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リアルかちかち山 [現代御伽草子]

リアルかちかち山

ある小山に警戒心の弱いタヌキが住んでいました。
その年の秋は、夏から続く冷害と長雨のために
山には食べる物がとても少なかったのです。
タヌキは、家族や友達に食べ物を分け与えてしまうものですから
自分はいつも腹ペコでした。

あまりにも腹ペコだったので、本当は行ってはいけないと言われていた
山のふもとの人間の住む近くまで食べ物を探しに来てしまいました。
四角い地面に柔らかな土が盛られているところに
良いにおいがしたので掘り起こしてみると
野菜や種が埋まっていました。
タヌキは、これで弟たちに食べ物を持っていくことができると
大喜びで野菜や種をもって山に戻りました。

行ってはダメだと言われていましたが
次の日も一人で四角いフワフワの土地に行きました。
弟たちの喜ぶ顔が浮かんできて、心が急いてしまいます。
さあ、ついたと思ったとたん
タヌキは足に鋭い痛みを感じました。

人間の罠にはまってしまい、歩くことができなくなりました。
タヌキは困ってしまいました。
弟たちはタヌキの持ってくるえさを楽しみしていると思うと
とても悲しくなりました。

すぐに人間がやってきて、タヌキは前足と後ろ足を縛られました。
もう一人の人間は、ぐらぐら沸いたお湯の前にいました。
タヌキは、悲しい気持ちで体が動かなくなっていましたから
人間は観念したのだろうと勘違いしたのだと思います。
最初にやってきた人間はどこかに行ってしまい、
もう少しやせた小さな人間がタヌキをお湯に入れるときに
罠の縄を緩めてタヌキだけお湯に入れようとしたその時でした。
タヌキは、弟たちの顔を思い出し、
自分でも信じられなくなるような力が湧いて出て、
小さい方の人間を蹴飛ばして一目散に逃げだしました。

沸き立ったお湯が小さい方の人間にかぶったようです。
大きな悲鳴を後ろに聞えたような気がしますが
タヌキは自分が逃げることに精一杯で
あまり気にしませんでした。

タヌキは人間の近くに行こうという気持ちには二度となれず
深い山の中から出ようとしなくなりました。

それからしばらくして
タヌキの家に一羽のうさぎが訪ねてきました。
良い山があり、良い柴が取れる
柴を刈って里にもっていくと
里の柿と取り換えてくれるらしい。
里には自分が持っていくから柴刈りを手伝ってくれ
そうしたら柿を分けてあげるというのです。

里に行かないなら怖くはないし
離れたところで暮らす母親に柿をもっていったら
どんなにか喜ぶでしょう。
そう思って、警戒心の弱いタヌキは
うさぎの柴刈を手伝うことにしました。

柴を背負って歩いているとカチカチと音が聞こえました。
聞いたことが無い音なのでタヌキは不思議に思いました。
うさぎは
さすがカチカチ山だね。カチカチと本当に音がするんだ。
とわざとらしく言いましたが、タヌキはそんなものかと思いました。
ぼうぼうという音が聞こえてきたときにうさぎは叫びました。
「危ない!ぼうぼうどりだ。柴を盗もうとしている柴を離すな!」
言われた通りタヌキは柴を自分の背中にぴったりとくっつけて
盗まれないように頑張りました。

このためタヌキは大やけどをして、
その上ようやくよくなりかけたころに
うさぎに騙されてトウガラシを練りこまれ
地獄の苦しみを味あわされました。
でも、タヌキは、この薬のおかげで
結局は良くなったのだと信じていました。

まさかうさぎが自分を傷つけようとしたとは思いませんから
タヌキはされるがままにされていたのです。
ただ、母親に柿を持っていけないことをとても悲しみました。

タヌキの傷が癒えたとき、再びうさぎが現れました。
食糧不足は続いていて、
タヌキは食糧を探しに出かけることができなかったものですから
家族に大変心苦しく思っていました。
それなので、うさぎの罠にまたもやすやすと乗ってしまったのです。

山の上の沼に魚が大発生しているようだ
まだ知っている者が少ないので
今なら大量に魚が釣れるから行こう
この間ひどい目に合ったのは、誘った自分の責任だから
何とか埋め合わせをしたくてやってきたんだ。
こうやってうさぎはわなを仕掛けたのです。

うさぎは自分用に小さい木の船を作り
タヌキ用に大きな泥の船を作って用意していました。
さあ、どっちの船を選ぶとうさぎは尋ねました。
それは悪いから僕は小さい方の船でよいよとタヌキが言うと
いやいやこの間の埋め合わせだから君が大きい方を使っていいよ
とうさぎは笑って答えました。

タヌキは大きな船を使えば
弟たちだけでなく、親戚たちにも魚を分けることができると思い。
ありがたく大きい方の泥船に乗ることにしました。

沼の真ん中あたりに来たときに、
それほど魚がたくさんいないことにタヌキも気が付きました。
泥船が壊れて水が入ってきたときには
さすがにタヌキもうさぎに騙されていたことに気が付きました。

タヌキはもはやこれまでと覚悟を決めました。
うさぎに騙されて、船の底に足を縛り付けていたからです。
不思議とうさぎに対しての怒りはなく、むしろ不思議な気持ちでした。

静かな口調でうさぎに尋ねました。

君は、柴刈りの時も今回も
僕を苦しめようとしたし、僕の家族も苦しんだ。
どうして君が僕を苦しめようとするかわからないんだ。
僕はもうすぐ死ぬだろう。せめてそれだけを教えてくれないか。

うさぎは笑いながら言いました。
ようやく気が付いたようだな。
君が殺したおばあさんは
僕の命の恩人なんだ。
おじいさんも苦しんでいる。
その恩人を鍋の中で煮たのは許せないのだ。
当たり前だろう。

この時うさぎは、タヌキの足を固定して泳げなくさせたとは言っても
泥船が溶けるからタヌキは浮かび上がるだろうと思っていました。

しかし、泥船は底が割れて水が入ってきましたが
溶けだすほど壊れはしませんでした。
ただ、タヌキと一緒に沈んで行ったのです。
沈みゆく船の上で下半身が水に浸りながらタヌキは言いました。

僕は捕まって逃げるのに必死だった。
君だってそうするのではないか。
僕はおばあさんを突き飛ばしたのかもしれない。
それはなんとなく覚えている。
逃げるのに必死だったから後ろは見なかった。
そうか死んでしまったのか。それは悪いことをした。

でも、そのまま逃げたので
おばあさんを煮るなんてことはしていない。
できるわけないよね。
もう一人がおじいさんなんだね。
おじいさんが帰ってきたら今度こそ殺されると思ったから
一目散に逃げたんだよ。
そもそもおばあさんを鍋の中に入れるほど
僕は力はないし、そんな大きな鍋なんてなかったと思うよ。

もうタヌキは、首まで水につかっていました。

君にとって
僕はあの時死ななければならなかったのかなあ。
僕があの時、怖いけれど死ななかったから
僕だけでなく、僕の家族も苦しまなければならないのかなあ

お母さんに柿を食べさせたかったなあ。
柿を食べて喜ぶお母さんの顔が見たかったなあ。

タヌキが本当に行ったのか
うさぎがそういう風に感じただけなのか
もううさぎにもわかりませんでした。

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