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例えば学校から「お宅のお子さんがいじめの加害者だ」と電話が来た場合 子育てに活かす傾聴、受容、共感というカウンセリング技法 シリーズ3 [進化心理学、生理学、対人関係学]


前回のシリーズ2は、本当は子育てと夫婦と一緒に書き始めていたのですが、夫婦の問題だけでも字数が多くなり、まだまだ書きたいことがあったので、育児を分離して正解でした。

さて、現在子育て中の親御さんが多く心配していて、実際に法律相談にも表れ始めていることが、「自分の子どもがいじめの加害者と言われたらどうしたらよいだろう」、「SNS等で、自分の子どもがいじめをしていると言われた」ということです。

子どもどうしのいじめとは言っても、確かに一方的な集団の攻撃というものありますが、実際は子どもじみたありふれたけんかやトラブルということも多くあります。それなのに法律のいじめの定義だと広範囲になりすぎて、相互の対等なやり取りが行われているだけなのに、その一断面だけを切り離していじめだと認定されてしまう危険もあります。また、そのようなありふれたトラブルでもマスコミは被害者とされた方の保護者の言い分だけに乗っかり、一方的な集団いじめの加害者であるような報道をしています。ひとたび「いじめ」という言葉が使われてしまうと、実際に何があったかということにはそれほど関心が寄せられなくなる場合もあります。

子どもを持つ親御さんは、「いじめ」という言葉に敏感になっているようです。

だから、学校から、子どもどうしのトラブルがあって、相手のお子さんがけがをしたとか、学校に来られなくなったという電話が入れば、焦ってしまうし、不安になってしまいます。

こういう時にそれを聞いた親に働く心理としては、やみくもに「何かの間違いだ」ということにしてしまい、徹底的に学校側と対立しようとしてしまうことがよくあります。あるいは逆に、それを真に受けて悪い方に自己解釈してやみくもに子どもを責めてしまうこともあります。

つまり、何が起きたのかがわからないまま、気が焦ってしまって何とか対応してしまおうとすることが一番悪い対応だということになります。

先ずは何が起きていたのかを知る必要があります。そのためにはまずは子どもから事情を聴くことが第一に必要なことです。この時に、傾聴、受容、共感という考え方はとても役に立つ聴き取りのテクニックです。テクニックと言っても意識をして聞くだけのことですから、それほど難しいことはありません。子どもから話を聞くとき、どういうことに気を付ければよいのかということです。

第1は傾聴の姿勢です。「傾聴」とは、深く相手の話に耳を傾け、その人に焦点を当てて、相手の存在そのものを知ろうとすることである。表情、姿勢、ジャスチャー、感情、考え、話しの内容、沈黙さえも十分に観察し、その意味を考えていく。ということだそうです。

「親は事実関係が何もわからない」という事実を常に意識して、子どもからできる限りのことを聴き取る、聴き取った後に評価をしようということを気を付けるべきです。

子どもに対する傾聴で特に気を付けることは、子どもは暗示にかかりやすいということです。親が「暴力なんて振るわなかったよね」という形で聞くと、子どもはつい親がどう答えてほしいのかを考えてその期待通りに応えてしまうことがあります。

だから、親の方はできるだけ細かい質問をしないで、「どんなことがあったの?」くらいの質問をして、できるだけ自由に話させて、「それで」、「それからどうなったの」みたいなあいづちをうちながら聞いていくべきだと思います。こちら側が感情的な態度で聞くと子どもはこれを話してはいけないのかとか余計なことを考え出しますから、「聞き終わってから一緒に考える」という姿勢で、興味を持って聴くという姿勢が良いと思います。

そうすると、子どもは親が自分の話を聞いてくれているという感覚を持つことができますので、安心して話しやすくなります。一人前として扱われているような気持にもなれます。言葉が途切れたりしてもあせらずに、じっくり自発的に話し出すことを待ちましょう。言葉遣いを間違う場合もありますので、その言葉遣いが正確かどうか吟味するために質問形式でテストをすることも必要になると思います。

