どもとの相互交流を一切絶たれて、それで金だけを支払わされるということは、本当に人権が尊重されていると言えるのだろうか。
   養育費を支払いたくない理由は、このように自分の人間性が否定されているところにある。また、そのように別居親から見ればいわれのない理不尽な仕打ちをする相手に対して不信感が当然にあり、特に浪費や不貞を行って子どもを連れ去った相手に対しては、同居親が送った養育費を子どものためには使わず、不貞相手に渡したり自分のために浪費されたりするのではないかという思いがあることはもっともな話だと思う。

5 養育費が支払われるための簡単な方法

  養育費の送金先を子ども名義の口座にして、子どもが立ち会わなければ引き落としができないようにする。これで養育費の取り決めも支払いも格段に向上するはずだ。さらに、子どもから、養育費の礼を言わないまでも、ただ養育費が入金された日に安否を報告するだけの電話でもよこされればさらに支払率は倍増するだろう。子どもに直接渡すという方法も支払率を上げるだろう。
子どもは養育費を引き落とすたびに別居親の愛情を確認できる。振り込む側は、子どもが毎回確認しているということで支払うモチベーションが高まる。離れていても家族なのだという実感を持つことこそ、養育費を支払う最大の方法である。また、子どもが自分の預金が下ろされるのを立ち会って見ていれば、多少は同居親が子どものためだけに養育費を使うのではないかという期待も生まれ、モチベーションの低下を食い止めることができる。
家族から除外することの逆をするということだ。家族から除外しておいて金だけを払わせるということは、人間味のあるやり方ではない。また現実の支払いを遠ざけてしまう。
私の依頼者で、何の交流も持たされず長期にわたって養育費を支払い続けた男たちが何人かいる。一人は、定められた養育費の外、誕生月の増額を子どもだけでなく離婚した元妻にも送っていた。このため預貯金はほとんど作れなかった。養育費の支払いが終わったときに相手方から子どもの写真は送られたが、履歴書用の写真のあまりだった。それでも彼はその小さな写真を後生大事に持っていた。それでもうれしかったのである。偶然知った相手方の住所に、転居の連絡を送り、「お近くにお寄りの際は、お声がけください。」という定型のあいさつ文を記した。その結果驚くことが起きた。警察から義務無きことを強要したとしてストーカー警告されたのである。別の男は子どもが3か月のころから妻子が行方不明になった。しかし、それから20年以上婚費を支払い続けた。その挙句が、離婚請求調停申し立てであった。
こんなことが繰り返されて、裁判所や公的機関が是認しているから養育費や婚姻費用が支払われなくなるのだ。これらの行為は、自分だけがよければそれでよいという態度であり、今後の養育費を受ける子どもたちの足を引っ張っているだけの行為だ。

6 養育費が支払われるための根本的な解決方法

  連れ去り問題が表面化する前から、私は、養育費の問題の相談を受けることが何度かあった。一番効果的だった方法は、子どもが別居親に現状を伝え、例えば大学でこういうことをしている、いまアルバイトができないので養育費が途切れると苦しいということを率直にお願いすることであった。本来の家族というところまではいかないが、当たり前のコミュニケーションがあれば家族に対してなすべきことを無理してでもやろうとするのが親というものだということを痛感させられた。
  よく、「養育費と面会交流は別物で、取引に使ってはならない。」ということを聞く。大学の法律の授業の回答としては丸が付くだろう。しかし、実務では、要するに生身の人間と切り結ぶときは、こんな話、何の役にも立たない。通常これが語られる文脈は、冷酷で、およそ人間の尊厳を顧みないときにしか語られないからだ。何よりも、子どもの権利が害されるだけだ。面会交流を含めた別居親との交流が養育費などの金銭面に有効に働くのは統計的にも事実だ。子どもへの十分な経済的事情よりも、離婚後の当事者の葛藤を優先する文脈でしか使われない言葉である。
  養育費が十分に支払われるためには、親子関係を少しでも回復することが王道である。これに異論のある実務家や当事者はいないだろう。しかしこれができないことが問題なのである。
  子どもの利益を図るためには、離婚当事者の葛藤を下げること、そうして別居親と子どもとの自由な交流を確保すること。電話くらい自由に子どもから別居親にできるようにするべきだと常々思っている。それでも別居親は同居親を立てて同居親の言いつけを守れと言い、同居親は別居親への感謝のしつけを子どもにする。これが子どもの健全な成長を促進するということが科学的に証明されている。
  もちろん、これは分かっているけれど難しい。双方に被害者意識があることがほとんどなので、なかなか子どもの前だけ、嘘でもいいからといっても難しい。この解決方法はあるのだろうか。
  根本的には離婚までは大いに争えば良いが、離婚が決まったらもう他人なので、子どもの前だけでもクールダウンする手続きを国や自治体が行うべきである。実は先進国では、お隣の韓国も含めて国家や州が関与して行われていることである。日本だけがこういうことをしていない。日本だけが、大人の都合で離婚をすることが放任されている。子どもの健全な成長よりも大人の感情が優先されている情けない国が日本なのである。離婚訴訟で、子どもに自分の親の悪口を書かせて平然としている人間が司法に関与している国である。
  葛藤を鎮めるどころか、葛藤をいたずらに高めている。葛藤を高める最大の要因は、事実にもとづかないDV主張、一方的な子連れ別居の野放し、それに対する裁判所の追認、事実にもとづかない女性援助、加害をした人という意味ではない「加害者」呼ばわり(総務省)と、実際の加害者扱いである。これらの人格攻撃を受けた者は、怒りをあおられるだけでなく、無力感から働く気力もなくし、その結果収入も減少する場合がある。心身に不調を覚え、内科的疾患を発症することや、うっかりけがをすることが増える。
  「子どものために」、「子どもの健全な成長のために」という理念で物事が動かず、結果として子どもの成長に対する離婚の負の影響を軽減させるどころか増幅させている。
  夫婦の葛藤を鎮める研究、いたずらに葛藤を高める支援を排除すること、それらが子どもの健全な成長に不可欠であるというのは争いのない人類の科学の到達である。あとは子どものためにという立場に大人が経てるかどうかだけである。

7 いま進められている制度に全く賛成できないということ

  いま進められている養育費に関する制度検討の一切が、このような視点は見えてこない。現在進められている政策が、子どもの健全な成長を図る目的ではないことは、例えば養育費の未払い者の氏名を公表するということを検討していることからも明らかだ。子どもにとって、自分の親がさらし者になって平気でいるわけがないことにも気が付かない愚かな政策である。一緒になって自分の親に対する憎悪を掻き立てられた子どもが、アイデンティティを確立することが困難だということも理解されていない。
子どもの健全な成長を阻害することになっても養育費を強制的に取り立てるというのであれば、考えられる目的は二つである。つまり、一つは自治体の児童扶養手当予算の削減である。もう一つは離婚した夫婦の少数派である養育費の取り決めをした別居親の、さらに少数派である理由もなく一方的に支払いを怠る者に対する憎悪を掻き立てることによって、低賃金、男女格差、不安定雇用の改善への道筋を隠ぺいするという目的である。
  これが日本の子どもたちが置かれた状況である。科学的に働きかけが必要だということが明らかにされた離婚後の子どもたちでさえ、逆にこのような積極的な加害を受けているのである。まだ野放しの方が害がない。

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