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こどもととにかく言葉を交わすこと、いじめ考 ストレスを感じやすい場合 [家事]

いじめというのも、色々なパターンがあるようで、
一概に言えることはあまりないのかもしれませんが、

悪い、悪くないという評価は別として、
いじめられるお子さんにも何かしらの原因がある場合もありますし、
全く何も原因が無く、たまたまそのお子さんが対象となってしまった
という場合もあるようです。

なんにせよ、いじめがおこわなれる正当性はないわけです。

後者のパターンは、いじめ始めた人に問題があり、
誰かを攻撃することで、自分のストレスを解消するというか、
心の衡平を保つことができるというものでも、
周囲も面白がって協調して行くと、
本格的ないじめの継続につながる危険があるわけです。

この人をいじめることができるという認識が、
いじめの広がりと継続につながっている場合も多いようです。

初期の段階で、自分なりに解決することが多く、
周囲も協調しないことが日常なのでしょうが、
何かのタイミングで、いじめになるようです。

どんどん大人が介入するべきのようです。
先生であったり、親であったり、
早ければ早いほど、簡単な対処で済むことが多くなります。

前者のいじめられるお子さんに原因がある場合は、
色々な場合がやはりあって、

一つは協調性を重視しない生活対応をしているお子さんに対して、
協調性を強要する形で攻撃が加えられるというパターンがあるようです。

ある程度いじめる方もストレスを感じやすくなっているわけですが、
いじめる方が、協調性を重視して、窮屈な思いをしている、
あるいは、協調性を外れた行動をとるのが本能的に怖い、
それにもかかわらず、「自由」に行動する者がいる、
むしろ、いじめる側が、いじめられる側を脅威に感じている
このために、攻撃するというパターンがあるようです。

協調性というのは、服装だったり、頭を洗うとか衛生面であったり、
受け答えであったり、言葉遣いであったり、
集団の中に埋没する志向とも言いうるのではないかと思います。

これが、現代の子供たちに強すぎる
集団の中に埋没できない子に対する過度の反応があるように思います。

もう一つ、ストレスを感じやすい子がいることも確かなようです。
いじめを受けていたというのですが、
聞いても、ピンときませんでした。

小競り合いや、こづきあいは、子供のあいさつみたいなもので、
相手を試しているとか、興味を示しているわけです。
やめろと怒ったり、ニヤッと笑ったりして、
コミュニケーションが生まれてくるということは、
子供の場合、特に男の子の場合はありました。

ところが、ストレスを感じやすい子は、
それをいじめととるのです。
何もしていない周りの子も、
共犯者ととらえるようです。

こういう子は、別にほっといてもらいたいという子が多いので、
期待した反応をしなければ、ほっといてあげてほしいのですが、
反応が無いため、さらに、ちょっかいが出され、
ちょっかいを出しても大丈夫ということで、
本当のいじめになったりするというパターンにつながるようです。

この場合も、できるだけ早く大人が介入し、
いじめの危険を回避するべきだと思います。

介入の方法はいろいろあるわけで、

こういうふうにされたと子供が訴えてくれれば、
それは、おまえに興味を持っているのだから、
こういうふうに話しかけてみろとか、
それはちょとやめてくれよとか、
はっきり言ってみてごらんとか、
それでもだめであれば、
お父さんが怒鳴りこみに行くから、
先ず、これをやってみろというような
話を聞くということが、
それ自体で有効ということが多いようです。

問題は、会話をする時間があるかということです。
朝のあわただしい時にはなかなか話せませんし、
夜遅く帰ってきたり、子供が塾に行く等で
親子の会話がそもそもないということもあるようです。

そうなってしまうと、いざ一緒にいても、
子供はなかなか話しをすることができません。
親と何をどう話していいかわからないからです。

また、そうなってしまうと、親も何をどう聞いていいのかわからなくなります。

ヒントは、羅列でいいので、
手当たりしだい報告を受けるということのようです。
給食は何だったのかというのが、
とっかかりとしては便利のようです。

友達の話とかが出てくるようになれば、
良好な親子会話かもしれません。

昔、「子供の喧嘩に親が出る。」という囃し言葉がありました。
昔は、子供の喧嘩に親が出てきたからはやされたわけです。

いじめなんかすると、親が出てきて大問題になるぞ
ということをもっと子供にわからせてもいい場合が
多いように思うのですが、どうでしょうか。

もう一つ、自分の子供ではなくても、
誰かがいじめられているということを聞き出すということも
重要なことです。

明日は我が身というか、情けは他人の為ならずというか、

なかなか自分がいじめられているということは言いにくいので、
バーターで、守り合うという発想も必要ではないかと思うのです。
いじめられている子があれば、積極的に介入するべきで、
どんどん親どうしで話し合うべきです。

親に弁護士でもいれば、
どんどん呼び出して、司会役でもやらせて
利用していただきたいと真に願っております。

それにつけても、名簿を作らない学校というのは・・・・ねえ

しかしどうやらそれが一般的らしいというので、またびっくり
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