話しているときの子どもの態度の観察は重要です。しょげているのか、無理に気を張っているのか、何も考えていないのか、よく観察する必要があります。

次が受容です。「受容」とは、無条件の積極的関心をもつこと言う。相手の感情が否定的な感情であったとしても、そのままを受け入れることが必要である。と教科書では述べられているようです。

子どもの価値観は、二者択一的価値観の傾向があります。悪いことはだめ、良いことを助けるということを善としています。程度があまり考えられないのです。一度悪者だと評価してしまうと、相手の子は全人格的に悪だと決めつけてしまうことがあるようです。そうすると、配慮をしないどころかおよそ人間扱いしないような感情を持ちになり、その子に対する態度も無駄に厳しくなることがあります。

このような二者択一的な考えによって、わが子が友達のことをあしざまに否定することには親としては抵抗がある場合もあります。聞くに堪えないので、思わず話をさえぎって叱りつけたくなることもあるかもしれません。しかし、とりあえず最後まで話を聞き、我が子がそのような感情になったことを認める必要があります。子ども感情をありのままに受け止めてはじめて、どうしてそういう感情に至ったのかということに進むことができるわけです。確認作業の中で見落としていた事実を発見することもあります。

最後は共感です。共感を示しながら指導をしていくことが最も効率的です。

例えば、順番で遊具を使っていたのに、気の弱い子どもの前に横入りした子どもがいて、何人かでそれはだめだということで、ついその子の方を押してしまった子がいて、横入りした子が転んでしまった。横入りした子は肩を押した子に反撃をしたところ、周囲の子の中に横入りした子をやめさせようとして転ばせてしまった。気が付いたら膝小僧がけがをしていて血が出てしまい、横入りした子が泣き出してしまったという例を考えてみましょう。

この場合親が単に「相手に大勢で手を出してはだめだ」とだけ言って、乱暴者だという評価を我が子にしてしまったら、我が子は横入りをした子を注意したのにどうして自分が叱られるのか理解できずに価値観が混乱してしまう可能性があります。一気に結論を述べるのではなく、一緒に順を追って考えていきましょう。

横入りはだめだよね。弱い子に我慢させることも悪い子だよね。とここまでは共感ができるということを示すことが有効だと思います。でも、横入りをした子も、どうして横入りをしたのか、弱い子を狙ったのではなく、もしかしたら何らかの理由があるかもしれないので、「どうして横入りをするの?」と聞いてみることをしたらどうだろうかということで話を振ってみるのも良いと思います。

自分の価値観を肯定されたうえで、その上で何を考え、どうふるまうのかという話に流れていくと、子どもも反発なく話を聞くことができ、修正についても意欲的に取り組むことがよりしやすくなると思うのです。

およそ子どもどうしのトラブルの場合、どちらにも言い分があることが通常です。子どもの感覚のどの部分に問題があり、それをどうすればよかったのかということは、案外難しいことです。丁寧に聴き取って、こちらも本気になって考えなければならないと思います。

このような傾聴、受容、共感の技法での聞き取りは、本当はむしろ被害者とされた方の保護者こそ行うべきなのです。しかし、加害者とされた以上に被害者とされた方が冷静さは失われるものです。加害者とされた子どもに対する憎しみが先に出てしまい、正確な聴き取りが困難になるのは仕方がないことかもしれません。

しかし、もし、被害者とされた子どもも、加害者とされた子どもの攻撃を誘引しているところがあるならば、これを修正することは将来的にとても有益な作業になります。子どもが大人になって職場やママ友パパともの中で、攻撃を誘引する行動をとってしまうとかなり大きなダメージになるうえ、自分の子ども(孫ですね)も不利益を受けるかもしれません。この場合、自分の子どもからというよりも相手の子どもやその保護者の言い分を聞くということになるわけですが、頑張って傾聴、受容、共感のプロセスを使って自分の子どもの修正するべきポイントを把握することによって獲得できる利益は計り知れません。

一面的に被害者という立場に安住してしまい、全面的な同情や謝罪を受けていたのでは、もしかすると取り返しのつかない損をすることになるかもしれません。

親や学校等利害に敏感な人だけで話し合うことが困難である場合、外部の人間関係調整を取り扱い分野にしている弁護士などに、間に入ってもらって話を進めることも一手です。

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